1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

極微小電極ボルタンメトリーを用いるin vivoカテコールアミンセンサの開発

研究責任者

大坂 武男

所属:東京工業大学大学院 総合理工学研究科 助教授

共同研究者

徳田 耕一

所属:東京工業大学大学院 総合理工学研究科 教授

共同研究者

赤池 敏宏

所属:東京工業大学 生命理工学部 教授

共同研究者

北村 房男

所属:東京工業大学大学院 総合理工学研究科 助手

共同研究者

岡島 武義

所属:東京工業大学大学院 総合理工学研究科 助手

概要

1.まえがき.
哺乳類の脳内でのカテコールアミン系神経伝達のメカニズム,神経伝達作用のダイナミクス等の解明および中枢カテコールアミン系と関連している様々な疾患の臨床検査の向上のために,生体組織に対して非破壊的なin vivoカテコールアミンセンサの開発が,強く要望されている。カテコールアミンおよびその代謝産物の高感度測定法として,放射性同位体標識酵素分析法,・高速液体クロマトグラフィー分光法などが従来用いられている。しかしながら,これらのin vitro測定法は,高価で,再現性が悪く,測定に長時間を要し,そして多くの試料を必要とする。直接的なin vivo測定においては,従来のin vitro測定法の問題点を解決できるばかりでなく,生体の生理的・病理的動態観察も可能となる。
サブミクロンからミクロンの大きさの極微小電極を用いるin vivoボルタンメトリー法は,この目的に適った有用なアプローチのひとつと期待できる。しかも,生体組織の特定部位でのカテコールアミンのセンシングも可能である。こうして,極微小電極を用いるin vivoカテコールアミン電気化学センサに関する基礎および応用の両面からの研究がさかんに行われている(1)。しかしながら,タンパク質や反応生成物の吸着などによる電極活性の低下("電極のpoisoning"),それに伴う再現性と感度の低下,そして,他の多くの酸化されやすい物質(アスコルビン酸,尿酸,代謝産物)からの妨害(低い選択性)の問題が未解決であり,まだ実用化に至っていない。
そこで,本研究では,カテコールアミンのin vivo測定法として,極微小電極を用いるin vivoボルタンメトリー法を開発するための基礎研究を行う。in vivoセンサの実用化において解決しなければならない問題点として,電極のpoisoningの解決,再現性および感度の向上,そして妨害物質の影響をなくすこと,すなわち選択性の向上があげられる。そのために,我々が最近開発した"電極表面の電気化学的前処理法"および"高感度電気化学測定法"を適用する。
2.内容および成果
2.1.電極表面の電気化学的前処理
2.1.1弱い処理と強い処理
図1は,用いたカーボンファイバー微小円筒電極の模式図を示す。カーボンファイバー(東燃㈱,ピッチ系,直径9.5±0.4μm)の断面は,その透過電子顕微鏡写真から,外側の円筒タマネギ状のbasal面と内部の放射線状構造のedge面からできていると言われている。電気化学測定は,リン酸塩緩衡溶液(PBS)(KCI(0.2gdm-3),KHZPO4(0.2), NaCI(8), NaZHPO4(0.15), PH7.4)中で,3電極システム(作用電極:カーボンファイバー電極,参照電極:飽和カロメル電極(SCE),対極:白金巻線)で行われた(2)。サイクリックボルタンメトリー(CV)には,HECS318高速ボルタンメトリーポテンショスタットおよびHECS321B電位掃引装置(扶桑製作所)を用いた。クロノクーロメトリーはコンピュータで制御した電解装置を用いた。微分パルスボルタンメトリー(DPV)及びノーマルパルスボルタンメトリー(NPV)には,P-1100型ボルタンメトリー装置(㈱柳本製作所)を用いた。
電気化学的前処理としては,"弱い処理"と"強い処理"を用いた(3-5)。前者は,-0.3⇔2.OV(vs.SCE)の電位範囲を200mVs-1の電位掃引速度で3回掃引することを意味し,後者は電位掃引範囲が-0.3⇔2.5Vで他の条件は弱い処理の場合と同じである(図1)。安定な応答特性を得るために,弱い処理および強い処理をした電極をさらに-0.1⇔0.8Vの電位範囲で20mVs-1で15分間電位掃引した。
2.1.2ドーパミン(DA)の電気化学応答
図2Aは,弱い処理した電極での0.1mMDAのサイクリックボルタモグラムを示す。遅い掃引速度で得られたボルタモグラムは,微小電極の特徴であるS字型の定常状態電流~電位曲線となった。掃引速度の増加とともに,波形はS字型(球面拡散)からピークをもった形(線形拡散)へ変化し,拡散支配の微小電極特有の性質を示した。ピーク電流値の電位掃引速度依存性の解析より,DAの拡散係数は6.0×10‐scmZs-1と評価された。これは,直径1mmのグラッシーカーボン円盤回転電極で測定した値(6.5×10-6cmm2s-i)とよく一致し,弱い処理した電極の表面積が幾何学面積にほぼ等しいことが明らかとなった。この場合,ピーク電流と濃度は良い直線関係を示し,DAの定量に応用することが可能であることがわかった(図3A)。
強い処理した電極では,上述の弱い処理の場合と異なり,遅い掃引速度(10mVs-1)でも明らかにピークが観察され(図2B),しかもこのピーク電流値と掃引速度との関係は拡散律速の理論式には全く従わず,高い掃引速度ではピーク電流値は予想よりもはるかに大きい。これらの結果は,DAが電極に吸着し,表面でのDAの濃縮が起こっていることを示唆する。DAのサイクリックボルタモグラムを測定した電極を十分に水洗し,DAを含まないPBSに移して電位掃引すると,DAの明瞭な応答ピークが観察された。この事実もまた,DAの電極への強い吸着を支持する。
強い処理した電極でのDAの検量線(図3B)から明らかなように,1×10-6~8×10-5Mの範囲で,DAの電極への吸着量(DAのサイクリックボルタモグラムの酸化ピーク電流値の積分として評価される)は濃度の対数とよい直線関係を示し,強い処理した電極をDAの定量に用いることができる。
2.1.3交流インピーダンス測定による電極表面のキャラクタリゼーション
電気化学的前処理した電極のインピーダンス及びアドミッタンスの軌跡は,一定の角度で回転していることがわかった(図4)。この場合の回転角度は,前処理の上端電位(Eupper)に依存し,前処理が強いほど回転角度は大きくなった。インピーダンス及びアドミッタンス軌跡の回転は電極表面の粗面化によると推定される(6)。また,電気二重層容量(Cd1)もEupperに依存し,Eupperが高いほどCd1は大きくなった。また,電極表面の零電荷点(PZC)はEupperが増大するにつれて正方向へ移動した。この結果もまた,電気化学的前処理を施したカーボンファイバー電極の表面には負の電荷が生じていることを示唆する。強い処理をした電極でのDAの電極反応は吸着を経て起こり,この吸着過程はアスコルビン酸(AA)の共存によって影響されない。
2.1.4ラマンスペクトル測定による電極表面のキャラクタリゼーション
図5は,カーボンファイバー電極表面のラマンスペクトルを示す。1357cm-1及び1583cm-1のピークはそれぞれedge面及びbasal面に相当する(7)。前処理を強くすると,edge面のピークが大きくなり,basa1面のそれは小さくなる。これは,電気化学的前処理によってカーボンファイバーの外部のbasal面が剥離され,内部のedge面が露出して表面を粗面化したことによると考えられる。
2.2 3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA), 3,4-ジヒドロキシフェニル酢酸(DOPAC)及びアスコルビン酸(AA)共存下でのDA検出
2.2.1 CVによる評価
図6Aは,弱い処理したカーボンファイバー電極で得られたDA,DOPA,DOPAC及びAAの典型的なサイクリックボルタモグラムを示す。いずれの場合もS字型のボルタモグラムが得られ,電極反応の可逆性は次の順序で減少した:DA(可逆)>DOPA>DOPAC>AA.このことは,処理した電極の表面がアニオン性の官能基(カルポキシル基,カルポニル基,水酸基など)を有していることに関係づけられ,電極表面へのアニオン種の接近が静電的に妨げられていることによると考えられる。DA,DOPA,DOPAC及びAAのpKaの値はそれぞれ10.6,8.72(2.32),4.22及び4.19であり(3),用いたPBS中(pH7.4)においてはDAはプロトン付加したカチオン種,DOPAは中性の双性イオン,そしてDOPAとAAは脱プロトン化したアニオン種である。強い処理した電極でのDAの電流応答は,弱い処理した場合のそれと比べて著しく大きく,DAが電極表面に強く吸着していることを示している(図6B)。これに対して,アニオンであるDOPAとAAの電流応答は小さい。
2.2.2DPVによる評価
図7および図8は,DA,DOPA及びDOPACの典型的なDPV及びNPVを示す。DOPAの共存下でもDAのNPVの波高は,DA単独の場合のそれと同じであり,30μM以下のDOPAの存在下で,DAの再現性良い定量が可能である。なお,ラットの脳内のDOPAの最高濃度は1μM程度である(9)。DOPACはDOPAよりも電極反応の可逆性は低い。DAとDOPACの共存下では,DOPACの応答はNPV及びDPV上でショルダーとして観察される。しかしながら,DAのNPVのピーク波高は,DOPACの濃度が50μMまでそれに無関係であり,しかもDAとDOPACの同時定量が可能であることがわかった(図9)。
AAの電極反応は調べた化学種の中では最とも非可逆であるが,細胞外体液中には最高0.2mM程度存在し,ここで調べたカテコールアミンと比べはるかに濃度が高い。図10は,種々の濃度のDAの存在下でのAAのDPVを示す。DAとAAに対するボルタモグラムは重なっているが,DAに対する応答値は0.1V付近でのショルダーとして評価できる。0.2mMのAAの存在下で,90μM以上のDAの定量が検量線なしで可能であることがわかった。この場合,90μM以下のDAの定量には検量線が必要となる。
DOPAC及びDOPAの存在下で,強い処理した電極でのDAに対するDPVの電流値(図11)は,弱い処理した場合(図7)に比べて著しく大きい。20μMのDAに対するDPVのピーク電流応答は,25μM以下のDOPAC及び20μM以下のDOPAの存在下でほぼ一定であった(図12)。図11のB-aから明らかなように,DOPA単独では電流応答が観察されるが,DAとの共存下では20μMまでのDOPAの存在に関係なくDAの定量が可能であることがわかった。これは,カチオンであるDAが中性のDOPAに代って電極表面に強く吸着することによる。
図13から明らかなように,AAのDPV応答は非常に小さい。これは,強い処理をした電極表面は多数のアニオン性官能基を有しており,アニオンであるAAを静電的に強く反発していることによる。2μMのDAのDPVピーク電流値は,0.2mMまでのAAの存在に無関係であった。
以上,DAに対するカーボンファイバー電極の高感度と高選択性は,電極表面の強い処理によって実現できることがわかった。10nM以上のDAの定量が可能である。この感度の増大は,DAの電極表面への強い吸着に基づいている。しかしながら,DAの濃度と△ipとの間には直線関係はみられず(図14),DAの正確な定量には検量線が必要となる。in vivo測定に適用するには,この点を考慮しなければならない。
3.まとめ
カーボンファイバー円筒微小電極(直径9.5μm)の"電気化学的前処理"によって,DOPAC及びDOPAの妨害なしに,DAを再現性よく定量できることが明らかになった。高濃度のAAの存在下でのDAの直接定量には,検量線が必要である。DAに対する高い感度と高い選択性は,"強い処理"をした電極を用いることによって達成できる。しかしながら,濃度と電流応答との間には直接関係が得られず,DAのin vivo測定で得られるテLタの解釈においては,この点を注意する必要がある。本研究で確立した電気化学的前処理法と電極表面の化学修飾法(10)との併用によって,より高い感度と選択性を有するin vivoカテコールアミンセンサ用微小カーボンファイバー電極の作製が可能になると期待される。