2011年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第25号

流体シミュレーションとドップラーエコーからの肝循環圧測定法の開発

研究責任者

飯室 勇二

所属:兵庫医科大学 消化器外科・肝胆膵外科 准教授

共同研究者

藤元 治朗

所属:兵庫医科大学 医学部 外科学講座 主任教授

共同研究者

飯島 尋子

所属:兵庫医科大学 医学部 肝胆膵内科 教授

概要

1.はじめに
近年の画像診断技術の進歩により、生体内臓器の詳細な形態学的解析のみならず、血流を反映した機能・病態解析や全身的な腫瘍存在診断などが可能となっている.一方、生体内の血流動態自体を解析して治療に役立てる事を目的に、動脈血流流体解析を行い動脈瘤発生部位の予測などを試みる研究が散見される1),2),3),4)。本研究者らの専門領域である肝臓は、動脈と門脈による二重血流支配をうけているが、門脈血流は動脈血流より血流圧がはるかに低いため周囲環境の変化により影響を受けやすい。また、門脈血は腸管から吸収されるさまざまな物質を月刊蔵へ運搬するとともに、肝切除後の再生におけるその重要性などが指摘されている。一方、慢性肝炎などに伴う肝線維化が進行すると門脈圧が充進し、胃食道静脈瘤などの側腹血行路が発達して重篤な合併症をきたす。以上のことから、各種病態における門脈血流動態の解析および把握は、肝疾患治療において重要な課題である。
既存の門脈血流評価は、主にドップラー超音波検査を中心に行われてきたが5),6)・7)、流速や流量の測定は可能であるものの、もうひとつの重要な因子である門脈圧の評価は不可能であった。臨床上重要な意味を持っ門脈圧の測定は、これまでカテーテルなどを利用した観血的測定法によるものであり、患者への侵襲が大きいものである。一方、画像診断およびコンピューターの情報処理能力の向上に伴い、生体内での血流シミュレーションが可能となりつつあるが、肝臓、とくに門脈に関する同様の検討はなされていない。本研究者らは、これまでに、肝腫瘍切除症例において、術前術後の門脈血流動態変化をシミュレーション解析し、術後2週間での残存門脈枝血流変化率が術後3ヶ.月での灌流領域別再生率と相関する傾向にあることを見出している8),9),10)。そこで、今回ドップラーエコーから得られる各門脈枝における血流情報を、CTデータから得られる正確な門脈形状による流体解析シミュレーションに加えることにより、非観血的門脈内圧分布測定法の開発が可能かを検討した。
2.研究方法
2.1門脈血流動態シミュレーション
2.1.1造影MD-CT(DICOMデータ)からの門脈3D画像および流体解析用メッシュモデルの作製
診断・治療を目的に施行される造影MD-CT画像から得られるDICOMデータをもとに、正確な門脈3D画像を個々の症例で抽出する(3-D image processing and editing softwareを使用)。さらに、抽出した門脈形状(STLファイル)をもとに流体解析用メッシュモデルを作製する(Fluent 6.2, Fluent Inc.)。
2.1.2流体解析ソフトによる門脈血流シミュレーション
作製された個々の門脈メッシュモデルを利用して、流体解析ソフト(Fluent6.2,FluentInc.)上で、門脈血流動態をシミュレーションする。
2.2ドップラー超音波検査による門脈血流情報の入手
門脈血流シミュレーションを行う同一症例において、体外ドップラー超音波検査を行い、各門脈枝における血流の方向、流速、流量を仰臥位で行う。具体的には、下記左図のように、測定目標の門脈枝を同定し血流の方向、流速を同定した後、同門脈枝の径(断面積)を正確に計測することにより、門脈枝内の血流量が測定可能である。
2.3門脈血流設定変更による門脈内圧の推定
ドップラーUSから得られた門脈本幹血流量に合わせて、シミュレーション上の門脈血流量を設定することで、門脈内圧分布をシミュレーションした。一方、メッシュモデル各分枝の出口圧を0[Pa]に設定した場合と20[Pa]程度に設定した場合の血流動態変化を検討した。
2.4観血的門脈圧測定値との比較検討
肝切除術に先立ち、上腸間膜静脈分枝から門脈本幹内にカテーテルを挿入し、門脈圧を直接測定して得られた実測門脈圧と流体シミュレーションから推測された門脈圧を比較検討した。
3.結果
3.1門脈血流動態シミュレーション
3.1.1造影MD-CT(DICOMデータ)からの門脈3D画像および流体解析用メッシュモデルの作製
肝切除症例8例に対して、術前造影MD-CTを行い、DICOMデータより流体解析用門脈3Dメッシュモデルを作成した。
3.2ドップラー超音波検査による門脈血流情報
同一症例に対して、術前体外ドップラー超音波検査を行い、門脈本幹、門脈右枝、門脈前区域・後区域枝、門脈月齊部の血管径と血流情報から血流量をそれぞれ計測し、その分布を検討した。(症例1、2提示)
3.3門脈血流シミュレーション設定変更による門脈内圧の検討
3.3.1門脈血流量シミュレーション
門脈3Dメッシュモデルを用いた流体解析で、門脈本幹の血流量を1200ml/minに固定して門脈枝の血流分布をシミュレーションした場合と、血流量を800ml/min、600ml/minに減少させた場合の血流分布を比較した(表1)。その結果、血流量を1200ml/minから600ml/minまで減少させても、各門脈枝の血流分布の変化は1%以下であった。このことから、生理的条件の範囲で門脈血流を変動させても、各門脈枝における血流分布(%)は、流体シミュレーション上ほとんど変化しないと考えられた。
一方、流体シミュレーション解析による血流分布とドップラーエコーで得られた血流分布(3.2)を比較すると、比較的良好に相関していた(下図:症例1、2)。
以上の結果から、血流シミュレーション上、生理的範囲内で門脈血流量を変化させても、比較的正確な領域別血流分布が推定できることがわかった。
3.3.2門脈圧シミュレーション
次に、ドップラーエコーで得られた門脈本幹の血流量(3.2)に合わせて、流体シミュレーション上の門脈血流を設定し、門脈圧分布シミュレーションを行った。設定条件として、3Dメッシュモデルの各門脈の出口圧を0[Pa]に設定した。さらに、出口圧を20[Pa]に設定した場合の門脈圧
分布についても検討した。その結果、出口圧を0[Pa]に設定した場合、症例1では、門脈本幹圧が230[Pa]、症例2で200[Pa]となった。出口圧を20[Pa]に設定した場合、症例1、症例2のそれぞれの門脈本幹圧は、250[Pa]および225[Pa]と増加した。一方、出口圧を変化させても門脈血流分布には、変化が見られなかった。
3.4観血的門脈圧測定値との比較
それぞれの症例において、全身麻酔下に開腹後、肝切除術に先立ち観血的門脈圧測定を行った(研究方法参照)。症例1、2での実測門脈本幹内圧は、それぞれ8.OcmH20および11.OcmH20と流体シミュレーションから推測された門脈圧より全体にやや高い値が得られた。特に症例2のように、ドップラーエコーから得られる門脈血流量が正常平均門脈血流量(1200ml!min)より減少している症例では、門脈圧のシミュレーション値と実測値の差が大きい傾向にあった。一方、肝臓の線維化が認められず、門脈血流量が1200ml!min程度の正常肝においては、実測門脈本幹内圧は4.OcmH20程度であり、シミュレーションから推測された門脈本幹内圧と比較的近似した値であった。
それぞれの症例で、出口圧の設定をさらに調節する(増加させる)ことにより、実測値とシミュレーション値を近似させることは可能であるが、肝臓の線維化に伴う出口圧の設定を肝臓の硬さなどからシミュレーションする必要がある。
以上の結果から、肝臓の実質が柔らかい正常肝では、今回のシミュレーション方法により、実測門脈本幹内圧に比較的近似した門脈圧を推測できるのに対し、肝実質の線維化に伴う出口圧の上昇が認められる症例では、肝臓の硬さなどの因子をシミュレーションに考慮することで、出口圧の調節を行う必要があることが示唆された。
4.まとめ
Multi-detector CT(MD-CT)から得られるDICOMデータと、体外ドッフ゜ラー超音波検査から得られる門脈血流情報をもとに、ヒトにおける門脈血流シミュレーションを行った。血流分布に関しては、比較的正確なシミュレーションが可能である一方、門脈内圧のシミュレーションにおいては、肝実質の線維化の程度による門脈出口圧の設定調節が必要であり、今後、超音波検査などにより得られる肝実質の"硬さ"を加味したシミュレーションにより、線維肝においてもより正確な非観血的門脈圧の推定が可能になる可能性がある。