2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

櫛形山の植物標本作製とデジタル化

実施担当者

金澤 彰彦

所属:山梨県立巨摩高等学校定時制 教諭

概要

1.はじめに
 本校は南アルプス山域の前衛、櫛形山の麓にあります。南アルプス山域は2014年にエコパークに指定され、地域内各校では自然の仕組みを学び、自然を大事にする心を育む教育活動が推進されています。本校全日制自然科学部は櫛形山を対象に生物・地学分野の研究を長年継続しています。また、現在、全日制課程はSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定され、非常に高度な研究を継続しています。
 定時制課程においても、櫛形山の植生を対象に、押し葉標本作りを通して、地域の自然への理解とその保護の必要性を学ぶ機会を重視してきました。
 櫛形山では20年ほど前までは3000万本を誇ったアヤメの群落が、近年急激に減少し、多くの自然愛好家を集めたアヤメ祭りも中止という状況に至りました。その原因はニホンカモシカによる食害らしいということがわかってきましたが1)、アヤメ同様にニホンジカの食害によって衰退する可能性のある植物やアヤメが消えた後に繁殖する可能性のある植物による植生の大きな変化が予想されます。そこで、櫛形山の植物採取とその標本化、さらにはデジタル化を行い、将来の植生動向の研究ための基礎資料を作ることを目的としました。


2.活動内容
(1)本校のこれまでの活動
 2012年より植物採取を行っています。採取場所を伊奈ヶ湖周辺とし、植物自生図を作成しました。2013年にも同様な活動を行いました。2回とも山梨県教育委員会主催の「押し葉標本作品展」に出品し、個人でも団体でも最優秀賞を受賞しました。作品はデジタル化を行いました。

(2)今回の活動
①事前準備等
 植物の同定、標本作りについては専門家の指導が必要で、一昨年までの指導者にお願いしたところ転勤等で指導が不可能とのことでした。そこで、山梨県森林科学研究所に講師を依頼し、同研究所の「森の教室」の一環として実施、研究員の大津千晶先生にご指導いただけることとなりました。
 8月6日(木)を活動予定日とし、6月10日(水)と7月30日(木)に大津先生に現地にきていただき下見を行いました。6月の下見では過年度に作製した自生図を参考に採取予定植物を決定しました。また、行政機関への手続きについても指示がありました。活動山域は南アルプス巨摩県立自然公園内であり、植物採取には南アルプス市みどり自然課・山梨県みどり自然課および山梨県中北林務環境事務所の許可が必要とのことがわかり、所定の手続きを行い、当日の入山と植物採取の許可を得ました。
 7月の下見では採取直近の活動現場の様子を確認しました。確認の結果、当初予定していた植物があまりにも少なく、採取活動自体が植生に影響を与えかねないということで、採取の対象を樹木に変更しました。
また、当日使用する新聞紙、ハサミ、筆記用具等の物品も準備しました。屋外活動ということも考慮し、救急薬品の準備や活動場所として借りた南アルプス市森林科学館および近隣施設への挨拶等を済ませました。

②採取当日の活動
 当日は学校に9時に集合し、2年生7名、3年生6名が参加しました。学校バスにて現地に移動しました。はじめに大津先生より、櫛形山の植生や植物採取の方法の説明がありました。その後、南伊奈ヶ湖に全員で移動し、植物採取の方法を実際に見せていただきました。南伊奈ヶ湖周囲の植生等についての説明を受け、大津先生の指示により樹木を採取しました。
 採取した樹木を担当となった生徒が活動場所である森林科学館に持ち帰り、植物図鑑で同定する等の作業に取りかかったのですが、途中でスマートホンによる植物の検索が可能であることが分かり、ほとんどの生徒はスマートホンにて同定したようです。内容は大津先生に確認していただき、その後、形を整え、新聞紙に挟み、押し葉を作りました。
 昼食後、北伊奈ヶ湖周辺で各自が興味を持った植物のスケッチとその同定をするという活動を行いました。北伊奈ヶ湖周辺もニホンジカによる食害の影響とも考えられる植生の変化が見られ、安易な植物採取は希少植物への悪影響が懸念されるため写真撮影とスケッチにとどめました。
 スケッチ等の活動が早く終了した生徒は、「森林科学館」内の展示施設を見学し、南アルプス山域の知識を学ぶことができました。

③押し葉標本作りとデジタル化
 櫛形山から持ち帰った押し葉は、冷暗所に保管し、重しを乗せ、3週間ほど毎日、新聞紙を取り替えました。1ヶ月程度で押し花は完全に乾燥し、その後は特に冷やすなどしなくても採取時の様子のまま安定しました。
 その後、4年生の授業内で、不要部分の切り取りや、表裏がわかるようにして台紙に固定する等デジタル化へ向けた作業を行いました。ラベル等貼付した標本はスキャナーで読み込み、電子データとしました。


3.活動結果
①植物のデジタル化のサンプル作品
 上記のように大変鮮明にデジタル化でき、10種類のサンプル化に成功しました。今後の植生変化の基礎資料として利用可能と判断できます。

②生徒の変容
 定時制に通う生徒は勉学と勤労に忙しく、このような機会がなければ自然に親しむ時間的ゆとりに乏しいようです。最近は遊園地には行っても身近な山野で活動するということが少ない家庭も多く、今回の活動で遊具がなくても自然を楽しめることに気がついた生徒も少なくないようでした。活動の対象とした植物だけでなく、水中の生物や昆虫に興味・関心を持った生徒もいました。
 また、今回の活動について官公庁の許可が必要なことや櫛形山のアヤメの衰退の話を知って身近な自然の環境保護についての大切さに理解を深めた生徒もいました。


4.まとめ
 今回の活動は定時制という理科・科学教育を行うには比較的制約の多い環境において、生徒の自然への関心を高める点において大いに意義のある活動でした。特に実施後の植物分野の授業においては、活動以前に比べて説明のしやすさを強く感じました。