2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

生徒が実験計画を立てる化学の授業-論理的思考力の育成を目指して-

実施担当者

足立 敏

所属:愛知県立豊野高等学校 教頭

概要

1 はじめに
 実験甚に則して手順の決まった実験を行うことは、器具操作スキルの獲得には有効であるが、思考力を鍛えることはできない。教師によって準備された試薬を、指示された手順で混ぜ合わせ、予定された結果が出るかどうか確認する、といった予定調和的な実験では、生徒の主体的な探究心を育むことはできない。それどころか思考停止に陥りやすく、理論を伴わず結果を見てしまい、正しい観察ができないことが危惧される。生徒にとって最も思考力が試されるのは、実験計画自体を自分たちで考えることである。
 そこで、高等学校「化学基礎」、「化学」の各単元の学習後に化学実験を実施し、各回とも実験計両を生徒に考えさせ、それを繰り返し行うことで論理的思考力や創造性を育成しようと考えた。論理的に計画が構築されていなければ実験は正しい結果を生み出さない。トライ&エラーを経験することで、思考していく楽しさを味わえるような展開を目指した。実験計両を立案する過程では協同学習のスタイルを取り、言語活軌を活発にさせ、相手に筋道の通った説明ができる力を養う。他者に伝える経験を槙み重ねることで、自らの知識を再構築し精緻化させ、次の取組につなげられるようにしていく。なお、自分の意見を持つためには、ものを考える習慣を身につけるとともに、さまざまな間題に関心を持ち、知識を蓄えることが重要であることも伝えていきたいと考えた。


2 生徒に提示する実験課題
 授業で扱う内容に即して、当初計画した生徒への提示課題(1)~(6)を以下に掲げる。いずれの課題も共通して、1時間目に実験計両を立て、2時間目に実験を実施するという流れである。あわせて、ねらいや望ましい解答への道筋についても述べる。

2-1 金属Xの正体は何か?
金属Xは、Mg、Al、Ca、Fe、Zn、Snのいずれかであることがわかっている。計画を立てて実験することで、金属Xの正体を突き止めよ。

 この課題は、原子量、分子量、物質量(mol)、そして化学反応式の量的関係を学習した後に実施する。金属Xが何であるか調べる方法はいくつか考えられるが、既習知識を活用して考えるならば、金属Xを塩酸などの希酸と反応させて溶解し、その際発生する水素の体積を計測することから、金属Xの原子量を求めて推定する方法が一般的である。とはいうものの、最初の課題としてはレベルが裔いかとも感じたので、実施直前の授業の中で、この実験と同じ手順である、MgやAlと塩酸を反応させて出てくる気体(水素)の体積を計算で求める問題練習を行った。

2-2 塩酸の濃度は何%か?
スーパーやドラッグストアで売っているトイレ用洗浄剤「サンポール」には塩酸が入っている。計画を立てて実験することで、塩酸が何%ぐらい入っているか求めよ。

 この課題は、溶液の濃度を学習した後に実施する。身近にある題材を扱うことで、化学が生活の諸場面に活用されていることを知るきっかけにもなると考えた。中和滴定によって求めるのが一般的だが、先述の「(1)金属Xの正体は何か?」で行った方法と同様な実験で、既知の金属(MgやAlなど)と反応させた際に発生する水素の体積を測定することから塩酸の最を計算させようと考えた。同じような実験方法を異なる単元に適用することで、知識の転移を促し、強固な地のネットワークを形成させようというねらいである。もちろん、酸・塩基の学習をした後に再度行うことも効果的であると考える。

2-3 白い粉の正体は何か?
A~Eの白い粉がある。これらは、シュウ酸、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化アンモニウムである。計画を立てて実験することで、どの粉が何であるか突き止めよ。

 この課題は、酸・塩基の学習した後に実施する。用意された5つの白い粉は、酸、塩基、塩のいずれかである。水に溶かしたときのpHの値を測定すれば、ある程度の予測がつく。その上で、酸には塩基で、塩基には酸で滴定をすれば、確実に決定できる。最初の選別には、リトマス紙やBTB溶液を使えばわかるが、滴切な場面で万能pH試験紙の活用を誘導しようと考えた。

2-4 金属A?Dは何か?
A~Dの金属片がある。これらは、亜鉛、マグネシウム、スズ、銅である。計画を立てて実験することで、どの金属が何であるか突き止めよ。

 この課題は、酸化還元、イオン化傾向、電池を学習した後に実施する。イオン化傾向の大小を決めることができれば解答にたどり着くことができる。個々の金属の性質を確かめていく方法もあるが、2つずつ選んで電池を形成させ、起電力(電位)を測定すれば、数分で結果を出すことができる。そのことに気づかせるように誘導をしていく。

2-5 溶液A~Gは何か?
A~Gの溶液がある。これらの中には、Ag+、Pb2+、Cu2+、ca2+、Al3+、Fe3+、Fe2+、Sn2+、Mn2+、Ca2+、Ba2+、Na+、K+、Li+のうちのいずれか1種の金属イオンが入っている。A~Gの溶液中の金属イオンが何であるか、実験により決定せよ。また、そう考えた理由を答えよ。

 この課題は、無機各論(金属)を学習した後に実施する。過去10年以上にわたり実施してきた実験であり、実施ノウハウや評価法の蓄積もあるので、効果的な実施が期待できる。この実験は、ひとつの実験結果を受けて、その場で次の実験計画を立案していくことが要求されるので、生徒の思考の負荷は大きいものとなる。知識の量よりもその活用を重視したいので、実験室には教科書、ノート、参考害など、何でも持ち込むことを推奨し、資料をいつでも検索できる環境を作る。また、
同定したことよりも、なぜそう考えたかという思考の過程の記述を重視する。

2-6 芳香族A~Eは何か?
A~Eの芳香族(液体、あるいは固体結晶)がある。計画を立てて実験することで、どれが何であるか突き止めよ。そう考えた理由を答えよ。

 この課題は、有機化学(芳香族)を学習した後に実施する。これも過去数年の実施経験があるので、効果的な実施が期待できる。上記(5)と同様、同定したことよりも、なぜその考えに至ったかという思考の過程を記述させることに重点を圏く。過去の実践から、同定理由を記述(あるいは言葉で説明)することが苦手な生徒が多いことがわかっており、論理に綻びがあることが多い。例えるならば、詰め将棋で敵の王将の逃げ場がまだあるのに詰んだと思ってしまったり、犯人を証拠不十分なまま検挙してしまったりするケースが頻出するということである。論理立てた筋道で考えるトレーニングには適している課題であると考えている。


3 実施過程および結果
 実施過程では、知性は他との相互関係の中で発動するものであるという考えに基づき、小グループ、クラス全体など、規模を変えた集団における話し合いを積極的に取り入れた。いずれの実験課題についても、実施の大まかな流れは以下の通りである。

・1時間目…まず各自でどのようにしたら同定できるか考える。次に、班ごとに実験方法を話し合い、ミニホワイトボードに書き込む。クラス全体で各班の発表を行ない、他の班の意見を参考にして再度班ごとに実験計画を立てる。その後、実験器具の準備を行なう。
・2時間目…各班に実験計画に基づいて実験を進める。物質の同定と、そのように推定した根拠を記述していく。その後、クラス全体に発表し、結果を共有する。

 実施した結果からは多くの課題が浮かび上がった。まず、実施前の授業でヒントとなる同様な演習課題を繰り返し行っているにもかかわらず、実験方法を思いつくことのできない班が少なからずあった。たとえば、過去に得た知識が出てくることは喜ばしいことではあるが、直前に学習した内容が定着しておらず、適切な実験方法が提案できないことがしばしばあった。班での話し合いの最中に、正解に最も近い班に対して教師側から発問をしながら誘導し、その班の発表を聞くことで他の班も改善できるよう画策し、何とか全班が望ましい実験にたどり着くよう指導した。
 実験計画を立てる過程では、言いたいことはわかるが表現力に欠ける班や、説明が不十分な班が見受けられた。一例を挙げてみよう。「2-1 金属Xの正体は何か?」の課題にて、「塩酸に溶かす」とだけボードに書いているグループがあった。

教師「溶かすとどうなる?」
生徒「溶ける。」
教師「溶けたらどうなる?」
生徒「水素が出る。」
教師「水素が出たら、それから?」
生徒「はかる。」
教師「はかるって、何を?温度とか?」
生徒「たぶんちがう」。
教師「じゃ、何はかる?」
生徒「・・・、重さ? 体積?」

 上記のように、いちいち聞かなければ説明ができない。はじめから順序立ててパネルに古くことができないケースで、言語表現の力不足が課題として浮かび上がった。しかし、回を重ねるにつれ、表現力が増してくることもわかった。もちろん、教師側が期待したような、他の班から得た知見を自班のものとして実験計画を再構成し望ましい結果を出せた班も半数以上はあったのだが、予期せぬ行動をする班に注目することで今後の実践に生かそうと心がけた。上記のような失敗をした班も、よく行われているような「手順を示した実験」に取り組ませれば滞りなく行うことができ、問題として取り上げることはなかったのかもしれない。


4 まとめ
 論理的思考力を育成するために、「物質の同定」という統ーテーマで、化学実験の実験計画を生徒自身に考えさせる一連の取り組みを行った。
 まず、直前に類似する課題を行っても、場面が変わると応用ができず、また始めから考え直してしまう生徒が少なからずいるということが明らかになった。しかし、そのことを意識させて話し合いをさせることで、応用すればいいという意見が出てくるようになる。これは回数を重ねるごとにスムーズにできるようになってくる。
 また、実験計画を立案させることで、実験自体に主体的に取り組むことができるようになり、観察、測定の場面でも、何に注目すればよいかという意識が明確になることがわかった。主体的に取り組んでいない実験では、日的が定まらずに注目するポイントが曖昧で、思いつきで予期せぬ行動を起こすケースも生じた。回数を重ねていくと、論理的に実験をデザインしないと望ましい結果が得られないことを知り、実験をするためには論理的思考をせざるを得ないことを理解してくれるようになった。グループによる実験計画の吃案、発表を通しだ情報交換が、論理的思考力の育成に一定の効呆があることがわかった。