2007年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第21号

熱電子局所冷却装置と術中脳波マッピングを用いた脳外科手術局所機能診断

研究責任者

山家 智之

所属:東北大学 加齢医学研究所 非臨床試験推進センター センター長・教授

共同研究者

白石 泰之

所属:東北大学加齢医学研究所 病態計測制御分野 助手

共同研究者

西條 芳文

所属:東北大学加齢医学研究所 病態計測制御分野 助教授

共同研究者

関根 一光

所属:東北大学加齢医学研究所 病態計測制御分野 特別研究員

共同研究者

圓山 重直

所属:東北大学流体科学研究所 極限熱現象研究分野 教授

概要

1.はじめに
脳腫瘍やてんかんなどの脳神経外科手術において、手術中の局所脳神経機能マッピングが行われている。しかしながら現在臨床で汎用されている電気刺激による局所機能マッピングは、放散電流などによるエラーが大きく、正確な診断が難しいことが東北大などより報告されている。そこで東北大学はペルチェ素子などを用いた局所冷却により脳神経機能マッピングを行う新しい方法論を発明し、特許を申請した。
本研究計画では、この全く新しく発明された電子計測技術の医療面における安全性、正確性などについて人間と同じ体重を持つ山羊などの動物実験を行って研究することを目的としている。
すなわち、脳神経外科手術において切除範囲決定は、極めて重要な問題であり、切除範囲が過小であれば再発を考えねばならず、過大な切除は不必要な神経合併症を誘発し、生命予後に係る。正確で精密な術中機能診断が必須であるが、これまでの電気刺激法では、放散電流等の問題により、正確な診断は不可能であった。本研究ではペルチェ素子によるプログラムされた局所冷却により、精密な脳神経局所機能診断を世界で初めて具現化することを研究目的としており、最終的には臨床展開を視野においている。
2.脳神経局所機能診断について
脳神経外科領域における外科手術は、他の領域の外科手術とは異なり、精密な解剖学的局所機能診断が不可欠である。消化管の手術であれば、切除範囲を大きくとることにより、転移や再発の危険性を低減化させることができる可能性が高いが、脳神経外科では、切除範囲が大きすぎれば、切除するのが脳神経組織なので、神経障害を引き起こす。特に生命維持に係る中枢領域では、切除範囲を誤れば、死の転帰をとる可能性すら否定できない。個体差が大きいので、個々人に解剖学的機能マッピングに合わせた手術を行う必要があり、QOL に優れた手術を行うことに大きな困難を伴っている。
そのために、てんかんや脳腫瘍などの手術では、手術中に開頭した状態で局所の電気刺激などをおこない、局所機能マッピングを行った上で切除範囲を決定する。しかしながら、電気刺激を行えば神経活動が予測されない範囲に伝達され、刺激部位とは異なる範囲を刺激したり麻痺させたりすることにより、正確な局所機能診断が難しい場合もある。その場合、適切な切除が行い得なかったり、不適切な切除による予期されない合併症の発生にも結びつく。
そこで我々は正確な局所機能診断を行うための、全く新しいデバイスを発明し、現在知的財産本部に特許申請書類を行っている。本研究で提案する新しい正確な局所機能マッピングの方法論は、開頭中にペルチェ素子あるいは水冷式などの超小型局所冷却デバイスを用い、切除範囲の脳神経組織を安全な温度範囲で正確に局所のみ冷却し、脳波及び神経反応を診断する方法である。
局所冷却による方法論は、電気刺激の方法論とは異なり、放散電流あるいは神経活動の予期せぬ伝達による診断の間違いの可能性がなく、正確で詳細な機能マッピングが可能である。特に、本研究では、新しく開発された精密な熱設計を行ったペルチェ素子や水冷式冷却デバイスで、限定された正確な範囲を冷却可能であり、精密な熱設計のシミュレーション計算によりこれまで問題であったペルチェ素子の反体側の過熱現象もコントロールすることができる。
安全性の高い新しい診断システムとして早期の臨床応用が期待され、正確で精密な手術により、脳神経外科手術成績の大幅な向上が期待される。
更に精密な局所冷却デバイスの発明は、脳神経外科手術だけでなく、不整脈の外科手術など様々な領域のインプラントへ波及できる可能性が高い。
3.1 脳神経局所機能診断装置の実験
(1) シミュレーションと結果に基づく試験装置の試作
熱伝導方程式を応用した熱分布のシミュレーションを行い、安全で効果的な局所冷却の方法論について見当を試みる。その成果を基に、水冷式の冷却回路を試作し、局所冷却効果について研究を行った。
(2) 動物実験
山羊を通常の脳外科手術手技で開頭し、新発明の精密局所冷却デバイスを用いて精密な局所冷却を行う。同時に脳波を記録し、脳波の波形変動を観測することにより、局所冷却効果を確認した。
(3) てんかん発作停止装置への展開
山羊を通常の脳外科手術手技で開頭し、脳波の波形変動を観測することにより、局所冷却効果を確認した後、てんかんを人工的に誘発して、マルチチャンネル脳波を記録、その後に、局所冷却装置で治療を行い、てんかんの治癒過程を記録した。
3.2 実験結果
熱伝導方程式に基づくシミュレーションを行い、臓器冷却効果について研究を行った。図に軸対象モデルにおける局所冷却効果の一例を提示する。
かかるシミュレーション結果を基に、効果的に脳組織を局所冷却できるシステムの試作を行い、開発に成功した。試作されたシステムを応用し、寒天を用いた模擬生体組織にて冷却実験を行った。良好な組織冷却効果が得られている。
更に新開発の精密局所冷却デバイスを駆使して、動物実験を行い、脳組織の冷却効果を確認した。
過去の文献では、脳組織を三十度前後に冷却することにより脳神経活動の抑制や、てんかんの発作停止が報告されているが、我々の動物実験結果においても、脳波の抑制効果が確認され、治療システムへの展開の可能性が示唆された。今後、臨床への展開が期待される。
4.まとめ
てんかん、脳腫瘍などの脳神経外科手術において、開頭手術中に電気刺激を行って局所マッピングする方法が行われてきたが、放散電流や予期せぬ方向への神経伝達により正確な局所診断が難しいという問題点が残されていた。冷却法では脳神経素子全体を氷水などで冷やして麻痺させたりする方法も行われてきたが、正確な局所診断は不可能である。そこで我々はペルチェ素子や水冷式の超小型局所冷却デバイスを発明した。正確な熱設計により、反体側の発熱も制御可能で、正確で精密で小さな範囲の局所冷却が可能であり、従来と比較して飛躍的に精密な脳神経組織局所機能マッピングが具現化することが期待される。
精密な局所冷却デバイスの発明は、脳神経外科手術だけでなく、不整脈の外科手術など様々な領域のインプラントへ波及できる可能性が高い。
今後、倫理委員会の厳正な審査を受けた上での臨床への展開を計画している。