2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

理科授業における探究学習の創造・実践と育てたい資質能力を設定した単元づくりの開発

実施担当者

久保木 淳士

所属:福山市立城北中学校 教諭

概要

1 はじめに
 本研究では,探究学習の“仮説・計画→実験→結果・分析→説明・表現”のプロセスを通して,そのような学習の場面を一単元の中で仕糾むとともに,その中で効果的な評価を行うことが,科学的な思考力,表現力を育成しく上で有効ではないかと考えた。
 広島県版・学びの変革パイロット校である本校での研究や,中学校理科教員による自主研修会「福山理科の会」にて,探究学習の単元や授業開発,さらには強い課題意識や達成要求をもたせるような導入の検討,授業で科学的な思考力が高まる手立てと,そのために有効な教材開発などの研究を行った。
 平成27年度「基礎・基本」定着状況調査(平成27年度:本校中学2年生)では,実験結果を分析・解釈して,結論を導き出す問題の正答率では57.4%,実験結果をもとに考察する問題の正答率は56.4%であった。実験結果を分析・解釈して,結論を導き出したり,実験結果をもとに考察したりするなど科学的な思考カ・表現力に関わる資質・能力のさらなる向上をめざした授業設計が必要であると考えた。
 それらの課題を克服するために,自校で設定した資質・能力を基に,理科の単元における育てたい資質・能力を設定する。その資質・能力を身に付けさせるための単元づくりを行った。また,理科に対する興味・関心を向上させ,生徒の科学的な思考カ・表現力を高めるために,単元の中に知識習得型の探究学習と知識活用型の探究学習を仕組む実践を行った。


2 中学校理科における探究学習の開発と実践
2-1 探究学習の定義
 新学習指導要領では,理科における改訂の要点の1つに科学的な思考力,表現力の育成を図ることを挙げている。「科学的な思考・表現」の趣旨は『自然の事物・現象の中に間題を見出し,目的意識を持って観察・実験などを行い,事象や結果を分析して解釈し,表現する』こととなっている。
 探究学習の“仮説・計画→実験→結果・分析→説明・表現”のプロセスを通して,そのような学習の場面を一単元の中で仕組むとともに,その中で効果的な評価を行うことが,科学的な思考力,表現力を育成しく上で有効ではないかと考えた。
一般的に探究学習とは,
①生徒が問題を見出し,仮説を立て,観察・実験を計両する。
②観察・実験の結呆を分析し解釈する。
③科学的な根拠のもとに説明・表現する。 などの活動で構成した授業である。

2-2 広島県版・学びの変革と探究学習の関連
 広島県で学んだことに誇りを持ち,胸を張って「広島」「日本」を語り,高い志のもと,世界の人々と協働して新たな価値(イノベーション)を生み出し,さらには変化の激しい社会を生き抜くことのできる資質・能力(学び続ける力)を身に付けた人材の育成が必要である。
 広島県教育委員会では,平成26年12月に「広島版『学びの変革』アクション・プラン」を策定した。これはグローバル化の進展や技術革新の急速な発展といった「変化の激しい社会」を生き抜くために,自ら深く考え,知識や「青報を統合して新しい価値を創り出す力,更にはそのために多様な他者と協働できる人材が求められるためである。そのための具体的な取組として,「課題発見・解決学習」や「異文化協働活動」を小学校段階から系統的に推進するものである。これからの社会で活躍するために必要な資質・能力の育成に効果の高い「能動的な学び」を促進するため,授業の中で「課題発見・解決学習」を推進する,ということである。
 広島版「学びの変革」アクション・プランを具現化するために必要な要素は,生徒が主体的に学ぶということである。生徒が主体的に学ぶ授業とは,深い学びのある授業である。具体的には学習内容において何の知識や資質・能力が深くなったのかについて教師が考え,授業設計を行うことが重要となる。つまり,生徒の学習内容の何が深い学びとなり,生徒に何を学び取らせるかというゴールを明確として,生徒が主体的に学ぶ学習過程のある授業づくりが必要であると考える。
 そこで,理科教育を担う教師は次の視点を意識した授業を行うべきであると考える。
① モノを使った実感を伴った理解を図り,基礎・基本を確実に身に付けさせ,「理科が好き」と言える生徒を増やす授業。
② 目の前の事物・事象について「なぜ?どうして?」という疑間を抱き,「知りたい!解決したい!」という知的欲求を持たせるような授業の展開により,生徒同士の交流(討論)やこれまで学んだことをもとにさらなる探究をし,納得解を出す経験をさせる授業。
 ①について,子どもたちが熱中しながら,知識・技能が確実に定着する授業を行う。その習得を目指すためには,反復学習やパフォーマンステストなどを実施するなどして指導法を主夫する。
 ②については,育てたい資質・能力,コンピテンシー(知識だけでなくスキルや感度を含んだ人間の全体的な能力)を直接教え,指導することは難しいことである。それゆえに,学習内容の範囲での授業の展開,教師の仕掛けにより,生徒の思考や交流(討論)が自発的に起こる課題設定が必要である。特に,これからの社会で活躍するために必要な資質・能力の育成に効果の裔い「主体的な学び」を促進するため,理科の学習において「課題発見・解決学習」のプロセスに当てはまる「探究学習」を推進することを目指す。
 本研究では,学んだ知識・技能・考え方を活用する探究学習の“仮説・計画→実験→結果・分析→説明・表現”のプロセスの学習の場面を一単元の中で仕組む授業設計の開発を目指す。また,生徒自身の言葉で説明する活動,考えを伝え合う活動を組み込みながら実験結果を分析・解釈して結論を導き出したり,実験結果をもとに考察したりする活動が,科学的な思考カ・表現力に関わる資質・能力の向上に有効ではないかと考え,研究を進めた。具体的には,小笠原豊氏(中部大学現代教育学部・大学院教育研究学科准教授)が開発した探究学習プログラムの追試や,本校生徒の実態に合わせた授業単元開発を行った。

2-3 城北中学校学びの変革パイロット校事業と探究学習
 福山市立城北中学校では,育てようとする資質・能力を設定している。その資質・能力を身に付けさせるための授業づくり・単元開発を行った。また,理科に対する興味・関心を向上させ,生徒の科学的な思考カ・表現力を高めるために,単元の中に知識習得型の探究学習と知識活用型の探究学習を仕組む実践を行った。単元の終末で達成すべき生徒の姿をめざした単元構成を組み立て,パフォーマンス課題や生徒アンケートによる評価を設定し,効果を検証した。

2-4 探究学習の実践
 今年度,本研究で開発・実践した探究学習の授業は,以下である。(☆はオリジナル授業,★は先行実践あり)

単元「生命の連続性~遺伝~」(中3:生物分野) 知識「獲得」型探究学習
課題 ★あなたは遺伝子診断を受けますか?受けませんか?
学習内容
・遺伝子検査のメリット,デメリットを学習した後に,自分なら検査を受けるか受けないか意思決定を行う。遺伝に関する情報を書籍・インターネットから調べ,分かったことを他者へ伝えるとともに,さまざまな考えを交流した後に,自分の考えとして根拠をもって判断し,その考えを表現する。
小森栄治先生(日本理科教育支援センター理科教育コンサルタント)追試

単元「化学変化とイオン~酸とアルカリ~」(中3:化学分野) 知識「活用」型探究学習
課題 ☆未知の水溶液Xを,五感・指示薬を駆使して徹底的に探究せよ。
学習内容
・2種類の無色透明の水溶液AとBの正体に着目し,どのような実験で調べればよいか考え,実験を行う。この際,リトマス紙,BTB溶液,フェノールフタレイン溶液,必要に応じてpH試験紙を用いて,酸性度の特定に着目して探究する。

単元「自然と人間~自然界のつり合い~」(中3) 知識「獲得」型探究学習
課題 ★密閉した容器の中でタナゴを寿命まで飼い続けよ!
学習内容
・密閉した空間で魚が生き続けるための条件を考え,生命が生きていく上で生産者や消費者,分解者が自然のバランスを取ることが必要であることに気付き,生徒自身の今後の生活で自然保護や環境問題に興味を持つようになる。
小笠原豊先生(中部大学 現代教育学部児童教育学科 准教授)追試

単元「地球と宇宙~月と金星の満ち欠け~」(中3:地学分野) 知識「獲得」型探究学習
課題 ☆与謝蕪村・柿本人麻呂がみた月とは?モデルを使って探究しよう!
学習内容
・「菜の花や 月は東に 日は西に」を読んだ与謝蕪村と,「東の 野にかぎろひの立つ見えて かえりみすれば 月は傾ぶきぬ」を読んだ柿本人麻呂がみた月を見ている状況を想起し,その状況を地球目線(地上から天体を観測する視点)のヘッドアースモデルと宇宙目線(宇宙から天体を俯轍する視点)のスペースマンモデルの2つのモデル実験を活用しながら探究していく。

単元「地球と宇宙~月と金星の満ち欠け~」(中3:地学分野) 知識「活用」型探究学習
課題 ☆オーストラリアの月はどう見えるか?モデルを使って探究しよう!
学習内容
・オーストラリア(南半球)から見た月の満ち欠けを,日本からみた月の満ち欠けと比較しながら,スペースマンモデルという宇宙から俯轍したモデル実験を用いて探究していく。 ※別刷資料 福山理科機関紙「Fantastic Science XII期」に掲載

2-5 検証
 本研究の主な対象である福山市立城北中学校3年生(平成28年度久保木担当:4クラス139名)については,理科授業アンケート,広島県基礎・基本定着状況調査で用いられる「課題発見・解決学習」に係る意識調査,さらには過去の高校入試問題を用いた検証,広島県立教育センターの山内宗治指導主事の研究に係る検証を行った。
 図1は,探究学習を3年間行ってきた学年の理科授業アンケートの結呆をグラフで示したものである。「理科が好き」(大好き/好きを合わせた肯定的評価)と答えた生徒が全体の92%,「理科は生活の中で大切だ」と答えた生徒が全体の89%,「将来科学を使った仕事をしたい」と答えた生徒が全体の25%(中3,131名,2017年3月実施)であった。生徒の記述によるアンケートでも「中学校で理科が好きになった」など,本研究により理科が好きといえる生徒の増加に成果があったと推測できる。

(注:図/PDFに記載)

 図2は,広島県基礎・基本定着状況調査での「課題発見・解決学習」に関わる生徒質間紙調査の回答状況を示したものである。すべての項目においては広島県の平均を上回った。探究学習の取り組みなどにより,生徒の「課題発見・解決学習」に関わる意識は高めることができたと推測される。
 また,月の満ち欠けの高校入試問題過去問の正答通過率について調査を行った(鹿児島県の過去間題を使用)。これは,地球を北極点の真上から見たときの地球,月の位罹関係を模式的に示した図を扱い,日没直後の南西の空に月が見えた状況の間題である。[1]は,この日に見えた月の形を間う,[2]はこの日の月を宇宙から俯瞰した場合どの位置に見えるかを問う,[3]はこの日の月のa満ち欠けと月が変わってい
(注:図/PDFに記載)

 図3は,プレテストは全国学力学習状況調査問題の類似間題を山内宗治指導主事が作成し,ポストテストは全国学力学習状況調査間題等と全く同じ間題として出題した。理科で育成を目指す資質・能力を見取る開題として出題した。予想・仮説を設定する力や実験計画を適切に表現する力は,探究学習の中でも重点的に意識する力であり,一定の効果があったことが推測できる。

(注:図/PDFに記載)


3 まとめ
 以上の検証から,本研究の取組での探究学習の授業スタイルによる探究的な活動の経験は,科学的な知識を活用して考えるための能力や学びに向かう態度,資質・能力の育成に一定の効果があると推測できる。