2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

津波による塩害からの農地の復興を中学生の科学クラブの視点からどう取り組むか

実施担当者

菅野 俊幸

所属:福島県福島市立渡利中学校校 教諭

概要

1.はじめに
 東日本大震災は沿岸部で多くの人命を奪い、塩害の影響を受けた田園や畑地は5年を経過する現在も、もとの状態は戻すことが難しく、放置されている箇所も多く見られる。特に本県の沿岸部は原子力発電所の事故も相まって復興が遅れている。地元の復興に少しでも役立てられないかと考え、本校科学部は3年前から塩害土壌の克服の研究を進めてきた。
 塩害土壌で植物を使った塩害対策には、1.ファイントレメディエーション(土壌中の塩分を植物に吸収させ、土壌から除去する方法)と、2.耐塩性作物を選んで栽培する方法がある。
 昨年度、1の手段として浮遊性植物のホテイアオイを使用し、塩分の吸収を確認した。ホテイアオイは、浮遊性のため土壌栽培植物よりも生長後に栽培地から除去しやすいが、外来植物で繁殖力が強く、水生生物全体への影響は大きいと考えられる。
 本年度の研究は、「植物を新たに持ち込む場合、栽培・収穫後に農産物としての利用が可能な植物が使えないか」を考えた。供試植物は、葉菜類、特にアブラナ科の植物を供試した。葉菜類は根菜類と異なり、水耕栽培が容易な品種も多く、除塩の効果が確認できれば、食材として活用し、復興への礎となるのではないかと考えた。


2.研究の目的
 塩害土壌の対策は、真水での土壌洗浄が有効だと報告されている 3)。真水の除塩でどの程度塩分濃度が低下するのかを確認し、さらに耐塩性植物により、農地の復興が可能かを中心に研究を進める。
(1)塩害土壌に水を加え攪拌すると、土壌中の塩分がどのくらい溶出するか
(2)耐塩性が高いアブラナ科品種はどれか
(3)植物はどの部位に塩分を蓄積するか


3.実験方法
(1)塩害土壌に水を加えた時の塩分溶出率
 海水と同濃度の塩水を土壌に加え、乾燥後、再び水を加え、土壌の塩分吸着率を測定した。使用した土壌は、市販のプランターの土とバーミキュライトである。各土壌を300gずつ天秤で量り、浸水させるのに十分な3%食塩水400gを加え、ガラス棒で撹拌した。撹拌後、上澄み液を駒込めピペットで採取し、塩分濃度(アタゴポケット塩分計PAL-sio)を測定した。上澄み液が蒸発してなくなるまで15日間天日で乾燥させ、再び上澄み液が出るくらいまでの水(300cm3)を加えた後、上澄み液の塩分濃度を測定した。

(2)耐塩性が高いアブラナ科品種の選定
①異なる塩分濃度溶液のシャーレでの発芽率
 シャーレにろ紙を敷き、液肥のみ(ハイポニカ500倍希釈、以下液肥の希釈倍率は同じ)、0.1%(液肥に食塩を加え、塩分濃度を調整した溶液。以下同様に調整したものを使用)、0.3%、0.5%の溶液を加え、各種子を100個ずつ播種し、クールインキュベーター(三菱電機エンジニアリング)で20℃に設定した。
供試植物はコマツナ・ハダイコン・ナノハナ・チンゲンサイ・アスパラナ・ハクサイ・キャベツ・レタスの計8種のアブラナ科アブラナ属の葉菜類である。試行期間は、8月5日~12日、9月8日~9月15日である。
②異なる塩分濃度溶液での水耕での発芽率
 水耕用マット(1 ピース 30mm×30mm×24mm)に①の実験で発芽率の高かったコマツナ・ハダイコン・ナノハナ・チンゲンサイ・アスパラナ・ハクサイの計6種類のアブラナ科と、塩害耐性が中程度とされる西洋大葉ホウレンソウを各10個ずつ播種し、液肥のみ、0.1%、0.3%、0.5%での成長を比較した。
 栽培期間は9月13日~9月20日に理科室窓際で栽培を行った。
③異なる塩分濃度の水耕栽培での成長の比較
 供試植物としてコマツナとハダイコンを選んだ。塩分濃度は、液肥のみ、0.1%、0.3%、0.5%、0.8%、1.0%の6段階である。本葉が出芽する(播種後10日程度)まで液肥のみ与えた水耕マットで栽培後、濃度の異なる塩分溶液に20個体ずつ移植し、水耕栽培で生長を比較した。成長の比較は、全重、地上部・地下部の重さ、草丈(株元から最大葉の先端までの長さ)・葉身幅(最大葉の葉身幅)、葉数(子葉以外の葉数)、SPAD(葉色)の測定を行った。
 栽培期間は平成27年8月10日~9月12日に理科室窓際で栽培を行った。

(3)耐塩性植物はどの部位に塩分蓄積するか
 (2)③で栽培した植物体の塩分濃度は、地上部と地下部に分けて質量を測定した。各部位の質量を電子天秤で測定し、4倍量の精製水を加え(5倍希釈)、ミキサーで約3分間破砕した。
破砕した溶液は、塩分濃度計(アタゴポケット塩分計 PAL-sio)で塩分濃度を測定した。


4.結果および考察
(1)塩害土壌に水を加えた時の塩分溶出率
 3.0%の食塩水を土壌に加えた後に、再び水を加えた時の塩分濃度の変化を表1に示す。
 食塩水を土壌に浸水させた直後は、バーミキュライトが19.3%、プランターの土が7.0%と塩分の吸着は少ないが、一度乾燥させると攪拌前で、バーミキュライトは70.7%、プランターの土は43.0%の塩分が吸着する。
 バーミキュライトの吸着率が高かった理由として、多孔質で非常に軽く、保水性・通気性・保肥性があるため塩分を吸収しやすく、プランターの土よりも上澄み液に溶出する塩分が少なかったと考えられる。
 また、今回の結果から水を加え静置するだけでもプランターの土は半分以上が加えた水に溶出すること、さらに攪拌によって土壌中の塩分の吸着率が低下することも明らかとなった。このことは、除塩作業で、最初に真水で洗浄することを基本としていることを裏付けている。
 最後に、畑地の土壌に近いプランターの土では、真水の攪拌で土壌に残る塩分濃度は23.3%であることから、0.7%の食塩水に相当すると考えられる。つまり、0.7%程度の耐塩性がある植物を使えば、塩害土壌でも植物を栽培することが可能だと考えられる。

(注:表/PDFに記載)

(2)耐塩性が高いアブラナ科品種の選定
①異なる塩分濃度でのシャーレでの発芽率供試した8種類のアブラナ科植物でキャベツ・レタスを除く、6種類の供試植物は、0.5%の食 塩水を加えた溶液でも、播種後3日目にほぼ100%の発芽率となっている(図1~3)。
 このことは西尾らが報告 1)4)するアブラナ科の植物が比較的塩害に強いことを裏付けていると考えられる。
 また、キャベツ・レタスは7日後の発芽率は、液肥のみでも20~40%とそれほど高くない。発芽が抑制された原因が、発芽方法や溶液の塩分濃度によるものか、また他の要因が影響しているかは今後の課題である。

(注:図/PDFに記載)

②異なる塩分濃度溶液での水耕での発芽率
 シャーレの発芽率の場合、供試植物のほとんどが、高い発芽率となったが、実際の塩害土壌環境とは異なるため、より塩害土壌に近い状態として、水耕栽培用マットに、塩分濃度の異なる状態で播種し、発芽の状態を調べた結果が図4である。

(注:図/PDFに記載)

 塩分濃度が0.5%で複数の発芽が確認できたのは、ハダイコン、ナノハナ、チンゲンサイ、アスパラナ、ハクサイで、ホウレンソウに比べ、発芽数が多い。ハクサイの耐塩性の強さは、結果が分かれると西尾 1)が指摘するが、今回の結果ではハクサイは、他の植物に比べ、塩分濃度が高い状態でも発芽数が多い結果となった。
 また、シャーレの発芽率と比較し、今回の実験の発芽数はどの品種でも下がる傾向にある。その原因としてシャーレの発芽は、ろ紙に塩分が吸着され、与えた塩分濃度よりも低くなるのではないかと考えられる。そのため今回の結果の方が実際の耐塩性に近いのではないかと考えられる。

③異なる塩分濃度の水耕栽培での成長の比較
 成長の比較は、紙面の関係上コマツナのみとする。コマツナは、各部位の重さ、草丈・葉身幅、は、液肥のみ、0.1%、0.3%、0.5%までは有意差が認められず、0.8%で有意に下がる。成長の様子を0.5%と0.8%を比較すると生長の抑制の様子がわかる(図5・6)。

(注:図/PDFに記載)

 SPADは、塩分濃度が上がると高くなる傾向にある(図7・図8)。葉を観察すると、塩分濃度が高いものほど、葉が縮れた状態のものが見られた。しかし、このことがSPAD値に影響しているかは、今回の結果だけでは判断できない。葉数は液肥のみでも平均で5枚程度であり、0.8%までで有意差は認められなかった。

(注:図/PDFに記載)

 1.0%では枯死する葉の数が増え、十分に育つことができない個体が多い。各部位の重さは、地上部で0.5%までの重さの違いは有意差が認められず、0.8%以上で地上部・地下部とも有意に減少する。地下部では、0.1%の低い塩分濃度の溶液から液肥のみと比べ、減少傾向にあることから、地下部の生長は塩分濃度に影響されやすいのではないかと考えられる(図8・9)。

(注:図/PDFに記載)

(3)植物はどの部位に塩分を蓄積するか
 与えた塩分濃度の違いで地上部・地下部に蓄積される塩分濃度の違いを示したのが図11・12である。コマツナ・ハダイコンともに、どの塩分濃度でも地下部の方が、地上部に比べ低い傾向にある。
 コマツナの地下部の塩分濃度は、溶液の塩分濃度の上昇に伴い、段階的に上昇傾向が見られるが、地上部は塩分濃度に伴う段階的な変化は見られず、ばらつきが大きい。ハダイコンは、地上部・地下部ともに部位内の塩分濃度は規則的に上昇する傾向が見られた。

(注:図/PDFに記載)

 各供試植物の各部位の重さの違いが生じた塩分濃度と、植物体の各部位に含まれる塩分濃度を照らし合わせると表2のようになる。

(注:表/PDFに記載)

 コマツナとハダイコンの液肥のみの生長と有意差が確認できた塩分濃度は、コマツナの地上部は0.8%、地下部0.1%で、ハダイコンは地上部・地下部ともに0.3%であった。また、生長の有意差が認められた時の各部位の塩分濃度は、ハダイコンの地上部が1.1%、地下部が0.7%で、コマツナは地上部が1.38%、地下部が0.37%と部位によって開きがある。
 植物の耐塩性のメカニズムとしてクチクラ層の発達・落葉・根からの排出・液胞への隔離などのメカニズムが知られている。特に、落葉では流入した塩分を古い葉に集めて落葉させ、若い葉を守る機能がある植物も確認されている 5)。
 今回の実験結果から、塩分濃度が高くなると枯死する葉が多くなること、またコマツナのように部位での塩分濃度が異なることが確認できた。このことが若い葉を守る機能からか、ストレスによる枯死かについても今後、研究を進めていきたい。


5.まとめ
 本プログラムを通して、震災による津波被害からの克服を中学生の発想でいかに進めるかをテーマに研究活動を行ってきた。実際に津波の被害を受けた土壌を想定した条件で、真水を加え攪拌することで、大部分の塩分が溶出することや、耐塩性の高いアブラナ科の植物を栽培することで、0.8%程度の塩分濃度の水耕栽培でも栽培が可能であることがわかった。さらに、植物の塩分吸収のメカニズムは、部位による塩分濃度の差がみられることが確認できた。こうした活動を通して、生徒たちの復興への思いも自信と希望につながってきていることを感じる。