2015年[ 中谷賞 ] : 年報第29号

新たな赤色蛍光団の開発と蛍光プローブへの応用

研究責任者

花岡 健二郎

所属:東京大学大学院 薬学系研究科 薬品代謝化学教室 准教授

概要

1.はじめに
 『生命』を理解する上で、生きているままの状態で生命現象を見ることは、それら理解のために極めて重要である。蛍光イメージングは、このような観察を可能にする技術であり、特にその時空間分解能の高さから、生命科学研究において必要不可欠な技術となっている。一方、本研究の中心となる『蛍光プローブ』とは、観察する生体分子と化学反応することで、励起波長・蛍光波長・蛍光強度などの蛍光特性が変化する機能性分子のことであり、蛍光イメージングにおいて、無くてはならないものとなっている。近年、我々はキサンテン環の10位の酸素原子をケイ素原子に置換したケイ素置換キサンテン色素(図1)の開発及び、それを用いた赤色から近赤外光領域の蛍光を有する蛍光プローブの開発に取り組んでおり、これまでに数多くの独自の分子設計に基づいた蛍光プローブの開発に成功している。

2.研究成果
 蛍光プローブを用いることによって、近年、生物・医学領域において優れた成果が数多く得られている。2008年ノーベル化学賞にて「緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と開発」が受賞対象となったことからも、近年の蛍光イメージング技術の重要性が伺える1)。一方、これまでの蛍光プローブの開発研究において、如何に発蛍光をoff/on制御するか盛んに研究されてきており、多くの実用的な蛍光プローブの開発がされてきた2)~4)。本研究においては、新たな蛍光団自体を創製するとともに、それを基盤とした蛍光プローブ群を開発することによって、本研究分野を大きく進展させることを目的としている。また、従来汎用されている緑色波長(500~560 nm)領域の蛍光に留まらず、さらに長い赤色から近赤外波長(600 nm~900nm)領域に至る蛍光を発する蛍光団の創製を行った。それら長波長の光は高い組織透過性や低いバックグラウンド蛍光、低い細胞毒性を示すことから、培養細胞レベルだけでなく、より生きた動物に近い生体サンプルでの蛍光イメージングや、複数の蛍光色素を同時に用いるマルチカラーイメージングにおける一つのカラーウィンドウとしての利用が期待される。これまでに、赤色から近赤外波長領域の蛍光を発するケイ素置換キサンテン蛍光色素を開発するとともに、それを用いて赤色カルシウム(Ca2+)プローブ(CaTM-2)5)や赤色プロテアーゼプローブ6)、近赤外蛍光Ca2+プローブ(CaSiR-1)7)、低酸素環境を検出する蛍光プローブ8)など様々な蛍光プローブの開発に成功している(図2)。

3.研究内容1(新規蛍光団の開発)
 赤色から近赤外領域の蛍光団を開発するにあたり、新規蛍光団に求める条件として、①安定かつ高い蛍光量子収率を示すこと、②多数の誘導体の合成が容易にできること、③吸収・蛍光波長が生体応用において十分に長いこと、④高い水溶性かつ水中で強い蛍光を示すこと、を設定した。また、分子軌道計算などによる予測によっても一から新たな蛍光団を開発することは依然として難しい。そこで、ローダミン類(図3a)のキサンテン環10位の酸素原子をSiMe2に置換することで、キサンテン環上の*軌道およびSi–Me結合の*軌道が相互作用し、最低非占有分子軌道(LUMO)が安定化され、長波長化した蛍光団であるTMDHSに着目した(図3b)9)。また、これまでに同様に芳香族化合物にケイ素原子を導入することによって吸収波長(蛍光波長)が長波長化した例は、シロールやシラフルオレンなどにおいても報告されている10)~12)。つまり、これまでに蛍光プローブ開発に汎用されてきた緑色の蛍光団母核をテンプレートとして同様なケイ素原子の置換による分子設計戦略を用いることで、汎用性の高い赤色から近赤外光領域に蛍光を持つ蛍光団群を開発できると考えた。本稿では、具体的な開発例として、以下の二つを紹介させていただく。

3.1 赤色フルオレセイン類縁体
 代表的な緑色蛍光団である「フルオレセイン」( 図4aにはフルオレセイン類縁体であるTokyoGreen(TG)類を示す)は高い水溶性を有し、可視光での励起が可能であり、水中において高いモル吸光係数、高い蛍光量子収率など様々な利点を有しており、生命科学研究のみならず幅広い分野で利用されている。蛍光プローブにおいても、フルオレセインを母核とした多くの蛍光プローブが実用化されている。また一方、このようなフルオレセイン骨格を用いて開発された蛍光プローブは全て緑色光の波長領域に蛍光波長を有するため、例えば、汎用される緑色蛍光タンパク質GFPを発現させた細胞、動物に応用することや、他の緑色蛍光プローブとの共染色を行うことは難しい。そのため、汎用性が高く更に長い蛍光波長を有する新たな蛍光団を開発することで、蛍光プローブの開発研究の分野を大きく進展させることを期待した。そこで我々は、フルオレセインのキサンテン環10位の酸素原子をケイ素原子に置換した蛍光団である新規蛍光団「TokyoMagenta(TM)類」を合成した(図5)。合成したTM類は、フルオレセインの化学的特性を持つと共に、水溶液中で赤色蛍光を有し(図4b)、その吸収、蛍光スペクトルはフルオレセイン誘導体であるTokyoGreen(TG)類と比較して期待通りに90 nmもの大きな長波長化を示した(図4c,d)。さらに、シロールとシクロペンタジエンの例と同様に10)、分子軌道計算によって2-Me TM と2-Me TG の最高被占分子軌道(HOMO)およびLUMO エネルギーレベルを計算した結果(図4e)、以下の3つの要因により長波長化が起きていると考えられた。1つ目に、2-Me TG のLUMOに着目すると、キサンテン環10位の酸素原子上の孤立電子対とキサンテン環のπ*軌道は反結合性相互作用を起こしLUMOエネルギーレベルを上昇させている。一方で、2-Me TM ではキサンテン環10位の酸素原子を孤立電子対を持たないケイ素原子に置換しているため、このようなLUMOエネルギーレベルの上昇が生じない。2つ目に、2-Me TM のLUMOに着目すると、環外Si-CH3結合のσ*軌道とキサンテン環のπ*軌道とが結合性相互作用を起こしLUMOエネルギーレベルの安定化を引き起こしている。3つ目に、電気陰性度の高い酸素原子を電子陰性度の低いケイ素原子に置換することで、2-Me TM のHOMOエネルギーレベルは2-Me TG と比較して上昇している。以上3つの効果によってHOMO-LUMOエネルギーギャップが小さくなり、2-Me TM の長波長化が起きたと考えている。このようにTM類は、600 nm付近の赤色光領域に吸収、蛍光波長を持つ蛍光団であり、さらに、その分子構造から古くから研究されてきたフルオレセインを用いた蛍光プローブの分子設計原理をそのまま適用可能となるポテンシャルを持っている。
 一方、このような新たな蛍光団を開発した場合、これまでにない新たな光学特性を見出すことがある。例えば、TM類の光学特性を精査する中で、それらに特徴的な光学特性を見出した。2-Me TGおよび2-Me TMにはpH依存的にアニオン型、ニュートラル型の化学平衡が存在し、アニオン型は強蛍光性、ニュートラル型は弱蛍光性を示した(図6a)。それら構造変化に伴う最大吸収波長の変化は、2-Me TGでは53 nmであるのに対し、2-Me TMでは111 nmと非常に大きな値を示した(図6b)。この結果から、構造変化をスイッチとすることで、高いS/Nを示す蛍光プローブの開発が可能であると考えた。そこで、このような蛍光プローブの分子設計が可能であるかを検証するため、-ガラクトシダーゼの基質となる蛍光プローブ、2-Me TM βgalの設計、合成を行った(図7a)。合成した2-Me TM βgal の吸収スペクトルは2-Me TM のニュートラル型のスペクトルと類似しており、-ガラクトシダーゼとの酵素反応によって吸収波長は大きな長波長化を示した(図7b)。さらに、アニオン型での最大吸収波長によりプローブを選択的に励起することで、酵素反応前後での大きな蛍光強度の上昇を達成することに成功した(図7c)。このように励起波長を適切に選択することでアニオン型のプローブのみを選択的に励起することができたのは、アニオン型とニュートラル型とで111 nm もの非常に大きな吸収波長の違いがあったためである。さらに、2-Me TM βgalをHEK293-ガラクトシダーゼ高発現細胞 (lacZ+)および非発現細胞(lacZ–)にロードしたところ、高発現細胞からのみ強い蛍光が観察された(図7d,e)。

3.2 赤色ローダミングリーン類縁体
 さらに我々は、本研究の更なる展開を目指し、フルオレセイン以外の蛍光団についても本分子設計法による蛍光団の長波長化を行った。具体的には、汎用されている緑色蛍光団の一つであるローダミングリーン(RG)(図8a)に着目し、RGのキサンテン環構造の10位の酸素原子をケイ素原子に置換することによって、新たな赤色蛍光団SiR600を開発した(図8b,c)6)。この赤色蛍光団である2-Me SiR600は赤色領域である613 nmに蛍光極大波長を持ち、RGと比較して約90 nmの吸収、蛍光波長の長波長化に成功しており、さらに大きなモル吸光係数および高い蛍光量子収率を示す実用的な蛍光団であった。さらに、開発した赤色蛍光色素2-Me SiR600の光学特性を精査したところ、キサンテン環のアミノ基(図8bの矢印のアミノ基)をアセチル化することで吸収波長が93 nmもの大きな短波長化を示すことを見出した。つまり、この光学特性を利用することによって2-Me SiR600を母核とした赤色プロテアーゼプローブの分子設計が可能であると考えた。具体的には、2-Me SiR600のアミノ基にペプチド鎖が結合した状態ではプローブを593 nmの励起光で励起した場合、プローブはその波長領域には吸収を持たず蛍光を発しないが、プロテアーゼによりペプチド鎖が切断されることで吸収波長が長波長化し、強い赤色蛍光を発するようになると考えた。
 実際に本分子設計法を用いて、アポトーシスに関与するカスパーゼ3の酵素活性を検出する蛍光プローブの開発を行った(図9a)。2Me SiR600のアミノ基に、カスパーゼ3により認識、切断される配列であるZ-DEVDペプチドを結合させた蛍光プローブの吸収波長は、期待通り88 nmもの大きな短波長化を示し、593 nmの励起光の照射では無蛍光性であった(図9b,c)。一方、カスパーゼ3を添加して酵素反応を行ったところ、吸収波長の長波長化とともに反応の前後で432倍もの大きな蛍光上昇を示し、高感度にカスパーゼ3活性を検出できることが分かった(図9b,c)。

4.研究内容2(蛍光プローブの開発)
 このように、本研究で用いた蛍光団の長波長化ストラテジーは、フルオレセインやローダミングリーンなど様々な蛍光団へと応用可能であり、また同時に長波長化した際、単なる長波長化だけでなく新たな光学特性が見出されるなど、蛍光プローブの開発研究に大きな進展をもたらしている。さらに、これら蛍光団を用いて様々な蛍光プローブの開発も可能であり、以下に、最近我々が開発に成功した赤色カルシウム蛍光プローブと低酸素を検出する蛍光プローブについて紹介する。

4.1 細胞質におけるカルシウムイオン変動を可視化する赤色蛍光プローブ5)
 カルシウムイオン(Ca2+)は、生体の枢要なセカンドメッセンジャーとして多くの生命現象に関与し、細胞内Ca2+濃度の変動は様々な生体応答を惹起している13)、14)。その挙動の解析には蛍光プローブを用いた蛍光イメージングが有用であり、それによって現在までに多くの生命現象を解明してきた。本研究においては、新たな赤色蛍光Ca2+プローブの開発を行った。プローブを開発するにあたり、応用性の高いCa2+プローブの条件として以下の二つの特性が重要であると考えた。それは、高い蛍光量子収率を有すること、及びCa2+プローブのアセトキシメチルエステル体(AM体)体(細胞膜透過性体)を細胞にロードした際にプローブが特定の細胞内小器官に局在しないことである。そこで、これら特性を有した赤色蛍光Ca2+プローブの分子設計を行った。具体的には、TM類を蛍光団母核として、高いCa2+選択性を示すキレーター構造であるBAPTA(1,2-bis(o-aminophenoxy)ethane-N,N,N’,N’-tet raacetic acid)構造を組み合わせることで、赤色蛍光Ca2+プローブCaTM-2をデザイン・合成した(図10a)。CaTM-2はCa2+濃度に依存的な蛍光強度の上昇を示し、高濃度Ca2+存在下での蛍光量子収率が0.39と強い蛍光を示し、一方で、Ca2+非存在下での蛍光量子収率は0.024と蛍光量子収率の変化は16倍と大きな値を示した(図10b)。発蛍光メカニズムとしては、Ca2+非存在下においては光誘起電子移動(Photoinduced electron transfer; PeT)によって蛍光の消光が起こり、BAPTA構造部位にCa2+が配位することで、これが解消していると考えている。
 さらに、CaTM-2の開発にあたって、蛍光団TMに電子求引基であるCl基を導入した蛍光団、dichloro TokyoMagenta(DCTM)を蛍光団母核として利用した(図11a)。Cl基を蛍光団に導入する利点としては、TM類にはpH依存性があり、前述の通り、アニオン型に比べニュートラル型では吸光波長が大きくブルーシフトする特性がある(図11b)。この特性により、TM類は塩基性条件下に比べ生理的条件下(pH7.4)では蛍光強度が小さくなる。一方、DCTMを母核としているCaTM-2のpKaはTM類のpKaに比べて大きく酸性側にシフトしており、生理的条件下においても大きな蛍光シグナルを示すことができる(図11c)
 さらに、CaTM-2のAM体を培養細胞へと応用した。細胞膜透過性体であるCaTM-2 AMをHeLa細胞にロードしたところ、細胞質全体からCaTM-2の赤色蛍光が観察された。そこで、ヒスタミン刺激による細胞内のCa2+濃度上昇のイメージングを行った結果、細胞質でのCa2+濃度の変動を蛍光強度の変化として観察することに成功した(図12a–c)。一方、ミトコンドリアに局在することが知られている既存の赤色蛍光Ca2+プローブRhod-2 AM(図10c)を用いて同様の実験を行ったところ、予想に反して刺激を加えていない状態では目立ったプローブの局在は観察されなかったが、ヒスタミン刺激を加えることで既存の報告と同様にミトコンドリアからの強い蛍光が観察された(図12d–f)。

4.2 低酸素環境を検出する蛍光プローブ8)
 低酸素環境とは、生体内において血流の遮断やエネルギー代謝の異常により酸素濃度が低下した環境のことであり、低酸素と関連した数多くの疾患が報告されている15)。1990年初めにSemenzaらにより低酸素環境下において活性化される転写因子、HIF(Hypoxia Inducible Factor)が報告されて以来16)、低酸素ストレスは盛んに研究されるようになった。そこで、簡便かつリアルタイムに低酸素環境を検出する蛍光プローブの開発を行った。
 プローブ設計において、低酸素環境の感受性部位として芳香族アゾ基に着目した。芳香族アゾ基は低酸素環境下において還元酵素群により一級アミンへと還元的開裂を受ける17)。また、アゾベンゼンに代表される芳香族アゾ化合物は一般的に無蛍光性である。この理由としては、アゾ化合物は光励起後にピコ秒レベルという早い時間スケールでシス‒トランス異性化が進行し、ナノ秒オーダーの蛍光放射過程に比べて優先的であるため、励起状態から無輻射的に基底状態に戻るためと報告されている18)。また、蛍光団としては、強蛍光性色素であるローダミン色素である2-MeRGおよび2-Me SiR600を用いた(図8)。これら蛍光色素は吸収および蛍光波長がそれぞれ500nmおよび600 nm付近に存在し、蛍光顕微鏡の緑色および赤色の観測ウィンドウに適した蛍光色素である。これら蛍光色素のキサンテン環上に存在するアミノ基の一つをアゾ基へと変換させた誘導体であるアゾローダミン類(MAR及びMASR)を合成し(図13)、それら光学特性を調べたところ、期待通りに両プローブ共に無蛍光性の色素となることが分かった。さらに、in vitro 及びin vivoでの検討の結果、低酸素環境下でのみ生体内の還元酵素によって還元され、強い蛍光を示すことが分かった。
 図14 には、生細胞イメージングの結果を示す。各蛍光プローブをA549細胞に対しそれぞれ1 μM負荷した後、常酸素環境下及び低酸素環境下(酸素濃度0.1 %)にて6時間培養し、蛍光顕微鏡にて蛍光観察を行った。その結果、MAR及びMASR共に低酸素環境下にて培養した細胞においてのみ、細胞内から強い蛍光が観察された。さらに、酸素濃度を細かく変化させ、それぞれの低酸素応答性を精査したところ、両者の低酸素感受性には違いが観察された(図14)。具体的には、MASRは酸素濃度1 %以下の厳しい低酸素環境下で蛍光上昇を示したのに対し、MARは5 %程度のマイルドな低酸素環境下においても有意な蛍光上昇を示すことが観測された。

5.まとめ
 本研究において、医学・生物学研究に重要とされる蛍光プローブの開発研究に新たなアプローチを提案することに成功したと考えている。つまり、新たな蛍光団の開発という切り口から蛍光プローブの開発研究に取り組むことで、本研究分野に新たな展開を与えることができたと考えている。特に赤色から近赤外蛍光という波長領域に着目することで、in vivoイメージングやマルチカラーイメージングといった観点から蛍光イメージング研究に大きく貢献することが期待される。さらに、蛍光団を開発する際、同時に新たな光化学的特性を見出すことがあり、それによって新たな蛍光プローブの分子設計法だけでなく、これまでには検出できなかった生体分子や生命現象を可視化できる蛍光プローブの開発につながる。今後、このような有機小分子の精密設計による蛍光プローブの開発研究を更に進展させ、生命科学研究のみならず、創薬研究に繋げていくことを目指していく。