2015年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第29号

末梢リンパ球の表面タンパク質の網羅的かつ定量的な測定系の確立

研究責任者

有戸 光美

所属:聖マリアンナ医科大学 助教

共同研究者

表山 和樹

所属:聖マリアンナ医科大学 医学部 生化学教室 助教

共同研究者

加藤 智啓

所属:聖マリアンナ医科大学 医学部 生化学教室 教授

概要

1.はじめに
細胞表面タンパク質は、細胞内外の情報を伝達する役割を担っている。そのため、その発現もしくは翻訳後修飾の異常が疾患発症の要因となることがある。また、細胞表面タンパク質は薬剤がアクセスしやすいため、現在使われている薬剤の多くは、この細胞表面タンパク質を標的としている。従って、疾患特異的な細胞表面タンパク質の異常を捉えることは、新薬開発や臨床検査につながることが期待される。
本研究では、「細胞表面タンパク質の網羅的かつ定量的測定系」の確立を試み、さらには、確立した手法により、全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus, SLE)および健常者の末梢血リンパ球( peripheral blood mononuclear cells, PBMCs)の表面タンパク質プロファイルを網羅的に解析することを目的とした。
SLEは、自己免疫疾患の一種で、全身の臓器に原因不明の炎症が起こる疾患であることが知られている1)。SLEの診断には、1993年に米国リウマチ学会が出した「SLE改訂分類基準」が汎用されており、その内容は「11項目の理学的所見や画像もしくは血液検査のうち4項目以上あてはまる場合に、SLEと診断する」となっている1)。2012年になって、Systemic Lupus Collaborating Clinics が「SLEの新分類基準(SLICC)」を出したが、その内容は、「臨床11項目と免疫6項目から、それぞれ1項目以上、合計4項目を認めればSLEと分類される」となっており、あまり変わっていない1)。このように分類基準が曖昧となっている理由として、症状が多彩であり、全SLE患者に共通して存在し、他の膠原病および炎症性疾患と鑑別できる所見が発見されていないことが考えられる。そのため、全SLE患者に共通した異常を見出し、その異常を感度・特異度の高い診断マーカーとして確立することが求められている。
これらのことから、SLE患者由来PBMCsの膜表面に共通して異常に局在しているタンパク質を同定することで、診断マーカーの開発につながることが期待される。また、SLEの活動性が高い時期は、リンパ球数が減少することがよく知られており、リンパ球の解析が、病態の解明、さらには根治治療に繋がると期待される。

2.方法と原理
2.1 臨床検体の採取
健常者およびSLE患者の血液を採取し、Ficoll-Paque PLUS (GE health care, Buckinghamshire, UK)を用いて、PBMCsを分離した。本研究は、臨床検体を対象とするため、所属大学の生命倫理委員会の承認を得て行われた。臨床検体は、インフォームドコンセントを得て採取され、採取検体は個人の特定に繋がらないように匿名かされた上で扱われた。また、個人情報は所属大学施設内でのみ利用し、漏洩のないように扱われた。

2.2 細胞表面タンパク質分画法
対象となる細胞(ここでは健常者及びSLE患者由来PBMCs)の表面タンパク質に対して、ビオチン標識を行った2)。ビオチン標識試薬(Cell Surface Protein Isolation Kit, Thermo Fisher Scientific社)は、ビオチンがジスルフィド(S-S)結合を介して、sulfo-N-hydroxysulfosuccinimidyl(NHS)基 と連結した分子である(図1)。sulfo基の導入により、分子の親水性が高まるため、本分子は、脂質である細胞膜を通過できない。そのため、本分子は、細胞表面のタンパク質としか作用しない。
図2にビオチン標識試薬を用いた細胞表面タンパク質分画のスキームを示す。細胞表面タンパク質と衝突したビオチン標識試薬は、タンパク質に含まれるリジン残基と反応し、NHSとアミド結合する。その細胞表面タンパク質にビオチンを付加した細胞を超音波破砕し、ビーズに固定したアビジンと反応させた。ビオチンとアビジンが不可逆的に強力に結合する性質を用いて、ビオチン標識された細胞表面タンパク質を分画した。アビジン-ビオチンを介してビーズと結合している細胞表面タンパク質は、還元剤Tris (2-carboxyethyl) phosphine hydrochloride(TCEP)で処理することにより、ビオチン標識試薬内のS-S結合を切断して遊離させて、回収し、細胞表面タンパク質試料とした。本法により、培養細胞を用いて、細胞表面タンパク質の分画が可能であることを確認してから臨床検体を扱う本実験を行った(data not shown)。

2.3 高感度蛍光色素標識二次元電気泳動(2 dimensional fluorescence difference gel electrophoresis, 2D-DIGE)
2D-DIGEは、2群間(ここでは健常群とSLE群)のタンパク質プロファイルを比較するのに有用な方法である3),4)。本研究では、サチュレーションラベリング法により、タンパク質試料を蛍光色素Cy Dye DIGE Saturation dye (GE Healthcare)で標識した。Cy Dye DIGE Saturation dye は、マレイミド基を有し、タンパク質のシステイン残基のチオール基と共有結合する。そのため、タンパク質は、全システイン残基を介して、蛍光標識される5)。本標識によるタンパク質の検出感度は、銀染色の5~10倍で、タンパク質0.01~0.05 ngまで検出できるとされる5)。
図3に2D-DIGEの流れを示す。
まず、解析対象となる個々の表面タンパク質試料を、蛍光色素Cyanine dyes 5 (Cy5, Cy Dye DIGE Saturation dye; GE Healthcare)で、標識した。次に、個々のタンパク質試料を等タンパク質重量で混合後、検出波長の異なる蛍光色素Cy3(GE Healthcare)で標識し、標準試料 (Standard sample)とした。Cy5標識した個々の試料とCy3標識した標準試料を0.25g ずつ混合し、isoelectric focusing (IEF) gel (pH3-11, GE Healthcare)を用いて、等電点電気泳動を行い、各タンパク質を等電点によって分離した6),7)。等電点で分離されたタンパク質をsodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis(SDS-PAGE)に供し、各タンパク質を分子量によって分離した6,7)。二次元に分離されたタンパク質は、image analyzer (Typhoon 9400 Imager, GE Healthcare)を用いて、Cy5 とCy3 による2 つの画像を検出した。なお、臨床検体を本実験は、培養細胞を用いて、2.2 の項で示した方法で分画した細胞表面タンパク質が、2D-DIGE の解析に適した試料であることを確認してから行った(data not shown)。
検出後、Progenesis software (Nonlinear Dynamics, Newcastle, UK)を用いて、各ゲルのタンパク質スポットのCy5蛍光強度を、同ゲル内の同タンパク質スポットのCy3蛍光強度で標準化し、健常群とSLE群の2群間の各表面タンパク質スポット強度を比較した。同一ゲル上に標準試料を泳動して補正することによって各ゲルのスポットの位置と強度の誤差を除外することができ、2群間の違いのみを検出することが可能となる。

2.4 質量分析によるタンパク質の同定
健常群と比較し、SLE群で、スポット強度が±2.0倍より大きく強弱のあるタンパク質スポットを同定の対象とした。従来の方法通り8)、対象となるタンパク質スポットをゲルから切り出し、そのゲル片内でタンパク質をトリプシンで消化後、ペプチドを溶出した。得られたペプチドをマトリックス剤と混合して結晶化した。マトリックス剤は、レーザー光により励起し、熱エネルギーを放出すると共に試料をイオン化する有機化合物である。結晶化した試料に対し、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計( ultraflex TOF/TOF, Bruker Daltonics, Bremen, Germany)にて、レーザー光を照射し、結晶体を励起させることにより、ペプチドをイオン化して飛行させた。質量電荷比の違いでイオンの検出器に到達する飛行時間が異なることを利用して質量を測定した。得られたペプチドの質量を、MASCOT (Matrix Science, London, UK)を利用して、National Center for Biotechnology Information (NCBI)のタンパク質データベース検索にかけ、タンパク質を同定した。

2.5 統計解析
データの有意差の有無は、Student’s T test により判断した。

3.実験結果
2.2 に示した細胞表面分画と2.3 に示した2D-DIGE を組み合わせることにより、培養細胞を用いて、細胞表面上のタンパク質が網羅的かつ定量的に測定できることを確認した (data not shown)。
そこで、本法を用いて、健常およびSLE患者由来PBMCsの表面タンパク質プロファイルを網羅的かつ定量的に解析することを試みた。平均年齢および性別を揃えた健常者3名とSLE患者3名の血液から別々にPBMCsを分離した。PBMCsから表面タンパク質を分画し、2D-DIGEに供した(図4)。
次に、Progenesis software を用いて、各ゲルのタンパク質スポットのCy5蛍光強度を、同ゲル内の同タンパク質スポットのCy3蛍光強度で標準化し、2群間の各表面タンパク質スポット強度を比較した(表1)。その結果、計295個のタンパク質スポットが、検出された。295個のスポットのうち、有意差のあるスポットは140あった(表1)。そのうち、健常と比較し、スポット強度が3.0、2.0、1.5倍より強いスポットが、それぞれ15、37、63個であった(表1)。逆に、健常と比較し、スポット強度が-3.0、-2.0、-1.5倍より弱いスポットが、それぞれ37、50、67個であった(表1)。例として、スポット強度が、SLE群で有意に1.97倍高かったspot no. 1433 を図5(A とB)に示す。
現在、健常群と比較し、SLE群で、スポット強度が±2.0倍より大きく強弱のあるタンパク質スポットを対象に、質量分析によるタンパク質の同定を行っている。

4.まとめ
本研究で行われた細胞表面タンパク質を標的とした網羅的かつ定量的解析により、健常者と比較して、SLE患者由来PBMCsの表面タンパク質で、複数のタンパク質のスポット強度が、有意に±2倍以上の強弱があった。現在、これらのタンパク質の同定を試みている。同定されたタンパク質は、SLEの疾患マーカーの候補となる。また、同定されたタンパク質は、SLEの病態解明の糸口となり、根治治療に繋がることが期待される。そのため、今後は、検体数を増やして、個別に精査する予定である。