2014年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第28号

把持力可視化による力覚提示可能な脳外科手術用マニピュレータの開発

研究責任者

渡辺 哲陽

所属:金沢大学 理工研究域 機械工学系 准教授

共同研究者

米山 猛

所属:金沢大学 理工研究域 機械工学系 教授

共同研究者

香川 博之

所属:金沢大学 理工研究域 機械工学系 講師

概要

1. はじめに
内視鏡の重要性は近年、ますます高まっている。診断においては、開腹せずにがんなどの病変を発見するのに使用されている。内視鏡を用いることで、大きく開腹せず、切り口を小さいままに手術することが可能となっている。結果、手術での傷の回復が早まり、早期退院ができるなど、患者への負担が減っている。しかしながら、内視鏡から視覚情報を得ることは出来ても触覚情報を得ることはできていない。触診という言葉があるように、昔から診断に触覚情報を使用することは重要である。触覚情報は、これまで以上の精巧な検査や質の高い治療の助けになると考えられる。より重要なのは、内視鏡などで得られる視覚情報が限られているときである。具体的な例として、脳外科手術が挙げられる。組織が視界を遮るため、視覚があまり使えず、触覚が重要な情報源となる。
実用というまでには至らないものの、医療用の触覚提示システムが数多く開発されている。詳細は、Puangmali el al.らを初めとするいくつかのSurvery 論文1)~4)を参照されたい。開発された力センサの多くは、ひずみゲージなどの電気信号を利用している。しかしながら電気信号を用いる場合、その信号を伝達するための配線が必要な上、アンプを含めた信号処理機器が必要となり、全体としてシステムが大きくなる傾向があり、コストも大きい。配線の存在は、手術用としては重要な滅菌や消毒を難しくしてしまう。MRI 環境下などの磁場領域での使用は好ましくない。そこで、電気・電子回路ならびに配線を使わずに力などのデータを取得することが試みられている。Takakiらは、モアレ縞を用いた力の可視を利用した力センサシステムを開発した5) 。Tadano とKawashima は、空気圧サーボシステムを利用した力のフィードバックシステムを開発した6)。Kawahara らは、空気を臓器に当て、その変形の様子をカメラで観測することで、臓器の剛性を測定するシステムを開発した7)。これらのシステムは、主に腹腔鏡手術用である。脳神経外科で使用する場合、狭い術野での高い分解能の力計測が要求される。本研究グループでは、力センサとフィードバックシステムを用いた外科用のロボットシステムを開発した8)、9)。しかし、開発したシステムは歪ゲージを使用しており、上述した滅菌やMRI 適合性の問題を解決できていない。
そこで本研究では、直径1.9[mm]の内視鏡に取り付けることができ、体内組織の深部を診察可能な力センシングシステムを開発する。図1 に示すように鉗子部とつなげることで、組織を掴んだときの把持力を検出することができる手術マニピュレータを構築することができる。本研究では力センシングに焦点を絞り、その有効性を示す。本システムの主な特徴は以下の通りである。
高伸縮性をもつパンティストッキング編布(以下、編布)に基づく力可視化:力を、編布の変形量に変換する力検出部を開発し、その力検出部を内視鏡先端に取り付け、内視鏡カメラで編布の変形量を測定することで、力を計測する。小型高分解能:パンティストッキング編布の高い伸縮性を活用し、0.01[N]以下の分解能を実現する。力検出部は直径4[mm]以下と小型な上、電子回路・配線を有しないため、MRI 環境下においても使用可能であり、滅菌も容易である。低コストで内視鏡先端に取り付け可能なため、使い捨ても可能である。
本報告では、まず、開発した力検出部について述べる。次いで、力と編布の変形量の関係を調べ、開発した力検出部の特性を評価する。内視鏡カメラで撮影された画像からかかる力の大きさを検出する方法を提案し、その有効性を実験により示す。最後に、得られた結果と今後の課題をまとめる。
2. パンティストッキングを用いた力可視化部の構造
2.1 力センシングの基本原理
容易な滅菌と小型化という高い設計要件を満たす鍵はセンサ部に電子部品を使わないことにある。それを実現する方法の一つが力の可視化である。力が加わった物体の変形量をカメラで撮影し、その撮影画像から力の値を検出する手法である。次いで、脳神経外科での使用を想定した場合の要件について考えると、0.1[N]前後における、0.01[N]以下の分解能が求められる。パンティストッキングという高伸縮性の編布を用いることでこの要件を満たす。
まとめると、パンティストッキングをベースに、電子部品を用いず内視鏡先端に取り付け可能な力可視化部を開発する。力可視化部では、力が高伸縮性の編布の変形に変換される。その変形量を内視鏡のカメラで計測し、力に変換する。これにより、小さな値の計測範囲にて高分解能で力を計測できるシステムを構築する。
2.2 力可視化部の構造
ここでは力可視化部について述べる。図2にその基本構造を示す。ピンは図2において右方向にスライドできるようになっている。編布はピンと接触した状態でピンと内視鏡の間に位置している。物体もしくは組織がピンに接触すると、ピンは内視鏡の方向に向かって動く。その移動量はかかる負荷に依存する。つまり編布はバネの役割を果たす。内視鏡の方では、編布に覆われたピンの画像が観察される。図3にその一例を示す。中心付近の円で囲まれた領域がピン画像である。負荷が大きくなると、この円形画像の半径も大きくなる。従って負荷の大きさはこの得られた円形ピン画像の半径より導出することができる。
2.3 設計、製作、システム概要
図4に力可視化部のCAD 図を示す。図4(b)に断面を示す。20 デニールの編布が固定されている。図5に製作した力可視化部を示す。図6には、力可視化部を内視鏡に取り付けた、力センサシステム全体を示す。使用している内視鏡は、Super Thin Flexible Borescope(MEDIT)である。この内視鏡は、直径1.9mm、全長254mm、視野45°である。撮影のためのカメラには、Lumenera corporation のLu 135 を、内視鏡に接続し使用する。カメラの撮影条件を表1 に示す。Lu135 で撮影された画像は、 USB ケーブルを介してPC に送信することが可能である。
3. 負荷とピンの移動量の関係
撮影された画像、すなわちピンの円画像の半径から加えられた力を検出するためには、加えられた力とその力によるピンの移動量との関係を調べる必要がある。移動量がピンの円画像の半径の大きさを決定するためである。その関係は使用する編布の材質に依存する。従って材料を変えれば関係も変化する。そこでこの加えられた力とピンの移動量の関係を実験的に調べる。
3.2 実験設定と方法
図7に実験装置の全体像を示す。先端に直径1.9[mm]のピンを取り付けたフォースゲージ(IMADA ZP-5N、 分解能: 0.001 [N])を、移動ステージ(Oriental Motor ELSM2YF030-KD-C)に固定する。内視鏡に力可視化部を取り付け、力を加える方向を適切に制御できるように、内視鏡を高さ調節可能な手製のステージに固定する。内視鏡先端が、フォースゲージの高さや向きに合うように設定する。まず、初期状態として、フォースゲージとピンを接触させた時にフォースゲージの値が0.000N になるよう設定する。その後、移動ステージで、フォースゲージを0.2mm刻みで、総移動量が2.0mm に達するまで内視鏡方向へ移動する。移動させるごとに、加えられた力をフォースゲージで測定した。
3.1. 加えられた力と移動量の関係
図8に加えられた力とピンの移動量の関係を表わす実験結果を示す。回帰分析を、次式に示す二次多項式を用いて行った。得られた近似曲線を図8に示す。
ここでa = 5.0×10-2 、 b = 3.7×10-2 である。決定係数は0.99 であった。従って十分な精度でフィッティングができたと考えられる。
使用した編布は、曲げやねじれが編状に並ぶような構造である。与えられる力が小さい場合、編布は、曲げやねじれが伸びることを主とした構造上の変形をする。この時、加えた力と変化量の関係は、非線形関数で表わすことができる10)、11)。加えられる力が大きい場合、曲げやねじれが引き伸ばされ、その後、編布を構成する素材自体の剛性により変形していく。この場合、与えられる負荷と変形量の関係は線形の一次関数で表わされる。今回は、加えられる力の最大値が0.3[N]程度であることから、非線形関数で表されると考え、式(1)に示すような二次多項式を用いて回帰分析を行った。
4. 撮影画像からの力の測定方法
ここでは、内視鏡カメラで撮影された画像から加えられた力の大きさを検出する方法について述べる。まず、撮影で得たピン画像から円領域が取得する。次に、円の半径から加えられた力を測定する。
4.1 ピン画像の円領域抽出
内視鏡カメラで撮影された画像を処理し、ピン領域を円で近似する。図9に、撮影で得た画像を処理する手順と、それに対応する画像を示す。図9(a)には、処理前の原画像を示す。ピン領域から円領域を得るため以下の処理を行った。
①スムース処理とエッジ強調:ノイズの低減と、ピン領域の境界部分を明確にするために、平滑化とエッジの強調を行う。図9(b)に得た画像を示す。
②グレイ化処理:二値化のための前処理として、カラー画像をグレースケールに変換する。図9(c)に処理後の画像を示す。
③二値化:円領域の情報を得るため、画像を二値化する。図9(d)に得た画像を示す。
④円形領域の取得:二値化された画像内の最大面積を持つ領域を抽出し、その領域を含んだ最小円を、ピン領域の円とし取り出す。これにより得た円画像を図8(e)に示す。最後に、取り出した円の半径を導出する。
4.2 負荷の大きさの導出
ここでは、加えられた力とピン画像の円半径の関係を求める。物体をカメラで撮影した時、そこで得られる、画像内の物体が画像を占める領域と、カメラと物体の実際の距離との関係を考える。図10に示すような半径R の球状物体をカメラで撮影する場合を考える。球状物体とカメラの距離がD0 とD0-D の場合を比較する。その距離がD0 の場合のカメラの視野の幅をW0 、距離がD0-D の場合の幅をW とする。図11に、図10で撮影された画像イメージを示す。図11(a)は、球状物体とカメラの距離がD0 の位置にある時のものであり、図11(b)は、物体とカメラの距離がD0-D の位置にある場合を示している。r0 とr はそれぞれ、撮影画像における、半径R の球状物体の見かけ上の半径である。
D0、 D、 W0、 W、 R、 r0 とr の関係から、式(2)を得る。
一方で、ピンの移動量と加えられた力(負荷)の関係は式(1)で与えられる。式(2)を式(1)に代入することで、下記の関係を得ることが出来る。
式(3)より、加えられた力の大きさが、得られるピン画像の円半径の逆数に関する二次の多項式で表わされることが分かる。
5. 実験
ここでは、加えられた力とピン画像の円半径との関係を調べる実験を行い、本報告で提案する手法の有効性を示す。実験装置は3.1 節で説明したものと同じものを用いる。実験手順以下に述べる。まず、初期状態として、フォースゲージとピンを接触させた状態で、加えられる力が0.000[N]となるようにする。その後、フォースゲージを移動ステージで、内視鏡方向に0.02[N]刻みで、最大が0.2[N]となるまで移動する。撮影された画像の一部を図12に示す。図12から、加えられた力によりピン画像内の円半径が変化していることが分かる。図13に、与えられた力とピン画像の円半径(の逆数)の関係を示す。前述したように、加えられた力は、ピン画像の円半径の逆数に関する二次多項式で表わされる。式(3)に基づき、最小二乗法を用いてパラメータ値を計算すると、次式を得ることができる。
得られた回帰曲線を図13に示す。決定係数は0.99 と高く、フィッティングが上手くいっていることが分かる。編布に加えられる力は0.1[N]前後と想定し、加えた力の範囲を 0 ~ 0.2 [N]とした。式(4)で表される関係は非線形ゆえ、分解能は領域によって変わる。例えば、ピン画像の円半径が130[pixel]付近の場合を考える。ピン画像の円半径rの最小変化量が0.5[pixel]であるので、 r = 130と129.5 [pixel]の場合で比較する。式(4)から得られる力の差は0.0016[N]であり、これがこの範囲付近の分解能と考えることができる。同様に、r =160 と159.5 [pixel]の場合を比較すると、分解能は0.0025[N]となる。分解能は、加えられた力の増加に伴い低くなっていくが、今回の範囲で得られた分解能は十分に高く、0.01[N]以下と考えることができる。
6. おわりに
本報告では、高い伸縮性を持つパンティストッキング編布を用いて力をその変形量に変換し、それを内視鏡で計測する力センシングシステムを開発した。力検出部すなわち力可視化部は内視鏡先端に取り付けることのできる、電気部品を有さない機械部品で構成されている。これにより、小型、低コスト、使い捨て可能を実現した。滅菌も容易と考えられる。一方で編布の高い伸縮性を利用することで、0.01[N]以下の高分解能で力を計測するシステムを実現した。開発したシステムの目的は、人の手の届かない位置にある体内組織の医学的観察である。内視鏡に開発したパーツを付けることで、力の情報を得ることが可能になるが、視覚情報を得るのが難しくなる。この場合、内視鏡を2 つ使用し、1 つを力の計測、もう1 つを視覚情報の取得に使用することで解決できる。実用化のための、力の提示システムの開発や防水処理、インビトロなどでの実証実験などは今後の課題である。