2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

現有の理科教育設備で観察・実験を効果的に行うための実践研究-普通教室で再現可能な観察・実験の開発実践を通して-

実施担当者

齋藤 弘一郎

所属:宮城県古川黎明中学校 教諭

概要

1 はじめに
 科学技術創造立国を目指す我が国の理科教育において,学校教育では,「観察・実験を通して,科学技術に対する関心を高め,科学的な考え方を養う」ことが求められている。しかし,学校における実験のための理科室数や,必要な器具の種類や数に関するガイドラインは明確ではなく,理科教育設備の整備は十分とはいえない現状がある。実験のための材料の確保も難しく,少ない予算に加え,学校規模によっては複数の理科教員間で授業が競合し,理科室が使用できないことも少なくない。
 そこで,従来の方法に囚われることなく,実験手法を工夫し,ICT機器を効果的に活用することで,現有の理科教育の設備環境下でも観察・実験を行うことをねらいとした。
 さらに,本研究の手法について各種学会等で情報交換すると共に,仮設教室での生活を余儀なくされている沿岸部の学校を中心に,実験器具や消耗品を送付し,その活動を支援すると共に,さらなる改善に努める。


2 観察・実験を効果的に行うための実践
2-1 乾電池・モバイルバッテリーによる電源
 普通教室で観察・実験を行う際には,教室にあるコンセントは1~2か所で延長コードの持ち込みも可能であるが,生徒が移動時にコードにつまずくトラブル,設置回収の時間を考えると,現実的ではない。生徒のグループ分の電源装懺が無い場合もあり,乾電池を用いる方法を試みた。電池の接続には小型のネオジム磁石を使用することで,乾電池ホルダーよりも小型・軽量化を図った。
 また,水溶液の電気分解には,9V乾電池やUSBモバイルバッテリーを使用した。中学3年,電解質水溶液(CuC12)の電気分解,中学1年イオンの移動で使用する。また,陰極線の偏向など100V以上の高電圧が必要な実験には,9V電池をつなぎ合わせて行った。

2-2 電気ポット,ホットプレート,トーチバーナーによる加熱
 エタノールなど引火性のある液体や,少量の液体,花粉管の観察に用いる寒天溶液の加熱は,電子レンジを使用する。デンプンの観察,ベネジクト反応など,比較的多人数が同時に加熱する場合は,ホットプレート(深型)にお湯を入れて加熱する。雲の発生などの実験では,ドライヤーを使用。大量の熱湯を使用する場合には電気ポット(保温タイプ)を用いた。状態変化における食塩の融解など,演示実験ではボンベタイプのハンディガスバーナーを使用した。
 また,沸点や融点の測定など,煮沸が必要な実験には,容器内にセラミックヒーターを投入し,水を沸騰させることができる旅行用のセラミックヒーターも効果的であった。

2-3 デジタル顕微鏡,望遠鏡による観察
 教室での観察で困難だったのが顕微鏡による観察であった。観察する試料を大最に準備できない場合には,教師用の顕微鏡にデジタルー眼レフカメラを取り付け,HDMIケーブルでプロジェクターを介して提示する。観察対象の見え方,対物レンズの倍率との関係などを,事前に提示しておくことで,初めて観察する対象でも的確に観察することをねらいとする。撮影も可能なため,事前に撮影し,観察できなかった生徒への提示も有効である。

2-4 マイクロスケールによる実験
 化学領域の実験では,マイクロスケール化の手法も有効であった。セルプレート(24穴・12穴)や弁当用のたれビンを容器として使用し,試薬の削減,廃棄物の少量化を図った。シャープペンの芯,待ち針を電極として使用し,水の電気分解,塩酸の電気分解などの実験を行った。

2-5 使い捨て可能な容器の活用
 普通教室への実験器具の持ち出しによる破損を防ぎ,準備片付けの時間の確保には,従来のビーカーやフラスコ,ピペットなどのガラス製の容器に替えて,樹脂製の器具を積極的に活用した。ガラス製のビーカーや試験管に比べ,軽量化,安全性(破損防止)が確保でき,使い捨て可能で,片付けの時間を大幅に短縮,実験時間の確保にもつながった。特にマイクロチューブ(1. 5~2.OmL)はだ液の実験などで,少量の試薬で実験が可能になり,個別実験を行うことにもつながった。

2-6 ICT機器の活用・簡易電子黒板 PC(タブレット)+手書き入力
 ICT機器の活用として,様々なデジタルコンテンツを活用できる電子黒板も効果的である。持ち運び可能で,設置回収が容易な簡易型の電子黒板システムを開発した。タッチパネル搭載形のPCと,手書き入カソフトを組み合わせ,短焦点プロジェクターで,黒板に貼り付け可能なマグネットスクリーンに投影した。端末を完全ワイヤレスにすることで,生徒が両面に記入することも可能である。さらに,のワークシートやホワイトボードに描いた生徒の図をタブレットのカメラで撮影し,スクリーンに映し出すなど,情報の共有化を図ることも可能であった。
 太陽のH周運動の観察は,魚眼レンズをネットワークカメラに取り付け,屋外に設置,インターネット上への常時公開を行うライブ配信システムを開発して対応した。画像の取得や蓄積,インターネットヘの配信には宮城教育大学のサーバーを提供して頂いており,現在も継続して運用している。この画像を活用することで,季節による南中高度の違いや,昼と夜の長さの変化など長期的な観察と比較が可能になった。
 また,半球スクリーンにデジタル地球儀を投影するDagikEarth(ダジック・アース)も授業で活用した。気象,プレートの移動,天体の見え方などの学習において,立体的に提示できる。

2-7 農業用マルチシートによる暗幕
 光の反射,屈折,全反射,凸レンズによる像のできかたなど,光の実験では暗室が必要であるが,普通教室のカーテンは薄手で遮光性が低い。そこで,農業に使用されるマルチ遮光シートを窓に貼り付ける。使用したのは,三層シルバーポリ保温用(イワタニ)である。厚さ0.1mmで,遮光性が99%以上ある。教室を暗室にするのに必要なサイズは,窓:190cm×210cm×5枚,出入りロドア210cm×110cm×2枚,廊下側上部窓210×100cm×3枚である。教室ではマグネットで取り付け,使用頻度の高い理科室は既存のカーテンにクリップで留めることで,開閉が容易になる。

2-8 他校への教材提供
 これらの実践が他の教育現場で再現可能かを検証するため,宮城県内で仮設教室を使用している中学校(大崎市立古川東中学校,同古川北中学校,七ヶ浜町立七ヶ浜中学校,石巻市立渡波中学校)などへ,トーチバーナー,プッシュバイアル瓶,セルプレート,マイクロチューブ,点眼ビンなどを送付した。送付した学校の教員からは「唾液によるでんぷんの分解・プチボトルをヨウ素液,ベネジクト液を入れ,試薬入れとして使用した。割れず,扱いやすいため,生徒は,早く試薬を滴下することができた。実験を早く終わらせることができた。大きさが小さく保管場所に困らないことと,ガラス容器でないので生徒への配付にあまり気を遣わなくてよい。」などの回答を得た。


3 まとめ
 理科室以外の教室で観察・実験を行ったことで,教科書記載の全ての観察・実験を少人数のグループ毎に実施できた。事後アンケートの結果はグラフの通りで,興味・関心の向上に加えて,学習効果についても肯定的な意見が7割近い。さらに,試験管やフラスコといった,実験専用器具の代用として,ペットボトルなど身近な素材を使用したことで,理科を身近に感じるようになったという回答が8割を超えた。また,同年4月と9月の比較では,5教科の中で理科をもっとも好きな教科と答えた生徒は7%から30%に増加した。

(注:グラフ/PDFに記載)

 生徒に対し行ったアンケート結果では,約1/3が理科や科学に関する職業に就きたいと考えており,理科を学習する有用性について,8割以上が将来役に立つと考えている。これは,前回の全国学習状況調査における,国立中学校の平均よりも高い数値となった。
 以上のように,理科教育設備など,様々な制約がある状況下に於いても,実験の手法や教材を工夫することは,理科の学習に対する関心や探究心を高め,科学的な見方や考え方を養う上で一定の効果があると考えられる。今後も研究を継続していきたい。
 なお,本実践も含めたこれまでの実践に対し,第10回教育実践・宮城教育大学賞をいただいた。

(注:表/PDFに記載)