2007年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第21号

時間分解蛍光測定用カプセル化センサーチップの開発

研究責任者

福島 修一郎

所属:大阪大学大学院 基礎工学研究科 機能創生専攻生体工学領域 助手

概要

1. はじめに
生理機能や生体環境を計測する様々な蛍光プローブが開発されて多くの研究分野に応用されている。従来の蛍光プローブを用いた計測は、in vitro(培養細胞などを用いた生体外実験)やin situ(細胞・組織中の本来の位置で行う生体位実験)での計測が中心となっており、in vivo(生体内実験)での計測は困難な場合が多い。in vivo の高精度計測が可能な新しい手法が確立すれば、生体本来の生理機能の解明や病理診断などの臨床応用など非常に多くの分野で貢献することが期待される。
蛍光プローブ法の問題点は計測結果の定量性にある。従来法では、蛍光色素と計測対象物質との結合度に依存して変化する蛍光強度を計測するものが大部分であるが、蛍光強度は色素量、退色、環境などの影響を受けるために定量性はなく、検量線や蛍光強度比を用いた定量化はin vivo 計測には適していない。他の問題点として蛍光色素の毒性や安定性が挙げられる。蛍光色素には生体に対する毒性を有するものが多く、そのままin vivo 計測に適用するには限界があり、将来的な臨床応用には大きな障害となる。また、プローブを測定部位に均一に分散した状態で安定に留めておくのは困難であり、色素の負荷方法を確立する必要もある。
本研究では、これらの問題を時間分解蛍光測定法とカプセル化技術で解決し、局所生体情報の定量計測システムの構築を目指す。ナノ秒オーダーのパルス光で蛍光色素を励起してから基底状態に戻るまでの時間(蛍光寿命)は物質固有のものであるため、蛍光寿命の計測により定量計測が可能となる。また、蛍光プローブを多孔質膜でできたカプセル内に封入することで、蛍光プローブを局所に隔離して保持できるだけでなく、プローブの操作性が改善されるためにセンサーシステムへの組み込みが容易になる利点が生まれる。センサーチップとして用いるカプセル化蛍光プローブの設計が本システムの実用化の鍵となるため、カプセル化プローブの試作とその有効性を評価することを目的とする。
2. 方法
2.1 カプセル化センサーチップの試作
本研究で開発したカプセル化センサーチップは、蛍光プローブを封入したリポソームをポリ-L-リシン(PLL)でコートしたアルギン酸カプセルに内包させた二重構造のカプセルである(図1)。アルギン酸-PLL カプセルの最外郭は生体適合性が高い半透膜を構成しており、免疫隔離作用をもつことから移植用細胞カプセルとしても利用されているものである1)。本研究では蛍光プローブを隔離し拡散を防止する目的で使用するが、細胞自体をセンサーチップに組み込む応用も可能である。リポソームは細胞膜と同様の脂質二重膜からなる微小胞であり、カプセルの半透膜を通過する可能性のある蛍光プローブをカプセル内に留置するために用いる。
蛍光プローブ
カプセル内に封入する蛍光プローブには、カルシウムイオン測定用蛍光色素Calcium Green-1(Molecular Probes)と一酸化窒素検出用蛍光試薬DAF-FM(第一化学薬品)を用いた。細胞内に負荷して使用する場合を参考にして5 μM のCalcium Green-1 溶液と0.43 μMのDAF-FM溶液を調製した。
リポソーム
蛍光プローブを内包したリポソームは単純水和法2)を用いて以下の手順で作成した。
1. 三角フラスコ内でリン脂質DPPC(4 mg)とコレステロール(1 mg)をメタノールとクロロホルムの混合溶液(体積比1:1)に溶解した。
2. エバポレーターで減圧加温(37℃)して有機溶媒を蒸発させてフラスコ壁面に脂質フィルムを形成した。
3. 三角フラスコに蛍光プローブ溶液を加えて30℃で24 時間静置してリポソームを回収した。
アルギン酸カプセル
アルギン酸-PLL カプセルはエアージェット法3)で作成した。エアージェット法とは、同心二重円筒ノズルの内筒にアルギン酸溶液、外筒に空気を流し、出口部で空気流により生じるせん断力によって内筒の溶液を微粒化する方法である。作成装置の模式図を図2 に、三方活栓と注射針を用いて自作したノズルの写真を図3 に示す。また、作成手順を以下に示す。
1. アルギン酸ナトリウムを15 mM HEPES 溶液に溶解し、リポソーム懸濁液を加え、濃度を1.5 %w/v とした。
2. 混合物をシリンジに入れ、シリンジポンプにセットし、3.0 ml/h で押し出し、0.1 M 乳酸カルシウム水溶液にエアージェットで滴下した。この操作により、アルギン酸ナトリウム水溶液はカルシウムとイオンコンプレックスを形成してゲル化した。
3. ゲルビーズをHEPES 溶液で3 回洗浄後に1.0 g/L ポリ-L-リシン溶液を加え、ゲルビーズ表面にアルギン酸-PLL のイオンコンプレックス層を形成した。
4. イオンコンプレックス層が形成されたゲルビーズをHEPES溶液で3 回洗浄し、0.3 %w/vアルギン酸ナトリウム水溶液を加えた。この操作により、ゲルビーズ最外層を生体適合性の高いアルギン酸ナトリウムに変換した。
5. さらにゲルビーズをHEPES 溶液で3 回洗浄し、クエン酸ナトリウム水溶液を加えた。アルギン酸とコンプレックスを形成しているカルシウムイオンを取り除き、ビーズ内のアルギン酸カルシウムゲルを液化した。
2.2 蛍光特性測定
作成したセンサーチップの蛍光強度および蛍光減衰波形を測定してその特性を評価した。蛍光強度は冷却型CCD カメラ( UIC-QE, Molecular Devices)を装着した蛍光顕微鏡(TE2000, Nikon)で撮影した画像の輝度を解析して評価した。
蛍光減衰波形は時間相関単一光子計数法を用いて測定した。実験系の概略図を図4 に示す。パルス光源にはモード同期チタン:サファイアレーザー(Chameleon, Coherent; 波長:750 nm, パルス幅: 150 fs, 繰返周波数: 90 MHz, 平均出力: 970mW)を用いた。光源のパルス光の繰り返し周期は蛍光減衰時間に対して短すぎるため、パルスピッカー(Model 10, Conoptics)を用いて繰返周波数を5 MHz に低減した。試料に照射する励起光はSHG結晶で発生させたパルス光(波長: 375 nm)であり、ND フィルタで十分に強度を弱め、レーザーの基本光はダイクロイックミラーで除去した。試料から放出した蛍光はUV カットフィルタを透過後に光電子増倍管(R1635P, 浜松ホトニクス)で検出した。光電子増倍管からの信号は、増幅後に高速光子計数モジュール(SPC-630, Becker&Hickl GmbH)に入力して蛍光減衰波形を取得した。その際のスタートトリガーには、レーザー光の一部を取り出してPIN フォトダイオードで検出した信号を用いた。
3. 結果および考察
3.1 カプセル粒径の制御
カプセルの粒径は封入可能な蛍光プローブの量やカプセルの強度などの特性に影響する重要な指標となる。ノズルに流入する空気流量が主な制御要素となるため、流量とカプセル粒径の関係について検討した。作成したカプセルは半透膜を透過しない分子量2,000,000 のFITC-dextran を封入したもので、カプセルの蛍光画像を撮影し、画像解析により粒度分布を求めた。
図5 に空気流量が1.6 L/min のときのFITC-dextran カプセルの蛍光画像の例を、撮影した95 個カプセルの粒度分布を図6 に示す。また、空気流量を変えて同様の解析をした結果を図7 に示す。粒度分布の半値幅は50 μm 程度であり、試作したカプセル作成装置で300 から600 μm のカプセルが作成可能であることが確認できた。
3.2 カルシウムイオンプローブの蛍光特性
カプセルに蛍光プローブを内包した状態で蛍光測定が可能であるかを検討するため、Calcium Green-1 カプセルを作成し、カルシウムイオン濃度を変化させたときの蛍光強度および蛍光減衰曲線を測定した。
図8 にカルシウムイオン濃度を0、100、1035 nMに変化させたときと、Calcium Green-1 を封入せずに作成したカプセルの蛍光強度(No Probe)のカプセルの蛍光強度を示す。蛍光強度は各イオン濃度で撮影した蛍光画像の輝度平均値から算出した。カルシウムイオン濃度の上昇に伴い蛍光強度は増加した。Calcium Green-1 は蛍光強度の変化率(ΔF/F0; ΔF: 強度変化量, F0: 初期強度)がカルシウムイオン濃度を示す特性がある。図8 の蛍光強度の変化率はイオン濃度の変化量よりも小さくなっているが、これは蛍光強度の算出に画像全体の平均値を使用しているために、カプセル以外の領域が含まれていることが原因と考えられる。プローブを封入せずに作成したカプセルからも蛍光が観察されたことは、カプセル自体に自己蛍光があることを示しているが、微弱であるため測定上は影響ないと考えられる。図9にカルシウムイオン濃度を変化させて測定した蛍光減衰波形を示す。イオン濃度が増加すると蛍光寿命は長くなる傾向があり,カプセルに封入しない溶液系の測500 μm定結果と同様になった.
3.3 一酸化窒素測定用カプセルの作成
一酸化窒素はリポソームの脂質膜を透過するため、本研究で提案する二重構造カプセルの測定対象として適している。そこで、DAF-FM カプセルを作成してその安定性を過検討した。作成したDAF-FM カプセルの蛍光画像を図10 に示す。500μm 程度の粒がアルギン酸-PLL カプセルで、その内部の50 μm以下の粒がDAF-FM を封入したリポソームである。カプセルを作成して5℃の暗室で3 週間放置した後もDAF-FM の漏出は観察されず、カプセル内にDAF-FM を安定的に封入することができた。DAF-FM は積算性の蛍光プローブであり、一旦一酸化窒素と結合して蛍光強度が増加すると一酸化窒素濃度が減少しても蛍光強度は減少しない。このため蛍光強度の増加量をもとに一酸化窒素の濃度産出が試みられているが十分な定量性がない。蛍光減衰波形の成分分析をすることにより、より定量的な測定が可能になると考えられる。
4. まとめ
本研究では蛍光プローブをカプセル内に封入したセンサーチップを試作し、その有効性を確認した。今後、センサーシステムへの組み込みを想定してチップの設計をするとともに、蛍光減衰波形の定量解析手法を確立して、in vivo 計測が可能なセンサーの実用化を目指す。