2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

生態系に悪影響を及ぼすアルゼンチンアリの防除法

実施担当者

貝川 友子

所属:岐阜県立八百津高等学校 実習教諭

概要

1 はじめに
南米原産のアルゼンチンアリは体長2.5mm、全身が黒褐色の小型のアリである。在来アリの4倍の速さで動き、競争力が強い。そのため、アルゼンチンアリの侵入があると、その地域の在来アリは駆逐され、アルゼンチンアリしか見られなくなると言われている。
また、アルゼンチンアリは一つの巣に多くの女王アリがおり、分巣によって繁殖するため、大規模なコロニーを形成することができる。これが交通機関に便乗して長距離の移動を可能にし、遠く離れた巣同士でスーパーコロニーを形成することが知られている。日本国内においては1993年に広島県廿日市市で定着が確認され、遠隔地でも定着が確認されている。私たちは、隣接市の各務原市で定着した2007年の翌年から分布調査・行動学的研究を行っている。昨年より、合成道しるベフェロモンを使った防除法に着手し、調査研究をしている。

2 研究目的
西日本に点在しているアルゼンチンアリの分布域調査を行い、その分布域のアリ相を記録するとともに、それぞれの自治体で行われている防除法について学ぶ。また、5年前から行っている4つのスーパーコロニーの敵対性実験(アグレッションテスト)の結呆について追認実験を行う。
先行研究において、アルゼンチンアリの合成道しるベフェロモンの濃度適性に大きな幅があるため、実際の道しるベフェロモンに近い濃度を明らかにする。

3 研究方法
3-1分布調査
国内で最初に定着が確認された廿日市市、4つのスーパーコロニーがせめぎあっている神戸市、2008年に定着が確認された京都市、防除モデル事業が計画的になされている愛知県田原市と豊橋市、県内で定着が確認されている各務原市と加茂郡坂祝町での分布調査を行った。それぞれの場所で、アルゼンチンアリの行列もしくは巣を確認し、在来アリの存在を調査した。

3-2 アグレッションテストの検証
5年前の実験結果からは、各務原市の個体と田原市の個体は敵対性が弱くなっていると結論づけているが、今年度の実験結果からは、激しく敵対性を示すことがわかった。原因は、5年前の実験では、アリを識別するためにローダミンで赤く染色した砂糖を十分に与えていためと考えることができる。満腹なアリは敵対性を示さないのではないかと仮説を立て検証した。

3-3 体表炭化水素に対する巣仲間認識
アグレッションテストでは、双方のアリが触覚でお互いの体表に触れてから、攻撃行動や逃避行動が観察された。そこで、体表炭化水素(体表のにおい)だけで、敵対行動が見られるのかを検証するために、アルゼンチンアリの体表炭化水素を染み込ませたろ紙を敵対するコロニーの行列や巣に
近づけて、行動を観察した。

3-4 行列が示す合成道しるベフェロモンの濃度曲線
アルゼンチンアリの行列が障害物により歪曲して途切れているように見える場所に、ヘキサンで100万俯から1億倍に希釈した合成道しるベフェロモンをデスクペンで塗布し、行列が形成されるまでの時間を計測した。

4 研究結果

4-1分布調査
廿H市市木材港南の南端で広島湾に面した道路沿いを調査した。6年前の調査記録では、アルゼンチンアリの生息している一帯ではセミの鳴き声がしなかったとあった。しかし、今年はクマゼミやアブラゼミの鳴き声が聞こえたのはもちろん、在来アリの数種類を観察することができた。道路の縁石に沿って徘徊していたのが、ヤマアリ亜科のクロオオアリやクロヤマアリ、フタフシアリ亜科のアミメアリはサッカーボール大の石の下に大きな巣を作っており、同じくフタフシアリ亜科のトビイロシワアリは樹上に行列を作っていた。
アルゼンチンアリと同じカタアリ亜科のルリアリも工場の植木にいるところを見つけることができた。道路を挟んで北側の草むらではアルゼンチンアリの巣を発見し、採集した。
神戸市ポートアイランド北埠頭、中埠頭および北公園付近の調査では、アリ類はアルゼンチンアリのみで在来アリを見つけることはできなかった。また、3kmほど北にある摩耶埠頭においてもアリ類はアルゼンチンアリのみの採取であった。この結果は昨年と同様であり、4つのスーパーコロニーがせめぎあっているため、分布域はそれほど広がってはいないようである。
京都市の調査は今年初めて行った。伏見区中書島駅から北東に調査を進め、宇治)11沿いに中書島駅に戻るコースで調査した。アリ類を見つけることはほとんどなかったが、中書島駅の東側の公園で、アルゼンチンアリ1頭、クロヤマアリ1頭を観察することができた。また、中書島駅前のタクシー乗り場横の植え込みでアルゼンチンアリの行列を発見し、採取した。
田原市では、4年前の調査でアルゼンチンアリが見られたところにも、今年は在来アリを多く観察することができた。今年も田原市役所の北東に位置する大手公園の調査では、オオズアリ、トビイロシワアリ、アミメアリなどの在来アリを確認することができた。田原まつり会館、慶雲寺、城宝寺ではアルゼンチンアリを見ることはなかったが、在来アリも見つけることができ
なかった。市役所から北東1kmに位置する田原中部小学校の周囲及びその西側駐車場ではアルゼンチンアリを採取した。
各務原市の赤坂神社の林は、うっそうとしているものの、アルゼンチンアリの巣を多く確認することができた。
神社の祠にもアルゼンチンアリの3~5列に広がった行列をいくつも見つけることができ、石垣の隙間に巣を作っていた。アルゼンチンアリの分布拡大は神社から北方向に進行しており、林の中はアルゼンチンアリに占領されていることがわかった。加茂郡坂祝町の調査では、ベイト剤等の駆除活動の成果により、ほとんど観察することはできなかったが、駐車場と草むらの境で行列を見つけ、採取した。また、空き家になっている家屋の周囲にもアルゼンチンアリの行列を確認した。

4-2アグレッションテストの検証
(結果にて、単にアリと表記しているものはアルゼンチンアリを示す。)
フィルムケースの中に豊橋市と各務原市の野外のアリを入れると激しく敵対性を示し、お互いに連続した攻撃を行った(写真2)。しかし、どちらかをエサで満腹にすると、逃避したり攻撃したりはするものの、連続することはなかった。満腹同士では、お互いに攻撃を行うが、野外のアリ同士のような激しい攻撃は見られなかった。

4-3体表炭化水素に対する巣仲間認識
各務原市のアリの休表炭化水素を染み込ませたろ紙を豊橋市のアリの行列に近づけても変化はなかった。しかし、行列のアリを数頭フィルムケースに入れて、同じろ紙を近づけると激しく攻撃を始めた。また、行列のアリ数頭を満腹にして同じろ紙を近づけると、ろ紙に近づいてきて、素早く動き回った。

4-4行列が示す合成道しるベフェロモンの濃度曲線
50ng/Lの濃度で最もアリを引きつけ行列を作り、5?g/Lでは寄っては来るが行列を作らないことがわかった。
先行研究が画用紙の上で行っているのに対し、本研究では野外の行列で行っており、方法は異なっているが同じ結果となった。また、50ng/Lより薄い濃度においても行列は見られるが、行列が作られるまでに時間を要することがわかった。

5 考察
5-1分布調査
廿日市市の調査結果から、クロオオアリやクロヤマアリが観察されたことは、在来アリが戻ってきていると考えることができる。これらの在来アリは、アルゼンチンアリの侵入により真っ先に見られなくなるアリで、アルゼンチンアリヘの耐性が最も低いと言われているからである。
神戸市の4つのスーパーコロニーは道路を挟んでお互いが生存しており、その分布範囲も変化していない。まだアルゼンチンアリが侵入していない地域への侵入はあると思われるが、せめぎあっている場所ではお互いが拮抗していると考えることができる。京都市では2m間隔でベイト剤(毒餌)が道路の路肩に並べてあるなど、計画的に駆除されていることが伺えた。
市街地に入っても、各家庭の玄関先や公園にも置かれており、啓蒙活動も浸透しているように思われる。田原市においても、在来アリが戻ってきているので駆除は進んでいるが、分散したアルゼンチンアリの巣が見られたことから、継続した防除活動が必要であると思われる。各務原市や坂祝町においても住民からの苦情は少なくなったと聞いているが、調査から国道沿いに分布を広げていることがわかった。

5-2 アグレッションテストの検証
5年前の実験は、満腹状態でのテストであったため、一部攻撃制が弱い結果となったと思われる。今回のテストから、図2(注:図/PDFに記載)のような相関図となった。飼育下では、エサの量を調節するなどして、実験を行う必要を感じた。実際、飼育下でエサを十分に摂ったアリは動かないでじっとしていることが多いことが観察されていた。
5-3 行列が示す合成道しるベフェロモンの濃度曲線
最滴濃度の合成道しるベフェロモンを用いた誘導駆除方法を考えていきたい。

6 今後の展望
実験中、野外を徘徊するアリとエサを与えられたアリとでは、合成道しるベフェロモンに対する行動の違いがみられた。この行動も考慮した最適濃度の合成道しるベフェロモンを使った駆除活動を提案していく。また、体表炭化水素を染み込ませたろ紙を用いてコロニーの識別に使うことができないか検討していきたい。ニホンミツバチの巣を襲っているところも確認できたので、アリ類以外との関連「生についても調査していきたい。