1991年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第05号

携帯用の人工心臓駆動装置のための血圧血流量間接計測技術の開発

研究責任者

喜多村 直

所属:九州工業大学 情報工学部 教授

共同研究者

小森 望充

所属:九州工業大学 情報工学部  助手

概要

1.はじめに
人工心臓を装着した患者の血圧血流量の計測制御問題は今だに未解決である。血液ポンプの拍出量や血圧を測定するためのセンサーを体内に埋め込みこれらの量を直接計測することは,センサーに血栓が形成し計測不能となったり体壁を貫くセンサーのリード線を通して起こる感染のため一週間以上の連続計測は不可能である。従ってなんらかの間接的な信頼のおける計測技法の開発が必要となる。
本研究の目的は(1)携帯用人工心臓駆動装置の体外で計測できる駆動条件(駆動ピストンの変位と駆動空気圧)のみから体内に埋め込まれている血液ポンプの拍出量を推定するための技法を開発すること,(2)同じく血液ポンプの出口血圧と入口血圧を推定するための技法を開発することである。
2.内容と結果
2.1駆動システムの構造
図1に試作した携帯用の人工心臓駆動装置の駆動システムの概略図を示す。直流モータの往復回転運動がボールスクリューによりピストンの往復直線運動に変換される。ピストンと血液ポンプのダイヤフラムとの問は閉鎖空気室であるからピストンの往復直線運動はポンプダイアフラムの往復運動を生み,その結果一方向にのみ開く出口弁と入口弁を通してポンプから拍動流が発生する。ここで,一拍毎に閉鎖空気室を大気に解放し駆動空気圧のゼロラインを基準圧として取るので圧力センサーのドリフトによる計測誤差の問題は除去される。
2.2推定法
血液ポンプダイヤフラムの瞬時体積変位を次式(1)の駆動用空気(駆動装置の閉鎖空気室空気)の状態方程式より求める。
但し,
V:血液ポンプダイアフラムの体積変位
x:ピストンの変位
Pc:二空気室のゲージ圧
P0:大気圧
V0:空気室の初期容積(V・0,x・0の時の)
A0:ピストンの断面積
ここで血液ポンプの一回拍出量V以外はすべて既知である。(1)よりVは次式より求められる。
図2に,Vの推定値が水流実験における測定値に十分近いことが示されている。
ポンプ出口血圧および入口血圧の推定には,次の弁前後の圧力損失と弁を通過する血液の体積流量との関係に対する物理モデル(3>と,ポンプダイアフラムの弾性を表わす実験式(4)を用いる。
但し,
Pv:血液ポンプ内圧
Px:推定したいポンプ出口圧(もしくは入ロ圧)
Qx:ポンプ出口血流量(もしくは入口血流量)
ここに,入口弁も出口弁も共にこの式で表わされるが,パラメータCとφの値は出口弁か入口弁かにより異なる。これらのパラメータの値は総て実験的に予め求められている。
ここで,(4)式よりPvを求め,(2)のVを微分することによってQxを求めると,(3)からPxが代数的に求められる。しかし,こうして得られるPxは,Qxを微分することや,Pvに含まれるノイズのために高周波ノイズを含む。そこで,ノイズを含まないPxを得るために統計的手法(最尤推定法)が必要となる。この技法では,今度は,Vを微分したものをQとし,このQと(2)を解いて得られるQxとの誤差,次式(5)
を最小にするPxを求めることになる。このアルゴリズムは文献[1]に詳しい。
この推定法は,山羊を用いた動物実験で良好な結果を得ている[2]。図3と図4にそれぞれ,出口圧と入口圧の計測値・推定値間の相関関係を示す。それぞれ相関係数は,0.99(p<0.05)および0.98(p<0.05)である。
3.まとめ
人工心臓駆動中,血液ポンプ拍出量やポンプ出口入口圧の観測は,人工心臓を含む血液循環系を生理的な状態に維持する上で必要不可欠である。今日までの所これらの量を直接計測する方法が試みられているが長期計測や計測値の信頼性には大きな問題があり成功していない。本研究の技法は体外にある駆動装置の二変数のみを計測することによりポンプ拍出量およびポンプ出入口圧が推定できるので以下のような特色と利点に基づいた独創性を有する。
(a)ポンプ拍出量の高精度の推定値が実時間で得られる。
(b)血液ポンプの出口血圧入口血圧が実時間で推定できる。
(c)測定は体外で行われるので測定に伴う血液凝固や感染の問題は起こらない。
(d)駆動システムの物理モデルを用いているので本手法は若干の修正により他の駆動システムを用いた際の血圧推定へも応用できる。
(e)圧力計のゼロ線ドリフトによる測定誤差の問題は起こらない。国内外でも人工心臓ポンプの拍出量の推定技法や血圧の推定技法が開発されているがいずれも上記の利点(c)(d)(e)の中高々一つを満たすものばかりである。本手法のように拍出量と血圧の両方が同時に推定でき上記の利点をすべて備えている手法はまだ報告されていない。