2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

理数系科目における探究活動の新たなあり方を目指して-生徒の活動を支援する ICT 機器の活用-(初年度報告)

実施担当者

佐藤 徳顕

所属:宮城県多賀城高等学校 教諭

実施担当者

菅原 健久

所属:宮城県多賀城高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 国立教育研究所が提案する,生徒に求められる資質・能力の枠組みの「21世紀型能力」では,資質・能力を「思考力」(論理的・批判的思考力,問題発見解決力・創造力,メタ認知),「基礎力」(言語的リテラシー,数量的リテラシー,情報リテラシー),「実践力」(自律的活動力,人間関係形成力,社会参画力・持続可能な未来への責任)という三層構造に整理しており,中核となる基礎力に支えられた思考力の育成が唱われている。
 これまで,教師から一方向的講義型授業を展開することが多く,課題研究的な探究活動についてほとんど取り組めていない状況であった。「なぜ?」「どうして?」「疑問を解決するために何が必要なのか?」といったことを探究する能動的な学習活動の導入にあたり,抽象的な学習事項をより具体的にイメージさせ,データをより直感的に把握させ考察を深めさせる手立てが必要であると考えた。そこで研究仮説を,「ICT機器や実験・測定機器等を活用することで,探究心の向上を図り,生徒相互あるいは生徒と教員の協働的・双方向的な授業スタイルへの変換が可能になるのではないか」と設定した。
 本研究においては,特に探究活動において,ICT機器を用いたデータ収集やシミュレーション活動を取り入れることで,科学的に分析,考察する態度や能力を養い,理解を進める授業スタイルを目指した。そのための試料分析から考察,発表までをICT活用する環境整備を目的として助成の申請を通し,研究仮説立証に向けた実践を行ったので,その成果をここに報告する。


2.授業における探究活動とICTの活用
 実践に向けて,3段階で内容を深めていくプログラムを計画した。
①授業の中で,観察,実験等を行う際に,ICT機器を活用する。
②実験等で疑問に感じたことを,事後学習の際に精密に計測等を行い,比較・考察する。また,発表機会を設けることで,質疑・応答により内容及び思考力を高めていく。
③指導を通しての反省点を整理し,機器分析及びデータの取りまとめ方法の指導法の研修会を開く。
この段階について,次に詳細に紹介する。


3.数学および理科の学習とICTの活用
 今回,公益財団法人中谷医工計測技術振興財団より助成を受け,分光光度計および電子黒板を導入し,実践に取り組んだ。また,加えて双眼実体顕微鏡,プロジェクター,教材提示装置
(書画カメラ),顕微鏡像撮影用デジタルカメラ,Webカメラなどを準備した。
 実践段階①として,まず,実験等で得られるデータの解析手法を習得するために,数学の時間の中で二次関数のグラフの授業に電子黒板を採用した(中谷医工計測技術振興財団の助成金により購入)。電子黒板の導入により,短時間で教材提示し,説明および演習に取り組むことが可能になるため,通常の授業時よりも進度を早め,理科的なデータの解析の場合の内容を解説・演習する時間が確保できる。今回導入したタイプの電子黒板は,プロジェクターに接続し,映像をセンサーで解析し,電子ペン等で追記したりすることが可能になる。片手で持てるほどの大きさの小さな電子黒板の本体を,通常の黒板の隅の方に取り付けるだけで,黒板自体が電子黒板として使用できるため,設置の場所に自由度があり,導入費用も抑えることができる。電子黒板を用いることで,通常の板書ではなかなか表現できなかった動きをともなった解説が可能になり,生徒の関心が向上し,意欲的に取り組む様子がみられた。直観的な理解が深まりやすく,イメージを持たせることに大きく貢献した。
 理科の授業の中では,プロジェクターと教材提示装置(書画カメラ),および顕微鏡像撮影用カメラを活用した。実験・観察を行う場合,特に着目してほしい部分などをクローズアップすることで,生徒の理解度が飛躍的に向上し,興味関心が高まり,能動的な学習へとつながる。特に実験器具の取扱いなどに関しては,ICT機器の導入は効果が絶大であり,短時間で効果的に指導に当たることができる。また,特にポイントとなる実験操作などでは静止画像や動画のリピート再生を利用することで,さながらTTの授業のような机間指導と全体説明を両立させることが可能になる。
 マス教育においては,生徒個々の科学的探究心や実験技術の習得の向上を目指す上で困難な点もあるが,ICT機器を用いることで,教育の質を向上させ,生徒個々に関わりあえ,双方向的な授業展開の時間も確保できる。
 実践段階②として,実験の考察等を深めるため,プレゼンテーションなど発表機会を与えた。この際にも,生徒の作業時間を短縮することが可能であり,個々の学習の深まりを,学習集団全体に波及させ,事象に対する考え方の深化が見られた。
 学習効果をさらに深めるためには,機器類を用いた精度の高い実験を行わせていくことが効果があると思われる。先に述べたように,ICTの機器類は生徒の力のベースアップにつながる。しかし,高校授業の中ではどうしても時間的制約があり,実験技能の実践力を高めるためには時間が足りないのが現状である。そのため,実験結果に生徒個々の能力の差が大きく寄与し,結果の精度のばらつきが大きくなり,事象の本質を論じることが困難になることが多い。そこで,ある程度簡易に使うことができ,なおかつ実験データの誤差を小さくできるような測定機器が求められる。今回,助成を受けて導入した測定機器は,主に可視領域の分光光度計である(測定レンジ340~999nm)。今回の実習では濃度分析を主に取り上げた。中和滴定の実験精度の比較として,分光光度計による機器分析を活用した。生徒は,個々の実験操作技能を高めようと,具体的な数値を確認できる分光光度計のデータを意識し,これまでに取り組んだ実験操作以上に集中し取り組む様子が見られた(中和滴定のビュレットの取り扱い方が非常に上達した)。まだ,今年度は濃度比較のみの活用で留まってしまったが,今後は化学反応の平衡移動の過程などを考えさせたり,化合物ごとの吸収スペクトルの相違等を追跡させたりすることで,さらに生徒の興味関心を高めていくプログラムを検討していきたい。


4.ICTの活用と教員研修
 機器分析等の教育プログラムを導入し,継続的に活用していくためには,教員の指導実践力を高められるような研修機会を設定している必要がある。今回,宮城教育大学教授の池山剛先生に依頼し,本校理科教員に対して,機器分析(特に分光光度計)の講義および実験プログラムの紹介および実習をしていただいた。
 この研修会では,分光法の基礎から応用的な扱い方の事例紹介や分光光度計を生徒に取り扱わせる際に注意すべき点などについて詳細な指導を受けた。機器分析を学習活動に組み入れていく際にハードルが高く感じていた教員も,機器分析の有効性および簡便性を改めて知ることができ,更なる普及に向けて前進することができた。また,この研修会では,機器分析そのものよりも,どのような実験に焦点を当て,精度良くサンプルを調整するかが大事であることを確認することができた。あくまで,機器分析は生徒の理解や実験技能をサポートするためのものであり,科学的思考力の向上を図るためにはインプット,アウトプットの学習内容をどのように計画・実践していくかにかかっている。機器分析にICT機器を組み合わせ,授業展開をしていくことの可能性を感じることができた。


5.まとめ
 生徒個々の学力を伸ばすためには,生徒の関心・意欲を高め,かつ机上での学問から探究活動のような課題解決型の学習にどのように繋げていくのかが課題点となる。ICTを活用することで,限られた授業時間を有効活用でき,サイエンスの本質である「なぜ」「どうして」を知る活動へと結び付ける一助となる。ただし,これらの活用方法はまだこれから教材研究を深めていかなければならず,より多くの実践を行うことで,そのノウハウを蓄積していきたい。