2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

日英サイエンスワークショップの実施

実施担当者

金澤 秀樹

所属:福島県立福島高等学校 教授

概要

1 はじめに
平成23年3月の東日本大震災後、イギリスのクリフトン科学トラスト(CliftonScientificTrust)より打診があり、被災県の高校生と教員(5校、20名)がイギリスに招待され、ケンブリッジ大学でのサイエンスワークショップに参加した。この取り組みは元々京都のSSH校とクリフトン科学トラストが10年ほど前から実施しているものだが、平成23年からは東北地区の高校も同じ取り組みに参加した。
この取組を長期的に継続させるため、本校では平成25年度よりサイエンスワークショップを主催し実施してきた。平成25年度までケンブリッジ大学で実施してきたが、日英の相互交流を目的として、平成26年度は東北大学の先生方の御協力をいただき、東北地区で開催し、大きな成果を上げた。平成28年度も日本にイギリスの生徒を招き、同様の取組を行った。

経緯:平成23年8月 イギリスケンブリッジ大学でサイエンスワークショップ
平成24年8月 イギリスケンブリッジ大学でサイエンスワークショップ
平成25年8月 イギリスケンブリッジ大学でサイエンスワークショップ
平成26年8月 日本東北大学でサイエンスワークショップ
平成27年8月 イギリスケンブリッジ大学でサイエンスワークショップ
平成28年8月 日本東北大学でサイエンスワークショップ
実施日:平成28年7月31日(日)~8月6日(土)(6泊7日)
参加者:本校生徒5名・引率教員4名
(英国)CountyUpperSchool、StMaryRedcliffeandTempleSchool、NewhamCollegiateSchool、ThomasHardySchool、Merchants'Academy、HinchleyWoodSchool、SevenKingsHighSchool、
立教英国学院、クリフトン科学トラスト
※英国側合計35名(生徒26名引率等8名)
(日本)福島県立相馬高等学校、福島県立槃城高等学校、宮城県古川黎明高等学校、宮城県仙台第一裔等学校、宮城県仙台第二高等学校、山形県立鶴岡南裔等学校、山形県立米沢典譲館、高等学校、立教池袋高等学校、東北大学「科学者の卵養成講座」受講生
※日本側合計44名(生徒28名引率16名)
合計(延べ)78名(生徒54名引率等24名)

目的:
・海外の同世代の学生との発表や議論を通して、グローバルな視点を養い、また英語でコミュニケーションする意欲を喚起し、また表現力、行動力を育成する。・大学において研究活動等を体験することを通じて、研究者・技術者としてグローバル社会で生きるための能力、資質を捉え、今後のキャリア形成を考える。
・東日本大震災、原子力発電所事故の経験を踏まえ、災害・エネルギー等、今後の世界の課題となるテーマ等について研究者や生徒と議論し、将来の世界のあり方について考察する。
・現在の日本あるいは福島の現状を伝え、復奥に向けた取り組み等をアピールする。

日程:
2016年7月31日(日)~6 日(土)(6泊7日)
7月31日(日)~ 8月1日(月)福島県フィールドワーク
2日(火)~ 4日(木)東北大学研究室活動
5日(水)宮城県フィールドワーク
6日(土)最終プレゼンテーション
※全日程を通して使用する言語は英語とし、夜には全参加者で交流活動や震災に関する議論を
行った。
※上記サイエンスワークショップを単なる参加型の取組とせず、生徒の能力向上を確かなもの
とするために事前研修、事後研修を実施した。事前研修としては、英語によるプレゼンテー
ション研修、研修先の事前調査、東北地区の参加者によるコミュニケーション研修等を実施
した。また事後研修として、各種成果報告会へ参加し、日本語及び英語で報告書を作成した。

2 日英サイエンスワークショップ

2-1 福島県・宮城県フィールドワーク

7月31日:福島県フィールドワークとして、磐梯山噴火記念館を訪れ、日本の地学・火山に関する研修を行った。始めに講師が噴火記念館を案内し、本校生徒が英語へと通訳する形で研修が進められた。その後本校生徒が日本とイギリスの地形の違い、地震や噴火が起こるメカニズムなどを英語で解説した。その中で噴火に関する実験講座も行った。

8月1日:福島県フィールドワーク2日目には、日本の火山や地震についてさらに学習するために、浄土平を訪れた。まず講師の解説と本校生徒の通訳で浄土平について学習した後に吾妻小富士登山を行った。土湯温泉に移動し、日本の地熱に関する研修が行われた。本校生徒がツアーコンダクターとして地熱発電所を英語で案内し、バイナリー発電の仕組みなどについて解説した。
地震や噴火、地熱発電についてなじみのないイギリスの生徒だけでなく、他の日本人の生徒にとっても2日間の研修は非常に有意義であったようだった。安定的な地形であるイギリスとの比較を行い、地形の多様性、自然エネルギーの活用について参加者全員が積極的に学んでいた。その後本校スーパーサイエンス部の生徒が、好適環境水による土湯温泉の復興や福島県の放射線に関するプレゼンテーションを行った。発表後の質疑応答ではイギリス側の生徒から様々な質間が投げかけられ、その関心の高さがうかがえた。
なお福島県フィールドワークの様子は、地元の新聞社やテレビ局にも取り上げられた。
8月5日:宮城県フィールドワークとして
東日本大震災の被災地を見学し、東北大学の研究者の解説を通して津波被害や防災について研修を行った。岩沼沿岸(千年希望の丘)や閑上沿岸(日和山神社)を訪れ、塩釜沿岸から松島海岸まで遊覧船に乗り、震災のその後の状況ついて学習した。イギリスではメディアを通してしか東北の状況を知ることができず、被災地の人々が何を思いどのように暮らしているのか、現在被災地がどのような状況になっているのかについて、非常に高い関心を持っているようであった。震災の爪痕を目の当たりにし、被災者の思いに共感し、平和への祈りを捧げるイギリス人生徒の姿が非常に印象的であった。

2-2 東北大学ワークショップ

東北大学工学部、農学部、理学部の10研究室で研究室活動を行った。1研究室あたり日英の高校生各2~3名を配属し、少人数で活動した。プロジェクトは以下の通りである。
① 科学と社会と安全
② モバイルアプリケーションを用いた津波被害想定結果の活用
③ マイクロ流路内の迅速混合を可視化・評価してみよう
④ ナノ材料の物性とデバイス作製
⑤ DNA損傷による細胞死,突然変異を防ぐDNA修復の仕組み
⑥ マメ科植物と共生する根粒菌の細胞観察
⑦ 微生物と環境とバイオエネルギー
⑧ 個人ゲノム情報にもとづく健康管理とその社会的意味
⑨ 土壌中の放射「生物質の定量的測定
⑩ 三次元培養系における細胞内酵素の可視化
ワークショップ最終Hには、東北大学研究室活動やサイエンスワークショップ全体について日本、イギリスの生徒が共同で発表会を行った。それぞれの発表は数日間で完成させてとは思えないほどハイレベルなものであった。発表後には質疑応答を行い、各研究内容について活発な意見のやりとりが行われた。

3 まとめ

グローバル化に対応できる人材の育成は、罹島だけでなく日本の喫緊の課題である。本研修を通して、主に(a)グローバルコミュニケーションカの育成、(b)行動力の育成、(c)熱意の高揚を図ることを目標とした。生徒自身による達成度評価から、(a)グローバルコミュニケーション能力に関する項目が実施後に大きく高まったことがわかった(図⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑯⑰)。
また未知なものや科学に対する奥味関心、周囲をまとめ協力しながら自ら粘り強く物事に取り組み独自なものをつくろうとする姿勢、学習意欲に関する項目の自己評価において「増した」と回答している参加者がほとんどだったことから、研修に参加することで(b)行動力や(c)熱意が大きく高まっていることがわかる(図①②③④⑤⑥⑦⑮)。これらは主体性を促す協働参加型研修である本研修の効果だと考えられる。
本事業の成果や課題として以下のものが挙げられる。

〇東北大学におけるイギリス側生徒との共同研究により、英語力やコミュニケーション能力に加え、科学的思考力やグローバルな視点を持った研究者として活躍するための能力を大きく育成できた。

〇震災体験を発表したりその体験を踏まえ議論を重ねたりすることで、今後の科学技術と社会のあり方についての思考力を育成できた。

〇初めは受動的であった生徒も、活動を進めていく中で積極的かつ自主的に研究活動に携わることができるようになった。特に質問をすることの重要性を認識し、行動力が大きく高まった。

〇イギリス側生徒と日本側生徒で協力しながら研究室活動を行うことができた。ただグループで中心となって議論をしたり話をまとめたりするためには、まだコミュニケーション能力が不足していると考えられる。

〇英語での発信力に関して、準備期間がある場合にはある程度レベルの裔いプレゼンテーションをすることができるが、発表後の質疑応答に関しては、質問を聞き取ることも含めまだ課題が残る。

〇本事業において、科学を通した様々な形での文化交流が行われた。これにより英語学習に対する動機が高まり、かつ福島を世界に発信していきたい、福島の復興のために尽力したいという思いが高まった。この思いを実際の行動につなげさせたい。

〇研修後参加者の意識が変わり、進路選択にも大きく影響を与えている。数値には現れていない大きな効果がこれらの研修にはあると考えられる。その効果を明確にするためにも、今後高校卒業後および大学卒業後の追跡調査が必要である。

なお、本事業の成果報告とワークショップで培った英語コミュニケーション能力の発表の場として、平成28年10月29日(土)に本県教育委員会主催の「福島県高等学校英語プレゼンテーションコンテスト」に参加し。"TheStoryofOneBoy-GrowththroughtheWorkshop-"のタイトルで大会に臨み、日英サイエンスワークショップに取り組む中で「文化」、「災害」、「科学」の3つの壁を乗り越え成長していく一人の少年を紹介するというストーリー性豊かなプレゼンテーションを披露した。発表後の質疑応答でも力を遺憾なく発揮し、その結果見事最優秀賞を獲得することができた。
平成29年度はイギリス・ケンブリッジ大学でサイエンスワークショップを実施する。本事業を通して、グローバルマインドとグローバルコミュニケーション能力を兼ねそろえた、世界で活躍するグローバルリーダーが育ってくれることを願ってやまない。