2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

生徒実験におけるPCR法の導入と、それによる希少生物の保護に向けた研究―PCR法によるヒト(縄文人・弥生人)遺伝子型判定の教材化―

実施担当者

村田 満

所属:高川学園中学校・高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 新教育課程のコンセプトが科学力(理科・数学・情報)の向上であるため、各教科書会社の改訂作業にも最新の知識を掲載するためのエ夫が随所にみられる。中でもiPS細胞の臨床治療が行われるようになり、高校生物の遺伝学や発生学の分野は、これまでの遺伝の法則(中学理科3に移行)が消え、遺伝子のはたらき(生物と遺伝子、遺伝子の均等配分、タンパク質の設計図、遺伝情報の発現、遺伝子の発現調節)が約2割(生物基礎23%、生物17%)を超えた。しかし、遺伝子の糾み換えや解析を行う機器が不足するため、ほとんどの高校が座学に偏っている。そこで本助成事業により実験機器を幣備し、実践可能な指導方法を確立することを目的とした教材研究を行った。
一方、生徒の研究活動では、授業で縁遠い遺伝子解析が身近にある。例えば、本校の科学部ではオオサンショウウオの生態研究を行っているが、チュウゴクオオサンショウウオと純血種の雑種間題に苦慮している。また、固有種のイシガメとクサガメが、外来種のアカミミガメからの駆逐と遺伝子汚染により絶滅の危機に瀕している。その検証を本校では京都大学に依頼し、遺伝子解析の結呆を受けとり研究に利用しているが、生徒の体験的な学習とは異なるものである。
そのため、高校生への遺伝子に対する知識の浸透をはかる目的で、誰もが関心を持つ自分のルー
ツ「PCR法によるヒト(縄文人・弥生人)の遺伝子型判定」の教材化を試みた。また、この手法により、身近な野生の絶滅危惧種へと研究の領域を広げていくようすを紹介する。


2 研究内容
2-1 PCR法の教材化について
 実験器具機材・試薬に助成金30万円を使用した。内訳は図に示したとおりである。もちろんこれだけで分析ができるわけではない。謝辞にも述べた各方面からの助成も受けている。
 以下に「ヒト遺伝子NADH脱水素酵素サブユニット2」に関する遺伝子の増幅と制限酵素による処理について述べる。
〔準備〕
材料:ヒトの口腔上皮細胞
薬品:ND2プライマー(前・後)、DNAポリメラーゼ(DNA合成酵素)、緩衝液、dNTP(dATP、dTTP、dCTP、dGTPを含むもの)、制限酵素AluIなど
器具:綿棒、FTAカード、PCRチューブ、サーマルサイクラー、電気泳動装置など

〔方法〕
①DNA採取と調整:FTAカードl枚と綿棒をセットにし、チャック付きビニール袋に保管
②ND2遺伝子の増幅:(94℃2分→94℃30秒→53℃30秒→72℃l分→72℃5分)X32サイクル
③制限酵素処理によるND2遺伝子の遺伝子型調査(判定)

〔結果〕
口腔細胞は23名(教員11名、生徒12)から採取した。この提供に協力していただいた人たちはいずれも好意的であり、判定結果を各人に伝えたところ、非常に喜んでいただいた。
実験結果で不安な点は、電気泳動の際に表れるバンドである。写真の下がスポット位置で、下から上に移動した物質が2本のバンドを形成している。マーカーに対して同じ高さのバンドが5178C型で、1段低いバンドを形成しているのが5178A型である。デジタルカメラでの撮影では、ブラックライトとフィルターの条件を、事前に調べておくことが大切である。

〔考察〕
DNA提供者23名のうち5名が5178A型であり、これは全体の21.7%が母系先祖に弥生人を持つことを意味している。また、実験手法については酵素反応やゲルヘのスポッテイング、バンドに対するブラックライト照射量など写真撮影の工夫も璽要であることが分かった。
これを先行研究(萩高校:5178A型39.9%、C型60.1%)と比較すると大きな差が認められた。瀬戸内海側の防府市に位置する本校と、朝鮮半島に隣接する日本海側の萩市では、弥生人の渡来ルートに時間的な差が生じていることが推察される。我が国における弥生人の集落跡は褐岡県に多くみられるが、山口県下関市豊北町の土井ヶ浜遺跡『人類学ミュージアム』には、弥生人と縄文人の共生集落跡が保存されている。地域集団の遺伝子型の特徴と、古代人の発掘調査の結果など、地理的な条件が関係するのではないかと推察させることは、教育効果としても奥味深い。

〔教材化〕
以上の結果から「実験書B5版1枚」を作った。これを使った授業中の生徒実験は、平成29年度から実施することが可能となった[資料参照]。他の生物についても教材化したいと考える。

2-2 希少生物の遺伝子汚染
① オオサンショウウオの遺伝子汚染
 外来生物は、在来生物の絶滅を引き起こす主要な要因となる。一般的には捕食や競争、非生物的環境の改変が理由としてあげられるが、雑種による遺伝子汚染も固有種の絶滅に強くはたらくことが分かってきた。また、ニッチ上位の種における個体数の減少は「種の絶滅」につながる。多くの絶滅危惧種において現状の掌握と対策が求められている。

② ニホンイシガメの遺伝子汚染
 クサガメは江戸時代に帰化したため固有種として認められており、イシガメとの雑種をウンキュウと呼び珍重されている。しかし、ミシシッピーアカミミガメは遺伝子汚染とされている。固有種としての定義を、遺伝学的にも確立する必要性が高くなってきた。


3 まとめ
 PCR法の教材化を目的とし、ヒトND2(NADH脱水素酵素サブユニット2)遺伝子の解析について実験書(BS判l枚)を完成した。この手法により絶滅危惧種のオオサンショウウオやニホンイシガメの遺伝子解析に使用できるようさらに研究をすすめていきたい。分析機器が備われば高校生の知識でもPCR法による遺伝子判定が可能であることを証明できた。