1996年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第10号

散乱光による粒子計測法を用いた血小板凝集機能計測器の開発

研究責任者

尾崎 由基男

所属:山梨医科大学 医学部 臨床検査医学講座 助教授

共同研究者

矢富 裕

所属:山梨医科大学 臨床検査医学 助手

共同研究者

佐藤 金夫

所属:山梨医科大学 臨床検査医学 教務職員

概要

1.序言
血小板は血栓止血に重要な役割をはたしており,血小板数が減少している場合や血小板機能異常症では重篤な出血傾向を示すことが多い。一方,近年糖尿病,心筋梗塞,脳血管傷害などの血栓形成性疾患が増加しつつあるが,血小板は病的血栓形成の原因の一つと考えられ,血小板機能の抑制作用を示すとされる薬剤が次々と開発されている。このように血小板機能が重要な役割を果たすことが推定される疾患において,血小板機能を測定することは臨床上有能な情報を与えると思われる。
2.従来の血小板凝集計の弱点
血小板の生体における最も基本的な機能としては,粘着と凝集が起きることである。血小板同士の付着の状態を判定する血小板凝集能は,この基本的な現象を定量的に測定する方法として最も普及している。血小板凝集能の検査法として,臨床的に広く行われているのは,一血小板浮遊液の光透過性を測定し,血小板凝集の程度を測定する吸光度法である。吸光度法は,1962年Born等により考案された方法であるが,それまで簡便で定量性をもつ血小板機能測定法がなかったためか急速に広まり,この方法はこの30年間広く臨床応用されてきた1・2)。しかし,最近では血栓形成傾向を示す疾患の患者の診断,治療の判定に,どの医療施設でも血小板機能検査は余り行われなくなってしまった。患者の病態,治療経過などの臨床像と血小板凝集能の結果が異なることが実証されてきたからである。
血小板浮遊液の光透過性の変化を用いた血小板凝集能測定法の最大の難点は,血小板凝集塊の形成と光透過性の相関が悪いことである。例えば,adenosine diphosphateやエピネフリンなどの血小板凝集刺激物質をPRPに加えると,20秒後には単III小板の約70%が消失し,凝集塊の形成に関与していることが粒子計測法で証明されているが,光透過性でみるとほとんどこの時期は変化が認められない3)。また,刺激後40秒から60秒以降は単一血小板の数は減少しないのに,光透過性は4,5分後まで変化する4)。このように,光透過性(吸光度)の変化は凝集の有無を示すのではなく,小凝集塊が大凝集塊になるときに起こるのである。実際,顕微鏡で凝集塊の大きさを確認すると,数10個の血小板からなる凝集塊が多数形成されてもPRPの吸光度は変化せず,数千個の血小板からなる巨大凝集塊が形成されはじめて,吸光度が低下する。さらに,光透過性を用いた血小板凝集能測定では血小板凝集が欠如していた症例でも小凝集塊ができていたことが明らかにされ,やはり吸光度法は小凝集塊の形成を検出できないことが示された。
生体内では,血管病変部位における小凝集塊の形成が重要であり,また生体内で血小板を活性化する生理的血小板活性化物質の濃度は低いと思われる。PRPで大凝集塊を形成させるような強い血小板刺激物質に暴露することはまず生体内ではないであろう。血栓形成傾向を示す患者において,血小板が弱い刺激により小凝集塊を形成しやすいか,つまり血小板が活性化されやすいかどうかを判定することが臨床的に重要なのであるが,吸光度法ではこの点は判定できない。
吸光度法を用いた血小板機能測定法の欠点をふまえ,異なる方法で血小板凝集能を測定する試みが行われてきた。血小板浮遊液中に浸した二つの電極間に血小板の凝集塊がつくことを電気抵抗の変化で検出するインピーダンス法5),また粒子の大きさをコールターカウンターで測定することで血小板凝集塊,または凝集に関与しない血小板数を算定する粒子算定法があるが6),前者は,血小板凝集の初期状態の判定が困難であることなどにより,また後者は,手技が煩雑であることなどよりまだ臨床的に利用されている場合は少ない。
3.散乱光を用いた血小板凝集測定法の開発
そこで我々は前方散乱光による血小板凝集塊の検出を試みた。血小板より大きなサイズの粒子からの散乱光は,その径の自乗に比例し増加する7・8・9)。この原理はすでに,flow cytometer ( fluorescence-activated cell sortor, FACS)にて使用され,リンパ球,単球,赤血球,血小板等をそのサイズで分別するのに有用であることが知られている。血小板凝集塊は,細いノズルを通したり希釈しただけで影響を受ける可能性があり,FACSと同じ測定系を使用できない。そこで,通常の凝集計と同様な条件で血小板凝集をおこさせ,凝集塊よりでる散乱光を検出することにした。すなわち,円柱状のガラスキュベットに血小板浮遊液をいれ,37℃に保温しながらスターラーで掩絆する。半導体レーザー光を集光レンズにて約50μm幅のバンド状の光束にしたものをその血小板浮遊液の外側縁近傍に照射しな(図1a)。
(吸光度の変化を用いた血小板凝集計では光束をPRPの中心部に照射するが,散乱光を用いる場合は多重散乱をできる限り避けるため外側縁に照射したほうが望ましい。)多重散乱により凝集塊より出る散乱光が減弱するのを防ぐため,顕微鏡の対物レンズを応用した光学系により,光束のあたる部分にある約40x30x160μmの直方体8個に存在する血小板よりでる散乱光を測定した(図1b)。
血小板数20万/㎡のPRPを用いると,一個の直方体あたり40個の血小板が存在する計算となり,合計320個の血小板よりでる散乱光を測定していることになる。散乱光は,光軸より約45°方向にて測定し,10μsecごとの散乱光強度を1カウントとした。図2に,オッシロスコープ上に現れた散乱光強度の変化を示す。
血小板刺激剤投与前は,散乱光強度は低いものがほとんどであるが,刺激後は散乱光強度の大きいものが増加していることがわかる。単一血小板よりでる散乱光はほとんどが0.2V以下であり,0。2V以下の散乱光強度はバックグラウンドとして除去した。EGTAおよびRGDペプチドを用いて,この条件では,凝集を伴わない血小板の形態変化による散乱光強度の変化は検出しないことは確かめた。10秒ごとの散乱強度とそのカウント数を積算し,X軸に散乱強度,Y軸にカウント数,Z軸に時間経過を示したものが図3aに示した三次元グラフであり,血小板凝集にともなう散乱強度の変化がよくわかる。
視覚的にはよい一方,三次元グラフは定量的な比較が困難である。そこで,0.2V-2Vまでの散乱強度の総和(カウント数x散乱強度)と,2V以上の散乱強度の総和を用いた2次元グラフ(図3b)でも表示できるようにした。
血小板凝集塊のサイズ,数と散乱光強度がよい相関を示すことは,偏光顕微鏡下の判定及び血小板粒度分布計による凝集塊の測定により確認した。0.2V-2Vの強度を持つ散乱光は,主として2-100個程度の大きさの血小板凝集塊より発生し,2V以上の散乱光強度は,100個以上の大きさの血小板凝集塊よりでることが推測された。
4従来の光透過性を用いた血小板凝集計と,新しい散乱光を用いた凝集計の比較
次に,この新しい血小板凝集能測定装置と,従来の透過光を用いた血小板凝集計の比較をした1°)。すなわち健常人20名につき種々の濃度のエピネフリン,ADP,およびコラーゲンを用いて血小板凝集を測定し,二つの方法の相関を検討した。エピネフリン凝集は,従来の透過光を用いた血小板凝集測定では,健常人でもしばしば凝集が検出できず,血小板凝集能の正常異常の判定が困難な刺激剤とされている。我々の検討でも従来の凝集計では,高濃度のエピネフリンを用いても血小板凝集が認められない症例が多く存在した。一方,それらの検体を散乱光を用いた血小板凝集計で測定すると,小凝集塊に由来すると思われる低い強度の散乱光はかなり発生しているが,大凝集塊より発生する大きい強度の散乱光が認められなかった。つまり,従来の方法ではエピネフリンで血小板凝集が認められない健常人でも血小板活性化は十分に起きており,小凝集塊ができているが,大凝集塊に発展しないため,従来の光透過性を用いた機械では認識できなかったことが示唆される。
従来の血小板凝集計でエピネフリン凝集が認められる検体は,散乱光を用いた凝集計で強度の大きい散乱光を生じ,大凝集塊の生成が起きていることが示された。一方,低濃度のエピネフリン刺激においては二つの方法にかなりの差があった。すなわち,光透過性を用いた血小板凝集計では変化をほとんど認めない場合でも,散乱光を用いた血小板凝集計は小凝集塊に由来すると思われる低い強度の散乱光の発生を検出し,血小板が活性化されていることが判定できた(図4)。これらの結果より,散乱光を用いた血小板凝集能測定計は,従来の凝集計では判定できないような軽度の血小板活性化状態を感度よく判定できることが示唆された。
ADPやコラーゲンを用いた場合もほぼ同様であり,従来の光透過性を用いた血小板凝集計で凝集が認められる場合は,散乱光を用いた方法では大凝集塊に由来する散乱強度の大きい散乱光が生じた。しかし,より低濃度の刺激剤を用いた場合,散乱光を用いた凝集計のみが血小板の活性化を検出することがしばしば認められた。このように,ADPやコラーゲンを用いた場合でも散乱光を用いた血小板凝集計の感度のよさが裏付けられたわけである。図5に従来の光透過性を用いた血小板凝集能測定と,散乱光を用いた凝集能測定の相関を示す。
5散乱光を用いた血小板凝集計により明らかにされた現象
散乱光を用いた血小板凝集能測定によりそれぞれの刺激剤に特徴的なこととして,次のような結果が判明した。エピネフリンによる血小板凝集では,まず散乱強度の低い散乱光のみが発生する。しばらくして散乱強度のより大きい散乱光の発生するが,それに時期を同じくして散乱強度の低い散乱光は減少する。このことより,エピネフリン凝集では,まず小凝集塊ができ,30秒より2分間後に小凝集塊が癒合して大凝集塊が生成することが推測される。いっぽう,コラーゲンによる血小板凝集では刺激直後より小凝集塊と大凝集塊が生成することが示唆された。また従来の凝集計ではADPにより一次凝集のみ起きる場合は,散乱光を用いた凝集計で判定しても小凝集塊に由来する散乱光まですべて消失し,低濃度ADPによる刺激では血小板が完全に解離することがあることが確認された。エピネフリンその他のこれまで検討した刺激剤ではこのような現象は認められず,軽度の小凝集塊が形成されるとそのまま持続する。
従来より,アスピリン等のthromboxane A2の生成を阻害する物質がエピネフリン凝集を抑制することよりエピネフリン凝集にthromboxane A2が重要であるとされてきた。また,血小板内のcAMP濃度をあげるとエピネフリン凝集が抑制されることもしられている。一方,thromboxane A2産生の抑制と細胞内cAMP濃度増加によるエピネフリン凝集抑制にどのような差異があるかはよく判明してない。そこで小凝集塊,大凝集塊に由来すると思われる散乱光を別々に判定できる特徴を生かし,散乱光を用いた凝集計でエピネフリン凝集に対する作用を判定した11)。アスピリン,thromboxane A2のreceptor antagonistであるONO-3708,やS-145の効果をみると,大凝集塊の生成は抑制するものの,小凝集塊の生成は全く影響を受けなかった。アスピリンを用いてエピネフリン刺激における大凝集塊の生成を阻害した後に,低濃度のそれ自身では凝集を起こさない濃度のU-46619(thromboxane A2 analogue)を加えると大凝集塊が形成された。これらの結果より,thromboxane A2はエピネフリンによる血小板の初期の活性化には関与せず,小凝集塊が大凝集塊に癒合する過程に影響を与えることが示唆された。つぎに,細胞内cAMPを増加させるdibutyryl cAMP lmM,またprostaglandin I2 1uM効果を見たが,これらの薬剤はエピネフリンによる大凝集塊の生成のみならず,小凝集塊の生成も完全に抑制した(図6)。このように,これまでの光透過性を用いた血小板凝集計ではほぼ同様な結果を示す薬剤も,新しい散乱光を用いた凝集計ではその差異が検出できることが判明した12)。
6糖尿病患者の散乱光による血小板凝集能
インシュリン非依存性糖尿病患者のPRPを10分間撹拝すると刺激剤なしでも小凝集塊が生成され,いわゆる自然凝集がおきる。自然凝集は健常人には見られなかったが,糖尿病患者において約40%に観察され,健常人に比較して優位な差が認められた(P〈0.01)。従来の吸光度法では両者において差は認められなかった。また糖尿病性網膜症を合併している患者では自然凝集が強く起きる傾向があり,その関連性が強く示唆された。また,網膜症を有していながら自然凝集のみられなかった例では,抗血小板薬を投与されている患者が多く含まれていた。このような傾向は,糖尿病性腎症や神経障害を有する患者においても同様であり,本装置で測定された自然凝集は糖尿病患者の体内において血小板が活性化されやすい状態にあることを示唆すると思われる。
7結語
現在,この方法を用いて臨床検体の血小板凝集測定を進めている。従来の吸光度変化を用いた血小板凝集測定法と比較しはるかに低濃度の血小板活性化物質に対する反応を認識でき,これは小凝集塊の検出能が優れているためと思われる。特に,生理的血小板凝集物質として生体内で病態の発生に重要な役割をはたしているとされるADP,エピネフリン,低濃度コラーゲンを用いた場合,従来の方法では反応が認められないことや,反応があっても定量的に判定するのが困難な症例にしばしば遭遇したが,新たな散乱光を用いた測定法はこれらの刺激物でも血小板は小凝集塊を形成していることが判定できる。このように低濃度の刺激剤による血小板活性化が判定できることは,血小板機能の充進している症例がより感度高く検出できることを示唆し,臨床上有用と思われる。また,これまでの吸光度を用いた測定では吸光度の変化という一つのパラメーターしか与えなかったが,散乱光を用いた血小板凝集能測定計は,散乱光の強度とその分布がわかるため,小凝集塊と大凝集塊の形成を別個に判定できる。これにより,コラーゲン凝集は早期より大凝集の形成が起きることや,健常人にかなりの頻度で存在した吸光度法でエピネフリンによる凝集が認められない例では,小凝集塊の形成は正常に起きるものの大凝集塊が形成されないことが明らかになった。
血小板凝集能をより感度高く,詳細に検討できるこの方法の開発により,血小板活性化のより基本的な検討が進歩し,また臨床上の血小板凝集能の有用性が高まることが期待される。