2002年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第16号

無拘束型心電図導出用パッド電極センサの開発

研究責任者

石山 陽事

所属:杏林大学 保健学部 教授

共同研究者

三谷 博子

所属:杏林大学 保健学部 臨床生理学教室 講師

共同研究者

星野 洋

所属:東京電機大学 工学部 教授

共同研究者

白井 康之

所属:虎の門病院 臨床生理室 室長

概要

1.はじめに
従来心電図の導出には少なくとも、心臓の電位を取り出す関電極、関電極に対応する基準及びアース電極の3種類の電極が必要であった。またこれらの電極と心電図モニタ装置本体を結ぶための導出リード線は、患者にとって煩わしいものであり、計測中は動けないため、無拘束計測という点において問題があった。そこで導出リード線のない1個のモジュール化した電極の接着のみで心電図信号が導出できれば、病室などにおける患者への負担の軽減はもとより、日常の在宅での生活や運動時における自然な状態での心電図を無拘束でモニタリングできる等そのメリットは大きい。本研究では、心電図を誘導するための導出電極と導出した信号を増幅するための増幅器、そしてその信号を心電図モニタ装置に電送するための送信機といった全ての機能を、図1のような半径20~30mmの1つのパッド上に一体化する無拘束型心電図モニタ用電極パッドを開発すると共に、その電極パッド上に用いられているLaplacian電極配列法による心電図導出法の検討と開発試作電極パッドについて評価検討を行った。
2.Laplacianによる電極配列法
本研究で使用するSource Derivation法(以下、SD法)は、1975年にHjorthが電磁気学の基礎理論に基づくLaplacian定理を用いて考案した導出法である3)。このSD法は、脳波における異常の局在部位の検出に優れており、目的とする電極部位周辺から波及する電位を減じ、電極部位の特徴的電位をよりSINよく導出できる特徴をもっている4)~6)。また狭い範囲内での目的部位の電位を導出することも可能である。
図2はLaplacian定理に基づく7)体表面部位の電位勾配について説明したものである。この電位勾配を電磁気学の理論に基づいて展開すると、(2-1)式に示すPoissonの方程式、あるいはLaplacianの方程式で表すことができる。
ここで、局在部位電位Vsourceを求めるために、(2-1)式を近似的に体表面の電位分布に適用すると、(2-2)式に展開することができる。
したがって、その局在部位電位Vsourceはx、y座標面上における電位の2次微分値の和となる。本式の微分値はごく微小区間における電位勾配を示している。
ここで、図3のように直交座標軸上に電極を配置し、
各電極S、A、B、C、Dで導出される電位をそれぞれVs、V1、V2、V3、V4とすると、その電位勾配は次式のように表すことができる。
今、Vsourceを電極間距離hの関数とすると、(2-2)式と(2-3)及び(2-4)式よりVsourceは(2-5)式で表すことができる。実験では、回路構成を容易にするため、Vsourceを(2-6)式のように表し、信号の導出した後に出力を4倍すれば(2-5)式が得られる。つまり、局在部位電位を導出する場合には、電極を図3に示すように配列し、導出すべき部位の電位とその周囲より波及する電位の加算平均値との差を求めることによって、導出することができる。
3.測定方法
3.1 SD法の電極間距離の検討
SD法による生体信号の導出は、目的とする電極部位のごく近傍の電位の特徴的波形を導出することが可能でこれまでの測定結果から、あるが、これは(2-1)式及び(2-2)式よりわかるように、関電極と周りに配置した基準電極間距離(h)を短くすると、導出される電位は小さくなるため、必要以上に距離を短くすると、導出する生体信号がノイズに埋もれてしまう場合がある。このことは、電極間距離は開発する電極パッドの大きさを決定する大きな要因となるため、装置の小型化を目的としている本装置においては、電極間距離を可能な限り短くする検討は重要である。そこで、様々な電極間距離を用いてSD法による心電図の計測を行った。すなわちSD法における心電図計測では電極間距離hを10mm、20mm、30mm、40mmとしたときの心電図と従来のWilson単極胸部誘導法による心電図をそれぞれ同時測定した。被験者には21~24歳の男子学生8名を用いた。また測定部位は、Wilson胸部誘導法のV1~V6の電極部位を用いた。増幅器に入力された信号をインスッルメンテーションアンプによって増幅した後、0.5Hz以下、60Hz以上の信号成分をフィルタ処理にて除去した。
3.2 SD法における3電極誘導および4電極誘導とWilson単極胸部誘導法との比較
電極パッドの軽量化および電極接着リスクの軽減化を目的とした電極配列を新たに提案した8)。すなわち従来のSD法は基準電極を4部位必要とすることから4電極誘導と呼び、新たに提案する基準電極が3部位であることから3電極誘導によって導出された心電図を比較することでその有用性を評価した。
4電極誘導法の電極配列を図4(a)に示すが、この電極配列はLaplacian方程式に基づいた基準電極を3部位とする新たな電極配列を提案した。図4(b)に新たに提案した3電極誘導の電極配列を示す。この電極配列は基準電極を3部位に減じても、正三角形の形状をとることによって、周囲より波及してくる目的とする信号以外の成分を除去できるものと考えられる。なお電極間距離hはSINの良い記録を得るために本検討では20mmとし、導出部位はWilson胸部誘導法のV1~V6全ての電極部位を対象とした。
3.3 試作した電極パッドの評価
電極間距離が10mm程度であればSD法による心電図導出が可能であることを確認できた(図8参照)。そこで本研究では提案した電極パッド製作の可能性、及びその有用性を評価するために後述する検討結果に基づき電極パッドを試作した。
Laplacian電極配列法の電極間距離hを10mmとしたパッド内小型試作電極パッド全体の外形寸法は40mmφ、総重量は10g程度の大きさとなった。試作した無拘束型心電図モニタ用電極パッドを図5に示す。
SD法による4電極誘導を用いた電極には半径2mmの銀電極を使用し、その接着には粘着性の高いソリッドゲルを用いて装着した。裏面のシートの部分は、粘着シートになっているので電極パッドは、安定した接着状態を保つことができる。Laplacian電極配列法による心電図の誘導法は図5(b)のようにSD法による4電極誘導を用いた。図6に電極パッドのブロック図を示す。
心電図アンプは前段のインスツルメンテーションアンプと後段のローパスフィルタのみで必要最小限の回路構成にした。変調方法はPWM変調を用い、送信周波数帯域は高周波変換部で300MHz帯域を用いた。受信機側では信号の復調処理を行い、さらにローパスフィルタ(fc=60Hz)でフィルタ処理を行った。受信機の出力を熱ペンレコーダに接続し、心電図の記録状態を観察した。図7に電極パッドによる心電図モニタのシステム構成を示す。
4.測定結果
4.1 SD法の電極間距離の検討
SD法の電極配列による電極間距離hを10mm、20mm、30mm、40mmとした場合の心電図と同部位におけるWilson単極胸部誘導法による心電図記録の例を図8に示す。
電極間距離hが10mmの場合でも比較的SINの良い波形を導出することができた。各電極間距離hの変化に対する心電図波形を比較すると、若干異なるもののそれぞれ類似した波形が導出された。しかし電極間距離hの30mmにおける心電図波形は、ST波またはT波が他の心電図と比べ異なっている。このような現象は、他の被験者についても確認することができ、またWilson単極胸部誘導法と比べても心電図の極性が反転したような波形が導出されることもあった。4電極SD法の電極間距離と心電図の振幅(QRS波のVp-P)の関係を図9に示す。電極間距離が10mmでも100μV程度の心電図を記録することが出来ることがわかる。
4.2 SD法における3電極誘導および4電極誘導とWilson単極胸部誘導法との比較
SD法の電極間距離hを20mmとして、3電極誘導と4電極誘導およびWilson単極胸部誘導法で同時誘導した心電図を図10に示す。
図はV3部位の心電図であるが、SD法においても比較的SINの良い安定した波形が導出されている。しかし図11に示すように電極間距離hが20mmの場合、SD法によって得られる心電図振幅はWilson単極胸部誘導法と比べるとおよそ1110~1120程度の大きさであることが分かる。SDの4電極法と3電極法の心電図波形はほとんど同じであった。また各電極部位ごとに各誘導法間における心電図波形の類似性について相互相関係数を算出した。その結果図12に示す。
SD法の4電極誘導と3電極誘導による心電図波形間には、全ての電極部位において高い相関が認められた。これは、基準電極を3部位に減じても心電図波形を損なうことなく、心電図の誘導が可能であることを意味する。一方、SD法とWilson単極胸部誘導法による心電図波形問で相関が低いことから逆にSD法による心電図波形がWilson単極胸部誘導法による心電図とは異なった臨床的な意味合いを持つ可能性が考えられた。
4.3試作した電極パッドの評価
図13に図5、図6及び表1の仕様に基づき試作した電極パッドを用いて導出した心電図を示す。導出部位は胸部誘導法のV2とV4の電極部位である。電極パッドの電波到達距離は見通し環境で4~5m程度で、心電図モニタは市販のリチューム電池で8時間程度の連続モニタリングが可能であった。その間、電極パッドが剥がれる等の
問題もなく、図13に示したような安定した心電図を導出することができた。今回の測定は雑音源の影響が比較的少ないと思われる部屋で行われたが、今後多くの医療機器が使用されている重症病棟などの電磁環境下で本電極パッドを使用した場合にどのくらい心電図導出波形に雑音が影響を及ぼすかについて検討をする必要がある。
5.考察
5.1 SD法の電極間距離の検討
SD法により心電図を導出する場合、雑音の影響や導出後の雑音処理等を考慮すると、電極間距離hが10mmの場合でもSINの良い波形を導出可能であった。したがって現段階でも作製する装置の大きさや入手できるバッテリー等を考慮しても、半径15mm程度の電極間距離をもつ電極パッドの製作は可能と考えられる。心電図振幅の(QRS波のVp-P)の関係は標準偏差が大きいものの、図9に示すようにほぼ比例関係にあった。しかし電極間距離を長くするといずれLaplacianの近似式が成り立たなくなり、そのために心電図の形状や振幅に何らかの変化が起こるものと予測された。この点については今回の検討では、Laplacian方程式を近似的に使用できる電極間距離の範囲を明らかにすることができなかった。その要因は、心電図を構成している発生源は単一の信号源ではなく、複数の心臓の活動から成る生体信号であり、またその心臓自身ある体積を持っているためと考えられる。
5.2 SD法における3電極誘導および4電極誘導とWilson単極胸部誘導法との比較
SD法によって胸部の6誘導部位の心電図を導出した。その結果V1~V4は振幅が高く比較的SINの良い心電図波形が得られ、その他の部位のV5、V6では低振幅な心電図波形を呈した(図ll)。このSD法によるV5、V6の振幅の低下は、心臓の位置と導出電極間との距離が関係していると考えられる。胸部の6誘導部位と心臓との位置関係を図14に示す。
図のように導出部位V5、V6では、その他の部位に比べ心臓からの距離が離れていることが確認できる。心臓との距離が離れれば信号の減衰も大きくなると共に、その結果V5、V6付近での心電図波形の変化が小さく、このことがLaplacian方程式に基づいたSD法では低振幅でSINの悪い波形を呈したものと考えられる。
一方図12では新たに提案したSD法の3電極誘導法と従来の4電極誘導法とによる心電図波形間の相関は各部位とも0。93~0.98と高い相関を示した。このことは基準電極数を3電極部位に減じても、関電極を中心に基準電極が正三角形の形状をとることによって波形を損なうことなく、また電極パッドの軽量化及び電極接着リスクの軽減化がはかれることを示している。
5.3試作した電極パッドの評価
SD法の原理に基づいて10mmの電極間距離をもつ試作した電極パッドによって安定した心電図を導出することができ、試作した電極パッドはこれまでの心電計と比べ、リード線を一切用いず、しかも小型かつ軽量な心電計である。つまり電極パッドによる心電図モニタは、従来の方法と比較すると患者への負担を減らすことができ、より無拘束な状態での心電図モニタが可能となった。
しかし、本検討で使用した3Vのリチューム電池ではその連続使用時間はせいぜい8時間程度であったため、24時間以上のモニタリングが望まれている。在宅での心電図モニタとして使用するためには今後バッテリーや装置の消費電力などを改善していく必要がある。また電波到達距離も4~5m程度と短く患者の行動を制限せざるをえない。更に、電極パッドの接着にも不安が残った。検討ではパッドの裏面が粘着性のシートになっているため、心電図モニタ中に電極パッドが剥がれることはなかったが痩せた被験者に電極パッドを装着した場合、胸部の肋骨による凹凸のため電極パッド接着の安定性に問題もあった。これは試作電極パッドの土台となっている部分が、硬いプラスチック素材を用いていることが原因と思われる。今後、電極パッドの土台となる部分に軽量ゴムなどの素材を用いることで電極接着時の安定性についてさらに検討して行きたい。
6.結論
本研究は心電図誘導法としてSD法を用い、その導出波形と電極配列について検討すると共に、無拘束型心電図モニタ用電極パッドの製作を行った。その結果として、以下のことが確認された。
(1)SD法による心電図の導出において電極間距離は10mm程度、また導出部位はWilson単極胸部誘導法のV1からV4であれば安定した心電図の導出が可能であった。
(2)SD法とWilson単極胸部誘導法とによる心電図波形間の相関は低く、SD法によって導出した心電図は独自の臨床的な意味合いを持つ心電図であることが示唆された。
(3)本研究で提案したSD法による3電極誘導法と従来の4電極誘導法による心電図波形間の相関が高いことから、基準電極を3電極部位に減じてもLaplacian定理に基づいた導出の可能性が示唆された。
(4)製作した電極パッドは従来の心電計と比べ小型かつ軽量な心電計であり、導出リード線を一切用いていないため患者への負担を減らすことができ、より無拘束な状態での心電図モニタリングの可能性が示唆された。