1998年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第12号

植え込み型水晶センサによる移植臓器の遠隔期拒絶反応の無侵襲検知に関する研究

研究責任者

辻 隆之

所属:国立循環器病センター研究所 実験治療開発部 部長

共同研究者

宮脇 富士夫

所属:国立循環器病センター研究所 室長

共同研究者

橋本 大定

所属:東京警察病院 外科部長

共同研究者

井筒 岳

所属:啓愛会美希病院 院長

共同研究者

千田 彰一

所属:香川医科大学病院 診療部 教授

概要

1.はじめに
高度先進医療が進んでいる我が国では臓器移植については脳死の問題があり,なお腎臓移植や生体肝移植以外には実施例が少ない。その分,移植手術直後の超急性期や入院中の急性期の拒絶反応の監視は厳重に行われている。しかし,退院後の在宅生活中や社会復帰中における慢性期の拒絶反応の早期発見が,術後のフォローアップが専門病院の外来受診に限られているため手遅れになる場合もあるので,遠隔期の患者管理が重要である。
本研究は我が国で開発された超音波水晶振動子体温計を用い,遠隔期の移植腎拒絶反応を体温で簡単に無侵襲に検知しようとするものである。
2.超音波水晶振動子体温計1・2)
1.)原理
本法では振動させるエネルギーに40kHzの超音波を使用し,図1のように体外のプローブから,①タイミングを制御して,②超音波を発振させ,③それが体壁から伝搬して体内の水晶振動子を共振させ,④発振停止後の減衰する超音波信号を同じプローブで受信し,その周波数変化から温度を推定する。
2.)装置
本体温計測システムは,①真空の洋白製カプセル(直径2mm,長さ7mm),ステンレス製カプセルおよびチタン製カプセル(直径2mm,長さ13mm)内に実装された水晶音叉振動子と,②40kHzの超音波を発振し,共鳴超音波を受信するプローブと,③周波数スペクトルアナライザを持つ信号処理と表示部とからなる装置部分からなる。信号処理部では受信信号を増幅し周波数を定倍して精度を上げてカウントする。センサごとに温度と共鳴周波数との関係を基準水晶温度センサと比較校正した信号をROM(read only memory)に書き込んであるので,それを参照して温度にリアルタイムで変換する。
本水晶音叉振動子の振動は図2のような方向にセンサー底部が共鳴振動して,それが外部に伝わる。振動持続特性を表す無次元数の指標Q値は,Q;2πE/△Eで現される。Eは振動体に蓄えられる最大のエネルギー,△Eは振動の1サイクルあたりの消費されるエネルギーである。本振動子のQは,2×104である。
本水晶音叉振動子の温度係数は,-80×10-6/℃であった。共振周波数40HKzの時,1/eに減衰するまでの時間は160msであり,1℃が3.2Hzの共振周波数の変化に対応する。本装置は2チャンネル持っているから,個々の振動子についてプローブを使用すれば,同時に2点の温度が測定できる。本研究ではプローブから超音波を0.4秒間発振し,同一のプローブで0.6秒間受信して,温度を求め,それを1秒毎にパネルに連続表示し,同時にアナログ信号(0~10V)で出力し記録する。
3.センサ形状の検討
適切な部位に植え込まれたセンサに体表から安定して信号を送信でき,また体表で共振信号をキャッチできるように,プローブの方向を安定させるテイルフィンを設けた。さらにセンサに糸などをかけて植え込む場合に固定するための溝を設けた。
4.センサのin vitro性能
1)方法
もっとも生体適合性のよいチタン製カプセルのテイルフィン付きセンサ(図3)を開発し,それと同じサイズのステンレス製カプセルのテイルフィン付きセンサと性能を対比した。すなわち,直径2mm,長さ13mmの水晶体温センサを分度器に固定し,それを水中に浸して超音波入射角度を調整できるようにした。
①プローブから40kHzの超音波をセンサに発振し,同一プローブで水晶音叉に対する超音波の入射角と音叉の長軸方向との方向特異性による信号検出感度をステンレスおよびチタン製カプセルでアンプで表示される超音波検出アナログシグナル(μA)を読みとり比較検討した。
②さらに恒温槽で水温を30℃と40℃に維持し,センサの長軸方向への超音波入射角度を変化させて表示される水温を測定した。
2.)結果
①信号受信感度とプローブに対するセンサ長軸角度
図4のように水晶音叉の長軸に対して角度が,0°(プローブ面に対してセンサ長軸が平行),90°(プローブ面に鉛直)に比べて,45°での受信信号がステンレスおよびチタン製センサ双方で大きかった。
②計測水温とセンサ角度
図5のように水晶音叉の長軸と超音波信号との角度は,チタンとステンレス製カプセルとも水温と無関係であった。
5.動物実験
1.)対象ならびに方法
仔ブタ(18kg)を全身麻酔で気管挿管し,筋弛緩剤を投与し,調節呼吸下に開腹した。創部頭側の体表直下のやや厚みのある肝臓皮膜下実質内と,右側腎臓の皮質内にステンレス製センサを図6のように挿入留置した。開腹して後,麻酔時自発呼吸下に体表皮膚面から本システムで各臓器温を計測し,直後にX-CTでセンサの位置を確認した。その後,飼育し観察した。
2.)結果
ブタの場合,開腹後腹壁表面から2.41cmにある肝臓内センサ(図7)で肝臓温(38.50℃)は容易に連続的に測定できた。背部体表から2.61cm内部にある腎臓内センサで腎臓温を腹壁からは計測できなかった。背部からは容易ではなかったが,パネル上に表示される数字から腎温(38.40℃)を知ることができた。
ステンレス鋼製センサを植え込んだ仔ブタは順調に発育し,4カ月後に犠牲死させて肝臓をしらべたところ,病理標本では異常はなかった。
6.ヒトへの植込み
1.)対象ならびに方法
術前に本人および家族に術後体温計測の意義と手術操作の安全性を十分説明し,同意を得て行った。胆嚢摘出術2症例で腹腔鏡下胆嚢摘出術時にチタン製カプセル(76歳,女)およびステンレス製カプセル(86歳,女)のセンサをおのおの腹腔側筋膜下で腹膜直上に植え込んだ。すなわち9テイルフィンを腹膜と平行に置き,頭側にセンサ先端を向けて,糸で組織に縫着固定した。
①植込み手術手技および術後経過について検討した。
②抜糸後9サーミスタで直腸温,電子体温計で腋窩温,赤外放射温度計で表面皮膚温と同時にステンレスおよびチタン製センサで腹壁温を測定した。その後,体表から植込部位直上の腹壁を氷枕で冷却を行い,本人が腹壁の冷感がつらいと訴えた時点で氷枕を除去した。ステンレス製センサ植込み症例とチタン製センサ植込み症例で計測日時を変えてともに5回計測した。
2.)結果
①テイルフィンはセンサを適切に固定するのに有用であった。術後センサ植込みが原因で局所の出血や感染症を合併した例はなかった。術後局所に柊痛を訴えた例はなかった。
②腹壁冷却後のステンレス製センサによる腹壁温の変動を図8に,チタン製センサのそれを図9に示した。症例はともに冷却前には直腸温とセンサ温はほぼ一致し,その傾向は症例によって強い再現性があった。すなわち,腹壁の腹腔に面した部位の温度は直腸温にほぼ等しい。表面冷却で腹壁温は低下したが,冷却中止と同時に経時的に復温し,その間,直腸温は全く変化しなかった。その傾向はチタンとステンレスで差がなかった。
7.考察
1.)腎移植後の拒絶反応モニタリングの現状
臓器移植後の遠隔期の拒絶反応は免疫学的機序による比較的緩やかな末梢循環不全である。結果として臓器の血流が減少し,臓器機能の低下が症状として現れ,ついには機能が廃絶する。臓器機能の低下として検知された段階では,場合によっては不可逆的な臓器機能不全までに進行している可能性があるので,遠隔期の臓器拒絶反応のモニタリングは重要である。移植臓器の組織血流の低下をラジオアイソトープなどを使用しない簡便で安価な方法で,無侵襲に検知する方法が確立されれば,外来で繰り返し行えるので有用である。
我が国では唯一,腎臓移植のみが年平均600例程度行われ,いままでの総計が5,000例を超える。腎移植の場合,移植腎は本来の後腹壁の腎の場所(同所性:orthotopic)に移植するのではなく,図10のように腸骨窩の腹壁直下(異所性:heterotopic)に移植される。腎血流の減少は腎動脈血流の低下である。腎血流低下を早期に検知する方法の一つとして腎動脈部分の腎実質の血流を体表からドップラ法で検知する方法があるが,装置が高価で技量によって計測値がばらつくので定量性に欠ける傾向がある。
動脈血は酸素の輸送以外,温度も輸送する。したがって,移植腎臓温は移植腎血流を反映する。移植腎の温度を計測すると移植腎の血流を推定できるので,拒絶反応のモニタリングに有用であるとの報告はすでにあるが,実際にはいかにして移植腎臓温を計測するかがもっとも重要な課題であった。体表から深部体温計を用いて移植腎臓温をモニタリングする方法も報告されているが,深部体温計はプローブ直下10mm程度の組織で,原理的に温度の一番高い部分の温度を測定する方法である。したがって,拒絶反応のとき移植腎温のほうが腹壁温より低い場合は,腹壁温を測定してそれより低い移植腎温を計測できない。
2.)植込み型水晶温度センサと超音波法による無侵襲移植臓器温モニタリング
それに対して,本方法では移植手術時に微小水晶振動子体温センサを移植臓器に植え込む。そのプロセスは侵襲的であるが,手術中であれば安全容易である。当初に試作された洋白製センサは含まれるニッケルが溶解し,組織傷害を惹起する可能性があるので,生体には使用できない。しかし,ヒトで植込み材料として使用されるステンレス製センサはブタの場合に3か月間の移植で腎実質に組織学的に異常なかった。生体適合性がさらに優れているチタン製のカプセルは植え込まれて長期間安全であろう。すなわち,ヒトに植え込まれる場合にはチタン製カプセルのセンサがもっとも優れている。3)
底部で連結した2本の微小水晶棒でできた水晶音叉と9超音波音源とが直線上にある場合(0°,180°)ではもっとも共鳴信号の受信強度は強く,2本の水晶棒を結ぶ面と音源が直交する場合(90°,270°)ではそれがもっとも弱くなる。腹膜直上で腹壁筋膜直下の腹壁スペースに固定された円筒形センサはテイルフィンがなければ,長軸を軸として音叉が回転して水晶音叉と体表面との角度が選べない。それに対してテイルフィンをセンサ端末に付けると,直上の超音波プローブから発信される超音波をもっとも受信しやすい角度でセンサを安定して固定できる。
しかし,水中では音叉底部と先端部を結ぶ直線(長軸)と,音源からの超音波信号の進行方向とのなす角度が0°と90°で信号が弱く,45°で強い傾向を示した。すなわち,センサの先端を腹壁に対してやや下に向けると強い信号が得られる傾向にある。しかし,共鳴周波数そのものには角度に関係なく,同じ水温を示した。
水晶体温センサは薄い腹膜1枚で腹腔と隔てられている。直腸温はそのような状態のステンレスおよびチタン製カプセル水晶体温センサ温とほぼ等しい値を示した。すなわち,腹腔温を反映する部位のセンサ温は直腸温に等しい。本装置ではセンサを植え込むのに外科手術を要するが,いったん植え込まれたセンサで直腸温に同等な体温を体表に超音波プローブをおけば直ちに計測でき,それがデジタルで表示される。
3.)移植腎温度測定と温熱負荷による遠隔期拒絶反応の検知
体内に植え込まれた金属カプセルセンサを体外から加熱することは,体表からマイクロウエーブなどで誘導加熱してもできる可能性があるし,湯枕をセンサ直上体表部に置いても加熱できる。植え込まれたセンサの冷却は氷嚢などを体表におくと可能である。すなわち,体内に植え込まれたセンサに体表から温熱負荷を加えることができる。温熱負荷によって変化した腹壁内のセンサ温は負荷の中止によって復温する。
今回初めて臨床例で腹壁内に植え込まれたセンサで計測された腹膜温が,表面冷却によって低下し,その中断によって回復する過程が無侵襲に計測できた。センサ直上の体表面に氷嚢を置き,押しつけて腹壁を冷却すれば,腸骨窩に異所性に移植された移植腎表面が腹壁腹膜に接触するので,腎皮膜直下に本センサを植え込むと,植え込まれたセンサが腹壁を介して冷却される。プローブで下腹壁を押しつけると腹壁腹膜は移植腎に密着するので,腎皮膜直下に植え込まれたセンサで腎温を計測できると考えられる。一一定温度以下になった腎温の復温過程と時間の関係を計測・記録する。移植腎温が冷却の中断にともなって急速に上昇すれば血流は十分であり,立ち上がりが悪ければ血流が低下していると推定できる。冷却された移植腎局部温の復温過程は熱希釈法のバリエーションであり,その経時的に記録されたカーブを解析すれば腎」血流の経時的変化を推定できよう。すなわち,腹壁冷却と中断時の移植腎の温度変化を経時的に観察すると,移植直後の腎血流状態がどのように変化するのかをモニタリングできる可能性がある。腎移植手術時に移植腎皮膜直下に本センサを植込み,直上の腹壁を氷枕などで冷却し,その後の復温過程を経時的に解析する本法は,移植腎の遠隔期拒絶反応のモニタリングとして実施が比較的簡単で安全であり,外来で容易にできる優れた方法となりうるであろう。
8.結論
植込み型超音波水晶体温センサを移植腎皮膜直下に植え込み,術後外来で直上体表を氷嚢などで冷却し,それを中断した後の腎実質温の復温過程を本システムで体表から無侵襲に経時的に計測し,その過程を解析すれば,移植腎の血流低下を検知できる可能性がある。本法は安全で簡単に繰り返し外来で行える移植腎の遠隔期拒絶反応の検出法であると考えられた。