2011年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第25号

水晶振動子によるヒドロキシアパタイト粒子の環境応答型生体分子認識機構の解析

研究責任者

吉本 則子

所属:山口大学 工学部 応用化学科 助教

共同研究者

山本 修

所属:山口大学大学院 医学系研究科 教授

概要

1.はじめに
ヒドロキシアパタイト(HA)は、カルシウムとリン酸を含む水酸化物[Ca10(PO4)60H2]である。人骨とほぼ同じ成分であり安全性や生体親和性が高い。このため頭蓋骨に損傷を受けた際の代替骨や人工関節など、人工骨の材料として用いられる。一方でバイオ分離材料としての需要もある。HAではカルシウムイオンが2対の陽荷電部位(C-site)を形成し、3対のリン酸基中の6個の酸素原子から成る陰性荷電部位(P-site)を形成している。陰・陽の両電荷を有しているため、1956年にはTiseliusらにより、陽イオン、陰イオンを兼ね備えたマルチモード型のクロマトグラフィーとしてHAを充填剤としたHAクロマトグラフィー(HAC)が開発された。しかし、実際にはHACはイオン交換クロマトグラフィーとは異なる独特の保持特性を示すことが分かった(1)まず、(1)アミノ酸などの低分子物質は電荷があったとしてもHACにはほとんど吸着されない。(2)ポリペプチドの場合、総電荷数が十分であれば様々な分子量のものが吸着できる。(3)ポリペプチドとHAの相互作用は尿素の影響を受けないが、尿素存在下ではポリペプチドがほとんど吸着されなくなる。これらの特徴からHACとタンパク質の間には静電気的な相互作用に加えて(a)カルシウムイオンに対するメタルアフニティー、(b)タンパク質側鎖の極性基と陽荷電部位との双極子間相互作用などが働いていることが想定された。これらの相互作用をもとに酸性タンパク質はC-siteに吸着し、塩基性タンパク質はP-siteに吸着すると考えられたが、P-siteに吸着されたアミノ酸側鎖はC-siteからの荷電反発が働く。さらに近年の分光学技術の発展により、C-siteに最初に静電的な相互作用で吸着したカルポキシル基は通常のアニオン交換よりも強い配位結合をC-siteとの問に形成しており、水を介したタンパク質中のアミンとアパタイトの水酸化物イオン間での水素結合も確認されており2)、その結合様式は複雑である。1956年にTiseliusが充填剤として開発した当初のHAは多孔性の球状の粒子ではなく、長方形棒状の形状であったため流れ特性も悪く耐圧性もなく、耐久性も低かった3)。このため、多様な保持特性を示すHAであったが、イオン交換クロマトグラフィーに取って代わって使われることはなかった。しかし、多孔性で球状のHAセラミックスの出現により耐久性に優れ繰り返し使用の可能なHAカラムが製造され、1990年代前半から現在にかけて、HAを用いた遺伝子組み換えタンパク質の精製過程に使用された報告例が大幅に増加している2)。また、培養液からの抗体の精製過程に用いられた例も報告されている。培養液には緩衝塩や糖などの培養液成分を多く含み、さらにDNAや細胞膜などの細胞由来の成分が目的タンパク質以外の來雑物質として多く含まれるため、複数のステップを経て精製され、クロマトグラフィーもproteinA、陽イオン交換、陰イオン交換などが組み合わされて使用される。このため、その製造コストのうち8割以上が精製コストを占める非常に高価なタンパク質医薬品では、精製コストの低減化が急務の課題でありマルチモード型のHAクロマトグラフィーは再び注目されている。しかし工業的に応用可能であることを示すためには、前述の複雑なタンパク質との結合様式を明らかにし、そのタンパク質吸着特性を予測可能なモデルを構築する必要がある。このため本研究では、培養液成分に含まれる來雑イオンの影響を考慮し、各種イオンの存在下におけるHAのタンパク質・ヌクレオチドなどの生体分子認識機構の解明を目的とし研究を行った。これまでの研究においてクロマトグラフィーシステムを用いてイオン交換担体およびHACの生体分子に対する認識機構を数学的モデルを用いたモデル化に成功しており4)'5)、マクロ的な分子認識機構の解析にはクロマトグラフィーシステムを用いて行った。さらにミクロなレベルでの相互作用の解明のために、タンパク質との相互作用をその質量変化と粘弾性の変化により直接的に解析することのできる水晶振動子マイクロバランス(Quartz Crystal Microbalance、QCM)法を使用した。
2.水晶振動子について6)
水晶振動子は石英の結晶であり電圧をかけると規則正しく振動し、時計・パソコン・携帯電話などに使われている。水晶振動子一マイクロバランス法に用いられるATカット水晶振動子は、AT面で結晶がカットされており両サイドに電極が形成されている。この電極に電圧を加えると面内方向にゆがみが生じ、電圧を解除するとずり振動を生じる。このずり振動の固有周波数に加電圧を同期することによって水晶振動子を共振させることができる。電極表面に物質が付着した場合、その質量に応じて共振周波数fが変動する。この変動Δfを解析することによって極めて微量な質量変化を計測することが可能になる。
3.実験
3.1使用タンパク質
酸性タンパク質としてはbovine serum albumin(BSA, Mw=66000,pl=5.1^-5.3),(3-lactoglobulin(β一LG,Mw-36000,pI-4.7~4.9)を、塩基性タンパク質としてlysozyme(Mw-14300,pI-11.0~11.4)を用いた。
3.2使用移動相
共存イオンとしては、ナトリウムイオン、塩化物イオン、リン酸イオン、カルシウムイオンを対象とし、クロマトグラフィーおよびQCMの実験で移動相には共通して次表のbufferを使用した。
3.3ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィーを用いた実験
クロマトグラフィーシステムAKTAexplorerを使用し、塩濃度直線勾配溶出実験を行った。HACには主としてセラミック球状アパタイト粒子CHTType1(BioRad)を用いた。(d。=0.46cm,Z=10cm,粒子径40μm)。
3.4ヒドロキシアパタイト固定化電極QCMを用いたタンパク質吸着実験
水晶振動子は基準振動数が5MHzのATカット水晶振動子を用いた。電極として金電極およびクロムとチタンの合金(Cr5nm+Ti50nm)にヒドロキシアパタイトをコーティングしたヒドロキシアパタイト電極(KSV Instruments社およびQ-sense社製)を使用した。ヒロドキシアパタイト電極は、(株)UBE科学分析センターに依頼してX線光電子分光分析(ESCA)により組成分析を行った(図1)。Tiが検出されているが、これはコーティングされたアパタイトの厚みが薄いためであると考えられる。また、各元素のピーク強度より表面原子濃度を計算した結果、センサー表面でのCa/P比は3.2と決定された。
水晶振動子の大きさは、いずれも直径14mmである。また、インピーダンスアナライザー内蔵のQCM-z500(KSV Instruments社製)を使用して水晶振動子の共振周波数.fを解析した。QCMの装置および水晶振動子のセルの概略図を図2に示す。セルはFlow式であり、サンフ゜ルはシリンジから三方コックを経てペルチェ素子で保温された流路内に導入される。さらに三方コックを切り替えることで恒温されたサンプルがセル内に導入される。移動相として用いたbufferおよびサンフ゜ルの恒温を15分とし、その後計測を行った。洗浄は、高濃度の塩を含むbufferを通液後、IMNaOH溶液を通液することによって行った。
4.結果および考察
4.1HAの酸性タンパク質分子認識機構におよぼす共存イオンの影響
4.1.1HACを用いたHAと酸性タンパク質問相互作用の解析
まず、酸性タンパク質を用いて各種共存イオンの存在下におけるHACのタンパク質分子認識機構を解析した結果を示す。HACにおいて、bufferAおよびbufferCを用いて中性条件(pH6.8)において、酸性タンパク質β一LGをNaCl、あるいはリン酸ナトリウムを低濃度に含む溶液条件でHAに吸着させ、それらの濃度を増加させてHAから溶出させた場合の溶出曲線の例を図3(a)に示す。酸性タンパク質であるβ一LGは中性条件では負電荷を有していると考えられ、HA中の陽荷電部位Cサイトに吸着すると考えられる。高濃度のNaCl共存下においては溶出のピークは観察されず、0.25M程度のリン酸ナトリウム共存下で溶出された。このことから、HAからβ一LGを脱着させるにはリン酸イオンが必要であり、これまでも報告と一致してHAとβ一LGの結合は静電的な相互作用ではなくタンパク質中のカルボキシル基とHAのCa2+イオンとの問のキレート結合であると考えられる。また、溶液中のCa2+イオンがHAのPサイトに吸着することが報告されており7)、図3(b)には、HAとβ一LGの相互作用におよぼすCa2+イオンの影響について検討した例を示す。Ca2+イオン濃度を高濃度にした場合、リン酸ナトリウムが共存すると沈澱が生じる。このため、Ca2+イオン濃度を高濃度の場合はbufferBを用いた。Ca2+イオン濃度を0.lmMあるいは3mMで一定とし、低濃度のリン酸ナトリウムあるいは硫酸ナトリウムの条件でHACにβ一LGを吸着させ、リン酸ナトリウムあるいは硫酸ナトリウムの濃度を増加させることによってβ一LGを脱着させた。この結果、Ca2+イオン濃度が3mMの場合の方が、脱着に高濃度の硫酸ナトリウムを必要とし溶出体積が大きくなることが分かった。酸性タンパク質がCサイトに結合した場合、負電荷部位であるPサイトとの間に電荷反発が生じることが報告されているが、Ca2+イオンが高濃度に存在した場合、電荷反発が抑制され、HAとβ一LGとの間の相互作用が強くなったのではないかと考えられる。
また、酸性タンパク質であるBSAにおいてもCa2+イオンの濃度の影響を解析した結果、高濃度のCa2+イオンが共存した場合、β一LGと同様に溶出体積が増加しHAとの相互作用が強くなることが分かった。また、HAへの吸着サイトの数をこれまで報告してきたタンパク質相互作用を解析するための数学的モデル5)を用いて解析を行った。タンパク質がHAに吸着する際にHA上に吸着しているイオンとタンパク質の吸着部位の問に化学量論的なイオン交換反応が起こると考える。このとき、タンパク質の溶出体積から求められるHACにおける分配係数Kpは共存イオン濃度と次式の関係がある。
Aは比例定数、Bはタンパク質中のHAへの吸着部位の数である。また、タンパク質をHAから脱
着する際に起こった塩濃度変化を、変化する際に要した溶液体積およびカラム体積で規格化した値GH[M]とタンパク質の分配係数の問には次式が成立している。
(1)式を(2)式に代入するとGHとIRの関係は次式となる。
よって、GH[M]と脱着した際の塩濃度IR[M]に対して両対数プロット(GH-IRプロット)すると直線関係が得られ、傾きから相互作用部位の数Bを決定することができる。共存Ca2+イオン濃度を変化させた際のβ一LGのGH-IRプロットは図4のようになった。
相互作用部位の数Bは共存Ca2+イオン濃度が高い方が大きく、Pサイトとの電荷反発の抑制により増加したのではないかと考えられる。
4.1.2QCMを用いたHAと酸性タンパク質問相互作用の解析
HAと酸1生タンパク質との相互作用におよぼすCa2+イオンへの影響を、HA-QCMを用いて解析した。図5には、低濃度([Ca2+]-0.lmM)あるいは高濃度([Ca2+]-lmM)のCa2+イオンの存在下おいて酸性タンパク質BSAの吸着によるHA電極の振動数一Fの変化を解析した結果を示す。まず、移動相を流し振動数が定常化したのち、2~10mg/mLの濃度の異なるBSA溶液を一定時間毎に供給を行った。この結果Ca2+イオン濃度が低い方が振動数変化は大きいが(図5(a))、振動数の変化速度はCa2+イオン濃度が高い方が速い(図5(b))、すなわち、吸着速度が速くなることが分かった。これも、高濃度のCa2+イオンが共存することでタンパク質の負電荷部位とPサイトとの電荷反発が抑制されていることが示唆していると考えられる。また、振動数変化の減少はBSAの負電荷部位にCa2+イオンが吸着し、HAへの吸着量が減少したためであると考えられる。また、HACでは一般的にCa/P比一1.6程度であるのに対して、HA-QCMの場合はCa/P-3.2と高く電極上のPサイトの割合が少ないこと、タンパク質に対する比表面積がHA-QCMの方が小さいことなども吸着量の減少の原因と考えられる。
4.2 HAの塩基性ンバク質分子認識機構におよぼす共存イオンの影響
4.2.1 HACを用いたHAと塩基性タンパク質問相互作用の解析
次に塩基性タンパク質であるlysozymeとHAの相互作用に及ぼす共存イオンの影響について検討した。図7には、bufferA~Cの低塩濃度の条件でlysozymeを吸着させ、塩濃度を増加させた脱着させたときの溶出曲線を示す。酸性タンパク質の場合と異なり、高濃度のリン酸イオンが存在しなくてもナトリウム・塩化物イオンの共存下においてlysozymeが溶出されているのが分かる(図7(a))。これは、lysozymeがHAの負電荷部位であるPサイトに静電気的に結合していることを示していると考えられる。また、高濃度のCa2+イオンの共存下では([Cat+]=2mM)、lysozymeにHAが吸着されずに移動相とともに溶出されることが分かった(図7(c))。これは、HAのPサイトにCa2+イオンが吸着したため、カラムに吸着できなかったのではないかと考えられる。
4.2.2 QCMを用いたHAと塩基性タンパク質問相互作用の解析
図8にHA-QCMを用いてlysozymeのHAに対する吸着に対するCat+イオンの影響を解析した結果を示す。HACにおける実験結果と一致して、低濃度Ca2+イオンが共存している場合は吸着による振動数の減少がみられたが、高濃度Ca2+イオンの共存下では、HA電極への吸着はほとんど見られず、振動数は一旦減少するがその後増加する結果となった。
4.3 HAのオリゴヌクレオチドの分子認識機構におよぼす共存イオンの影響
4.3.1HACを用いたHAとオリゴヌクレオチド間相互作用の解析
図9には、Ca2+イオンの存在下において一本鎖あるいは二本鎖オリゴヌクレオチド(ss-DNA, ds-DNA)を吸脱着させた際の溶出曲線を示す。ss-DNAはCa2+イオン濃度が低い場合、カラムにほとんど吸着できず溶出されているのが分かる。
また、Ca2+イオン濃度が高濃度の条件では、ss-DNAもカラムに保持され、さらにss-DNA、ds-DNAともに溶出体積が増加していることが分かる。ss-DNAはポリマー鎖が伸展した構造をとっているとされており、この為Ca2+イオン濃度が低い条件ではHAのPサイトとの反発が大きく働いているものと考えられる。また、高濃度のCa2+イオンが共存した場合、前述の酸1生タンパク質と同様に電荷反発が抑制されると考えられる。
4.3.2 QCMを用いたHAとオリゴヌクレオチド間相互作用の解析
図10には、低濃度Ca2+イオン濃度が共存する条件でHA電極に対するss-DNA(図10(a))、ds-DNA(図10(b))の吸着を解析した結果を示す。ss-DNAでは吸着による振動数変化がほとんど見られず、ds-DNAではタンパク質における吸着とくらべてごくわずかにゆるやかに振動数が減少する結果となった。これはDNA分子の大きさのためであると考えられ、HA電極に対する吸着速度がタンパク質と比較してはるかに遅いと考えられる。
4.まとめ
(1)酸性タンパク質はタンパク質中のカルポキシル基とHAのC一サイトとの間にキレート形成する形でHAに吸着し、共存Ca2+イオン濃度が高い場合はP一サイトとの電荷反発が抑制されることが分かった。
(2)塩基性タンパク質はHAと静電気的相互作用をもとにHAに吸着し、共存Ca2+イオン濃度が高い場合はHAに吸着できなくなることが分かった。
(3)オリゴヌクレオチドとHAの間の相互作用も酸性タンパク質と同様に、共存Ca2+イオン濃度の影響を受けHAのC一サイトとの間にキレートを形成していることが分かった。また、タンパク質と比較してHA電極に対する吸着速度がはるかに遅いことが分かった。