2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

生体内のダイオキシン類測定のための携帯用表面プラズモン共鳴バイオセンサの開発

研究責任者

下村(志水) 美文

所属:東京工科大学 バイオニクス学部 軽部研究室 助教

共同研究者

秋元 卓央

所属:東京工科大学 応用生物学部 軽部研究室  講師

共同研究者

野村 陽子

所属:カリフォルニア大学 デイヴィス校工学部 バイオメディカルエンジニアリング学科 研究員

概要

1.はじめに
ダイオキシン類は脂溶性のため、身体に入ると主に脂肪組織に溜まり、ヒトのダイオキシン類の半減期は7年と言われている。母乳においては乳脂肪1 g あたり10~50 TEQ pg 含まれていると言われている。乳幼児の母乳を通したダイオキシン類の摂取量はおよそ1 日、体重1 kg あたり50~100 pg と推定されている1)。この量は、厚生労働省の定める耐容1 日摂取量(体重1 kg 当たり10 pg)より高い。現在のところ母乳中のダイオキシン類の濃度と乳幼児の発育に明確な因果関係は認められていないが、母乳に含まれるダイオキシン類の濃度を測定することは今後、重要になると予想できる。
しかし、1日あたりの授乳回数は4~12 回とバラつきが大きく、母乳中の乳脂肪量の日中変動が激しい。また、授乳1 回あたりの母乳中(100 mL)のダイオキシン濃度は0.01 pg/mL と極めて低濃度であるため、授乳ごとの測定では誤差が大きくなり、このような測定は妥当ではないと考えられる。そこで、本研究では1 年間の母乳摂取によって乳児に蓄積したダイオキシン類濃度の測定を目的とした。
具体的には次のように数値目標を設定した。母乳の摂取期間は約1 年である。ダイオキシン類の半減期から考えると、この期間に摂取したダイオキシン類はほぼ乳児の体内に蓄積されたままであると想定できる。また生後から一歳児までに体重は約3 kg から10 kg に増加する。さらに体重10 kg の幼児の循環血液量約500 mL であると言われている。したがって1 年間の平均体重を6.5 kg、上述の乳幼児のダイオキシン類の摂取量(100pg/kg・日)を用いて概算すると、乳児の血液中に1 年間で蓄積するダイオキシン濃度は474.5pg/mL である。つまり、乳児のダイオキシン類蓄積濃度を測定するには500 pg/mL 程度の感度が必要となる。
現在のダイオキシン類の簡易測定方法は、抗原抗体反応を用いたELISA 法が主である。これは、JIS の定める公定法(GC-MS 法)に比較すれば操作は簡単であるが、熟練した技術が必要である。従って、母乳中のダイオキシン類などを個人病院や家庭で測定するためには、より簡易で専用の測定装置が必要である。
本研究室ではこれまで、環境土壌を測定対象としたダイオキシン類の測定法の開発を行ってきた。この結果、市販の表面プラズモン共鳴(SPR)センサとダイオキシン類に対する抗体を用いて、100 pg/mL の4 塩化ダイオシンを測定できることを明らかにした2),3)。しかし、現在のSPR センサは大型かつ高価なため、簡易にダイオキシン類を測定する装置として使用することは不可能である。そこで、本研究室では、簡易なダイオキシン類の測定を目指して新規の小型かつ安価なプローブ型のSPR センサの開発を行ってきた4),5)。しかし、現在のプローブ型SPR センサは測定感度が十分ではないため、ダイオキシン類などを高感度に測定することは困難である。
そこで、本研究では開発中のプローブ型SPR センサを高感度化するための改良と、ダイオキシン類を高感度に測定するための方法について検討を行うこととした。また、ダイオキシン類は取り扱いに特別な設備を必要とすることと、抗ダイオキシン抗体入手が困難であっため、本研究ではダイオキシン類のモデル物質としてダイオキシン類と構造が類似し、農薬の1種であるアトラジンを使用した。
2.プローブ型SPR センサの開発
2.1 センサプローブ作製
図1 に本研究で開発したセンサプローブの模式図を示す。センサプローブは屈折率1.516 のBK7ガラスで作製した。直径は1.5 mm で長さは50 mmである。センサプローブ先端は図のように斜めに研磨しており、一方をセンサ面、他の一方を反射面とする。センサ面には金を50 nm、反射面にはクロムを約100 nm スパッタリングによって製膜した。図のように入射した入射光はセンサ面に入射角68 度でセンサ面に入射し表面プラズモンを励起し、センサ面で反射した光は反射面で反射し検出器へと導かれるように設計されている。
2.2 プローブ型SPR センサの全体図
プローブ型SPR センサの全体図を図2 に示す。光源からの光はレンズで平行光とし無偏光ビームスプリッターを通して、センサプローブへと導く。センサプローブ先端で反射した光は、ビームスプリッターと偏光板を通して検出器に導かれる。
光源は670 nm のレーザーダイオードまたはハロゲンランプを使用し、検出器はフォトダイオードと分光器を使用した。
3.アトラジンの測定方法
図3 にアトラジンの測定方法の模式図を示す。まず酵素標識されたアトラジンをセンサプローブのセンサ表面に固定化する。このとき金薄膜をカルボキシル基で修飾した後、酵素が持つアミノ基を利用しアミド結合により酵素標識のアトラジンを金表面に固定化する。次に、アトラジンの標準液と抗アトラジン抗体を約30 分混合し、抗原抗体反応を起こさせる。そしてこの結果生じた余剰の抗アトラジン抗体を、酵素標識したアトラジンが固定化してあるプローブ型SPR センサで測定する。具体的な酵素標識のアトラジンの固定化方法は以下の通りである。
1) センサプローブを硫酸と過酸化水素の混合液に10 分浸し、センサ表面を洗浄する。
2) 洗浄したセンサプローブを10-Carboxy-1-decanethiol に24 時間浸し、金表面をカルボキシル基で修飾する。
3) カルボキシル基で修飾したセンサプローブをN-Hydroxysulfosuccinimide(10 mg/mL) と1-Ethyl-3-[3-dimethylamino]propyl-carbodiim ide hydrochloride(10 mg/mL) の混合液に30 分浸しカルボキシル基を活性化させる。
4) センサプローブを酵素標識のアトラジン水溶液に30 分浸す。
5) 未反応の活性化したカルボキシル基を不活性化させるため100 mM のエタノールアミンに10 分浸す。
4.実験結果
4.1 プローブ型SPR センサのスペクトル
開発したプローブ型SPR センサの動作を確認するために、まず光源にハロゲンランプ、検出器に分光器を用いて、SPR の吸収スペクトルの測定を行った。この結果を図4(a)に示す。図から測定対象が水の場合は690 nm 付近に吸収極大を持つスペクトルが得られていることがわかる。また、反射率は10%未満であることから効率よくSP を励起できていることがわかる。また、濃度1%のグリセリン水溶液を測定した場合、吸収極大波長が長波長側に変化していることから、ここで作製したプローブ型SPR センサが正常に動作していることがわかる。
図4(b)は図4(a)の2つのスペクトルの差をとったものである。この結果よりスペクトルの変化は約670 nm で最も敏感に観測できることがわかった。したがって、以降の実験では光源をハロゲンランプから波長670 nm のレーザーダイオードに変更し、また検出器を分光器からフォトディテクターへ変更して測定を行った。
4.2 プローブ型SPR センサの測定感度の評価
開発したプローブ型SPR センサの測定感度を評価するために、濃度0.01、0.05、0.1、0.25、0.5、1%のグリセリン水溶液を作製し測定した。これらのグリセリン水溶液の屈折率は市販のアッベ屈折率計を用いて測定した結果それぞれ1.33305、1.3332、1.3336、1.3341、1.3348 であった。図5(a)にこれらのグリセリン水溶液をプローブ型SPR センサで測定した結果を示す。図からグリセリンの濃度が高くなるにしたがいSPR の信号が増加していることがわかる。図5(b)に屈折率とSPRの信号の関係を示す。
図5(b)の結果より、屈折率とSPR の信号の間には線形関係があることがわかる。SPR センサは、屈折率の範囲が小さい領域では、屈折率とSPR の信号の間に線形関係があることが知られている。このことから、本研究で開発したプローブ型SPRセンサが正常に動作していることがわかる。また、この結果よりSPR センサの出力1 mV は屈折率変化1.6×10-6 に対応することがわかった。S/N=3以上を検出可能な信号とした場合に測定できる最小の屈折率変化は約1.2×10-5 であるこがわかった。
現在市販されているSPR センサの屈折率分解能は約1×10-5 と言われている。このため、本研究で開発したプローブ型SPR センサ市販されている大型のSPR センサと同等の測定感度を持つことがわかった。
4.3 酵素標識アトラジンの固定化
図6 に酵素標識アトラジンを固定化した結果の例を示す。図は、まずはじめの10 分間リン酸緩衝液にセンサプローブを浸し、次に酵素標識アトラジン水溶液にセンサプローブを30 分浸し、再びリン酸緩衝液に10 分浸した結果を示している。
この結果より酵素標識アトラジンがセンサ表面に固定化されることで、約0.62 V の信号の変化が得られたことがわかる。1 V の変化はセンサ表面に約1 pg/mm2 のタンパク質が吸着していること表わすので、この場合は約860 pg/mm2 の酵素標識アトラジンが固定化されたと計算できる。
4.4 アトラジンの測定
図7a に2.5 ng/mL のアトラジンを測定した結果を示す。この場合も同様に最初の10 分間でリン酸緩衝液を測定し、次の20 分で余剰となったアトラジン抗体の測定を行い、再びリン酸緩衝液を測定している。この結果より余剰となった抗体が固定化したアトラジンに結合することによりSPR の信号が約1 V 変化していることがわかる。
図7b にアトラジンの濃度とSPR 信号の関係を示す。この結果より開発したプローブ型SPR センサを用いたアトラジンの測定下限は約1 ng/mL のアトラジンが測定できることがわかった。
本研究で目標としてしたアトラジンの検出下限は500 pg/mL であった。このため、さらに2 倍の高感度か必要である。今後は、酵素標識アトラジンの固定化量を再検討するなどして目標とする測定下限を実現したいと考えている。
5.まとめ
本研究ではダイオキシン類を簡便に測定するために小型のプローブ型SPR センサを開発し、開発した装置を用いてダイオキシン類のモデル物質としてアトラジンの測定を行った。
開発したプローブ型SPR センサのセンサプローブは直径1.5 mm、長さ50 mm であった。開発したプローブ型SPR センサの測定感度を評価した結果、測定できる最小の屈折率変化は1.2×10-5 であり、現在市販されている大型のSPR センサとほぼ同等であるこことがわかった。
次に、酵素標識アトラジンをセンサ表面に固定化し、アトラジンの測定を試みた。この結果、アトラジンの測定下限は1 ng/mL であることがわかった。今回の研究で目標としていた検出下限は500 pg/mL であった。したがって今後は、酵素標識アトラジンの固定化量を検討するなどして、目標としている検出下限を実現したい。