2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

河川の災害に対して自分たちができることを考える -防災を通して科学のおもしろさを理解する取組-

研究責任者

佐光 克己

所属:宮城県石巻工業高等学校 教諭

概要

1 はじめに
東日本大震災(以下震災と表記)以降,石巻は地域全体で復I日から復興に向けて取り組んでおり,本校はそのような地域で活躍することができる工業技術者の育成を行っている。その中でも,土木システム科の生徒たちは,道路や下水道,護岸といった震災で大きな被害を受けた社会基盤整備に関する技術を学んでいる。そのような高校生が,石巻地域の大きな課題ともなっている「水害」について,GIS(地理情報システム)やiPadといったICT(情報通信技術)を活用して,都市に災害を及ぼす原因となっている河川や,地域の治水・利水の状況の関連情報(オープンデータ)を,小・中学生の出前授業において可視化しながら考えさせていく。この出前授業を通して,私たちの生活や地域を災害から守るために役立っている科学技術の意義や役割について理解するとともに,将来,地域の様々な課題に対し主体的にかかわろうとする児童?生徒の態度を育成する。なお,本実践においては,工業高校の土木システム科の科目「課題研究」において地域貢献班に所属する生徒が,小・中学校に科学に興味を持たせていくために取り組んだ実践である。

2 研究実践

2-1 地域の実情を分析する取組

石巻地域の沿岸部は直接的な津地被害を受け,内陸部では,津波が海岸から河川を逆流してきたことにより壊滅的な被害を受けた。また,震災以降の石巻は,地盤沈下の影轡により大雨による冠水や浸水被害が起きており,我々が日常生活を営む上で災害と向き合う場面が多くなっている。そのような地域の実情に対して,小・中学生に地域の水害の原因や対策を具体的に考えてもらうため,工業高校の高校生が専門科目「測量」で学ぶGISの知識・技術を活用して,地域が震災時に津波からどのような被害を受けたのかを科学的に分析して,そこから,地域の現状と今後の課題について考察し,その内容を出前授業に反映させることにした。
石巻が震災時の津波により冠水・浸水被害を受けた地域はかなり広範囲に渡っているが,文献やインターネット等で調べても,津波が「どこ」から「どのように」石巻市街地へ流入してきたのかを時系列で知ることが出来なかった。そこで,5mメッシュ基盤地図清報(国上地理院)で標高ごとに色分けした地域のデジタル地図を重ね合わせることで,震災時における津波が,どのような経路で石巻市街地に被害を及ぼしていったのかを分析した。その過程において,現在の石巻の水害は,震災の津波被害の大きかった地域が特に大きな被害を受けていることを発表したり,それを改善するための社会基盤整備の必要性についてあらためて考えたりすることになった。
また,調査地点の標高や地形,調査地点の居住人口の年齢割合,避難場所の周辺の状況等について,インターネットが室外でも使用できるiPad(LTE)の利点を生かした現地調査を行った。
室外での調査は,教室内の調査では分からない現地の雰囲気や,災害時に危険となる可能性の裔い場所について考えを深めていくことにもつながった。そして,ここで調査?分析をした内容を元に,小・中学校の出前授業の教材作成を行った。

2-2 防災意識の高揚をはかる取組

石巻地域は震災による津波の被害が大きかったこともあり,地域全体の防災教育の重要性に関する認識が高く,避難訓練等の取組も積極的に行われている。また,地域の大部分の小・中学校の「総合的な学習の時間」では,学校のある地域に即した「防災・減災」に関する学習活動を行っている。
そこで,各学校の「総合的な学習の時閤」で行われている「防災・減災」の学習に,小・中学生が教科「理科」で学んでいる内容と地域の課題である「水害」を結びつける出前授業を,本校の高校生が行うことにした。小・中学生には,高校生が学ぶ「まち」を災害から守る士木技術の学習内容をICTを活用して具体的に可視化することで,小・中学生の思考を抽象的なものから具体的にすることで間題点を明確化し,さらに,学校で学んでいる内容が社会と深く関連があることを理解させるといった課題解決のために科学技術が必要であることを学ぶ機会とした。今年度に実施した石巻地域の小・中学校は表1(注:表/PDFに記載)の通りである。

2-3 地域の河川を調べる

小・中学生が教科「理科」で学習する河川は,水害の直接的原因の一つであり,石巻地域はその河川が奥羽山脈や岩手県から多く流れ込んでくる下流域に位置するので,地域の河川の特徴(川幅,流路等)を可視化するため,iPadの地図上で表示された地域の河川に関する航空写真を用いて,小・中学生に下流域から上流までをたどらせた。
その後,河川の氾濫に関するメカニズムや河川の実際の画像を,プレゼンテーションソフトで視覚的にわかりやすくなるよう提示した(写真1/PDFに記載)。小・中学生は,石巻地域が多くの河川の集積地域であり,細かな河川が入り組んでいるといった地理的特徴をあらためて理解するとともに,水害の原因となる河川の氾濫を防ぐための堤防や雨水を排水する下水道,そして,水害を発生する科学的なメカニズムや自然現象についての理解を深めることができた。
その後,小・中学生は,水害から私達の生活を守るために自分たちの地域に設懺されている構造物について話し合った。その話し合いの中から,「河川や海岸の堤防や護岸」,「高盛土道路」,「排水するためのポンプ場」といった震災復奥の中心となる具休的な構造物の話題にまで話が膨らみ,復興の具体的な取組にまで理解を深めることができた(写真2/PDFに記載)。この河川に関する学習活動を通して,小・中学生は,普段,身近な場所にあるとともに,よく日にする河川には,それぞれに多くの特徴を持っており,さらに災害として日常生活に直接関わってくる存在であることをあらためて実感した。また,人間と自然が共存するためには科学技術が必要となる現実や,実際に様々な場所で役立っている事実から,工業技術に代表される科学の基礎知識を学ぶ意義を見出すことにつながった。

2-4 地域の標高を調べる

東H本大震災後の石巻は,標高が50cmからlm程度沈下したと言われている。また,地域が河川の下流域に位懺するため,地域は全般的に標高が低い。特に,石巻中心部の市街地の標高は,震災の地盤沈下による影響により,海水面よりも低い「標高Om以下」の地域が多く,石巻駅や石巻市役所といった市中心部の標高は低くなっている場所が多く,現在でも台風等の大雨が降ると冠水被害が大きくなる地域も多い(写真3/PDFに記載)。
そこで,出前授業では,小・中学生にiPadの地図上に「標高」を表示しながら考えを深めさせた。どの場所にいても,瞬時にその地点の情報(標高,浸水高等)が分かるアプリ「防災マップ」を活用して,自宅や学校,そして普段,災害があったときの(複数の)避難所の標高を調べた。その結果,自宅の標高が裔く,逆に避難してしまうと危険性が高まる場合であったり,災害時に緊急避難所になっている避難所の標高が低く,逆に避難することにより危険性が高まる場合があったりして,小・中学生たちがこれまでに考えていた避難方法や場所について,修正の必要がある生徒も多く見られた。
このように,災害に対する危険性をiPadで可視化して小・中学生に提示することで,自分たちの住む街の現状を理解し,台風等の災害に対してどのように対処していけばよいのかを考えてもらうことができた。さらに,AR(拡張現実)機能を使い,標裔の高低差を実際に体感してもらうことにより,小・中学生は標高が水害に大きく影瞥している現実を知ることになり,そこから,避難に関する対応について考えを深めることができた(写真4/PDFに記載)。

3 まとめ

今回の出前授業を通して,小・中学生は,これまで漠然としか知らなかった災害の原因である河川や地形といった災害の具体的な原因を知ることが出来たとともに,防災に関する意識の裔揚を図ることが出来た。そこから,科学的な知識の重要性,そして都市を守るための工業技術の意義や役割を学ぶとともに,科学に対する興味?関心が高まる結果が見られた(図1/PDFに記載)。また,高校生がICTを活用しながら小・中学生と交流したことで,高校生は地域との絆を再認するとともに,地域社会に積極的に貢献していこうとする意欲が高まった。また,GIS等の専門高校で学ぶ専門知識を小・中学生に提供することで,専門高校の学習内容を理解してもらうとともに,地域に還元できたことは大変意義があると思われる。石巻地域は震災による津波の被害が大きかった地域であり,地域の防災教育の重要性に関する認識も高く,避難訓練等の取組も積極的に行われている。そのような地域で土木を学ぶ麻校生が,被災地の「その後」という視点で,士木の学習内容を活かしながら,教員が,分析に必要な情報を教材化するため,膨大な量のオープンデータの中から地域の特徴や成り立ちゃ,弱点等を考えていくことができるものを厳選し,教材化していくには時間・技術的に問題が多い。またiPadの通信環境を整えることには費用面をはじめ難しい部分が多く,出前授業や一斉授業等での活用方法や授業展開については今後の課題である。
被災地である石巻地域は防災意識が高い。そのような地域にある専門高校が,新たな学びの可能性につながる学習活動を展開していくために今後とも取り糾んでいきたい。そのために,アンテナを高くはりながら今後とも取り組んでいきたい。