2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

有明海から学ぼう!-ムツゴロウを活用した発展的学習の取り組み-

実施担当者

水田 昌子

所属:小城市立芦刈中学校 教諭

概要

1 はじめに
 実施校は、1学年2クラスの小規模校である。所在地の芦刈町には、海岸線4。1kmをムツゴロウ・シオマネキの採捕禁止区域に指定・保護されている千潟があり、多くのムツゴロウやシオマネキを間近にみることができる。この身近な環境を活かした理科授業をやりたいと考えた。対象の生徒は、小学校時に干潟に入る経験をし、有明海の特徴について1時間の講話を聴いている。しかし、身近に有明海という希少な自然を有し、そこに生息する生き物を観察しようと思えばいつでもできる環境でありながら、生徒達の興味はあまり高くないように見える。身近な生き物に関わった経験が少ないことが原因のようである。残念なことにすぐ足下にある干潟の環境やそこに生息する生物の希少性に気づいていない。そこで、有明海の干潟に生息する代表的な生物であるムツゴロウを通して、貴重な有明海の特徴や、そこに生きる動物の適応戦略について理解を広げ、知的好奇心や探究心を高めるための発展的学習に取り組むことにした。


2 目的
 講座1ではムツゴロウとトビハゼの行動観察をおこない、餌の食べ方や移動のしかた、他動物との関わり方等をよく観察させることで、生徒の興味?関心を高める。生物の行動観察の方法や観察結呆の処理の方法を体験させる。また、有明海の特徴について実感させ、講座2に繋げることを目的とする。
 講座2ではムツゴロウの解剖実験をおこない、ヒトとの比較により硬骨魚類の体の構造や、他魚種との比較により住環境に適応したムツゴロウの特殊性について科学的に考察させながら理解を深めさせたい。
 この2つの講座を実施することで、身近な環境の貴重性を実感させたい。さらに、解剖した生物を調理し実食することで、地域の食文化を体験させ、生命を尊重する態度を養いたい。
 教科書に出てくる一般的な生物を知ることも大切だが、生き物への興味を高め、生物という科目の本質を理解させるためには、やはり身近な生き物を題材にすることが大事であると考えた。有明海を代表するムツゴロウの生の姿を通して、身近な環境理解へと繋げたい。


3 活動内容
3-1 有明海の生き物の行動銀察
日程:平成28年9月26日(月) 9:30~12:20
場所:芦刈町住之江(有明海)、芦刈中学校会議室 対象者:中学1年生41名

 有明海には、よく似た形態の陸生魚類であるムツゴロウとトビハゼが這い回っている。これらを比較観察し、データを解析することでより両者の違いに気付き、科学的な行動観察方法や結果の考察方法を学習させる。
①干潟の生き物の観察:この時期みられる生き物を目視で観察する。ムツゴロウとトビハゼの見分け方や餌の食べ方、シオマネキ等との共同生活の様子を解説する。(図1)
②ムツゴロウの行動観察:ムツゴロウの移動をトレースする。その際に予め設定した行動パターンを記号化して記入させる。
③トビハゼの行動観察:トビハゼの移動をトレースする。その際に予め設定した行動パターンを記号化して記入させる。
④考察・まとめ:教室に戻った後、観察結果を数値化及びグラフ化(図2)、ムツゴロウとトビハゼの干潟上での行動パターンの違いを考察させる。さらに季節による行動の違いまで広げる。

(注:図/PDFに記載)

生徒感想(一部抜粋)
・見た目が似ているし、同じところに住んでいるのでムツゴロウとトビハゼは、行動もほとんど同じだろうと思っていたけど、調べると全然違っていて、ムツゴロウは、行動範囲が狭く、トビハゼやシオマネキを追い払っていた。ケンカが多く、意外と荒っぽいなあと思い、とても楽しかった
・ムツゴロウは、写真などから、よくジャンプしているイメージだったけど、遠くに行かず、穴のまわりで食事ばかりしていた。ジャンプは求愛を意味していると知りました。テレビや写真で見るより、自分の目で観察してみると、いろんな行動がよく分かると思いました。
・観察したことをグラフにまとめると、とても分かりやすくて、行動範囲や食事回数の違いがはっきりしていたので、びっくりしました。
・トビハゼは、活発に飛び跳ね、遠くまで行くので、よく他の生物と遭遇してケンカしていた。しかもいつも負けていた。他の生物も観察して行動の違いを調べたら面白いだろうと思いました。
・有明海は、ムツゴロウが有名で、全部ムツゴロウと思っていました。トビハゼとムツゴロウは、似ているけど、見分ける方法が分かったのでよかったです。他の生物にも見抜く方法があるだろうから、それを知って観察してみたい。
・たくさんの先生が来て、その場で質間して、じっくり観察できました。たくさんの違いが分かることが面白かったです。一つのことを3時間続けることは、めったにできないことなので、いい経験ができて楽しく勉強できました。3時間なのに集中してすぐ終わりました。
・ジャンプは求愛、首振りは餌を食べているなど、行動には、一つひとつ意味があることが分かりました。季節や韓国などの場所によって、行動が違うなど、今まで知らなかったムツゴロウの秘密をたくさん知ることができて良かったです。

3-2 魚の体の不思議
日時:平成28年11月8日(火) 2・3・4校時・・・・・1組(25人)
11月10日(木) 2・3・4校時・・・・・2組(25人)
場所:芦刈中学校 第2理科室、第3理科室
対象:芦刈中学校 2年生 2クラス 計50名

 有明海に生息している生物でもっとも有名なムツゴロウを教材とすることで、授業への輿味を高め、目標の到達を目指す。事前に確保しておいたムツゴロウの生体(十分に冷却麻酔を施す)を解剖し、魚類の体のつくりを学習させる。
①生息環境(有明海)の説明:ムツゴロウの生息する特殊な環境とそこに生息する様々な生き物について説明する
②ムツゴロウの体の特徴観察:ムツゴロウの体の特徴(体の模様の確認、鰭の形やつき方、目の位置や瞳孔の形、鼻孔や口のつき方、歯や舌の確認、鯉の確認等)について、他の一般的な形態を持った魚(アジ)と比較させながら観察させる。全長・体重の計測。
③解剖手順説明ー解剖:解剖手順の動画を収録し、投影しながら解剖手順を説明する。解剖ばさみにて開腹→内臓の配置確認→腸の長さ計測→鯉の取り出し・鯉弁の毛細血管観察→心臓の取り出し、拍動の観察をさせる。(図3)
④講座で新たに知った知識や実験を基に発展的間題(心臓は前と後ろどちらの方向に血液を送り出しているか等)を、グループで考察する場を設け、科学的な根拠を考え発表させる。これらの言語活動から、より高次の理解へと導く。
⑤調理室に移動し、身の回りの生き物と食文化の発展が繋がりの深いものであることを講義、理解させる。解剖に使ったムツゴロウを蒲焼きに調理し、実食させる(図4)。

生徒感想(一部抜粋)
・最初は、つらいと思ったりしましたが、だんだん見ているうちに「あ~こうなっているんだ。」という発見で楽しくなりました。鰭が何種類もあった。第1背鰭を広げてみると意外と広かったのでビックリしました。
・初めは気持ち悪くて、さわることすら嫌だったけど、慣れてくると、体の中のしくみに興味をだんだんもつようになり、楽しく真剣に行うことができた。解剖してみて、内臓の位置が、分かりました。
・生き物の解剖をしたのは初めてでした。やってみたらそこまでグロイと感じませんでした。内臓は複雑でした。胆のうと牌臓をつぶしたら、緑色と赤色だったので驚きました。
・腸の長さが、全長より長いことに驚きました。草食動物のように長かった。藻類も消化に時間がかかることが分かりました。
・心臓をとり出すのがすごく難しかった。心臓がとり出した後も動いていて、ビックリし、少し気持ち悪かった。不思議でした。
・鰈が意外ときれいで、取り出してよく見たかったけど、とり出そうとすると何もなかった。
・鯉の構造が複雑だなあと思いました。肺のつくりは勉強したけど、鯉については分からなかった。鯉の形や枚数まで分かってよかったです。細かい鯉弁の先まで血液がいきわたっていたりして、すごいなあと思いました。
・心臓から血液が前方に行って、脳へ最優先に酸素が行っていることが分かった。
・生のムツゴロウは、生臭くて、泥の匂いがしたけど、焼くと生臭さが取れて、かば焼きは、少しにがかったけど、とてもおいしかったです。また家で食べたい。
・予想していた味と違って、驚きもあり美味しかったです。地元ではムツゴロウを食べる習慣があったと聞き、芦刈でまた習慣にしていけたらいいなと思いました。


4 成果
 題材であるムツゴロウをはじめとする動物の生態や生息環境、体のつくりについて調査研究をおこなっている専門家達との連携であり、地域性を十二分に活かした効呆的な授業の企画・展開ができた。また、実施に際しては言語活動を取り入れ、生徒自身に考えさせ、疑間を解決に導くことでより深い理解と考察力を身につけることができた。さらに、実験結果の求め方や、結果を考察へ繋げる方法等、科学的なアプローチの仕方を専門家から学ぶことができた。特に教育学部の教員や学生の協力により、中学生の実態に即した発展的な学習ができたとともに、TA等の補助者が入る事により、安全性や学習指導が行き届き、準備においても万全を尽くすことができた。


5 まとめ
 実施校では、ムツゴロウの解剖実験を4年間おこなっているが、生徒達が実際にフィールドで行動をよく観察した経験がないため、鰭のつき方や食性等からくる体の特徴について整合性を持って十分に理解できているとは言い難かった。そこで、解剖実験前にフィールドでの行動観察をおこない、ムツゴロウの体について論理性をもって理解させる活動にした。解剖授業は、デリケートな部分であるが故に慎重に実施しているが、心臓の拍動を見せることにより、実験材料となった生物への感謝と生命尊重の思いに繋がってくれているようである。さらに、調理・実食することにより地域の食文化に触れ、ヒトがものを食べるという行為がどういうことなのかということを顧みてくれる子も多い。
 地域の自然を学ぶことで、自然環境への愛着と環境保全の心「青も育むことができた。