2012年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第26号

新生児用ピエゾセンサー方式心拍呼吸モニターシステムの開発

研究責任者

尾野 恭一

所属:秋田大学大学院 医学系研究科 細胞生理学講座 教授

共同研究者

高橋 勉

所属:秋田大学大学院 医学系研究科 小児科学講座 教授

共同研究者

佐藤 紳一

所属:秋田大学大学院 医学系研究科 細胞生理学講座 技術長

概要

1.はじめに
現代において新生児集中治療室(NICU)に入院を要する新生児は粘着型心電図(ECG)電極を装着して心拍・呼吸活動の監視が行われている。しかしながら、早期産低出生体重児(未熟児)においては粘着型心電図(ECG)電極装着が困難であったり、またその粘着型ECG 電極を未熟児の皮膚に貼り付けることが原因で皮膚がかぶれたり脱落するなどの皮膚の炎症障害を起こすことがしばしば問題となっている。特に超早産児では皮膚が未成熟で粘膜様であるため、接触性皮膚炎による永続する瘢痕を残してしまうこともある。この問題に対し皮膚保護シート1)や温水保温式マットレス型センサー2)などの皮膚障害対策および非侵襲的測定に関する報告がいくつかあったが抜本的かつ有効な解決手段としては広く実施されていない。この問題を解決するためには非侵襲的心拍・呼吸測定法の確立が不可欠である。我々は初め小動物の分野で世界初の非侵襲的測定を可能にするピエゾセンサーを使用したマウス用心拍・呼吸数測定装置(佐藤他:特許US-7174854, JPN-4015115, EP-1481585)を開発した3,4)。ピエゾセンサーは非常に高感度なため生直後1.2gのマウスの心拍・呼吸計測が可能であり、これを利用してマウスの心拍数および自律神経系の生後発達について論文をまとめた(佐藤、2008)5)。この小動物用心拍・呼吸モニター装置は既に製品化・販売され、その正確性、非侵襲性および安全性が確認されている。また最近我々はさらにそれを薄い板状にし新生児の身体下に敷いたタオルの下に設置して使用する小型かつ薄板状の新規なピエゾ素子方式心拍・呼吸センサー(国際特許出願中:PCT/JP2005/012068)を開発し、新生児における非接触かつ非侵襲的な心音・呼吸活動の記録を可能にした。このピエゾセンサーは振動伝達板を有し小型で身体の直近に位置することおよび通気孔を有することから信号感度、通気性(快適性)、取扱い性の点に優れており、保育器内の構造を一切変更することなしに新生児の心音および呼吸活動の非侵襲的記録を可能にするものである。本研究において、NICU における非侵襲的心拍・呼吸波形記録を可能にする小型の装置を開発することおよびピエゾセンサー信号の解析を行い新生児心疾患診断の可能性を検討した。
2.方法
2.1 ピエゾセンサーによる新生児心音記録
秋田大学医学部附属病院小児科NICU に入院する新生児のうち両親からの同意が得られた新生児13 名、および同病院産婦人科に入院し健康と思われる新生児13 名を対象とし、新生児用ピエゾセンサーCHR-1(図1:ユニークメディカル社、厚生労働省許可番号13B1X10014)を用いて心拍・呼吸活動記録を行った。
No.1 からNo.8 までのNICU 新生児については、新生児用ピエゾセンサーの測定位置による検出信号強度および信号波形に及ぼす影響の検討を兼ねて、仰臥位で寝ている新生児の心臓直下を中心に上下左右に約10cm づつずらした計9 箇所においてピエゾセンサー記録を行った。ピエゾセンサーは無負荷時の厚み約5mm のタオルの下に挿入し、それぞれの位置における記録時間は1 分程度とした。記録された心音の1 音、2 音および呼吸の振幅は9 箇所の地点において顕著な差は認められず(図2)、新生児心臓直下からセンサー位置が多少ずれたとしても心拍・呼吸測定に及ぼす影響は少ないことがわかった。そこで、以後の記録は心臓直下近辺において行なった。
2.2 PC マイク入力インターフェースの開発
ピエゾセンサー信号をパーソナルコンピューター(PC)に入力するためには信号のAD変換を行うAD コンバーターを用いるのが一般的であるが、低予算で開発が可能なPC のマイク入力を利用する方式とした。マイク入力方式の場合は、コンピューター内蔵オーディオ回路を利用するためAD コンバーターの設計は不要となり、シンプルかつコンパクトなインターフェースの製作が可能になった。試作はユニークメディカル社が担当し、アンプ回路のプリント基板設計製作およびコンピューター内蔵オーディオ回路出力を利用する信号記録ソフトウェアの開発を同時進行で行った。しかしながら、ユニークメディカル社の試作が完成したのは研究期間終了直前であったため、大部分のピエゾセンサー記録は以前から研究室で所持していた機材を用いて行った。(MiniDigi:AD コンバーター、Axon 社; PowerLab 26T: AD コンバーター、AD instruments 社等)
2.3 Mic 端子入力方式心音表示ソフトウェアの開発
ピエゾセンサーが検出する心音信号をコンピューター画面に表示する心音表示ソフトウェアはユニークメディカル社に試作を依頼した。コンピューター画面に表示する信号は、ピエゾセンサー生波形の他に1音、2音および心雑音が明瞭に観測できるように複数の周波数フィルター処理波形を表示する方式とした。内蔵するソフトウェアフィルターはフィルターの種類、次数およびカットオフ周波数などの設定が自由に行える設計を依頼した。
2.4 ピエゾセンサーによる心不全モデルラットの心音測定
本新生児用ピエゾセンサー方式心拍呼吸モニターシステムは心疾患診断への応用を目指すものであるが、異常心音の発生メカニズムを検討するための心音解析は生理学実験(動物実験)による心音波形解析と並行して行なうことが重要であることから、大動脈弓横行部狭窄(TAC : Transverse Aortic Constriction)による圧負荷モデルラット(TAC ラット)を用い小動物用ピエゾセンサーを用いた心音測定および解析を行なった。
3.結果
3.1 心疾患を持つ新生児心音の解析
新生児用ピエゾセンサーCHR-1 を用いて心拍・呼吸記録を行なったNICU 新生児13 名のうち患児4以降10 名は表1 に示すような心疾患を持つ患児であった。それぞれの患児において記録されたピエゾセンサー信号は、信号解析ソフト上で15、30、70Hz 高域通過RC フィルター(一次および3次)および100、140Hz ベッセルフィルター(8次)処理し、生波形とともに並べて解析を行った。(図3)
心疾患の無い患児のデータ(A)においては明瞭に大きい1 音、2 音とそれ以外の小さい信号強度の期間とのコントラストが大きいが、心疾患患児(B-D)のデータは生波形およびフィルター処理波形においてそれぞれA とは異なる心疾患に対応した信号波形パターンが認められた。患児BはAVSD(房室中隔欠損症)およびPH(肺高血圧症)を有し、30Hz 以上の高域帯の心音信号において2音の亢進が顕著である。患児C はVSD(心室中隔欠損症)を有し、全収縮期雑音が生波形を含め全てのフィルター処理波形において観測された。患児D はAVSD(房室中隔欠損症)を有し、心臓の収縮期・拡張期の全域にわたるノイズが15Hz-RC フィルター以上の高域帯の心音信号において顕著に認められた。以上の結果から、ピエゾセンサーにより新生児心疾患に対応する心雑音の他、特徴的な低周波数帯域の心音情報が得られることが分かった。
3.2 PC マイク入力インターフェース
ピエゾセンサーの出力信号は測定装置の入力インピーダンスに大きく影響を受けるため、適切な入力インピーダンスを持つバッファアンプを介在させることが望ましい。バッファアンプのための電源はUSB コネクタから供給し、そのUSBコネクタとバッファアンプを一体化し、バッファアンプ出力をマイク端子に接続するミニジャックを具備する構成とした。本構成により極めてコンパクトなPC マイク入力インターフェースを実現することができた(図4)。
3.3 Mic 端子入力方式心音表示ソフトウェア
ユニークメディカル社が開発したMic 端子入力方式心音表示ソフトウェアのコンピューター表示画面デザインを図5に示す。4本のトレースは、最上段のピエゾセンサー信号生波形とそれに任意のフィルター処理を施した波形3本を並列に表示したものである。画面右下のコントロールパネルは、周波数フィルター条件、時間軸条件などを設定するためのもので、画面表示、非表示を選択することができる。
3.4 心不全モデルラット実験
心不全モデルのTAC ラットを作成しピエゾセンサー記録を行う動物実験の結果、上行大動脈内圧が高血圧(負荷)になることにより予想される2音振幅の増大が起こることが確認された(図6)。
4.まとめ
以前から継続していたピエゾセンサーによるNICU新生児の非侵襲的心拍・呼吸モニタリングに関する論文を、本研究期間中に外国雑誌“Neonatology”に投稿し、掲載・出版された。本研究においては、コンピューターのマイク入力を利用する新規な構成の新生児用ピエゾセンサー方式心拍呼吸モニターシステムの試作が完成した。このシンプルなピエゾセンサー方式心拍・呼吸モニターはNICU新生児を対象とするばかりではなく、多方面への応用の可能性を持つものと考えられる。心雑音の解析による通常の心疾患診断の他に、我々は新規な着想に基づく低周波帯域の心音を利用した心疾患診断を提案しているが、本研究においてその可能性の一端を示す情報を得ることができた。本研究によって開発した本システムのハードおよびソフト試作品は一定レベルにあると考えられるが、さらに改良を続け実用性の高いものを創出することにより医療・医学の分野に貢献することが期待される。