2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

新しい抗生物質を生みだせ!!~放線菌から新しい抗生物質をつくる~

実施担当者

跡部 弘美

所属:福岡県立福岡高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 わが生物部では以前より納豆菌や大腸菌、土壌細菌などを培養して、熱に対する耐性やワサビやショウガに対する耐性を調べてきた。
 一昨年4月からは先輩から受け継いだ培養方法を生かして土壌中の放線菌を単離し、培養を行いはじめた。土壌には多くの放線苗が生息している。そこから、放線菌を単離してこれまでにない抗生物質を見つけてみようと思った。放線菌は赤や黄色など色のついたコロニーをつくるものも多いので区別がつきやすく、単離して培養しやすい。
 放線菌のつくる抗生物質で最も有名なのはストレプトマイシンだ。この抗生物質は結核菌を殺す。この抗生物質が見つかったことにより結核菌は不治の病ではなくなった。このように抗生物質で多くの病気を治すことができる。もしかしたら、私たちが見つけた抗生物質で病気を治すことができるかもしれない。
 実験を開始してしばらくしたとき大村智氏が放線菌のつくった抗生物質の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞され、一気に放線菌が注目を浴びた。私たちはますます放線菌に魅力を感じ、今年も研究を続けることにした。


2 実験
2-1 実験の背景
 サイエンスZEROに出演されていた広島工業大学の越智幸三教授に相談したところ、リファンピシンという抗生物質の存在を教えていただいた。リファンピシンは、ストレプトマイシンと同じく放線菌が合成する結核菌に効く抗生物質だ。結核患者に併用されている。リファンピシンはRNAポリメラーゼに直接作用して転写の開始反応を阻害し、抗薗力を発揮する。しかし、その耐性菌が存在し、それはRNAポリメラーゼに突然変異が起きた株だ。その株はRNAポリメラーゼの立体構造が変化しているため、リファンピシンが作用できなくなって転写を阻害されなくなった。つまり、RNAポリメラーゼの立体構造が変化しているため今まで転写を開始していた遺伝子ではない遺伝子の転写を開始する可能性のある株であると考えられる。眠っている抗生物質の遺伝子を目覚めさせる鍵になるかもしれない。
 そこで、放線菌のリファンピシンの耐性菌を探し、その中から今まで合成していなかった抗生物質を合成する放線菌を探し出すことにした。
 培地も放線菌が抗生物質を合成しやすいGYM培地にし、阻止円をつくらせる原核生物も、阻止円をつくりやすい無毒化した黄色ブドウ球菌で、放線菌が生育しやすい30℃で実験を行う。また、越智幸三教授の研究室から、放線菌の株を提供していただいた。

2-2 実験の方法
① 放線菌の中から抗生物質を合成していない株を選び出す。
・GYM培地に1種類の放線菌を塗布し、6日間30℃で培養する。培養した培地を滅菌した試験管で培地ごと丸くくり抜き、無毒化した黄色ブドウ球菌を塗布した標準培地の上に置いて24時間培簑する。阻止円ができたものは抗生物質を合成している株。阻止円ができなかったものは抗生物質を合成していない株ということになる。抗生物質を合成していないことが確認できた株だけを②の実験に進める。

② 抗生物質を合成しない放線菌の株をリファンピシン培地に塗布して、生育するリファンピシン耐性菌を選び出す。
抗生物質を合成しないことを確認した放線菌をリファンピシン培地に塗布する。3~5日間30℃で培養し、コロニーをつくったリファンピシン耐性苗を別の培地に植え換えることで単離する。

③ リファンピシン耐性菌を単離し、その中から新たに抗生物質を合成するようになった株を選択する。
 RNAポリメラーゼの遺伝子に突然変異が起こることで、リファンピシン耐性菌となった株は、この変異したRNAポリメラーゼによって眠っている抗生物質の遺伝子を目覚めさせる可能性をもつ。そこで、リファンピシン耐性菌を用いて、再び阻止円の実験を行った。
 1つのリファンピシン耐性菌のコロニーを1つのシャーレに広げて単離する。滅苗した試験管で丸くくり抜き無毒化した黄色ブドウ球菌を塗布した標準培地の上に置き、阻止円をつくるかどうか調べ、抗生物質を新たに合成し始めた株を探し出す。

2-3 実験の結果
① 抗生物質をつくる株○、つくらない株×(数字は株番号)

(注:表/PDFに記載)

② ①で抗生物質をつくらなかった株の中で,リファンピシン培地でコロニーをつくったものの中で新たに抗生物質をつくようになった株○、抗生物質をつくるようにならなかった株×

(注:表,図/PDFに記載)


3 考察
 この実験により、抗生物質を今までつくらなかった放線菌が突然変異によって抗生物質をつくるようになったことから、放線菌のRNAポリメラーゼが変異したと考えられる(医3)。RNAポリメラーゼが変異することで、今まで眠っていた抗生物質をつくる遺伝子が目覚め、抗生物質をつくり出すようになったと考えられる(図4)。また、いままでにはない抗生物質をつくりだすことができると考えられるため、薬学分野での応用が期待できる。

(注:図/PDFに記載)


4 今後の課題
 今回、上記の表からわかるように菌の種類によってリファンピシン培地にコロニーをつくる菌の数が多かったり少なかったりというようなバラつきがみられた。ほかに放線菌の種類によるリファンピシン耐性の違いについて調べる必要がある。また、結果で抗生物質をつくった菌は抗生物質をつくる頻度が多いのか、抗生物質をつくらなかった菌は抗生物質をつくる頻度が低いのか、ということも詳しく調べていく必要がある。そして重要なのが、この実験では真核生物での阻止円の実験をおこなっていないため、真核生物でも同様の阻止円の実験をおこなうことである。


用語解説
・放線菌…土壌中やその他自然界に広く分布する原核微生物で,糸状の薗糸が放射状に伸びる細薗。病原性を示すものもあるが,抗生物質をだすものがある。
・抗生物質…微生物が産生し、ほかの微生物など生体細胞の増殖や機能を阻害する物質。
・阻止円…寒天培地に置いた抗生物質を含む丸くくりぬいた培地のまわりで黄色プドウ球菌の繁殖が抑制され、菌が繁殖していない円形の部分。
・GYM培地…水200ml・グルコース0.8g・イーストエキス0.8g マルトエキス2.Og・Nz amineO.4g・寒天4.Og・NaOH2滴(pH調節)
・標準培地…水200ml・ペプトン1.Og・イーストエキス0.5g・グルコース0.2g・寒天2.8g
・リファンピシン…細菌のRNAポリメラーゼに直接作用してRNA合成の開始反応を阻害することにより抗菌力を発揮する。この実験では放線菌のRNAポリメラーゼが突然変異し、今までは発現していなかった遺伝子を発現するようになった株を見分けるために使用。GYM培地にリファンピシンを400μl添加したものをリファンピシン培地とよぶ。
・黄色ブドウ球菌…この実験では阻止円の実験のために無毒化したものを使用。