2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

源流域と琵琶湖をつなぐ流域環境の探究 ―奥山・里山・里湖―

実施担当者

小林 泰彦

所属:滋賀県立高島高等学校 教諭

概要

1 はじめに

本校は、琵琶湖の北四部の琵琶湖と山野に囲まれた自然豊かな環境のもとに立地している。また、本校がある高島市内には県立高校が2校、市立中学校が6校ある。近隣市に所在する高校までは距離があるため、市内の中学校卒業生は、その多くが市内の高校に進学している。このように市内の高校と中学校には深い関わりあいがあることから、とくに地域に根ざした高校として、地域の中学校と積極的な連携をし、地域の自然資源・文化資源を活用した学習活動を展開したいと考えた。身近な自然環境の生物多様性や生態系について探究活動を実施することは、その学習内容の理解を深めるためにたいへん有効であると考えた。探究活動により、観察、実習などを通じて、課題を見つけだすための観察や仮説の設定、調査による検証、データの分析・解釈など、科学的に探究する方法や資質、能力を育成したいと考えた。またその実施に際しては、多くの観察や実習を行うことにより、その中から生徒自らが興味?関心を抱き、見つけだした課題について、自ら主体的に考え課題を解決する喜びを実感させたいと考えた。活動のまとめとして報告書を作成させ、共に学ぶ仲間や中学生に対して発表の機会を設けることなどにより、論理的な思考力や表現力、コミュニケーション能力の育成を図りたいと考えた。そこで、地域の豊かな生物多様性と特徴的な生態系について、実際に観察や実習を通じて科学的に探究し、その環境が抱えている課題を探り、その解決に向けて、生徒の主体的、創造的、協同的に取り組む態度を育みたいた考え、そのための活動として具体的には、源流域と琵琶湖をつなぐ流域環境に着目し、2年間をかけて、
「① 源流域の巨木林に地域の植生を学ぶ」こと、
「② 琵琶湖の上で湖沼生態系を学ぶ」こと、
「③ 里山・里湖の人間の営みと環境との関わりを探る」こと、
「④ 里山・里湖の文化を科学の目でみる」こと、
「⑤ 地域の中学生とともに流域環境を学ぶ」ことを計画した。
このような学習活軌を通じて、身近にありながらじっくり触れ合う機会のなかった自然環境や食文化、地域の人やその分野を研究する専門家に接することにより、また中学生一高校生間で交流することにより、自然科学に対する興味や関心、知的好奇心や探究心を喚起し、自然科学を学ぶ楽しさを実感するなかで、科学的思考力や創造的に生きていく力が身に付くことを期待した。

2 プログラムの計画

源流域と琵琶湖をつなぐ流域環境に着目し、2年間をかけて具体的に次の①~⑤の学習活動を計画した。

① 源流域の巨木林に地域の植生を学ぶ

② 琵琶湖の上で湖沼生態系を学ぶ

③ 里山・里湖の人間の営みと環境との関わりを探る

④ 里山・里湖の文化を科学の目でみる

⑤ 地域の中学生とともに流域環境を学ぶ

3 プログラムの実施

前項のプログラムの計画のうち、1年目の今年度は、おもに「② 琵琶湖の上で湖沼生態系を学ぶ」こと、「④ 里山・里湖の文化を科学の目でみる」こと、「⑤ 地域の中学生とともに流域環境を学ぶ」ことについて学習活動を実施した。これについてその内容を報告する。また、「① 源流域の巨木林に地域の植生を学ぶ」こと、および「③ 里山・里湖の人間の営みと環境との関わりを探る」ことについては2年目の実施に向けて関係機関との調撒と予備調査を実施した。

3-1 「② 琵琶湖の上で湖沼生態系を学ぶ」

夏季休業中の8月29日(月)に琵琶湖実習を計画した。市内の中学校に参加希望を募り、9名の中学生から参加申し込みがあった。しかしながら、太平洋の台風10号と日本海に発達した低気圧の影響で琵琶湖上では強風が予想されたため、環境実習船が運航できなくなり、中止となった。その後、計画を立て直し10月18日(火)に延期して実施することとなった。残念ながら学期中の学校稼業日の実施となったため中学生の参加は叶わなかった。
琵琶湖汽船株式会社の環境学習船「megumi」を使用し、生徒73名が参加した。この実習では
(1)琵琶湖の水質調査、
(2)琵琶湖のプランクトン観察、
(3)琵琶湖の漁業、
(4)琵琶湖の環境とその課題、
(5)竹生島のタブノキ林とカワウの関係
について学習した。

(1)琵琶湖の水質調査【実習】
北湖の表層水と深層水、南湖の表層水の水質の比較を行った。北湖の深層水は、船上よりバンドーン採水器により水深40mより採水した。それぞれの水の温度と、pH、CODを測定した。琵琶湖では夏季に水温躍層が形成されるが、表層水と深層水の温度差を数値で確認するとともに、その水に触れてそれを実感することができた。また、パックテストでCODを測定することにより北湖と南湖の水質の比較を試みた。

(2)琵琶湖のプランクトン観察【実習】
船上において2人に1台の光学顕微鏡を使用してプランクトン検鏡を行った。この時期は表層の水湿が低下するため、北湖のプランクトンが減少する。このため、あらかじめ南湖で採集した湖水を使用した。琵琶湖淀川水系に固有のビワクンショウモやハネウデワムシなどが見られ、スケッチを行い形態を観察した。

(3)琵琶湖の漁業(貝曳き網漁)【見学】
琵琶湖の浅い湖底にはセタシジミが生息している。これを採捕する漁は、漁船で湖底を掻く専用のマングワという漁具を曳航して行われる。megumiが漁船に接近して、滋賀県農政水産部水産課職員による解説のもと地元の漁師さんによる漁を見学した。採捕された貝類を受け取り、セタシジミ以外の貝類につい
ても観察し、種同定を行った。さらに船上では、セタシジミを味噌汁にして試食した。
(4)「琵琶湖の環境とその課題」【講義】
船上において、水産課職員より、「琵琶湖の環境とその課題」と題して、琵琶湖の環境や生態系、について講義を受けた。とくに漁獲最の減少や外来生物の増加、水草の大量繁茂などの課題を認識した。

(5)竹生島のタブノキ林とカワウの関係【実習】
琵琶湖の竹生島にはカワウのコロニーが存在し、カワウの個体数が増えすぎた時にはタブノキが多数枯れ
た。竹生島に上陸し、かつて優占していたタブノキの残存個体とその実生を観察した。またタブノキの枯死後、裸地が形成された場所の植生の回復状況を観察・調査した。

3-2 「④里山・里湖の文化を科学の目でみる」
8月10日および8月12日に塩切りブナの飯漬け実習を行った。8月10日には、あらかじめ内臓を取り出し塩漬け(塩切り)されたニゴロブナ(5kg)を形態観察しながらたわしを用いて水洗いし、乾燥させた。日本酒を手水にして炊飯した近江米(6升)をニゴロブナの腹や鯉蓋内に詰め、30Lの漬物桶にご飯とニゴロブナを交互に重ね、漬けこんだ。桶に水を張る代わりに、ビニール袋で空気を遮断し、ビニール紐で編んだ平縄を桶の縁に置き、落とし蓋の上に段階的に合計36kgの重石を載せ、小型物置に保管した。8月12日は、科学的な計測用の桶に雄のニゴロブナを8月10Sと同様に漬けこんだ。この桶を用いて桶内外の温度や水素イオン指数(pH)を発酵期間を通じて24時間記録した。2月23日には桶を凋け、発酵後の様子を観察した後、試食を行った。強い香りに圧倒されながらも、乳酸発酵によって生成された乳酸の酸っぱさとアミノ酸のうま味を感じ取っていた。発酵桶の温度とpHの計測データより、飯漬け後3日間に急激に酸性に変化していたことから、この短期間に乳酸菌が増殖し、乳酸発酵が起こったことが考察された。

3-3 「⑤地域の中学生とともに流域環境を学ぶ」
夏季休業中の琵琶湖実習が荒天により中止となったため、市内の中学生の参加ができなくなった。実際に実習に参加できなかったことも踏まえて、高校生が中学生へ特に琵琶湖実習について報告を行った。実習で得られたデータを披理し、考察し、さらに文献などから調査した。プレゼンテーションソフトを用いて、実習に参加していない中学生にも理解できるように心がけてまとめた。人に理解してもらえるようにまとめることの難しさを実感した。自然現象による中止はやむを得ないこととしても、2年目はぜひ、中学生にも実習に参加してもらい、地域と地域の自然環境、自然科学に対する興味や関心を高めてもらえる機会としたい。

4 まとめ

計画1年目の今年度は、おもに「②琵琶湖の上で湖沼生態系を学ぶ」こと、「④里山・里湖の文化を科学の目でみる」こと、「⑤地域の中学生とともに流域環境を学ぶ」ことについて学習活動を実施した。このような学習活動で地域の自然環境や自然現象、それを研究する専門家に接することにより、自然科学に対する興味や関心、知的好奇心や探究心を喚起することができたと振り返っている。自然科学を学ぶ楽しさを実感するなかで、科学的思考力や創造的に生きていく力が身に付くことを期待している。琵琶湖は、その周辺に住んでいる生徒にとっては当たり前のように存在するが、船に乗って沖に出たり、竹生島に上睦することはほとんどない。また、ふなずしは、地域の伝統食品でありながら、食べる機会が減少している。ふなずしを科学的なアプローチで探究することで、地域の食文化に触れる絶好の機会ともなった。今回、地域をフィールドとして多くの実習を実施できたことは、自分たちの生活する地域を知り、地域と地域の自然環境を大切にしようとする意識が醸成されてきたように感じられた。計画2年目の来年度は、さらに上流域にもフィールドを拡大し、観察や実習を通じて科学的に探究し、さらにその環境が抱えている課題について考えられるような取り組みとしたい。