2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

生体内使用のカテーテル型実時間連続計測スーパーオキサイドセンサの開発

研究責任者

遠藤 恒介

所属:川崎医科大学 生理学 助手

共同研究者

望月 精一

所属:川崎医療福祉大学 臨床工学科 教授

共同研究者

宮坂 武寛

所属:姫路獨協大学 臨床工学科  教授

共同研究者

辻岡 克彦

所属:川崎医科大学 生理学  教授

共同研究者

酒井 清孝

所属:早稲田大学 理工学部 応用化学科  教授

概要

1.はじめに
近年、循環器系疾患におけるバイオラディカルの動向が注目を集めている。中でも血管拡張因子である一酸化窒素(NO)に関しては、最近、生体内リアルタイム計測装置が開発され、それを利用した疾患時のNO の活性、生成量の変化が盛んに研究されており、日々、新たな知見が得られている。その一方で、NO やNO 合成酵素(NOS)の活性を議論する上で、スーパーオキサイド(O2-)に代表されるバイオラディカルの活性、生成量の変化も注目されてきている。スーパーオキサイドは、非常に高い反応性を有し、NO と反応することでペルオキシナイトライト(ONOO-)を生成し、NO の活性を低下させることが知られている。また、虚血再潅流時には、組織内のヒポキサンチンの蓄積によるスーパーオキサイド生成亢進や白血球の血管内皮への接着・浸潤に伴うNADPH オキシダーゼ系におけるスーパーオキサイド生成亢進が報告されており、スーパーオキサイドのin vivo リアルタイム計測の重要性が高まってきている。
現在、循環器系疾患におけるスーパーオキサイド生成の亢進・抑制の評価には、一般的に、酸化LDL やスーパーオキサイドジスムターゼ (SOD)など、スーパーオキサイドと他の物質との反応生成物の濃度や抗酸化活性測定が一般的に用いられている。しかし、これらの結果を直接スーパーオキサイド濃度と結びつけることは不可能である。摘出組織等においては、ESR 法や染色法を用いたスーパーオキサイド測定法も利用されているが、これらの方法ではin vivo でのリアルタイム計測が困難である。
in vivo での計測が可能なスーパーオキサイドセンサの開発により、様々な疾患におけるスーパーオキサイドの生理機能に関して、新たな知見を得ることが出来るとともに、これまで酸化ストレスを示す上で、補助的なデータとして用いられてきた代謝生成物・抗酸化活性測定に、より明確な医学的意義をもたらすことが出来ると期待される。また、製薬、食品分野や医用材料の生体適合性の評価など、大きな波及効果が期待できる。
2.研究内容
我々は、これまでにSOD をグルタルアルデヒドにより固定化したセンサの開発に成功しており、病態モデルラット摘出臓器を用いたex vivo での組織中スーパーオキサイド生成の測定を行っている1)。しかし、in vivo 計測への応用の際に、固定化SOD の活性維持およびカテーテルに適したセンサ形状の2 点が問題となっていた。本研究では、特に新規SOD 固定化法の確立に重点を置き、新規SOD 固定化法の検討を行った。
電極表面への酵素固定化の際には、強固な結合を維持し、且つ酵素の立体構造・活性を損なわないことが求められる。これまでの方法では、フェロセン系メディエータとSOD をグルタルアルデヒドにより包括し、Pt 電極表面へ吸着固定後、ポリウレタンにより保護し、SOD およびメディエータの溶出を防いでいた。しかし、SOD の剥離によるSOD-Pt 間の電子移動の非円滑化もしくは、グルタルアルデヒドによる非選択的な結合による、SOD活性の低下により、in vivo もしくはそれに近い状態での計測は非常に困難であった。そこで、本研究では貴金属表面に対するSH 基の吸着特性を利用したself-assembled monolayer (SAM)2)、および特定の人工担体に特異的に吸着するアフィニティペプチド3)に着目し、電極としてAu、Ptを対象とした新規SOD 固定化法を検討した。
SAM としては、MUA(11-mercaptoundecanoic acid)およびMU(11-mercapto-1-undecanol)を用いた。混合比を変えたMUA-MU 溶液に浸漬し、金属表面上にSAM を構築し、SOD をSAM 上に結合させ、SOD 固定化電極を作製した。また、アフィニティペプチドを用いた方法では、Au、Pt に対し、各々3 種類ずつのアフィニティペプチドについて、SOD へのアフィニティペプチドの導入法および電極への固定化法を検討した。
3.実験方法
3.1 SAM の作製およびSOD 固定化
本研究では、SOD 固定化法の検討を進めるため、これまでに開発したセンサよりも表面積の大きい電極を使用した。担体にはAu、Pt リボン(2 mm×50 mm ; Nilaco, Tokyo, Japan)を使用し、それぞれ先端部分2 mm×2 mm を除いて絶縁し、先端部分を検知部とした。担体へのSAM 導入の前に以下の手順により電極を洗浄した。
電極を2.5 M KOH 溶液中にて煮沸洗浄(4 hr)した後、純水中にて超音波洗浄(5 min)、続いて濃硫酸中に浸漬させた(1 day)。その後、純水にて洗浄後に65 % HNO3 溶液に浸漬(10 min)、再度純水にて洗浄した。さらに、Al2O3(サイズ 0.02μm)により電極表面を研磨し、純水にて超音波洗浄(5 min)の後、0.5 M H2SO4 溶液中で-0.35 ~+1.7 V vs. Ag/AgCl SCE、200 mV/s にて安定した波形が得られるまで(20~50 cycle)サイクリックボルタンメトリー(CV)を行った。
上記手順により洗浄した電極を、MUA(Aldrich, Steinheim, Germany)およびMU(Aldrich)の混合溶液にてインキュベートした(room temperature, 1 day)。MUA およびMU はそれぞれ無水エタノールを用いて5 mM 溶液を作製し、混合比を2:1、1:1、1:2 とし、それぞれ混合しない系を含めて5 種類の溶液を用意した。SAM を作製した後は、一度純水洗浄し、30 μm SOD (Wako, Osaka, Japan)溶液(5 mM K-PBS, pH 7.0)中にてインキュベートした(room temperature, 2hr)。最後に、吸着したSODを固定化するためにEDC(1-ethyl-3(3-dimethyl aminopropyl) carbodiimide ; Sigma, Steinheim, Germany)を5mM となるように加えた。
SOD 固定化が完了した段階でそれぞれCV(0 ~+0.5 V vs. Ag/AgCl SCE, 50 mV/s, 10 cycle)を行い、固定化操作の確認およびスーパーオキサイドへの反応性を確認した。スーパーオキサイドに対する反応性については、xanthine oxidase によるxanthine の酸化反応から生成するスーパーオキサイドを利用し、 xanthine oxidase 50mU/ml(Wako)、xanthine 100μm (Wako) を含むbuffer中でのCV により、応答性を確認した。前処理および測定時の電位印加には、ポテンショスタットPGSTAT12(Autolab, Utrecht, Netherlands)を使用した。
3.2 アフィニティペプチドを用いたSOD 固定化
SAM によるSOD 固定化時と同様のAu、Pt 電極を用い、固定化操作前の洗浄処理も同様に行った。Au、Pt への吸着特性を持つアフィニティペプチドはいくつか報告されているが、今回はAu に対しては、MHGKTQATSGTIQS 、LGQSGQSLQGSEKLTNG 、EKLVRGMEGASLHPA を、Pt に対しては、DRTSTWR、QSVTSTK、SSSHLNK(アルファベットはアミノ酸1文字表記)をそれぞれ使用した。
今回は、グルタルアルデヒドを用い、予めアフィニティペプチドを導入したSOD を作製し、アフィニティペプチド導入SOD を固定化した系、および金属表面をアフィニティペプチドにより処理した後にグルタルアルデヒドによりSOD を固定化した系について、それぞれ検討した。
SOD 側にアフィニティペプチドを導入する系では、アフィニティペプチド1 mg、SOD 1 mg を2.5mM グルタルアルデヒドを含むPBS 1 ml に溶解し、30 ℃にて1 hr 反応させた。反応後は、2 M Tris-HCl 緩衝液(pH 8.0) を100 μl 添加し、カップリング反応を停止させ、ゲルろ過(Sephadex G-25 ; GE Healthcare Bio-Sciences Corp., Piscataway, USA)にて精製した。その後、アフィニティペプチド導入SOD 溶液に洗浄後の電極を2 hr 浸漬し、電極表面にSOD を固定化した。
電極側にアフィニティペプチドを導入する系では、1 mg/ml のアフィニティペプチド溶液に洗浄後の電極を2 hr 浸漬させ、電極表面にアフィニティペプチドを吸着させた。その後、アフィニティペプチド固定化電極を、2.5 mM グルタルアルデヒド溶液にて1 hr、1 mg/ml SOD 溶液にて1 hr、順に浸漬させ、SOD を固定化した。さらに、電極にアフィニティペプチド導入後、2.5 mM グルタルアルデヒド、1 mg/ml SOD の混合溶液に浸漬させ、SOD を固定化したSOD 固定化電極も作製した。
SOD 固定化が完了した段階でそれぞれCV(0 ~+0.5 V vs. Ag/AgCl SCE, 50 mV/s, 10 cycle)を行い、固定化操作の確認およびスーパーオキサイドへの反応性を確認した。
4.結果および考察
4.1 SAM によるSOD 固定化の結果
Au、Pt それぞれの電極に対し、MUA のみ、MU のみ、MUA:MU = 2 : 1、1 : 1、 1 : 2 の5 通りのSAM を導入したものを作製した。SAM の導入操作後の段階で、0 ~ +0.5 V、50 mV/s でCV を行ったところ、Pt については、すべてのMUA:MU 比の電極について、SAM 作製前後での波形の違いは確認できず、SAM の導入が確認できなかった。Au については、MUA:MU=2:1、1:1、1:2 で作製した電極については、電位が+1.3V 付近において、波形にピークが現れ、SAM の導入を確認した。次に、SAM 導入を確認したMUA:MU=2:1、1:1、1:2 のAu 電極についてはSOD 固定化操作を行い、再度CV により、SOD の固定化およびスーパーオキサイドに対する反応性を検討した。結果、MUA:MU=2:1、1:1、1:2 すべてのAu 電極について、SOD 固定化操作後のCV 波形はSAM 導入後から変化がなく、スーパーオキサイドに対する応答性も認められなかった。
以上の結果より、MUA-MU 混合系は、Au に対してはSAM を生成するのに対し、Pt に対しては有効ではないことが示唆された。また、Au については、SOD 導入後に、CV 波形の変化が見られず、スーパーオキサイドに対する応答が見られなかったことから、SOD が固定化されていないことが考えられる。これは、使用したSOD の立体構造が、MUA-MU混合系のSAM との結合には向いていない可能性が考えられる。今後は使用するSOD もしくはSAM を変更し、適切な組み合わせを検討する必要があると考える。
4.2 アフィニティペプチドによるSOD 固定化の結果
SOD 側にアフィニティペプチドを導入し、電極表面に固定化した系では、Au への吸着特性を持つHGKTQATSGTIQS 、LGQSGQSLQGSEKLTNG 、EKLVRGMEGASLHPA、Pt でに対するDRTSTWR、QSVTSTK、SSSHLNK のすべてのアフィニティペプチドについて、吸着操作前後で、CV 波形の変化が認められず、SOD が固定化されていないことが示された。これは、アフィニティペプチドのSOD への結合サイトが、ペプチドタグの持つ吸着特性を構成する部位と競合し、アフィニティペプチドの持つ吸着特性が損なわれたためと考えられる。
次に、電極側にアフィニティペプチドを導入し、グルタルアルデヒド溶液、SOD 溶液の順に電極を浸漬し、SOD を固定化した系では、Au、Pt のすべてのアフィニティペプチドで、SOD 吸着操作前後でのCV 波形に変化が認められ、SOD の固定化は示唆されたが、xanthine-XOD 系では、スーパーオキサイドに対する応答性が認められなかった。このことから、SOD 活性を維持できていない、もしくはSOD-電極間の電子移動が円滑に行われていない可能性が示唆された。
また、アフィニティペプチドを表面に導入したのち、グルタルアルデヒドとSOD の混合溶液に浸漬し、SOD を固定化した場合、全てのアフィニティペプチドにおいて、SOD 吸着操作前後でのCV 波形に変化が認められたが、Au (HGKTQATSGTIQS、LGQSGQSLQGSEKLTNG 、EKLVRGMEGASLHPA) 、Pt(DRTSTWR、QSVTSTK)では、スーパーオキサイドに対する応答性は認められなかった。これに対し、Pt に対するアフィニティペプチドであるSSSHLNKを用いた場合、印加電位+ 0.5 V において、スーパーオキサイドに対する応答性が確認された(Fig. 1)。
しかしながら、従来法のセンサの定常電流値ががスーパーオキサイド濃度に依存したのに対し、新規センサは定常電流値はスーパーオキサイドの生成量には依存しなかった。これは、新規法によるSOD 固定化量が少なく、今回使用した系ではスーパーオキサイドの生成量が検出限界を超えているか、もしくは、定常値に至るまでの反応速度に違いが認められる可能性があることから、電極反応が従来法とは異なる理論に基づいている可能性が示唆された。
5.結論
本研究により、当初考案していたSAM によるSODの固定化では、至適条件を決定するには至らなかった。しかし、アフィニティペプチドを用いたSOD固定化法では、Pt に対するペプチド、SSSHLNK を用いた場合に、スーパーオキサイド応答性が認められ、新規SOD 固定化法としての可能性が示唆された。アフィニティペプチドを用いた固定化法は、新規性の高いアプローチであり、スーパーオキサイドセンサカテーテルの開発において、大きなブレークスルーとなる可能性をもっていると考える。