2012年[ 中谷賞 ] : 年報第26号

生体磁場計測と空間フィルタ法による非侵襲脊髄機能イメージングの開発

研究責任者

足立 善昭

所属:金沢工業大学 先端電子技術応用研究所 准教授

概要

1.はじめに
日本には頚椎症性脊髄症や椎間板ヘルニアなどの脊椎・脊髄変性疾患が多く、高齢化社会を迎えて、その数は増加の一途にある。これらの変性疾患は、椎間板の膨隆や、靭帯の肥厚、骨の変形を生じ、そのため脊髄が局所的に圧迫された状態となる。また、靭帯骨化症や脊髄腫により、神経の圧迫を生じる患者も多く、これらの患者数を合わせると年間約50 万人以上にのぼると言われている。圧迫された部位では、神経信号の伝導が阻害され、その結果、手足のしびれや麻痺、歩行障害、巧緻運動障害などの神経症状を示す。言い換えれば、手足のしびれや麻痺などの症状は、その真の原因が手足自体ではなく、手足から脳に至る途中の脊髄神経の圧迫による伝導障害である場合があり、その見極めが重要である。
これらの疾患は脊髄への圧迫を外科的な手術で取り除くことによって根治可能である。手術中の患者の負担をより軽減するためには、また、手術によって効果的な結果を得るためには、神経障害の部位を手術前に正確に把握し、手術の範囲を限定することが重要である。従来、このような障害部位の特定には、問診による神経学的所見や、X線画像、MRI などの形態的な画像診断情報に頼っていた。しかし、形態の異常が必ずしも病変位置であるとは限らない。つまり、形態的画像では圧迫がないように見えても伝搬障害が発生している場合や、その逆に形態的画像では圧迫があるように見えて、伝導障害のない場合もある。また、高齢者に特に多く見られる図1(a)のような場合、形態的画像からは手術の必要な範囲を限定することができず、第3頚椎から第7 頚椎までのすべての椎間に対して除圧をせざるを得ないことがある。より精度の高い診断のためには形態的な画像診断情報のみならず、神経生理学的な脊髄の機能検査を行うことが不可欠である。
図1(b)は従来の脊髄機能検査の例として図1(a)の患者の頚椎に硬膜外カテーテル電極を挿入し、電位計測を行ったものである。電気刺激に誘発された神経信号が脊髄を伝導する様子が観察できる。この結果から第3 頚椎と第4 頚椎の間に機能障害があることが術前にわかり、手術の範囲をあらかじめ限定することができる。しかし、この検査は脊柱管内への電極の挿入を必要とし、患者への侵襲性が高くならざるを得ない。とりわけ頚部への電極挿入は、特殊な手技を必要とする。このため、電位計測による脊髄機能検査はその必要性は認識されながらも、施術できる機関が限定されており、広くは普及していないのが現状である。また、皮膚表面電極による電位計測は、非侵襲の計測ではあるが、生体内の導電率分布の影響により電位分布が歪む。これにより、脊椎という不導体に囲まれた脊髄の活動については診断に必要な空間分解能が確保できないという問題がある。
一方、体内の電気的な活動に伴って発生する微弱な磁場を、体外に配置した高感度磁場センサにより検出し、その磁場源のふるまいを観察する生体磁場計測という手法がある。体組織の透磁率は種別によらず真空とほぼ等しく一定である。したがって、体外で観測する磁場分布は体内の脂肪や骨などの影響を受けず、表面電極による電位計測では不可能だった高空間分解能な体内の電気現象の観測が可能となる。また、体内に電極を挿入することもなく計測可能である。
体表面で観測される磁場はきわめて微弱で、地磁気の10 億分の1 から100 億分の1 の大きさしかない。そのため、数fT(=10-15T)の磁場分解能を持つ超伝導量子干渉素子(SQUID)磁場センサでのみ検出可能である。これまでに体表面に数10~100 箇所以上に配置したSQUID磁場センサによる高感度磁場計測技術を基盤とした多チャンネルの脳磁計1),2)や心磁計3)が生体磁場計測の応用としてすでに実用化されている。生体磁場計測は陽電子放射断層撮影法(PET)や機能MRI(fMRI)のように、人体に放射性同位元素をドープしたり、強磁場に曝露したりすることなく完全に非侵襲で神経活動の情報を得られる。また、PET やfMRIと異なり、神経活動の代謝ではなく神経の電気的な活動を直接検出できるので、ミリ秒オーダーの高い時間分解能での観測が可能である。
われわれはSQUID による生体磁場計測の非侵襲性、高時間分解能、高空間分解能という利点を活かし、脊髄電位計測に代わる非侵襲的な脊髄機能検査法を可能にするSQUID 脊髄磁場計測の研究開発を進めてきた。近年、実際の病院で患者を対象に適用しうる脊髄磁場計測システムと、計測した脊髄磁場から空間フィルタ法によって脊髄周囲の電流分布を可視化し、診断に必要な情報を提供する脊髄機能イメージングが可能になってきた。本稿では、これまでに開発した装置と得られた成果について述べる。
2.神経細胞による信号伝搬
脊髄の神経信号の伝搬を担っているのは、神経細胞の軸索に沿って連鎖して発生する膜電位の変化である。この膜電位の変化は活動電位と呼ばれている。脊髄機能イメージングでは、この脊髄の神経細胞軸索を伝搬する活動電位に由来する微弱な磁場を、体表面にてSQUID で検出し、その磁場の分布から脊髄周囲の電流分布を再構成し可視化する。
活動電位が発生している部位では、細胞内外に発生したイオン流により図2(a)に示すような局所的な電流分布が存在する4)。細胞内では、膜電位の変化によるイオンチャネルの開閉と、イオンの浸透圧による能動的な膜電流に起因する互いに逆向きで対になった局所電流が形成される。一方、神経細胞の外では体積電流と呼ばれる電流が細胞内の局所電流を補償するように広い領域に分布する。脊髄の神経信号の伝搬に伴う磁場はこれらの細胞内電流と体積電流が磁場源となる。結果として、図2(b)で模式的に示されるような四重極パターンの磁場分布が体表面で観測される。活動電位が軸索を伝搬するにつれて、この磁場分布も移動する。その移動速度は、軸索の直径や体温などにも依存するが、おおむね30~120 m/s である5)。
3.脊髄磁場計測システム
3.1 システム構成
図3 に開発した脊髄磁場計測システム(以下、脊磁計)のシステム構成図を示す6),7)。われわれはこれまでに動物実験用脊磁計8)と2 つの座位被験者用の脊磁計9), 10)、2 つの仰臥位被験者用の脊磁計を試作開発してきたが、いずれの計測システムも基本的な構成は同様である。
脊磁計は大きく分けて、1)SQUID 磁束センサアレイによる磁場検出部、2)液体ヘリウムを保持し、センサを超伝導状態に保つための低温容器、3)SQUID 駆動回路や増幅・フィルタ回路を含むアナログ電子回路、4)アナログ電子回路からの出力、すなわち検出した磁場信号をデジタルデータとして記録するデータ収録部、5)被験者に外的刺激を与える刺激装置、6)システム全体を制御し、データの可視化、解析を司る解析・制御装置、7)外部からの擾乱磁場を遮蔽する磁気シールドルームから構成されている。
3.2 磁場検出部
計測した磁場分布から推定される磁場源の位置情報をより精度よく求めるには、観測領域にセンサを多数配置して、より多くの磁場信号を取得する必要がある。しかし、脊髄磁場計測では頚部背側のように、観測領域が狭い場合が多く、配置できるセンサ数に限りがある。そこで、磁場ベクトルの直交する3 成分を同時に取り出すベクトルSQUID 差分型磁束計を新たに開発し、限られた領域でできるだけ多くの独立した磁場情報が得られるようにした11)。ベクトルSQUID 差分型磁束計では図4 に示すように、同軸差分型ピックアップコイル1 つと平面差分型ピックアップコイル2つがそれぞれ直交するような向きに配置されており、おのおのが個別のKetchen タイプの低温SQUID の入力コイルに結合されている12),13)。これにより、円筒軸方向(z 成分)と円筒軸に直交する方向(x、y 成分)の磁場信号を同時に検出し、擬似ベクトル的に磁場情報を得ることができる。差分型ピックアップコイルはグラスファイバー強化樹脂(GFRP)のボビンにニオブ細線を巻いて作られており、観測対象に近い方のコイル(図中では下のコイル)と遠い方のコイル(上のコイル)で逆向きに巻かれている。遠来の環境磁場雑音は両方のコイルを一様に通過するので、キャンセルされる。一方、センサ近傍の観測対象からの磁場は距離による減衰が大きいため、下のコイルには多くの磁場成分が通過するが上のコイルにはほとんど通過しない。結果として、遠来の雑音磁場が除去され、センサの近傍の磁場のみを大きく検出する仕組みである。上下のコイルの距離(ベースライン長)はセンサと観測対象の距離を考慮して設計する必要があるが、脊磁計では68 mm とした。
このベクトルSQUID 差分型磁束計を5×8 の準マトリックス状に40 個配置し、センサアレイを構成している。センサの間隔は20 mm で、センサアレイ正面から見たときの観測領域の大きさは140 mm×90 mm である。被験者の頚部背側の形状に合うように、側面から見るとゆるやかな円弧状にセンサが配置されている。この円筒面の曲率半径は、東京医科歯科大学整形外科の外来患者の頚部形状を調査して決定した。
3.3 センサ駆動回路
図5 は脊磁計で使用しているSQUID の典型的な磁場-電圧特性である。一般にSQUID の磁場-電圧特性は図に示されるように周期性を示し、非線形でかつダイナミックレンジも限られたものである。そのため、SQUID からの出力信号は、Flux Locked Loop(FLL)と呼ばれる回路により、線形化とダイナミックレンジ向上が図られている。FLLはSQUID ループを鎖交する磁束の変化量がつねにゼロになるようにSQUID の信号を磁場的に帰還し、その帰還量を磁場変化量として出力する仕組みで、SQUID の駆動回路として広く利用されている。脊磁計のFLL は回路構成が比較的簡単で多チャンネル化が容易なDirect Offset Integration Technique(DOIT)方式のFLL14)をもとにしている。
従来の硬膜外カテーテル電極による電位計測から、脊髄磁場信号の周波数帯域は300 Hz~2 kHz程度であると予測されていた。一方、一般に脳磁場や心臓磁場などの生体磁場の計測に影響を与える大きな磁場的ノイズの要因は、1 Hz 以下の低周波領域のノイズや、商用電源からの50 Hz もしくは60 Hz のノイズである。つまり、脊髄磁場信号の信号周波数領域は、これらのノイズの帯域とは重複しない。したがって、FLL の出力段でこれらのノイズ領域、とくに低周波のノイズを可能な限り遮断することにより、ダイナミックレンジや信号雑音比を向上させることができる。
そこで、脊磁計のFLL には線形化のための帰還系に加えて、低周波のみを選択的に帰還し、低周波の帯域を制限する積分回路を付加している。このFLL を二重積分器型と呼ぶ10)。二重積分器型のFLL のブロック図と、脊磁計FLL の周波数特性を図6 に示す。
FLL を介したSQUID 磁束計の磁場感度は約1~1.5 nT/V で、白色雑音領域における磁場分解能は平均で3 fT/Hz1/2 以下となった。
3.4 低温容器
低温容器は、SQUID を液体ヘリウム中に保持し、超伝導状態に保つための容器である。真空断熱層を含む2 重構造をもち、磁気計測を妨げないようにGFRP で作成されている。従来の低温容器は液体ヘリウム貯蔵部の底面にセンサを配置する構造が一般的であった。この構造は、対象物に上からセンサを近づけるため、背側の脊髄の磁場を計測する際に、被験者がうつぶせで横になる必要がある。しかし、うつぶせの状態では被験者は胸部や腹部が圧迫された状態になるので、その姿勢を安定的に保持することがしばしば困難である。一方、被験者の姿勢を仰臥位とした場合は、計測中の姿勢を楽に保つことができるため、より安定性の高い計測が可能となる6),7)。被験者の疾患が重篤な場合には仰臥位での計測がとくに有効である。
仰臥位の被験者の背側にセンサを配置するため、センサ保持部が円筒状の本体の側面から水平方向に突き出たような特徴的な構造を持つ低温容器を新たに設計、開発した。図7(a)にその内部構造と寸法を、図7(b)に外観を示す。頚部の脊髄磁場を計測する場合、被験者は図3 に示すように、頭部と頚部をはみ出させてベッドに仰臥位で横になり、頚部をセンサ保持部で支えるようにして計測する。
図7(c)は低温容器の円筒部本体の内側から突起部分を見たときの写真である(図7(a)の白い矢印の方向)。前述のセンサアレイが、センサ保持部の上面に沿って、鉛直上方向きに実装されている。センサ保持部上面が、センサアレイの形状に合わせた円筒面になっており、被験者はこの部分に頚部や腰部を密着させて磁場計測を行う。被験者と接する観測面の壁厚(室温-低温距離)は薄い方がセンサを磁場源に近づけられるので、より大きな磁場信号を得ることができて有利である。観測面を円筒面構造にすることで、強度を保たせながら、真空層を3 mm に抑え、全体で7 mm の壁厚を実現した。
低温容器の液体ヘリウムの容量は約70 リットルで、1 度の充填で約1 週間SQUID の超伝導状態を保持できる。また、低温容器内部の熱勾配を抑制し、液面がセンサの位置より下方になっても、SQUID が動作するように設計されている。
3.5 X 線撮像
生体磁場計測で脳機能の検査を行う脳磁計では、磁場源解析で得られた神経の活動状態を、別途MRI で得られる脳の形態的な画像情報に重畳して表示するのが一般的である。しかし、関節のない頭骨に囲まれた脳を対象とする場合と異なり、脊髄が対象の場合、磁場計測時とMRI 撮像時で同じ屈曲状態を再現するのは困難である。また、計測の信頼性と再現性を維持するためには、計測時の被験者の脊椎とセンサアレイの相対位置を正確に知ることが重要である。そこで、X 線撮像器を低温容器のガントリに搭載することでSQUID 計測システムと組み合わせ、計測しているその場での形態画像情報の取得を試みた。図8(a)に脊磁計にX 線撮像器を組み合わせた状態を示す。図中右側のX 線照射器からX 線が照射され、低温容器を通過し、被験者の頚部を透過してその形態像を左側のX 線撮像パネルに投射する。図8(b)に示すように、得られたX 線画像にはセンサアレイと被験者の頚椎が同時に写るので、それらの位置関係を明確に知ることができる。
4.空間フィルタ法による電流分布再構成
計測した脊髄磁場の分布からその起源となる神経活動による電流分布を求めることを磁場源解析という。これは多くの場合不良設定問題となり、必ずしも解が一意に定まるとは限らない。脳磁計をはじめとする生体磁場の磁場源解析の手法として、近年空間フィルタ法と呼ばれる手法が注目されており、さまざまな空間フィルタが提案されている15),16)。本節では空間フィルタのうちUnit Gain Minimum Norm 空間フィルタ法(以下、UGMN 空間フィルタ法)による磁場源解析について簡単に述べる。
時刻t における脊髄磁場信号を頚部近傍に配置したM 個のセンサで検出したとして、それぞれのセンサで得た磁場信号bi(t)を要素にもつM次元のベクトルをb(t)=[b1(t), b2(t), ..., bM(t)]T と定義する。一方、脊髄を含む関心領域中の点r=[x, y, z]に位置する電流密度ベクトルをj(r, t)=[jx(r, t), jy(r, t),jz(r, t)]T とする。ここで、位置r の電流密度に対するセンサの感度を表すlead field 行列と呼ばれる行列L(r)を導入すると、b とj の関係はと表すことができる。n(t)は各センサの出力に加わるノイズni(t)を要素にもつベクトルである。L(r)はここではM×3 の行列で、各要素は電流と磁場の関係を表すBiot-Savart の式により求めることができる。
ここでの目的は、測定した磁場データb(t)から電流分布j(r, t)を得ることである。空間フィルタ法では、測定データb(t)に対する位置r の電流密度への重み行列W(r)を定義し、これをb(t)に作用させて、再構成された電流密度jr(r, t)を得る。すなわちである。UGMN空間フィルタ法ではこのW(r)をとして、再構成電流を求める。ここでG はグラム行列と呼ばれ、センサ間のlead field の類似度を表すものでと定義される。
UGMN 空間フィルタ法は、磁場源とセンサの距離が一定でない場合に適用しても、再構成される電流の密度が安定に推定できるという特長を持つ。脊髄磁場のように磁場源が湾曲した脊髄神経上にある場合にとくに適している。
5.脊髄磁場計測実験と結果
5.1 胸髄刺激の場合
この節では、東京医科歯科大学整形外科に開発した脊磁計システムを設置して、脊髄磁場計測を患者に適用し脊髄機能イメージングを行った例について述べる17)。被験者は、関節リウマチを原因とする環軸亜脱臼による脊髄症を発症した60代前半の女性で、形態画像からは頚部脊髄の異常は認められなかった。術中モニタリングのために挿入した硬膜外カテーテル電極にて、胸髄に電気刺激を与え、頚部で脊髄磁場を検出した。電気刺激は強度4 mA、持続時間0.3 ms の矩形波電流パルスとした。信号雑音比の改善のため、頻度17 Hzで4000 回の繰り返し刺激を与え、加算平均処理を行った。各SQUID からの信号は、500 Hz~5 kHzのアナログ帯域通過フィルタを介し、サンプリング周波数40 kHz にてデジタルサンプリングされた。磁気遮蔽は東京医科歯科大学に既設のシールドルーム(住友金属製)を利用した。
上記の条件で得られた磁場データのうち、刺激後3.0 ms~8.0 ms のデータに対して、UGMN 空間フィルタ法を適用し、脊髄周囲の電流分布再構成を行った。図9(a)~(d)は刺激後、3.8、4.2、4.6、5.0 ms において、磁場源解析で得られた脊髄周囲の電流分布を、計測時に撮像した患者のX線頚部矢状面画像に重ね合わせて表示したものである。白色枠内で、色の薄いところが電流密度の高い部分、色の濃い部分が電流密度の低い部分を表す。時間につれて電流密度の高い部分が頭部へ移動するのがわかる。また、図9(e)は(a)~(d)中のA~G で示した位置における再構成電流の強度の時間変化をプロットしたものである。図9(e)の矢印で示されたピークから、信号伝搬速度を見積もると約53 m/s となる。この値は電気生理学的に知られている正常な神経信号の伝搬速度の範囲であり妥当と言える。信号伝搬速度は脊髄機能を診断する上で重要な情報である。磁場観測領域中では、顕著な伝搬速度の異常は見られなかったが、頭側に近い位置で再構成電流波形の歪みが確認され、患者の疾患部位とよく関連した結果となった。このように、磁場計測による脊髄機能イメージングにより、従来の侵襲的な脊髄電位計測と同等の情報を非侵襲的に得ることができた。
5.2 末梢神経刺激の場合
胸髄刺激は、神経信号が直線的に伝搬するため比較的磁場源の解析が容易である。しかし、電気刺激のために硬膜外カテーテル電極を使用する必要があり、術前の患者に対してしか適用することができない。経皮的な末梢神経刺激で脊髄磁場計測ができれば、より適用範囲が広がる。そこで、被験者の左手首の正中神経に表面電極により電気刺激を与え、頚部にて誘発する神経信号を磁場的に観測する実験を行った6)。被験者は頚部脊髄に疾患のない20 代前半の男性である。電気刺激は強度6 mA、持続時間0.3 ms の矩形パルス電流で、繰り返し頻度は8 Hz とした。体躯の正中線が観測領域の中央に位置するようにした。各SQUID からの信号は、100 Hz~5 kHz のアナログ帯域通過フィルタを介し、サンプリング周波数40kHz にてデジタル的に記録した。前節の胸髄刺激の場合と同様にして、同一の刺激を4000 回繰り返し、磁場データを加算平均処理して信号雑音比の改善を図った。加算平均処理後の磁場データにカットオフ周波数1290 Hz のデジタル低域通過フィルタを適用した。
図10は刺激後10.5ms~14.0msの間に得られた磁場分布の時間的変化を、体表面に対して法線方向の成分は等磁場線図で、接線方向成分はアローマップで表したものである。被験者の頚部後方より見た図で、上下左右はそれぞれ被験者の頭側、尾側、左側、右側に対応している。等磁場線図の実線、点線はそれぞれ磁場のわき出し、吸い込みを表す。また等磁場曲線の間隔は5 fT である。
腕の末梢神経からの信号が、頚椎間より脊柱管内に導入され脊髄に合流する場合、神経信号の経路は先に述べた胸髄刺激の場合と異なり、大きく湾曲しているばかりではなく、途中で複数の経路に分かれている。このことにより、頚部で観測される磁場分布は湾曲したそれぞれの経路を通る神経信号の磁場の合成となり、図10(c)~(f)に見られるように磁場分布は複雑な変化を示す。このような場合、正確な電流源解析は困難であり、いまだ精度の高い結果は得られていない。このような末梢神経刺激の場合に適用できる磁場源解析手法には、解剖学的な神経経路の位置を先見情報として使うなどの工夫が必要で、今後の課題である。
しかし、図10(a)~(c)、(f)~(h)を仔細に見ると、前者では左側からわき出した磁場が右側へ吸い込まれている。一方、後者では、右側からわき出した磁場が左側へ吸い込まれている。これは、図1(b)に表されるような四重極様のパターンが左尾側から観測領域を通過し、上方の頭側へ移動していくのを反映しており、左手の末梢神経から脊髄を通って頭側へ伝搬する神経信号を磁場計測で観測できていることを示唆している。
図11 は図10(h)のA~E の位置で検出した法線方向の磁場信号波形を示す。矢印で示したピークから伝搬速度を見積もると約74 m/s となった。磁場源解析によるより詳細な検査については今後の課題であるが、現状の磁場計測波形の変化の分析によっても脊髄機能の情報が非侵襲的な末梢神経刺激で得られることが示せた。
6.まとめ
脊髄磁場計測による脊髄機能イメージングは超伝導磁場センサを応用した脊磁計を用いて、これまで観測できなかった脊髄神経の活動を画像情報として提供するものである。最新の脊磁計の試作機では、脊髄疾患の患者から安定的に脊髄磁場データが取得できるようになった。得られた磁場データをもとにして、前節で述べた信号伝搬速度の分析や、磁場分布の時間変化の解析、および空間フィルタによる電流源再構成結果から、術前の脊髄の傷害部位の情報が非侵襲で得られる。従来の電位計測による侵襲的な脊髄機能診断と比較しても同等の結果が得られており、侵襲的な検査を非侵襲的な検査で代替することが技術的には可能になってきた。
今後は、引き続き、医療現場で計測システムを運用し、臨床データの蓄積と診断プロトコルの確立を図る。それと並行して、脊磁計システムのコストダウン18)や精度評価法の確立19)にも取り組んでいる。脊髄機能イメージングが、一日でも早く医療機関で活用され、脊髄疾患で苦しむ方々の治療の一助となるよう研究開発を進めていく。