2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

拡散の様子を可視化できる化学実験教材の開発

実施担当者

松岡 雅忠

所属:駒場東邦高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 駒場東邦高等学校化学部では、「溶液を染み込ませた多孔質の粒子」を用いた実験の研究などを行ってきました。たとえば、ケミカルガーデンという現象では、多孔性材料を水ガラス水溶液に入れることで、材料表面から「化学の花園」と呼ばれる美しい針状結晶が成長します。実験書に掲載されている従来の方法では、金属塩の結晶を用いていましたが、多孔性材料に染み込ませることで、資源の節約につながるほか、再現性よく実験を行うことができました。この成果は欧文誌「Journal of Chemical Education」にて発表しました。
 本申請では、生徒の化学部活動の中で、このような「拡散と関係する」新奇な化学反応群を模索することを主眼としました。
①電気分解による陽極金属の溶出を応用することで、通常は、まっすぐに成長するケミカルガーデンが屈曲することを見出しました。
②金属マグネシウムが、条件によっては,塩基性の水溶液と化学反応することに、生徒が偶然気づきました。塩基の種類や条件を模索しました。

 ところで、理科系部活動に所属する生徒たちは、どのような実験に関心を持つのでしょうか。東京都内の研究発表会の過去のデータをもとに、化学分野について分析を行いました。


2 拡散と関連する化学実験(生徒の研究成果)
2-1 電解水溶液中で屈曲するケミカルガーデン
 (生徒がまとめた研究レポートを要約したものである。)
 水ガラス水溶液を満たした試験管に金属塩の結晶を入れると、ケミカルガーデンと呼ばれる、ケイ酸の金属塩の結晶が上に生成する現象が知られている。私たちは、ケミカルガーデンが成長している水ガラス水溶液中に金属板を入れて電気分解を行うと、ケミカルガーデンが陽極側にひきつけられることを発見した。そこで、その仕組みについて考察した。
 ところで、ケミカルガーデンは、同じ塩でも、種結晶の大きさや硬さによって成長の度合いが異なることが知られている。化学部結晶班では、ケミカルガーデンの核には結晶でなく、金属塩水溶液を閉じ込めた多孔性材料(猫のトイレ用砂、猫砂)を利用することで、均一な太さのケミカルガーデンが得られることを見出している。この実験成果を利用し、以下の実験を行った。
【実験手順】
①水ガラス水溶液(3.0g/L)を小試験管に加えた。
②塩化銅(II)水溶液に浸した猫砂を2つ小試験管に入れ、ケミカルガーデンを成長させた。

③電源装置の両極からワニロクリップを介して、極板となる金属板(5.0cm×1.0cm)を接続し、試験管に固定した。そして、3Vの電流を18時間流し、ビデオ撮影した。
【実験結果】
 ほとんどの実験で、ケミカルガーデンは陽極側に屈曲して成長した。(写真1 通常のケミカルガーデン(左)と屈曲するガーデン(右))陽極・陰極に用いた金属とケミカルガーデンの陽極への曲がり方を表したものが以下の表である。

(注:表/PDFに記載)

 表で△、×となっているものは曲がり方が不明瞭であったり、陰極ヘ曲がったり、まっすぐ成長するなど、20回行ったが、有意な再現性がみられなかったものである。
 ケミカルガーデンは極板が銅のときに屈曲しやすいことが分かったが、陽極・陰極ともに亜鉛の場合にもわずかながら屈曲がみられた。電極が銅から鉄・亜鉛となるにつれて、屈曲する確率、および屈曲する度合いが減っていった。また、屈曲は極板付近まで成長してから発生した。

【考察】
 この研究成果は、H本化学会関東支部主催の「化学クラブ研究発表会」にて発表を行った。
紙面の都合上、詳細な考察は以下のURLを参照頂きたい。
http://kanto.csj.jp/?action=common_download_main&uload_id=637#page=60

2-2 塩基と金属マグネシウムの反応
 (生徒がまとめた研究レポートを要約したものである。)
 金属マグネシウムを炭酸水素ナトリウムなどの塩基性水溶液に入れると、気泡を出しながら溶けるとともに、白色のゲル状の沈殿が生成することを偶然発見した。
 マグネシウムが塩基と反応するのは非常に興味深い現象であったので、複数の塩基性水溶液を用い、滴定を用いてマグネシウムの量を定量する研究を行った。
①一定濃度の塩基性水溶液各種15mLをそれぞれ試験管にとり、マグネシウムリボン(1.0cm)を入れた。
②気体の発生の有無、激しさを観察した。48時間静置した後、Mgリボンの変化を観察した。
・水酸化ナトリウムNaOH水溶液、ケイ酸ナトリウムNa2 SiO3水溶液では変化が見られなかった。
・炭酸水素ナトリウムNaHCO3水溶液、炭酸ナトリウムNa2 CO3水溶液では気体が発生し、表面に白い固体が生成した。
③各濃度の炭酸水素ナトリウムNaHCO3水溶液、炭酸水素ナトリウムNa2 CO3水溶液において、反応後の溶液をEDTA滴定を行い、溶解しているMg2+の物質量を定量した。
・以下は、炭酸水素ナトリウムNaHCO3aqのEDTA滴定の結果である。表2は、48時間で溶解したマグネシウムの質量(mg)を表している。濃度に対して溶けたマグネシウムの量に大きな変化がないのが意外だった。

(注:表/PDFに記載)


【考察】
 この研究成果は、東京私立中学高等学校協会主催の「生徒理科研究発表会」にて発表を行った。紙面の都合上、「考察」の一部は生徒作成のスライドを紹介する。

(注:図/PDFに記載)


3 理科系部活動における探究活動のテーマ分析(顧問の研究)
3-1 背景
 中学校や高等学校の理科系部活動(ここでは、放課後や長期休業Hに行われる、授業の一環ではない課外活動を指す)は多くの学校に存在し、文化祭や地域のイベントなどでの実験デモンストレーションだけでなく、テーマを設定した継続的な探究活動などが実践されており、科学好きな生徒を育てる場として、また、数年という長いスパンでの課題研究を体験できる場としても重要である。
 そのため、中学・高等学校の理科系部活動の指導者にとって、生徒達がどのような研究テーマを選んで探究活動を行っているかの情報は有益であると考えられる。
 そこで筆者は、東京都の私立中学・高等学校の理科系部活動に所属する生徒が主に参加する「生徒理科研究発表会」に注目し、化学分野の研究テーマについて分析することで、中学・高等学校における理科(化学)系部活動の指導の基礎資料を作成することを目標とした。

3-2 調査結果
 東京私立中学高等学校協会文化部が主催する「生徒理科研究発表会」は、昭和36年度(1961年度)にスタートして以来、平成27年度(2015年度)で第55回を迎える。本発表会は中学校の部、高等学校の部からなり、それぞれ物理・化学・生物・地学のうちから分野を選択して研究発表を行う。口頭発表は各校とも中学・高等学校それぞれ1件に限られるが、誌上発表の件数に制限はなく、都内の私立中学・高等学校の理科系部活動の生徒にとっての目標となっている。
 まず、過去55回の研究紀要に掲載された、中学759件、高校1349件の研究報告を物理・化学・生物・地学の4分野に分類した。
 続いて、化学分野を中心に研究テーマを分類し、その概要を紹介するとともに、学校種や時代背景を踏まえつつ分析した。化学分野に相当する、中学校260件,高等学校452件の研究報告を分類したものが表2である。

(注:表/PDFに記載)

 理科系部活動ではテーマ設定や変更が容易であり、生徒達が関心を持った研究テーマを設定しやすい利点がある。本調査の結果、理科(化学)系部活動では教科書や実験書に根差した研究テーマを選択する傾向がみられた。そのため、指導者もアドバイスを与えやすいことが、生徒の目的意識の向上につながり、継続的な探究活動の実施に結び付いたと推測される。
 これらの分析結果を「理科教育学研究」(日本理科教育学会)へ投稿し採択された叱上記記述はその論文の要旨をまとめたものである。


4 まとめ
 偶然の発見をそのままにせず、その背最に何があるかを、高校生レベルで考察を深めることができた。いずれも一年程度のプロジェクトであるが、金属イオンの電場・磁場中での挙動、マグネシウム空気電池の長寿命化など、現在専門的な研究が進んでいる「ホットな」テーマとのつながりを感じさせることができた。また、共通の日標に向かって部員全員が努力するという経験は、部の活性化にも寄与すると期待される。