1998年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第12号

新しいガンマ線検出器カドニュウム亜鉛テロライドを応用した循環・呼吸計測用ポータブル装置の開発

研究責任者

川上 憲司

所属:東京慈恵会医科大学 放射線医学教室 教授

研究責任者

牧野 元治

所属:国際医療福祉大学 放射線・情報科学科  教授

概要

1.動機
小型半導体検出器を用いて核医学での呼吸及び血流の流れを測定したのは,故川上教授等1)が10数年前に日本で始めて,アメリカのRMD社製のカドニュウム・テロライド(CdTe)を使用したことであった。当時の検出器は1mmないし2mm程度の試作品で,BNCのコネクターに埋め込まれたものであった。数個の検出器を特定の器官の関心領域に配置し,経時的な放射能の変化を数個のチャートレコーダーを走らせて,変化を観察したものであった。当時のCdTeの製品は高価にも関わらず,粗悪であって1年以内に使用が出来なくなった。
しかし最近になって新しい検出器カドニュウム亜鉛テロライド(CdZnTe)が開発された。CdTeとCdZnTe検出器は本質的には同じであるが,CdTeのCdの部分に10%~20%の亜鉛を混入する事によって両者の違いは,はっきりしている。CdTe検出器は次の欠点がある。1)小さいものしかつくれない。2)リーケジ電流が大きい。3)ポーラリゼーション(編極)の効果が起こる。これは高速カント・レートの時,あるいは時間の変化につれて,ピークの位置が移動する。4)比較的高価である。5)バンド・ギャップが高くないと云うことである。これに比べてCdZnTeは1993年頃,偶然ロシアの研究所で発見されたものであるが,比抵抗がCdTeに比べて100倍程高い。それゆえリーケージ電流が極めて小さく,低エネルギーガンマ線,X線検出器に向いている。大きなサイズの検出器が可能である。値段が比較的安い。またバンド・ギャップと比抵抗が高いので高温での使用が可能である。2)次の表1にNa(1),Cs(1),CdTe, CdZnTeの実効原子番号,密度,バンド・ギャップ,比抵抗を示す。
今回使用したCdZnTe検出器はeV Product社製品(USA)の10mm×10mm×3mmの大きさの検出器でAm-241からの50keVのγ線とCo・57からの120keVにたいするエネルギースペクトルを図1と図2それぞれ示す。FWHMが5.3%と3.6%とNa(1)の10数%と7%に比べてはるかによいことが解る。
2.現在の核医学検査:現在核医学の循環・呼吸計測ではガンマカメラ又はSPECT(Single Photon Emmision Computed Tomography)を用いて心臓,肺,肝臓,甲状腺,脳等の各器官上にカメラを配置するか,カメラを患者の周りに回転させて,平面上の断面をコンピュータにより画像再構成させることにより,部位を設定し経時的な変化を求めるものである。
核心臓医学の測定ではアイソトープTl-200(タリューム)は化学的にK(カリウム)と同様に心筋細胞に取り込まれる。それ故心筋シンチグラフィでは梗塞部位はTl-201が摂取されないため,欠損像として抽出される。しかるにTc-99m(テクネチウム)を標識した赤血球(RBC)の薬品は静注後,赤血球に暫く止まり平衡状態に達する。ガンマカメラを胸部の部位を設定し,R-R間隔が一定の場合(不主脈の無い場合)n等分したデータをリアルタイムで順次1からnまでの領域に分けて収集する(フレームモード)。それに対して通常10ミリ秒間隔で画像と心電図信号を収集し,収集終了後..間隔の一定のもつものを選び出す(リストモード)。
この様な心拍同期心プールによる左室の動的機能の解析はR-R心拍内の左室容積曲線より左室駆出率,最大駆出速度,最大充満速度等が得られる事である。
3.本研究の目的:ガンマカメラやSPECTは現在検査になくてはならない装置であるが,第一に大変高価である。第二に非常に大型の装置である。それ故測定部位は小さいより大きい部位を診断する事であって,局所的な経時変化は効率が悪くそれに向いていない。それに反し小型半導体検出器は小型で軽く,大きな場所を必要とせず,各器官の特定の局所に一つ以上の検出器を多く配置が可能であり,時間的に同時に数チャンネルの経時的変化の測定が可能である。
この研究の目的の一つは左室の動的機能の解析を大きなガンマカメラを使用せず,小型ガンマ線検出器を用いて行う事である。特にシステムの小型と軽量化を計り,携帯型の左室心駆出率を数時間にわたって,自由に歩行や運動を行い得るホルター型の携帯用心駆出率測定装置の開発である。システムの全重量は2キログラム前後であるが,今後も軽量化に務めるよう研究を続ける。
システムの構成
システムは2部門より構成されている。アナローグの部門とデジタルの部門である。アナローグ部門では検出器の小型プロープからプリ・アンプ,主アンプを経て,デスクリメターでパルス出力となり,コンピュータへと接続される。ECGプローブからの信号はアンプで増幅され,出力はコンピュータのADCへと接続される。デジタルの部分ではCPUは8086を基本としたマイクロプロセッサーで,クロック周波数は14MHz,PCMCIA(PCカード)を2スロット持ち,それに16ビッツのA/D変換器と16ビッツのカンターからなっている。データ収集間隔は8ミリ秒で1サンプルに4byteを要し,4MB(2×2MB)PC一カードで2時間と20分が可能である。
1.アナローグ部分:心駆出率の測定には20~25mCiのTC-99mRBCの薬品を右腕から静注し,検出器は左室での血液の流れを測定する故,測定されるTC-99mからの140KeVのガンマ線は左室以外からは排除されねばならない。その方法としてはコリメーターの使用である。それ故プローブは直径50mm,高さ3cmにアルミのケース内に長さ5mmの鉛の単孔型のコリメータと,10x10x3mmのCdZnTeの検出器を厚さ3mm,外形25mm内の鉛の遮蔽で覆われてい部分を含み,電荷有感前置増幅器も内臓している。図3にはコリメーターの大きさと内臓のCdZnTe検出器とコリメーターの実測された感度曲線を示している。
次にメイン・アンプは2段のアクテブ・ブイルターを用いたガウス分布型のアンプで,ハイカントレートが予測される故バイポーラ出力とした。カントレートに依存する増幅器の直線性を決定する方法として,20mCuのTc-99mを検出器から50cm程離れた配置し2分間隔に1分間計測し,コンピューターコントロールによって24時間観測した結果を逆にカント数と時間から放射能を計算し,プロッタしたのが図4である。Tc-99mは半減期が6時間であるから24時間では16分の1に放射能が減衰するからである。50000CPSでは25%のカントを失うが,12000CPS当たりからほぼ100%数えることができ,数え落しは無くなる。
SCA(Single Cannel Analyzer)は高速カンテング,軽量,低電力を考慮してデスクリメーターだけとした。
ECG信号は市販の簡易型ポータブル装置で液晶表示のため,少し重く現在は使用しているが,将来は軽量のシステムに取り替えるつもりである。ADCが正の信号だけなので,正のオフセット電圧を加算し変換を行っている。
供給電圧は±9ボルトで,1.3Ampのリチウム・イオンを2本使用し,1つはアナローグ用,他はテジタル用に供給している。アナローグ用±9ボルトの電圧はDGDCコンバーターを使用して供給している。電池の使用時間は1時間半の負荷に対して充分供給出来る。検出器用バイアス電圧は5ボルトからブロッキングオッシレータのインバーターで高圧電源を得ている。使用電圧は300ボルトである。電流は殆ど流れないので,乾電池で長時間使用が可能である。
2.デジタル部門
ハードウェア構成:このデータ収集装置のハードウェア構成を図Aに示す。収集したデータの受け渡しの簡便さを考慮して,ここではPCMCIAインターフェースを持つボードコンピュータを利用した。このインターフェースに2MBのS-RAMカードを差し込みデータを保存する。データを保存したカードはPCMCIAインターフェースを持つノート型のパーソナルコンピュータで読みとれる。必要な解析はそのコンピュータ上で行なえる。
使用したボードコンピュータはMEIKO社製のCWP-001である。ROM中にNovell社のDR-DOSを格納している。ボードにはスタンドアロンでの使用が可能なように,キーボードと,CRTのインターフェースが用意されている。開発時にはこれらの装置を使用する。また,システムバスとしてISAバス互換の信号線を有している。試作したデータ収集装置では,このバス信号を用いてインターフェースしている。指令スイッチは,可搬型装置として使用するときにボードコンピュータに指令を与えるために必要である。
データ収集のためのインターフェース回路の仕様を表2に示す。この装置ではアナログ信号であるEGC信号と,ディジタル信号である線量数パルスと心拍同期パルスを扱えるようになっている。
インターバルタイマの同期は8msに固定であり,このサンプリング同期でデータを入力する。A/D変換器はユニポールであるため,ここではEGC信号にオフセットを加え12ビットに変換している。線量カウンタには12ビットの同期式カウンタを用いている。カウンタはリセットせずに,数え放しで計数する。このため212カウント毎に0に戻るが,この補正はソフトウェアで行うことにした。
カウンタへの線量パルスの入力とコンピュータのデータ取り込みのタイミングは非同期のため,同期をとるための回路やカウント値を一時的にラッチしハザードの発生を押さえる回路が組み込まれている。
3.開発環境
使用したボードコンピュータには,MS-DOS(マイクロソフト社)と互換性のあるOSが組み込まれている。また,PCMCIAに挿入するS-RAMカードには,ノートパソコン等でアクセス可能なファイル形式で保存できる。そのため,プログラムの開発や収集データの転送等が簡便に行える。
データ収集のためのソフトウェアはC言語を用いて開発した。この開発は,パーソナルコンピュータを用いたクロス環境で行うことも可能である。また,図Aに示したようにボードコンピュータにはキーボードやモニタが接続できるので,セルフ環境での開発もできる。ここでは,デバックの効率を考慮したセルフ環境で開発することにした。
ソフトウェアの開発段階ではS-RAMを用いる。完成したプログラムコードはDR-DOSのコマンドを使いFLASH-ROMに記憶させることが可能である。このため,データ収集装置として運用する場合にはプログラムをROM中に格納することで,S・RAMカード全体をデータの記録用として使用することができる。
4.システムソフトウェア
用いたボードコンピュータのBIOS機能を使い,電源オンと同時に特定のプログラムを起動することができる。ここでは電源オンでデータ収集のためのシステムソフトウェアを起動することにした。このソフトウェアは起動するとすぐにコマンド入力待ちとなる。コマンドは,指令スイッチを用い4ビットのコードで入力する。現在サポートしているコマンドは表2に示した4種類である。コマンド1はS-RAMカード中のデータファイルをすべてクリアするコマンドである。コマンド2はデータの収集をスタートさせるコマンドである。S-RAM中のファイルを検索し重複しないファイル名で新たにファイルをオープンし収集データを格納する。ファイル名は"DATA.nnn"であり,"nnn"の部分に3桁の数字で番号が自動的に割り振られる。この番号で収集したデータが区別できる。データ収集モードにあるとき受け付ける唯一のコマンドとしてコマンド3がある。このコマンドはデータ収集を終了させるものであり,このコマンドにより開いたファイルがクローズされる。コマンド4はデータ収集装置としては必要ないものであるが,システムソフトウェアを終了しDR-DOSに戻すためのコマンドである。
図BにS-RAM中のデータファイルの保存形式を示す。有効にメモリを利用のするためにバイナリ形式とした。線量のカウント値とECGデータがペアとなって順に記録される。それぞれ16ビットである。なおカウント値のデータには,心拍の同期信号がサンプル間隔内に発生すればMSBをセットした形で記録される。
現システムではサンプリング同期は8msである。1サンプル当たり4バイトのデータ量である。2MBのS-RAMカードを用いることで約70分のデータ収集が可能である。
また,EGC信号のみでよければ2時間強のデータ収集が可能である。
5.サポートソフトウェア
データ収集装置でS-RAMカードに記録したデータは,カードをパーソナルコンピュータに差し込むことで収集と独立して処理できる。ここでは記録データをデータ解析プログラムに渡すための簡単なデータ形式を変換するプログラムと,データのチェックを行うための波形表示プログラムを作成した。このプログラムを使うことで臨床の現場で,簡単に測定システムや測定データのチェックを行うことができる。
データ解析
1.心拍から心拍の方法(beat to beat Method)高速フーリエ変換による:データ解析は3過程で行われた。初めは8ミリ秒ごとの左室からのカント数をメモリーに記録し,一定の期間例えば2分から5分の間の変化を記録する。終了後直ちにメモリーのPCカードをデータ・ロッガーのマイクロコンピュータから取り外し,ノート・パソコンにPCカードを接続し,プログラムを起動させ,データを経時的左室の能動的変化を表示させる。プローブが正しい位置に配置されていれば,左室駆出率の状態がどの程度であるかが推測できる。1心拍から駆出率は計算出来ない。何故ならば8ミリ秒でのカント数は100カント以下であるので,統計的に誤差が大きく多くの心拍数加算することによって心駆出率を計算する。beat to beatの方法では加算するための基準点が無く,その方法を研究せねばならなかった。その解決方法として高速フーリエ変換と自己相関関数を用いて心拍の始点と周期をデータ点から見いだすことであった。以下にその方法をのべる。データ点として始めから256点を選択し画面に表示させる。図4のAが心拍の出力点を表す。中心線は出力点の平均値を示す。これを軸として上下に周期的に振動する波を高速フーリエ変換によって,正弦,余弦項の常数を求める事によって,高調波の絶対値の最大の高調波数が,与えれた範囲の主周波数を表し,その周期が心拍の周期となる。図4でのBは正弦項の常数を表し,Cは余弦項の常数で,Dは得られた常数を用いて,計算された自己相関関数を表し,これより心拍周期と始点が決定出来る。
得られた周期から256点を10周期の区間を加算したのが,Eである。このE図から駆出率を求めるには以下の関係から求まる。
LVEF=(EDV-ESV)/(EDF-BG)
ここでLVEFは左室駆出率で,EDVは拡張末期容積,ESVは収縮容積を表し,BGはバックグランド・カントで通常EDVの60から75%であるが,全て一律にBGをEDVの何パーセントと決めることは出来ない。心プールから得られたEFを基準にして,その都度決めるべきである。
図4のAでの256点を,FFTから得られた1周期26点として10周期を加算した結果がEでEDVが152,ESVが127が得られるので,BGがEDVの70%としたとき駆出率は上式にこれらの値を代入して59%がえられ,73%のときは66%を得る。
2.R一波同期モード:この方法での解析はガンマカメラの心プールのリストモードと同じ解析方法である。ECGの信号からR一波の信号を取り出し(ゲート信号),経時上の位置を標識して,測定終了後ゲートの間隔に分類する。もし不整脈があれば分布は最も多く集まる分布から離れて分布されるので取り除く事が出来るが,その付近に分布する場合もし周期(心拍)がn点の間隔であれば,1/nの補正をおこなう。図5では測定された数分間のゲート分布のヒストグラムを示す。No.1からNo.10までのゲート分布である。No.6が最も多いのでこの周期を心臓脈拍とし(69BPM),これを中心に補正を行う。図6ではこれらの同期に対応するそれぞれの10の心駆出率のを表示したものである。図7では平均かされたEFで曲線は9次の多項式近似を表す。
3.ECGモード:ECG出力を同時コンピューターに取り込める装置は始めの計画では考慮さらなかったので,最近になって開発された故に,臨床データが少ないが,解析方法は基本的にはR一波ゲートの場合とほぼ同じである。然し次の様なECG出力の場合には有効といえる。図8ではECG出力のRがSTより低下する場合にはデスクリメーターは虚偽のゲート信号を造り出す。その結果虚偽の不整脈の効果となる。この様な場合を考慮して,ソフトの開発により避けることが可能である。
結語
携帯用心駆出率装置はアメリカのカペンテックス社のVESTは日本にも既に紹介されてきている。4〕5研18検出器をCdTeを用いた小型検出器9)10)やCsIとホトダイオードとの組み合わせの装置も開発された。nこれらは装置は小型でも解析のためのコンピューターはデスクトップで可成りの大きい。それに反して本装置では記録をPCカードの使用とノート型パソコンによるデータ解析によって結果が即座に得られるという即効性にある。今後の課題としてはプローブを左室上に安定に取り付ける装置の開発である。第ニウィンドウ上で動くプログラムの開発で,現在はDOS上でのプログラムであるからウィンドウへの変換をしなければならない。
出来あがった装置は全体の大きさが20×15×10cmで重さが2kgに近く,小型のリュックサイズに収まり,身軽に歩行や軽い運動が可能である。これからは臨床に用いて不備な点を改良していきたい。
おわりに,本研究を最初にてがけられた,故川上憲司教授のご冥福を心からお祈り申し上げます。