2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

拡散強調 MRI に基づく完全無侵襲脳循環代謝測定法の開発

研究責任者

藤原 俊朗

所属:岩手医科大学 脳神経外科学講座 助教

概要

1.背景と目的
我が国における 3 大疾病であるがん、脳卒中、心臓病の患者数は年々増加傾向 1)にあり、特に超高齢化社会における後遺症の重篤化やリハビリテーション期間の長期化を避けるためには脳疾患の早期診断と迅速な治療方針決定が必須といえる。そのうち、ア)慢性脳虚血における脳虚血発作再発予知、イ)急性期脳梗塞に対する r-tPA 静注血栓溶解療法適応判断は重要なテーマであり、その診断能の高精度化は急務である。
頭部診断に欠かせない代表的な装置としては、computed tomography(CT) や magnetic resonance imaging(MRI)、positron emission tomography(PET)、 single photon emission computed tomography(SPECT)などの画像診断装置が挙げられる。そのうち、PET は高精度に脳循環代謝量を定量可能である一方、15O gas の生成にサイクロトロンが必要となり利用できる施設は限られる。本邦では、その簡便さから SPECT が代用されているが精度は必ずしも高くなく、定量化は困難とされている。また近年脳循環予備能(cerebrovascular reactivity:CVR)評価に用いられる acetazolamide の重篤な副作用が問題視されている。さらに、脳虚血急性期の病態では、迅速な治療適応判断が求められることから、核種投与や CT・MRI 撮影装置からの移動を避ける事が好ましく、可能であれば一度の検査で治療方針を決定できることが望ましい。その実現のためには、救済可能脳虚血領域の存在を、非侵襲的に、一度に特定可能な新たな検査法の確立が必須となる。
MRI は他の装置と異なり非侵襲的でかつ一つの装置で解剖構造から神経機能まであらゆる情報を得ることが可能であり、現在脳虚血性疾患の診断に欠かせない装置となっている。本邦では、1.5 Tesla (テスラ、以下 T)MRI に加え 3T MRI(2003 年薬事認可)がすでに 300 台以上稼働しており、MRI 大国といっても過言ではない。特に、拡散強調像(diffusion weighted imaging:DWI)は、生体内水分子拡散現象を捉えることが可能な唯一の撮像法として知られ、その高感度な急性期脳梗塞検出能によって r-tPA 療法を推進する大きな役割を果たした。現在 DWI は新たな局面を迎え、開発時より提唱されていた IVIMという灌流を含む概念に基づき、肝臓がん、乳がんにおける血管床の評価を可能とし、悪性度鑑別法として注目されている。他方、装置の発展も目覚ましく、超高磁場ヒト用 7TMRI 装置が登場し、本邦でも 2016 年 8 月現在当施設を含めて 5 機稼働している。しかし、超高磁場 MRI での IVIM-DWI の検証は重要な課題であるにも関わらず、gold standard であるPET やSPECT といった核医学的検査との比較も十分に行われていない。特に、IVIM-DWI では脳血液量(cerebral blood volume:CBV)を無侵襲に評価可能となるため、副作用を伴う可能性がある CVR 検査数を低減することが期待できる。
そこで、本研究では、超高磁場 MRI におけるIVIM-DWI に基づく完全無侵襲脳循環代謝測定法の開発を目指し、1)両側総頸動脈閉塞(bilateral common carotid artery occulusion:BCCAO)ラット7)における CBV 上昇、2)慢性脳虚血患者における CBV 上昇を検出可能か検証することとした。

2.対象と方法
2.1 動物用超高磁場 11.7TMRI を用いた BCCAO ラット CBV 上昇の検出
(ア) BCCAO ラットの作成
一般に、BCCAO ラットは、一側総頸動脈閉塞後、1 週間程度後に、反対側の総頸動脈を閉塞することで作成する。本研究では、ラットにおける側副血行路発達の影響を低減するために、右側閉塞後 4 日目に左側を閉塞し、作成することとした。BCCAO は、Wistar ラットにて行うこととした。
(イ) 11.7TMRI における IVIM-DWI 撮像
ラットの IVIM-DWI は、閉塞処置前、両側閉塞処置 1 時間後に実施した。撮像は、動物用縦型 11.7TMRI(AVANCE II 500WB、Bruker) を用いて、multi-shot spin-echo echo-planar imaging sequence にて撮像した(面内解像度:0.2 × 0.2 [mm2]、スライス厚:0.8 [mm]、b 値:0 - 3000 [s/mm2]における 13 個、motion probing gradient(MPG)軸数:6 方向)。
(ウ) IVIM-DWI データ解析
IVIM-DWI の信号変化は以下のように定義することができる:
S = S0[fivimexp(-bD*)
+ (1-fivim)exp{-bD+K(bD)2/6}]
ただし、S: 計測値、S0: 基本信号強度、fivim: 灌流部割合、b [s/mm2]、D* [mm2/s]: 疑似拡散係数、D [mm2/s]: 拡散係数、K: 拡散尖度とし、S0、fivim、D*、D、K を IVIM パラメータとする。データ解析では、異なる b 値で取得される画像それぞれに配置した興味領域(region of interest:ROI)内の平均信号値 13 個に対して、上記関数の当てはめ処理(fitting) を行うこととした。また、pixel by pixel にて fitting を行うことで IVIM パラメータの各マップも作成することとした。

2.2 ヒト用超高磁場 7TMRI を用いた慢性脳虚血患者 CBV 上昇の検出
(ア) ヒト用 7TMRI における IVIM-DWI 撮像
健常者および脳主幹動脈狭窄・閉塞性病変を有する慢性脳虚血患者の IVIM-DWI をヒト用7TMRI(Discovery MR950、GE Healthcare)にて実施した。撮像パラメータは、一般的な臨床においても撮像可能な時間にて設定することとした(面内解像度 2×2 [mm2]、スライス厚 2 [mm]、b 値:0 - 3000 [s/mm2]における 9個、MPG 軸数:3 方向)。
(イ) 慢性脳虚血患者の 15O gas PET 撮像
患者については、脳循環代謝評価のため、サイクロトロンを併設する日本アイソトープ協会 PET 施設にて、15O gas PET を撮像し、CBV に加え、脳血流量(cerebral blood flow:CBF)、脳酸素消費量( cerebral metabolic rate of oxygen: CMRO2 )、脳酸素摂取率( oxygen extraction fraction:OEF)を撮像した。
(ウ) IVIM-DWI データ解析
データ解析は、動物実験のデータ同様に、9 個の異なる b 値で取得される画像それぞれに配置した ROI 内の平均信号値に対して、前述の信号関数を fitting し、IVIM パラメータを推定することとした。また、pixel by pixel での fitting によりIVIM パラメータマップの作成も行うこととした。

図1に、上記動物実験およびヒト撮像実験の流れを示す。

(注:図/PDFに記載)

3.結果と考察
3.1 動物実験
総頸動脈閉塞処置前の Wistar ラット 16 匹に対して、11.7TMRI にて IVIM-DWI を実施した。次に、右総頸動脈閉塞し、その 4 日後左総頸動脈を閉塞した。両側閉塞 1 時間後に 13 例にてIVIM-DWI の撮像が可能であった。13 例中 1 例は、画質不良であったため、12 例にて解析を実施した(動物の処置・撮像は大阪大学・森勇樹助教が担当)。
本研究では、データ解析高速化のために、これまでに開発した IVIM 解析ソフトウェアのプロトタイプ(共同研究者であるフランス原子力庁 MRI 研究所 Neurospin の Denis Le Bihan 所長と共同開発)をさらに高速化し、全自動処理によって、雑音除去、全脳領域抽出、皮質への ROI 配置の機能を追加した(図2)。本解析ソフトウェアによって、各ラットデータの左右それぞれの皮質 ROI から取得された平均信号値に対して、fitting 処理を実施する IVIM パラメータ推定処理が可能となった(図3)。また、pixel by pixel 処理によって、各パラメータのマップも取得できた(解析ソフトウェアの開発・解析は藤原が担当)。

(注:図/PDFに記載)

解析の結果、閉塞処置前と BCCAO 処置後で、CBV を表すfivimの有意な上昇は認められなかった(p=0.91)。一方で、D*および D は有意に低下していた(それぞれ p<0.05、p<0.01)。K に有意な変化はみられなかった(p=0.50)。D*は、原理的に血流の平均通過時間(mean transit time:MTT)の逆数と相関することが知られている 8)。したがって、BCCAO 後の D*の低下は、ラット皮質の血流低下に起因した MTT 延長を示唆している。また、虚血の程度を示す D の低下は、BCCAO によって皮質に強い虚血が生じていることを示している。
今回は、BCCAO 処置 1 時間後に IVIM-DWI 撮像を実施したことから、今回得られた結果は、主として急性脳虚血の病態を示していると考えられる。一般に、ヒトであれば CBV 上昇がみられるが、今回の実験では、CBV の有意な上昇はみられなかった。これは、1)事前に一側 のみ閉塞させる、2)一側閉塞後、4 日経過してから反対側を閉塞させる、といった BCCAOラット作成手順が側副血行路の発達に影響し た可能性がある。また、D の有意な低下からも、 残りの一側を閉塞させること自体が、急激な重 度の虚血をもたらすと考えられる。そのため、慢性脳虚血とは異なり CBV が上昇している時 間が極端に短く、一部の領域ではすでに乏血状 態であった可能性がある。乏血領域が解析に含 まれた場合、CBV は処置前より低下する。その ため、今回の解析では CBV 上昇が捉えられな かったと考えられた。今後、動物用 PET などに よるさらなる検証も必要と考えられた。

(注:図/PDFに記載)

3.2 ヒト撮像実験
ヒト撮像では、これまでに健常者 9 例、慢性脳虚血患者 46 例に対して、ヒト用 7TMRI にてIVIM-DWI を実施した。画像歪みおよび信号雑音比は十分解析に耐えうる画質であった(図4)。また、患者については同時期に 15O-gas を用いた PET 撮像も実施し、良好な画像が取得された。一方、ヒトで取得された IVIM-DWI データは、ラットに比べデータサイズが約 7 倍となるため、ソフトウェアのさらなる高速化または処理の簡略化が必要となる。そのため、現在は解析ソフトウェアのさらなる改変を行っている。解析ソフトウェアの改変が終了次第、IVIM 解析を実施し、PET で取得された結果と比較する予定である。

(注:図/PDFに記載)

4.結論
本研究では、超高磁場 MRI における IVIM-DWI によって、BCCAO ラット脳虚血急性期における MTT 延長と拡散能低下を捉えることができた。本結果については、現在論文投稿準備中である。また、今後は慢性脳虚血患者の解析を進め、臨床応用可能かどうか検証を行う。