2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

新規 cDNA 合成技術の開発とマイクロアレイへの応用

研究責任者

保川 清

所属:京都大学大学院 農学研究科 食品生物科学専攻 教授

共同研究者

滝田 禎亮

所属:京都大学 大学院農学研究科 食品生物科学専攻 酵素化学分野 助教

概要

1.はじめに
産業用酵素は高い活性と安定性が求められるケースが多い。タンパク質工学は合理的設計やランダム変異を用いて、機能が改変されたタンパク質を創製する技術である。これまで各種の産業用酵素に適用され、洗剤で使用されているプロテアーゼやリパーゼを筆頭に、商業的に多くの成功を収めた。「タンパク質工学(Protein engineering)」という用語は 1983 年、Ulmer によって提唱されたとされている 。 その論文には、高機能なタンパク質が次々創製されていくことが予言されており、その重要な役割を担う X 線検出器と DNA 合成機の写真が添えられている。
我々の調査では、2010 年に発表されたタンパク質工学による酵素の耐熱化についての 53 報の論文のうち、合理的設計に基づく部位特異的変異導入によるものが 42 報(79%)でランダム変異によるものが 11 報(21%)であった。この 53 報の論文で報告された耐熱化の要因はさまざまである(図 1)。これは、これまで知られている耐熱化の各種理論の有効性を示すものの、一方では、耐熱化手法の決め手がないことをも示す。実際、T4 ファージリゾチームで行われた広範な研究では、全 164 アミノ酸残基中、N 末端のメチオニン以外のすべての残基について 13 個以上の単変異酵素が作製されたが、約 2000 個の変異のうち安定性を上げたものはわずか(約 80 個)であり、しかもその効果は小さいものであった(融解温度(Tm)の上昇が約 2℃)。タンパク質工学による酵素の高機能化には、多重変異導入が不可欠な要件であると言える。

2.逆転写酵素の耐熱化
逆転写酵素(RT)は cDNA 合成酵素として、分子生物学的研究や臨床診断において必要不可欠である。今日、モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)RT が実用化されている。cDNA 合成反応は RNA の二次構造をなくし、反応効率を向上させるために高温で行うことが望まれ、そのためにMMLV RT の耐熱化が求められてきた。我々3) および他のグループは合理的設計あるいはランダム変異により耐熱性が向上したMMLV RT を作製し、これらが実用化された。しかし、それらは60℃では急速に失活し、PCR に使用されている耐熱型 DNA ポリメラーゼと比較すると耐熱性は著しく低い。従来のタンパク質工学ではこれ以上の耐熱化は困難と思われる。
我々は、タンパク質工学による酵素の機能改変が今後新たに伸展していくためには、「酵素の特定領域へのランダム変異導入によるライブラリー作製」および「ハイスループットなライブラリーの発現と性能評価」が鍵になると考え、技術開発を進めている。本研究ではその一環として、新規 cDNA 合成技術の開発に焦点を置き、MMLV RT を無細胞タンパク質合成系で発現させ、その性状を解析した。また、近年開発されたサンプル移送が可能なマイクロアレイ MMV(Microarray with Manageable Volume)で cDNA 合成反応を行うことで、マイクロアレイを用いたハイスループットな性能評価の実現についても検討した。

3.材料と方法
3.1 MMLV RT の大腸菌での発現
C 末端に(His)6 が付加された野生型酵素(WT)あるいは耐熱型酵素 E286R/E302K/ L435R/D524A(MM4)の遺伝子が pET22b(+)に挿入された発現プラスミド(pET-MRT、pET-MM4)を大腸菌BL21(DE3)に導入し、形質転換菌を得た。これをLB 培地で培養し、IPTG で誘導後、30℃で 4 時間 培養し、菌体を回収した。菌体を超音波で破砕後、可溶性画分を回収し、トヨパール DEAE 650-M(東ソー)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィー、硫安分画および HisTrap HP 1 mL(GE ヘルスケア)を用いたニッケルアフィニティークロマトグラフィーにより精製した。

3.2 MMLV RT の昆虫無細胞タンパク質合成系での発現
C 末端に Strep-tag(WSHPQFEK)が付加されたWT あるいは MM4 遺伝子が pTD1-Strep(島津製作所 )に挿入 された発 現プラスミド(pTD1-WT-Strep、pTD1-MM4-Strep)を作製した(図 2)。これを鋳型として、T7 プロモーターと MMLV RT 遺伝子を含む DNA 断片を、プライマー 5′-GCAGATTGTACTGAGAGTG-3′ および 5′-GGAAACAGCTATGACCATG-3′ を用いた PCR により増幅させた。この断片からインビトロ転写反応(37℃、3 時間)により MMLV RT RNA を合成した。さらに、この RNA から、Transdirect Insect Cell (島津製作所)を用いた無細胞タンパク質合成反応(25°C、5 時間)により MMLV RT を合成した。反応液を Strep-Tactin Sepharose Column (IBA)により部分精製したものをウエスタンブッロティングおよび活性測定に、 MagStrep "type2HC" beads(IBA)で部分精製したものをマイクロアレイでの cDNA 合成にそれぞれ用いた。

(注:図/PDFに記載)

3.3 poly(rA)-p(dT)15 への dTTP 取込み
反応を 25 μM poly(rA)・p(dT)15(T/P)、0.4 mM[3H]dTTP 存在下で行い、継時的に反応液を採取し、ガラスフィルターにスポットした。これを5%(w/v) トリクロロ酢酸につけて 、poly(rA)-p(dT)15 へ取り込まれなかった 3H 標識 dTTP を除いた後、ガラスフィルターに残った放射能の量を測定し、反応速度を求めた。

3.4 cDNA 合成
Bacillus cereus の cesA 遺伝子 (GenBank accession number DQ360825)の 8,353-9,366 に相当する RNA(1,014 塩基長)をインビトロ転写で合成し、モデル RNA として用いた。cDNA 合成反応をPCR チューブあるいはMMV チップを用いて、160 pg/μL 本 RNA 存在下で、45℃で 30 分間行った。その後、PCR を行い、増幅産物を電気泳動で解析した。

3.5 RNase H 活性
3’-fluorescein 修飾 18 塩基の RNA(5’-GAUCUG AGCCUGGGAGCU-3’ )と 5’-Dabcyl 修飾 18 塩基の DNA(5’-AGCTCCCAGGCTCA GATC-3’ ) から成るRNA/DNA 二本鎖を基質として反応を37℃ で 30 分間行った。EDTA を添加して反応を停止させた後、反応液の490~590 nm の蛍光スペクトル(励起波長:490 nm)を測定した。

4.結果
4.1 MMLV RT の昆虫無細胞タンパク質合成系での発現
WT と MM4 の合成反応の反応液およびそれを部分精製したものを 10%ポリアクリルアミド電気泳動にかけた後、ウエスタンブロッティングを行った(図 3)。75 kDa のバンドが検出されたことから、目的物が発現したことが示された。

4.2 DNA 合成活性と RNase H 活性の比較
WT と MM4 について、無細胞タンパク質合成系で発現させたものと大腸菌で発現させたもの の活性を比較するために、これらの DNA 合成活 性と RNase H 活性を調べた。モデル RNA を用い たcDNA 合成反応では、いずれの系で発現させた 酵素を用いた場合でも、PCR の増幅産物を電気泳 動にかけると目的物のバンド(601 bp)が見られ た(図 4A)。また、蛍光物質および消光物質が標 識された RNA/DNA 二本鎖を基質とした RNase H 反応では、いずれの系で発現させた酵素を用いた 場合でも、WT は活性を有し、触媒残基 D524 に 変異を有するMM4 は活性をもたなかった(図4B)。これらのことから、MMLV RT の活性について両 発現系で差がないことが示された。

(注:図/PDFに記載)

4.3 耐熱性の比較
WT と MM4 について、無細胞タンパク質合成系で発現させたものと大腸菌で発現させたものの耐熱性を比較するために、これらを 45-60℃で 10 分間熱処理した後、DNA 合成活性を 2 種類の方法で測定した。poly(rA)-p(dT)15 への dTTP 取込み活性については、MM4 はいずれの発現系でも60℃での熱処理後でも活性を有したが、WT は無細胞合成系では 48℃、大腸菌発現系では 45℃の熱処理で活性を消失した(図 5A)。cDNA 合成活性については、MM4 は無細胞合成系では 60℃、大腸菌発現系では 57℃の熱処理後でも活性を有したが、WT はいずれの発現系でも 54℃の熱処理で活性を消失した(図 5B)。これらのことから、 MMLV RT の活性について両発現系で差がないことが示された。

(注:図/PDFに記載)

4.4 移送式マイクロアレイを用いた耐熱性の比較
上記検討では PCR チューブを用いて cDNA 合成反応を行ったが、ここでは MMV を用いて cDNA 合成反応を行い、両発現系での耐熱性を比較した。MMV チップは西垣らにより開発されたチップで 0.5 μL のウエルを 1024 個もつ(図 6A)。チップ間のサンプル移送は、2 個のチップを重ねて遠心することにより、すべてのウエルに対して同時に行える。また、専用の分注機(図 6B)を用いると、ひとつの MMV チップの任意のウエルから同じあるいは別の MMV チップの任意のウエルへ移送できる。

(注:図/PDFに記載)

WT と MM4 について、無細胞タンパク質合成系で発現させたものと大腸菌で発現させたものを 45-60℃で 10 分間熱処理した後、MMV チップ上で RNA 量を変えて cDNA 合成活性反応を行った(図 7A)。その後、反応液を MMVチップから回収し、通常の PCR チューブで
PCR を行い、反応物をアガロース電気泳動で解析した。RNA 量が 4.8 pg/well のとき、WT では 51℃の熱処理で活性が消失した(図 7B、D)が、MM4 は 54℃の熱処理後でも活性を有した(図7C、E)。また、RNA 量が 16、32、48 pg/well のとき、WT は 54℃あるいは 57℃の熱処理で活性が消失した(図 7B、D)が、MM4 は 60℃の熱処理後でも活性を有した(図 7C、E)。これらのことから、MMLV RT の活性について両発現系で差がないことが示された。

(注:図/PDFに記載)

5.考察
5.1 無細胞タンパク質合成系での MMLV RT の発現
無細胞タンパク質合成系を大腸菌等の微生物や動物細胞を宿主とした発現系と比較した場合、その長所は迅速性である。一方、短所は大量スケールの合成が困難であることと、合成されたタンパク質が正しい構造をとりうるかが不明な点である。逆転写酵素は、レトロウイルスが感染した細胞内では、前駆体タンパク質が、レトロウイルスのプロテアーゼによる切断を受けて生成するため、複雑な立体構造をとる。今回、WT と MM4 について、無細胞タンパク質合成系で発現させたものと大腸菌で発現させたものが同程度の活性と耐熱性を有した。このことから、無細胞タンパク質合成系で発現させた MMLV RT は、本来の構造をとっていると考えられる。

5.2 MMLV RT の耐熱化における移送式マイクロアレイの利用
今回の検討では、cDNA 合成反応だけに移送式マイクロアレイである MMV チップを用いた。しかし、既に MMV チップで、RNA 合成、無細胞タンパク質合成、PCR が進行することが報告されている。今後、T7 プロモーターが結合したMMLV RT の遺伝子ライブラリーを作製し、これを MMV チップに広げる(例えば 1 ウエルあたり 10 遺伝子)。これを MMV チップ間でサンプルを移送させることにより、PCR、RNA 合成、無細胞タンパク質合成、精製、熱処理、cDNA 合成、PCR を順に行う(図 8)。最後に MMV チップを蛍光イメージャーで観察することで、蛍光を発するウエルの位置を同定する。そして、MMLV RT 遺伝子のライブラリーを広げた MMV チップの同じ位置のウエルから目的の性質を有するMMLV RT の遺伝子を回収することが可能と考えている。

(注:図/PDFに記載)

5.3 遺伝子ライブラリーの作製
従来のランダム変異導入はerror-prone PCR により行われてきた。これは反応液の組成(主に MgCl2 濃度)を調節することで、DNA ポリメラーゼの読み間違いを誘発し、変異を導入する方法である。この方法では、遺伝子の特定領域に変異を導入することができない。また、終止コドンの導入など本来望まない変異も導入されるという問題点を有する。
MMLV RT は分子質量 75 kDa のモノマーで、Fingers、Palm、Thumb、Connection、RNase H の 5 個のドメインを有する(図 9)。このうち、DNA 合成活性の活性部位は Fingers、Palm、Thumb ドメインに、RNase H 活性の活性部位は RNase H ドメインに存在する。DNA 合成活性の改変を考える場合は、Fingers、Palm、Thumb ドメインに集中的にアミノ酸変異を導入することが望まれる。

(注:図/PDFに記載)

近年、アレイを用いてオリゴ DNA のライブラリーを作製し、 これをプライマーとして QuikChange 法を行うことにより、大規模な変異導入が行える方法が開発された。今後、このような技術も組み合わせていくことも可能と考えている。
これまで多くの酵素でタンパク質工学による機能改変がなされてきた。例えば、キシラナーゼはバイオエタノール生産への応用が期待されており、これまで多くの変異型酵素が開発されてきた。しかし、実用化レベルには達していない。新しい技術の組み合わせにより、タンパク質工学の新たな発展が期待される。

6.まとめ
野生型 MMLV RT と耐熱型の 4 重変異体E286R/E302K/ L435R/D524A(MM4)について、無細胞タンパク質合成系で発現させたものと大腸菌で発現させたものが同程度の活性と耐熱性を有した。また、MMLV RT の耐熱性の評価において、移送式マイクロアレイ MMV が有効であった。無細胞タンパク質合成系と移送式マイクロアレイは、MMLV RT のさらなる耐熱化および各種酵素の改変に有用であると考えられる。