2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

校内の生態系学習のプログラム開発-ICT機器を活用した観察および協働学習を目指して-

実施担当者

中西 亮平

所属:守山市立守山北中学校 教諭

概要

1 はじめに
 近年,環境汚染や気候変動により生態系の保全が注目されている。しかし,山野で昆虫や魚を捕る体験や動物に触れる機会が激減しており,植物に触れる機会すら日常生活では少なくなってきているのが現状である。そのため,小学校で取り組むアサガオの観察や校外学習での自然体験,農家などへの民泊体験は盛んに行われるようになっている。つまり,学校教育の一環で自然体験が多く行われる一方で,基板となる日常生活では体験があまりできていないことが示唆される。
 これまでの学校教育では,生態系は定性的に扱われている。そのため,理屈としては理解できるが具体的な数値として表れてこないため,「お話」として終わる事が多い。しかし,松川ほか2005では,校内の生態系をエネルギー流と物質の流れによるモデル化に取り組み,成功している。これにより,生態系を定量的に扱うことが可能となった。しかし,学校教育での利用を目的とした教材化までは進んでいない。本研究では,実際の公立中学校でのモデル化を生徒主体で行い,生態系について容易にかつ定量的に学習できる授業プログラムを確立することが目的である。また,校内の生態系の基礎データの収集や学習補助としてタブレット端末を利用することで手軽に調査・学習を行えるようにしたい。
 生態系とは,生物群集と非生物的環境をエネルギーと物質の流れにより関連づけた一つのシステムと定義されている(Begon et al.,1999)。生態系のモデル化については,Matsukawa et al.(2006)で研究されている。また,柊原ほか(2004)や松川ほか(2005)では,Matsukawa et al.(2006)の基となったモデルを現世のセレンゲティ生態系や東京学芸大学校内の生態系に適用し,その信頼性や方法論について議論している。しかし,そのいずれもが生態系のモデル化にとどまっており,教材化についてはなされていないのが現状である。そこで,本研究ではこのモデルを用いて学校の生態系をモデル化し,授業プログラムを開発していくことが目的である
 本校は,滋賀県守山市に位置し,適度な自然環境が残っている。そのため,比較的自然に触れる機会が多い方ではある。しかし,幼い頃に自然体験をしてきた生徒は多くはない。そこで,身近な自然に触れると共に,現在注目されている環境問題について簡単に学習できるプログラムを開発していくことが目的である。


2 研究方法
 生態系学習のプログラムを作成するためには、まず校内に生息する植物、動物を対象として調査を行った。最初に、生産者である植物群についての調査を中心に行いった。次に、昆虫類についての調査を行った。

2-1 植物群の調査
 生態系の中で最も璽要となる生産者についての調査を行った(写真1)。構内に生息している草本類について,iPad Air2で全ての草本類の写真を撮影していった(写真2)。本校の敷地範囲が広いため,調査は複数回に分けて行い,延べ8日間に分けて行った。次に,撮影したデータをパソコンに取り込んだ後,図鑑を用いて草本類の同定を行った。同定については似たような植物や図鑑に載っていない植物も多数見られたため,iPad Air2をwi-fiに接続し,インターネット上の植物図鑑なども活用しながら同定を行なっていった。続いて,木本類についても同様に行い,こちらは延べ10日間に分けて調査を行った。
 その結果,草本類は26種を確認できた(表1)。
木本類は 種を同定することができた。しかし,同定できなかった種も多く,来年度以降の課題となった。

(注:表/PDFに記載)

2-2 昆虫類の調査
 昆虫類は季節によって出現する種が異なる。そのため,各季節において調査をする必要があるが,本校では運動部が活動をしていることが多いため,グラウンドなどで調査することが難しかった。そこで,調査は夏休みに行うこととした。調査場所は構内の樹木が密集しており昆虫が比較的多く生息している地域と中庭で行った(写真3)。調査方法は本年度は見とり法(ネッティング)で行った。この手法は,採集地域を歩き回り,目についた昆虫を採集する方法で,捕虫網で採集する方法をネッティングと称する.チョウ,トンボ,大型のコウチュウ,ハチやカメムシなどが対象となる.採集した昆虫は毒瓶や二角紙に移して殺虫し,保存した.採集した昆虫類のうち,鱗翅目の蝶などは展翅台に載せて形を整え,標本を作成した。蝉などについては脱脂綿上で形を整えたのち,乾燥させて標本を完成させた(写真4)。完成した標本はiPad Air2で撮影し,記録として残した。
 昆虫を採集することが難しく,うまく採集することができなかったため標本数も多くなかった。来年度の課題として,ベイトトラップやライティングなどの手法を取り入れることで,標本数を増やしていきたい。

2-3 生態系のモデル化
 調査の結果から,本校内の生物ピラミッドを構築した(図1)。本校の生態系は、生産者として草本類や木本類があり,一次消費者として昆虫類などが考えられ、高次消費者に鳥や猫などが存在していた。今回の調査では、生産者と一次消費者である昆虫類しか行うことができなかったが、植物相や昆虫類の調査の最中に鳥類や爬虫類などを確認することができたためそれらも含めたピラミッドを構築した。この結果を基に,エネルギー流を元にした生態系のモデル化と授業実践を行う予定であったが,生態系のモデル化まで行うことができなかったため、実践についても行うことができなかった。

(注:図/PDFに記載)

2-4 教材化に向けて
 「生態系」については中学校に入ってから本格的に学習することになっている。中学校で扱う生態系では、過去から現在、そして末来における生物とそれを取り巻く環境の変遷や人間活動との閃わりを中心に、自然の事物・現象を理解させる。そのため、これらで扱う生態系は定性的なものであるが、ここで扱う生態系は身近なものでない。本研究で構築した生態系は、対象が校内であるため生徒の興味・関心を引きやすい。また、調査より得られた生態系のモデルは定性的であるため学習内容と合致している。これらのことを踏まえて、生態系学習のプログラムを考案した(表2)。

(注:表/PDFに記載)


3 結論
①生態系学習プログラムを作成することができた。
②今回の研究で、iPad Air2で植物を撮影し,それをもとに植物の同定を行うことができた。野外調査は天候に左右されることが多い。今回の手法を用いることで天気の良い時に調査を行い,天気が悪い時に同定を行うことができ、少ない時間を有効に活用することができた。
③本調査を行う過程で、本校に在籍する生徒が身近な自然に対しての興味や関心を抱かせることができた。
④校内の生態系を生徒自身の手である程度は考えることができた。しかし、昆虫類や木本類に関しては十分な調査ができていないため来年度以降の課題として残った。