1995年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第09号

生体のX線回折用高感度二次元イメージセンサシステムの開発

研究責任者

南戸 秀仁

所属:金沢工業大学 工学部 電子工学科 教授

共同研究者

竹内 望

所属:金沢大学 工学部 基礎講座 教授

概要

1.はじめに
現在の医療用画像の大部分を占めているハロゲン化銀を分散した写真乳剤膜いわゆるレントゲン写真は,撮影感度の向上と得られる画質の向上との相反する特性が技術的にみて限界に達していることやレントゲン写真の保管や検索が困難になってきていることおよび画像情報が電気信号として得られないためコンピュータによる診断画像情報の処理やコミュニケーションが困難であることなどから,医療のエレクトロニクス化の流れから取り残されていた。この問題を解決する新しいシステムとして光刺激ルミネッセンス(Optically Stimulated Luminescence : OSL)現象1)を利用した放射線イメージセンサを用いたコンピュテッド・ラジオグラフィシステムの開発が精力的に進められ,現在,医療機関の一部で実用されその威力が証明されつつある。2)~4)しかし,現在実用されているBaF Br : Euを用いた放射線イメージセンサは基板に輝尽性蛍光体の粉末を塗布したものであるため,感度,空間分解能などの点で問題がある。また,本来,医療診断用に開発されているため,生体などのX線回折用センサとして使用する際には,不適であり,低エネルギーのX線に対して,さらなる感度および分解能の向上が必要である。
本研究はこの点に着目し,微弱な低エネルギー放射線に対し高い強度のOSLを示す透明な輝尽性蛍光体を探索し,その薄膜化を図ることにより,生体等のX線回折用イメージセンサとして十分使用可能な二次元放射線イメージセンサを開発し,最終的にはシステムとして安価で小型な二次元放射線イメージセンサを実現することを目的として研究が進められた。特に,生体のX線回折用センサ媒体として適当な材料を探索し開発するこに主眼をおいた。
2. 研究内容および成果
2.1.高感度放射線イメージセンサ媒体の探索
生体のX線回折用二次元イメージセンサ媒体としては,低線量で生体に損傷を与える事なくデータを取る必要があるために,低エネルギーX線に対して高感度のOSLを示すことが重要であり,また,分解能を高めるためには薄膜化の容易な材料であることが望ましい。そこで,X線に対する高感度イメージ媒体の探索対象として,アルカリハライド系蛍光体,II-VI族化合物蛍光体および酸化物系蛍光体に着目した。その結果,EuをドープしたKCI(KC1:EU),EuおよびSmをそれぞれドープにしたCaS(CaS:Eu,Sm)およびSrS(SrS:Eu,Sm)がX線に対して強いOSLを示すことを見いだした。特にKC1:Eu蛍光体は,通常X線回折に使われるCuやWターゲットから低エネルギーX線に対するOSL感度が高く有望な媒体であることがわかった。
(1)KCl:Eu蛍光体の特性
図1に,KC1:Eu蛍光体のX線(タングステンターゲット:30kV,20mA)照射前(点線)後(破線)の光吸収スペクトルの変化,典型的なOSLスペクトル(実線)およびその刺激スペクトル(一点鎖線)を示す。
図より,X線照射により波長約560〔nm〕にF中心が生成され,その吸収帯を刺激することにより,約420〔nm〕の波長に強いOSLが生じているのがわかる。光吸収スペクトルにおいて243〔nm〕および343〔nm〕にピークをもつ吸収帯はドープしたEu2+イオンによるものでX線の照射によりその吸収帯強度が減少することおよびX線により生成されたF中心の吸収帯スペクトルとOSLの刺激スペクトルが一致することから,420〔nm〕のOSLの励起および発光は,次の反応式
に従って生じていると考えられる。すなわち,図2に示されるように,X線照射により生成された電子と正孔はそれぞれ陰イオン空孔およびEu2+に捕えられてF中心とEu3+を生成する。
この状態がX線のイメージを記憶した状態に相当する。記憶したイメージの読みだしは,F中心の吸収帯のエネルギーに相当する光で結晶を刺激することにより,F中心に捕えられていた電子が解放され,Eu3+と再結合する際にその再結合エネルギーでEu2+の励起状態(〔Eu2+〕*)をもたらし,それが基底状態に緩和する際に420〔nm〕のOSLを生ずると考えられる。
図3はX線照射線量とOSL強度の関係をプロットしたものであるが,X線量の広い範囲にわたって両者の問に比例関係が成り立っていることを示している。この結果はKCl:Eu蛍光体がX線の二次元イメージセンサ媒体として利用が可能であることを示すものである。図4はKCI:Eu蛍光体のOSL強度のEu濃度依存性を示したものであるが,図より約0.05〔wt%〕のEuを添加した蛍光体がもっともOSL強度が高いことがわかる。図5に,同一条件で測定したKCl:Eu蛍光体と市販のイメージングプレート(BaFBr:Eu)のOSLの強度比較の結果を示す。図よりKCI:Eu蛍光体のOSL感度が,市販のイメージングプレートに対し遜色のないものであることがわかる。
図6は,室温の暗所で評価したイメージのフェーディング特性である。比較のため,市販のイメージングプレートの結果も示すが,どちらもX線照射後,初期の段階で若干の減衰はあるものの,非常に良好な特性を示している。フェーディングが熱的なF中心の崩壊により生じることが考えられるので,その原因を探るために,X線照射により生成されたF中心の光学吸収帯強度およびOSL強度の温度依存性を測定した。図7はその結果を示したものであるが,F中心およびOSLは室温では比較的安定であり,いずれも約180〔℃〕で完全に消滅することがわかる。それゆえ,初期のフェーディングが熱的なF中心の崩壊あるいはEu3+イオンの不安定性によるものではないと考えられる。フェーディングの原因については今後さらなる研究が必要である。
以上,KCl:Eu蛍光体の特性について示してきたが,結果は新しい生体のX線回折用イメージセンサ媒体としてKCI:Eu蛍光体の有望であることを示すものであり,市販のBaFBr:Eu蛍光体に比べ,結晶が作成しやすいこと,原子番号が小さい元素より構成されているため低エネルギーのX線に対する吸収効率が高いことなどより,今後,蛍光体の作成条件の最適化および薄膜化等を図れば,さらに高感度で分解能の優れたX線二次元イメージセンサ媒体が実現できる可能性がある。
(2)SrS:Eu,SmおよびCaS:Eu,Sm蛍光体
図8および図9にX線照射したSrS:Eu,SmおよびCaS:Eu,Sm蛍光体の典型的なOSLスペクトルを示す。いずれの蛍光体もOSLの刺激帯は近赤外域波長にあり,現在市販されている半導体レーザダイオードによる刺激が可能である。図10および図11にそれぞれSrS:Eu,SmおよびCaS:Eu,Sm蛍光体のフォトルミネッセンス(PL)を点線でおよびその励起スペクトルを実線で示す。図の励起帯のうち短波長側の200〔nm〕から400〔nm〕にかけて存在するピークは各蛍光体の母体のバンドギャップ間励起に,また,400〔nm〕から650〔nm〕の波長域に存在するピークはドープしたEu2+イオンの4f→5d遷移に起因するものであると考えられ,それぞれの蛍光体のPLはいずれもEu2+イオンによるものであると結論づけられる。それゆえ,これらの蛍光体では,X線照射により生成された電子および正孔は,それぞれ,蛍光体中のSm3+およびEu2+イオンに捕獲され,結果として,X線のイメージが書き込まれたことになる。それゆえ,BaFBr:EuやKC1:Eu輝尽性蛍光体の場合とは異なり,電子捕獲中心が微量にドープしたSm3+イオンであるため,その量の制御が容易である。このようなX線回折用輝尽性蛍光体はこれまでに報告がなく,本研究で初めて明らかにできた媒体である。
図12に20〔kV〕,2〔mA〕で稼働するCuターゲットをもつX線回折装置からのX線を照射したSrS:Eu,Sm蛍光体のに対するOSLのX線照射量線量依存性を示す。図から分かるように,X線の約4桁の広い範囲において,比例したOSLが観測されている。この結果は,SrS:Eu,Sm蛍光体が低エネルギーのX線に対するイメージセンサ媒体として有用であることを示すものである。
以上のように,これらの蛍光体が生体のX線回折用イメージセンサ媒体として有用であることを明らかにできた。現在,イメージセンサ媒体としての諸特性を評価している最中であるが,今後,研究が進めば,新しい媒体としてその有用性が実証できると確信している。
特に,これらのII-VI族化合物蛍光体は,上述したように,(1)電子および正孔捕獲中心がいずれもドープした不純物イオンであるため,その量の制御が容易であり,また複数の捕獲中心を導入することも可能である(2)刺激光源として半導体レーザダイオードの使用が可能であり,装置を作成する上で,小型化,低価格化が期待できる。また(3)薄膜化が容易である等の点から,生体のX線回折用イメージセンサ媒体としてはもってこいの材料であると考えられる。
2.2 0SL読みだし装置
図13に,現在,作成中のOSL読みだし装置の概略図を示す。基本的には,X線回折装置により書かれた二次元X線イメージを,媒体表面をレーザ光でスキャンすることにより生じるOSLの二次元的な強度分布を光電子増倍管あるいはフォトダイオード等で検知し,その信号をデジタル化してパーソナルコンピュータに取り込み画像表示するものである。
KCI:Eu蛍光体媒体の場合には,刺激光源としてAr+イオンレーザあるいはHe-Neレーザを用いる。一方II-VI族化合物蛍光体であるCaS:Eu,SmあるいはSrS:Eu,Sm蛍光体媒体の場合には,半導体レーザを用いる。
2.3センサシステムの応用
OSL読みだし装置が完成でき次第,実際のX線回折装置を用いて,種々の低エネルギーX線によるイメージセンサ媒体のOSLイメージの測定を行う予定である。
3.まとめ
本研究では,生体のX線回折用高感度二次元イメージセンサシステムの開発をめざし,特に,センサ媒体の探索と開発を主目的に研究を進めて来た。その結果,アルカリハライド系蛍光体であるKCI:EuおよびII-VI族化合物蛍光体であるSrS:Eu,SmおよびCaS:Eu,Smが,低エネルギーX線に高感度なOSL応答を示す媒体であることを明らかにできた。これらの蛍光体媒体は,いずれも,低エネルギーX線の照射に対し高いOSL応答を示し,しかも,X線照射量の広い範囲にわたって,線量に比例してOSL強度が変化するため,非常に微弱なX線から強いX線まで一度に記録できる媒体として,従来の写真フィルムにくらべて,感度ならびにダイナミックレンジのいずれも優れたイメージセンサとして使用できる。さらに,イメージは,光のスキャンによって読み出すことができ,写真フィルムのように現像のプロセスを必要としない。そのため,媒体は繰り返し使用が可能である。また,得られたデータはコンピュータにデジタル信号として記憶されるため,データの加工ならびに検索等が容易であり,画期的な技術として,X線回折等に利用できると考えられる。現在,これらの蛍光体媒体の作成条件の最適化ならびに薄膜化等について検討をおこなっており,今後,これらの媒体の実用化のための問題点等の検討を行っていく予定である。
また,新しいセンサ媒体の開発と並行して,X線回折で得られたイメージを二次元的に読み出すシステムの試作と開発を進めて来た。現在,装置の試作を行っているところであるが,近いうちに完成する予定である。この装置が完成すれば,実際のX線回折像を上述の媒体で記憶し,読み出すことが可能となる。今後,読みだし装置を完成させ,実際のX線回折像の測定に応用をろことにより,生体用のX線回折用イメージセンサシステムとして有用性を明らかにする予定である。