2003年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第17号

携帯型循環動態連続計測システムの開発研究

研究責任者

山越 憲一

所属:金沢大学大学院 自然科学研究科 教授

共同研究者

高田 重男

所属:金沢大学 医学部  教授

共同研究者

根本 鉄

所属:金沢大学 医学部  教授

共同研究者

田中 志信

所属:東京医科歯科大学 医用器材研究所 有機材料部門 助手

共同研究者

野川 雅道

所属:金沢大学 工学部 助手

概要

1.はじめに
 血圧計測は基礎・臨床医学方面、更に最近では在宅医療分野でも不可欠となっている。この場合、血圧を非観血(無侵襲)的に、また長時間にわたり、できれば自由行動下で無拘束的に得ることが望ましい。臨床分野では携帯型(無拘束)血圧計(Ambulatory Blood Pressure Monitor; ABPM)が現在広く利用され、血圧変動の病態生理学的分析などに威力を発揮している。しかし、従来のABPMは、血圧計測の原理的問題とヒトを対象とする実測上の心理精神的制約から、測定間隔は20~30分毎の間欠的計測であり、一日の血圧データ総数の0.1%以下程度を捉えているに過ぎず、詳細な循環機能評価はできない。すなわち、循環生理学上、一心拍毎の血圧変動の中には自律神経系による圧受容体反射を含む重要な血圧再調節機能が内含されており、従来の血圧計測ではこの調節機構を評価することは不可能であった。
 更に、血圧と共に心拍出量をも無侵襲同時計測できれば、自律神経系を介しての心臓と血管系(末梢循環抵抗)の相互反応が把握でき、有効な循環機能の解析・評価手段が与えられることになる。したがって、一心拍毎の循環動態連続計測システム開発の必要性が基礎・臨床医学はもとより、健康科学分野においても長い間求められていた。
 これを実現するためには、一心拍毎の血圧と心拍出量を無拘束的に連続計測する必要があり、著者らは既に容積補償法による連続血圧計測法1)'2)および胸部電気的アドミタンス法による心拍出量計測法3)を考案・確立させ、その無拘束計測法についても要素技術の開発とプロトタイプシステムの研究開発を進めてきた4)~6)。しかし、血圧計測(測定部位は手指基節部)においては、(a)当該測定部全周圧迫(帯状カフ)による末梢側欝血に伴う不快感と、それによる長時間計測が困難なこと、および計測中に手指の使用がかなり制限されること、また心拍出量計測においては、(b)従来の胸部電気的モデル(円筒モデル)から生じる絶対値計測の問題、(c)首と腹部全周に各々一対の通電および検出用テープ電極を装着することに伴う煩わしさや不快感、場合によっては皮膚炎症などにより、やはり長時間計測に限度がある、と言う実用上の重要課題が残されていた。
 そこで本研究では、(a)については、指動脈をディスク状カフで部分的に加圧する局所圧迫法と指関節を利用したディスク状カフ固定法を提案し、欝血の低減化と手指運動の自由度を増すことを図った。(b)および(c)については、胸廓体表面の電流分布を計測し、円筒モデルに見合った電極配置を検索しながら、新しい胸部電気的モデルを提案すると共に、テープ電極をスポット電極に置換することにより上記の問題解決を図ることを試みた。そして、これらの基盤技術に基づき、実用に供し得る携帯型循環動態連続計測システムの開発を行い、その使用性能評価と有用性等について検討を行った。
2.血圧計測における局所加圧法およびディスクカフ固定法
2.1局所加圧カフユニットの構造設計と試作
 血圧計測部位は、装着の容易性と安定性から手指基節部とする。加圧に伴うカフ末梢側の血液貯留を極力回避するため、従来の帯状カフからディスク状カフとし、指動脈を部分的に圧迫する局所加圧法とした。
 図1は、例として左手人差指に試作した局所圧迫用カフユニットを装着した模式図((a)は手嘗面、(b)は(a)に示したA-A'断面)を示したものである。
カフユニットは、指動脈の上に配置される局所圧迫用ディスクカフ(20φ;ウレタンゴム製)、および指とカフを共に挟み込む構造のカフ固定具より構成され、カフ内には血管内容積を検出するための光電センサが設置されている。
 カフ固定具は、ペーパークリップに似た構造をしており、2枚の挟み板とその間隔を調整するヒンジ、およびそのヒンジを固定する固定ネジから成っている。挟み板の一方は、カフの背面を覆い、カフ圧を指動脈に伝えると共に、カフを指に固定するのに用いられる。他方の反対側の挟み板は、ヒンジの近くより二股に分かれており、この2本の細い板が基節骨頭部と基節骨底部近傍に接するようになっている。すなわち、カフ部を含む3点支持固定を意図した構造となっている。したがって、図1(b)に示すように、カフユニットは3点の支持部以外の部分では、指との接触が無いかあるいは軽い接触があるのみである。
このような固定状態でカフに圧が供給されると、表在組織を介して部分的に指動脈にカフ圧が伝達され、帯状カフによる指周囲全体の加圧に比べ圧迫感が軽減される。さらにこの時、カフ直下に位置しない指動脈と静脈系の大部分は圧閉されることがないため、欝血の軽減が期待されることになる。
2.2性能評価法と結果
 図2は、従来の帯状カフを用いた場合(a)、および試作した局所圧迫カフを用いた場合(b)の容積補償法による連続血圧記録例(記録上段のPc)である。最初の記録部分は、サーボ目標値を設定するための容積振動法7)による記録である。カフ末梢側での欝血の評価は、同図右上段の挿入図で描かれているように、指尖部に反射形光電容積検出センサーを置き、カフを装着しない状態のセンサー出力を基準(0%)とし、帯状カフにより指全体を完全圧迫したときのそれを100%と規格化した信号(PGdistal)を用いた。また、局所圧迫カフによる血圧記録(b)は、最初の1.5分、30~32分、および60~62分の記録部分を示してある。
 図から明らかなように、帯状カフ使用時では、容積振動法施行時の約20秒後ですでに指末梢部は完全欝血状態となっているが、局所圧迫法では長時間に渡り20~30%程度の欝血状態を維持しており、被験者の申告では、圧迫感もかなり軽減され、欝血に伴う不快感も殆どないと言う結果を得た。
 本法によれば、指の屈曲動作に伴うアーティファクトも観られず(図3(a)参照)、従来法と同様に上腕動脈直接血圧との相関も良好(同図(b)参照)で、従来の帯状カフに替わる新手法として期待できる。
3.心拍出量計測におけるスポット電極配置法と胸部電気的モデル化
3.1胸郭体表面電流分布計測による最適スポット電極配置法の検討
 胸部電気的アドミタンス(あるいはインピーダンス)法に基づき、心臓の一回拍出量(SV)を算出する場合、Nyboer8)が提案した生体セグメントの2重円筒モデルが胸部に対しても成立することが大前提となる。従来、首と上腹部に一対の帯状テープ電極(4電極法)を装着してSVあるいは心拍出量(qo)を推定するKubicekら9)の方法が広く用いられてきた。したがって、テープ電極をスポット電極に置換するには、胸郭体表面において電極配置に対応した電流分布を計測する必要がある。
 これまで、通電および検出用帯状電極をスポット電極に置換する試みが数多く報告されてきた10)~13)。その殆どは、Kubicekら9)の帯状テープ4電極法によるCO計測と提案スポット電極法によるそれとの相関関係のみで議論が進められているのみで、未だ決定的なスポット電極の最適配置が確立されていないのが実情である。
スポット電極配置を決定する論拠となる最も重要な点は、先に述べたように、大動脈を含む胸部セグメントが電気的に二重円筒モデルとして与えられるかどうかである。仮に二重円筒モデルが成り立っならば、(i)電流を通電した時の胸郭電流分布は均一となること、および(ii)血液駆出に伴う胸郭電流分布も均一となること、の両方を満たすことが必要条件である。このような観点からスポット電極の配置を検討した研究報告はこれまで全くなかった。実際に電流分布を計測することは困難であるが、電流と電位が直交することを利用すれば、電流分布の代わりに等電位分布を計測すれば良い。すなわち、胸郭のインピーダンスマップを計測して、上記(i)と(ii)を満たすスポット電極配置が最適電極配置となる。
 このような観点から、著者らは胸郭体表面等電位分布計測システム(64℃hインピーダンスマッピングシステム)を開発し14)、インピーダンスマップから胸郭二重円筒モデルが近似的に成立するか否か、成立する場合にはスポット電極をどのような配置とすれば良いかについて検討を行った。なお、通電電流は2mA,m,、50kHzとした。直流および交流増幅器と整流器内蔵の電位検出用電極(10φ)を胸部前・後面に各32個(上縁の電極列は鎖骨レベル、下縁のそれは剣状突起レベルに配置)装着し(図4(a)参照)、各電極からの出力信号(Z,△Z)はAID変換器(12bit)を介して汎用パソコンに取り込まれる。Z-mapおよび血液駆出に伴う△Z-mapは、4つの計測点に囲まれた空間を線形双一次内挿法を用いてデータ補間を行い描画した。一対の通電スポット電極の位置は、従来報告されている配置も参考にして、試行錯誤を行いながら身体各部位に装着し、Z-mapが胸部を円筒と仮定した場合の電位分布に近い配置を最適電極配置とした。一方、このようにして得られた最適通電スポット電極配置のもとで、△Z-mapを求め、胸郭二重円筒モデルに近似できる一対の検出用スポット電極配置について検索し、その配置を最適電極配置とした。なお、△Z-mapを描画するに当たり、ECG-P波出現点を基準レベルとし、それからの変化分を△Zとして、血液駆出終了点(ほぼECG-T波終了点)までを時間的に32分割し、それぞれの△Z・mapを時系列表示した。被測定者は実験に同意を得た男子健常人11名(22~25歳)であり、安静仰臥位で計測を行い、呼気位停止時の数心拍分のデータを採取した。
 
図4(a)は電位検出電極列を装着した様子、同(b)は従来の帯状テープ通電電極、(c)および(d)は、参考までに従来報告10)'12)されているスポット通電電極配置の場合のZ-mapの計測例である。帯状通電電極では等電位線が胸郭に対しほぼ平行に分布しており(理想的な円筒モデルとの相関係数は0.916~0.967)、胸部をほぼ円筒モデルとして扱っても良いことが判る。しかし、これまで報告されているスポット電極配置では、同(c)、(d)に見られるように、電極周辺で電流分布の集中が見られ、理想的な円筒モデルとの相関係数は、(c)一(d)を含め全ての報告例にっいて求めたところ、0.701~0,941となり、ばらつきが大きかった。種々の通電電極配置の試行錯誤の結果、胸部から電極をできる限り離すことが良いことが判り、実用を加味して、一つの電極は額部、他の一つは下肢(膝部)と決定した。同図(e)は、その場合のZ・mapであり、理想的な円筒モデルとの相関係数は、全被験者において0.920~0.962となり、帯状通電電極配置に匹敵する電流分布が得られることが判った。
 一方、図5は△Z・mapの一例を示したもので、通電電極は先に得られたスポット電極配置で得られたものである。なお、帯状通電電極の場合でも同様な△Z-mapを得た。左側が胸郭前面、右側が背面での血液駆出に伴う等電位分布を示し、ECG-P波出現点(map(1))から血液駆出終了時点(map(32))までを32分割して時系列的に表示した。△Z-mapのアニメーション表示では、駆出期に血液が胸郭正中付近から拡がりを持って胸郭1全体に分布していく様子が解る。本図から明確に判るように、血液駆出に伴う胸郭全体は、単純な二重円筒モデルが成立しない。等電位性を乱す要因は、胸郭内の肺の解剖学的位置関係を考慮すると、肺血流の影響が強いことが示唆されたが、今後さらに詳細な検討が必要であろう。しかし、解剖学的に肺が存在しない胸郭前面の正中付近での血液駆出時の等電位分布(図中四角で囲んである)は、比較的平行な分布で変化していることが判る。すなわち、正中付近の局所において、近似的に二重円筒モデルを適用できると考えられる。したがって、電位検出電極位置として、肺が存在しない鎖骨中央部と剣状突起部が適当と考えられ、この部分を最適スポット検出用電極配置と決定した。
3,2局所2重円筒モデルの提案と精度評価
 以上のようにして決定したスポット電極配置と従来の帯状電極配置の関係を図示したのが図6(a)であり、
参考までに両電極配置で得られた胸部インピーダンス脈波一時微分波dZldtを同(b)、(c)に示した。dZldt波形は、スポット電極配置の場合でも、従来の帯状電極配置で得られているものと同様な波形が得られていることが判る。
 また、同図(a)中に解剖学的に想定した局所二重円筒モデル(周囲組織は楕円柱と考え、その中央に大動脈が走行すると考えたモデル)を模式的に示した。このような局所モデルを想定した場合、大動脈部に血液が流入する前の全インピーダンスをZ。(あるいはアドミタンスをY。)、流入後のそれをZ(あるいはY)とする。また、血液流入によるインピーダンスZb(=pbL2!△V;ρb[Ωcm]は血液比抵抗、L[cm]は検出電極間距離:あるいはYb=△V1ρbL2)は、電気的にZ。(あるいはY。)と並列に接続されたモデル(並列導体モデル8))と考えると、流入前後のインピーダンス変化△Z(あるいはアドミタンス変化△Y)は、
 △Z=Z-Z。=Z。Zb!(Z。+Zb)-Z。
  ニーZo21(Zo+Zb)≒-Z2/Zb(1)
 △YニY-Y。ニ(Y。+Yb)-Y。
  =Yb(1')
となる。ただし、インピーダンス表現の場合、Z。《Zbとする。いま、血液が局所モデル内に流入したとき、心室駆出時間(T、)中、血液がモデルセグメントより流出しないと考えると、その時のインピーダンス変化岨★(あるいは△Y*)は、△Z(あるいは△Y)の初期勾配に従ってT、の期間中減少(あるいは増加)すると考えられ、△Z*=dZldtlmlnT、(あるいは△Y*=dY!dtlmaxT。)と書くことができる。これを(1)(あるいは(1'))に代入し、△Vの変わりに一回拍出量SV[me]を用いると、
 SV=ρb(L!Z。)2dZ/dtImin1,(2)
 SV=,obL2dY/dtImaxis(2')
となり、(2)式はKubicekの式9)と全く同一となる。ρbはヘマトクリットによる補正が望ましい15)'16)が、健常人では概ね150(とmの定値として扱える9)。
 そこで、上式を用い、11名の被験者に対し、スポット電極で得られたSV値(SV、p。t)と帯状電極で得られたそれ(SVband)との比(SV、p。♂SVband)を求めたところ、1,05~1.19(1.129±0.045)となり、SV、p。tはSVb。ndより5~19%高値を示した。
 SV、p。tがSVbandと比べ高値を示した一つの要因は、肺循環の影響が考えられる。すなわち、心臓からの血液駆出に伴うインピーダンス変化は、両電極配置とも首側で低下する。一方、スポソト電極を配置した剣状突起近傍では、その変化が殆ど認められないのに反して、剣状突起レベルに装着した帯状検出電極では減少の変化が認められる。これにより、帯状検出電極での計測の場合、剣状突起レベルの電位はスポット検出電極の場合に比べ、
△Z波形(すなわちdZ/dt波形)の振幅は減少し、これより算出されるSV値も低下することになる。
 そこで、心拍出量計測法として信頼性が高いとされるキュベット式色素希釈法との相関試験を行った。実験に同意を得た本学医学部附属病院入院患者および健常人合計17名を対象に、帯状電極法(n=13)とスポット電極法(n=4)を用い、それぞれについて色素希釈法との同時相関試験を行った。
 図7は、COの同時比較例で、(a)は色素希釈法(COdy。)と帯状電極法(CO。dm、t(t。p。)、(b)は色素希釈法とスポット電極法(CO。dm、t(、p。、))との対比結果で、被験者にはエルゴメータ運動負荷を与えてCOを変化させた。両法ともCOの相対的変化の追従性は良好であり、帯状電極法では色素希釈法に比べてCOは低値を示した。全体として、色素希釈法と帯状電極法およびスポット電極法の直線相関係数と回帰係数の平均値は、それぞれ0,91(±0.07(SD))と0.89(±0.28(SD))、および0.91(±0.09)と1.07(±0.28)であった。すなわち、両法とも直線相関は良好であるが、色素希釈法によるCO値と比べて帯状電極法では10%以上の低値、スポット電極法では7%程度の高値を示した。スポット電極法での例数が少なく、明確なことは言えないが、今回決定したスポット電極配置によりSVの絶対値計測の可能性を示唆しているものと思われる。今後、本スポット電極配置と色素希釈法等との対比試験を通してさらに検討していく必要があろう。
 いずれにせよ、今回のスポット電極配置により、被験者に対する電極装着は帯状電極に比べ遥かに簡便となり、電極装着に対する不快感や煩わしさもかなり軽減できた。
4,無拘束循環動態モニタシステムの試作開発と性能評価
4.1試作システムの概要
 図8は試作携帯型循環動態連続計測システムの構成概要図である。システムは、(i)身体に装着するセンサ部、(ii)着衣の胸ポケットに装着する携帯ユニット本体(36x72x126mm、重量480gf(電池を含む))、および(iii)携帯ユニットに必要な各種設定用コマンドの送信と計測終了後のデータ再生や解析のための汎用パソコンから構成されている。生体用センサ部は、心拍出量計測のための胸部アドミタンス検出スポット電極、および連続血圧計測のための局所加圧指用カフである。
 携帯ユニットは血圧計測部、心拍出量計測部、データ保存部、RS232Cインターフェイス部、LCD表示部、および電源部を内蔵している。
 血圧計測部は、光電容積センサを内蔵した指用カフとカフ圧制御ユニットも有している。光電容積センサは近赤外LEDを光源に、フォトダイオードを受光素子に用いて反射型を構成し、外光の影響を軽減するために、チョッピング発光と同期検波受光を行い、血管内容積変化信号を得ている。カフ圧制御ユニットは、圧電バイモルフアクチュエータとノズルを組み合わせたノズルーフラッパ方式のリークバルブと、カフ圧検出用の圧センサから構成され、携帯ユニット内の小型エアポンプより供給される空気のリーク量を電気的に制御する。血圧計測部の近くに置かれたカフ圧制御ユニットと心臓位置に置かれた携帯ユニット問はシリコン油封入テユーブで結合されており、両者間の水頭圧を検出して、血圧を常に心臓レベルに補正した値として得られるように工夫してある。
カフ圧(Pc)および光電容積信号(PGdc)はAID変換器を介してシングルチップマイクロコンピュータに取り込まれ、これらのディジタル化信号を用いて容積補償制御およびその制御目標値を決定する容積振動法に必要なカフ圧制御を実行する。これらの制御は血圧計測の開始時に、予め設定されたシーケンスに従い自動的に行われる。容積補償制御に移行後は、カフ圧に水頭圧を加算(心臓位置補正)し、これを血圧信号(BP)として用いる。
 心拍出量計測部では、電位固定法を用いた生体アドミタンス計が主要部となる。すなわち、このアドミタンス計は、外側一対の電極に高周波(50kHz)微小電流を通電し、内側の電極対間に生じる高周波電圧の振幅が一定となるように通電電流を制御し、この通電電流をアドミタンス信号(Yo)として出力する機能が備わっている。Ybとその一次微分波(dY!dt)、検出用スポット電極を利用して得られる心電図信号(ECG)、および前述のBP信号はA/D変換器を介してCPUに取り込まれる。CPUでは、図9に示すように、ECG信号を基準としてdY!dt、BP、およびYo信号の解析を行い、RR間隔、心室駆出前期時間(PEP)、dYldt最大値(dY!dtlmax)、心室駆出時間(Ts)、脈波伝播時間(PTT)、最高(SBP)1平均(MBP)!最低血圧(DBP)、および呼吸間隔時間(Tresp)を計測する。これらの計測値を一心拍毎に記録するデータ保存部は、記録媒体として挿抜可能な2MbiteのフラッシュROM(SmartMediaTM)を用いている。計測終了後、記録媒体に収録されたデータ(最大31,680心拍分)は、SmartMediaTM‐3.5インチフロッピーディスクアダプタ(FLASHPATHTM)を介してパソコンに取り込まれ、記録データをファイル形式で取り扱えるようにした。パソコンでは、これらの計測値のもとで、瞬時心拍数(HR)、一回拍出量(SV)、心拍出量(CO)、末梢循環抵抗(Rp)、心臓酸素消費量指標(rate pressure product; RPP)、および呼吸数(Resp)を演算し、血圧情報と共にこれらの循環諸量を時系列的にモニタ表示される。
 RS232Cインターフェイス部は、携帯ユニットとパソコンとの通信に用い、各種のコマンドやステータスの受け渡しを行う。
また、LCD表示部は、携帯ユニットの各種ステータスの表示、計測中では一心拍毎にRR、Ts、Yb、dYldtlmax、SBP、およびDBPを表示し、計測項目の確認を行うことができる。なお、電源は充電式リチウムイオン電池(7.2V、1,250mAh)を用いており、一回の充電により連続約200分の計測が可能である。
4.2試用性能評価と考察
 これまで本システムにおいて、試用の同意を得られた健常者と院内外の患者計約20名に対して通常の生活における自由行動下での実測を行い、良好な記録結果を得てきた。
これらのうち、各個人内のモニターで、比較的激しい行動によるアーティファクトに伴う計測不可データの割合は、全データ数に対して5%程度以内であった。
 図10は男子健常人を対象に、日常生活中での約10時間モニターの内の3.3時間分のデータ(約16,000心拍分〉を時系列表示した記録結果例である。また、同図中右側には、左側の記録の46.5分から48.5分までの2分間を時間拡大して、ECG-RR間隔(RR)、血圧(BP:SBPIMBPIDBP)、心拍出量(CO)および末梢循環抵抗(Rp)のみを表示したものである。また、左側の記録表示の最下段に、被験者の行動記録も示した。各行動時あるいは行動移行時に伴う循環諸量の過渡的応答が良好に記録されていることが判る。さらに、右側の記録表示で観られるように、血圧の約10秒周期の変動、所謂Mayer波も良好に記録されている。
 本システムは自由行動下における循環動態の詳細な動的解析や,一心拍毎の循環データが採れることにより自律神経活動の解析・評価に有効な手段であると言える6)'17)'18)。しかし、携帯装置を携行して生体情報を収集する無拘束生体計測に共通して言えることであるが、被験者側からすれば身体にセンサを付けたり、装置を携帯したりすることは煩わしく、厄介なことであり、また入浴などの日常生活を少なからず妨害してしまうことは否めない。携帯装置の超小型化、センサと装置間のコードレス化、アーティファクトに対応できる信号処理技術など、より使い易さを目指した技術的問題解決も今後さらに推進していく必要があろう。
5.おわりに
 本報告では、著者らの開発した容積補償法による無侵襲血圧計測法における計測部位(ここでは手指基節部)の新しい局所圧迫法、および電気的インピーダンス(あるいはアドミタンス)法による無侵襲心拍出量計測における最適スポット電極配置法について検討を行い、良好な結果を得ることが出来た。また、これらの技術を併用した携帯型循環動態連続計測システムのプロトタイプを試作開発し、試用性能の評価を行った。
 ここで開発したシステムは、循環動態の詳細な解析・評価手段として有望な方法であり、さらに技術的改良を進めて、実用化を目指した研究開発が望まれる。本計測技術は、臨床医学方面はもとより、在宅医療や健康科学分野などにかなり有望であり、早急な実用化を目指していく必要があろう。