2015年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第29号

生体内での細胞外ATP検出システム構築

研究責任者

山本 正道

所属:群馬大学 先端科学研究指導者育成ユニット 助教

概要

1.はじめに
 アデノシン3リン酸(ATP)は全ての生物に共通する「細胞のエネルギー通貨」と呼ばれており、ATPは細胞活動に重要である。一方、ATPは細胞外にも存在し、神経細胞間や神経-グリア細胞間、マクロファージなどへの情報伝達を調整し、睡眠・記憶・学習・運動などの脳活動や免疫作用に関与している。またその過剰伝達はてんかんや精神疾患に関与している事が受容体の解析より報告されている。これは細胞外ATPが不安定かつ低濃度であるのに対して正確で高感度な検出法が開発されてこなかったためである。
 これまで細胞外のATP濃度測定法はルシフェラーゼ法が使用されており、基質(ルシフェリン)と酵素(ルシフェラーゼ)の反応時にATPが必要である事を利用している。しかし、ルシフェラーゼ濃度・ルシフェリン濃度・pHなどの周辺環境にも依存して変化するため正確な測定が困難であった。また検出方法が発光強度を利用しているため、細胞外ATP濃度が低い部位では発光が弱くなり、数細胞レベルでの位置特定が限界で、空間解像度も低くてATPを細胞外へ分泌する細胞と分泌されたATPを受け取る細胞の特定は困難であった。また、発光が弱い時は露光時間を上げる事により検出するため、時間的分解能も低かった。更に細胞へ作用する細胞膜近傍のATPだけでなく、機能が不明な細胞膜から離れたATPを検出するため、ルシフェラーゼ法では細胞外ATPが機能している部位は正確に特定できない問題を有していた(図1)。
 本研究では、細胞外ATPが有する不安定かつ低濃度である点を克服するため、低濃度のATP量を高感度・高解像度で検出できるシステムをマウス生体内でも実現できるようにする。更に、このシステムを利用してマウス発生過程における細胞外ATPが機能する局面を探索する。
 これを実現するために、本研究ではATP感受性センサータンパク質ATeamを用いる。ATeamは2009年に開発されたATP濃度を可視化するプローブで、細菌のATP合成酵素を構成するタンパク質の一つであるεサブユニット(ATP結合タンパク質)を介してmseCFPとcp173mVenusを結合させて作成されている。これはATP濃度が上昇するとεサブユニット部分が構造変化してCFPを励起する435nmの光を当ててもGFPからVenusへの蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が起こり、CFP由来の蛍光が減少してVenus由来の蛍光が主に発せられるようになる(図2)。1)

2.方法
2.1 低濃度ATPを測定できるATPプローブの作製
 低濃度ATPを測定できるATPプローブはATPに高親和性であるBacillus由来のATP合成酵素を構成するタンパク質の一つであるεサブユニット(ATP結合タンパク質)を介してGFPとKusabiraOrangeを結合させて作成した(ATeamL)。2) 3)
 作製したATeamLの細胞外での機能を確認するために細胞外掲示ベクターに組込んだ(ATeamL/display)後にHeLa細胞へ遺伝子導入した(図2)。
 なじませた後に各濃度にあわせたMg-ATPをbufferへ溶解してHeLaの細胞膜上で発現するATeamLが発する蛍光を測定した。測定は蛍光顕微鏡を用いて、488nmで励起した後にバンドフィルターFF02-520/35とダイクロイックミラーにて分光した552nm以上の蛍光をBLP01-532Rのロングパスフィルターにて得た。得られたGFPの蛍光画像とKusabira Orangeの蛍光画像をMetamorphにて解析してFRET ratio画像を得た。

2.2 ATeamLによる生体内ATP可視化マウス作製
 ATPプローブが細胞外へ掲示されるように、ATeamL/DisplayカセットをマウスのROSA26領域に挿入し、その制御を強力なプロモーターで行った。また、ATPプローブの機能を時空間制御するためにLoxPで挟まれたストップ配列とNeomycin耐性遺伝子を挿入し、Creが発現する時空間でのみでATeamLが発現し得る構築を施した。
 細胞外ATP可視化マウスはC57BL/6と129svのハイブリットES細胞であるG4細胞を用いて、エレクトロポレーション法にてターゲティングを行った。Neomycin耐性細胞を取得するため、薬剤G418を200ug/mlの濃度で添加したES細胞培養液にて選択し、得られたクローンからゲノムDNAを取得後にPCR法、real-time PCR法、Southern Blotting法によって、マウスROSA26領域に1コピーだけノックインされたES細胞株を取得した。このターゲティングされたES細胞を用いて、酸性タイロードで透明体を除去したモルラ期のマウス胚とアグリゲーション法を用いて凝集させた後に1日M16培養液中にて培養を行い、胚盤胞になった凝集体を偽妊娠マウスの子宮へ移植する事でキメラマウスを得た。キメラマウスとC57BL/6マウスを交配する事でノックインマウスを得た。更に、このノックインマウスとC57BL/6マウスを交配させて得た受精卵へCAG-CreのRNAを顕微注入することでATeamLを発現するノックインマウス(生体内ATP可視化マウス)を作製した。

2.3 マウス発生過程における細胞外ATPのする局面の探索
 マウス受精後5日目の胚を回収するため、plug陽性を確認後5日目の雌マウスを安楽死させた後に開腹し、子宮から着床している領域を取り出してDMEM-Hepesに10%FCSを加えた液の中に入れる。4)この液の中で脱落膜を剥離する事で受精後5日目のマウス胚を採りだし、高濃度グルコースのDMEMに自前で調製したラット血清を50%加えた培養液の中で培養する。培養は37