1988年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第02号

心臓用人工弁機能の電子計測技術システムの開発ー画像計測による心臓用人工弁の運動解析システムの開発ー

研究責任者

舟久保 煕康

所属:東京大学 工学部 精密機械工学科 教授

芝浦工業大学 教授

共同研究者

土肥 健純

所属:東京大学 工学部 精密機械工学科 助教授

共同研究者

松本 博志

所属:東京大学 医学部 助教授

埼玉医科大学 教授

共同研究者

米田 隆志

所属:東京大学 工学部 精密機械工学科  講師

芝浦工業大学 講師

共同研究者

佐久間 一郎

所属:東京大学 工学部 精密機械工学科  助手

東京電機大学 助手

概要

1.序
人に埋め込まれた傾斜型ディスク弁の運動解析を行うことは臨床的にその機能評価のために重要である。また, 新しい人工弁の開発においてもその必要性が求められている。
弁の運動状態のモニタとしては心音図の解析等種々の方法があるが, 埋め込まれた弁のX線透過像の解析が最も直接的であり, 弁の運動状態を理解することが容易である。しかし, 従来行われていた傾斜型ディスク弁のX線透過像の解析には, 以下のような問題点があった。
1)X線透過像は2次元への投影像であるため, 弁の3次元的な運動把握が困難である。
2)現在行われている解析方法は主に定性的なものであり, 弁の開放角度を計測するなどの定量的な解析が行われていない。
3)2次元情報から弁の3次元的座標値や姿勢を導出するアルゴリズムは存在するが多くの計算を必要とする。
相馬らはX線透過像から弁の開放角度を測定する方法について報告しているが, 弁の開放角度の計測のみで, 未だその結果より弁の3次元的運動を把握することは困難である。そこで, 人工弁のX線透過像等から弁の開放角度だけではなく, 弁, 弁座の3次元的な運動状態も含んだ画像情報を総合的に解析, 処理するシステムの開発が必要である。
本研究では, 以上の点を考慮しつつ, 次のような機能を有する傾斜型ディスク弁の運動解析システムの開発を行ったのでここに報告する。
1)X線透過像より弁の3次元的運動が計測可能である。
2)弁開放角度, 弁座変位等の3次元の定量的データが導出可能である。
3)操作者に容易に弁の運動状態を呈示するためコンピュータグラフィックスの技法を用いて解析結果を表示する。
2.計測原理
X線透過像から弁の位置及び方向を導出するために次の仮定をおいた。弁と弁座の形状が円形であること。よって, ある平面に, 投影された弁の形状は楕円形となる。図1(a)にその幾何学的関係の説明図を示す。図中πは3次元空間における円板を表し, π'はX-Y平面へのπの投影像を表す。ここで, 我々はX線シネフィルムがX-Y平面上にあり, カメラの光軸がZ軸と一致すると仮定した。図中A'B', C'D'はそれぞれ楕円形π'の短軸, 長軸である。また, P'は楕円形π'の中心である。πの円周上の点A, B, C, Dはそれぞれπ'の円周上の点A', B', C', D'と対応する。円板πの直径1は次のように表される。
図1において点C, C', D, D'を含む平面は円板πの中心P, 及びπに垂直なベクトルdrを含む。円板πの位置はこのベルトルdrで表される。よって, X-Y平面上の ベクトルC'D'は, 以下のように表される。
ここで, C'D'とdrはX-Y平面に直交する同一平面上→にあるため, drはのように表される。
X-Y平面と円板πがなす角度をθとすると図2に示した幾何学的関係よりθは次のように表される。
一方, 円板πの直径1と楕円形π'の短軸C'D'には次の関係がある。
(1)式を(4)式に代入することにより次の式が得られる。
rx, ryはπ'の短軸の方向により決められる。また, |A'B'|及び|C'D'|はそれぞれπ, の短軸・長軸なので, 円板πの方向はその投影像π'より決定される。πの中心PのX-Y座標はπ'の中心P'のそれと等しい。(7)式中の±は図1(B)に示すような二つの解が存在する事を示す。この二つの解より自動的に正しい解を決定することは一方向の画像のみでは不可能であり, 2方向から見た2つの投影像が必要となる。
一般にX-Y平面上の楕円形は2次式で表される。
上記の式の五つの係数ai(i=1, 5)を定めれば楕円形は一意的に決定される。よって, 楕円形の5点の座標データが得られれば式(8)の五つの係数が求められ, これより長軸・短軸の長さ, 方向を算出することができる。
3.システム概要
図2にシステムの概要図を示す。本システムは, TVカメラ, フレームメモリ(イメージメート, 日本アビオニクス株式会社製), 16bitパーソナルコンピュータ(PC-9801VM, 日本電気株式会社製), スーパーインポーザ及びCRTモニタから成る。
カメラから取り込まれた弁の画像はフレームメモリ上においてデジタル情報に変換される。フレームメモリの解像度は水平方向640ピクセル, 垂直方向480ピクセル, 階調精度256レベルである。メモリ上に読み込まれた画像はCRTモニタ上においてコンピュータ画面と重ねて表示される。操作者はCRTモニタ上のカーソルを移動することにより弁, 弁座の各点を指定することによりコンピュータに投影画像の幾何学的データを入力する。コンピュータはこのデータを基に弁の3次元的情報を導出し, CRTモニタ上にコンピュータグラフィックスとしてX線透過像と重ねて表示する。実際には前述のようにCRTモニタ上で弁及び弁座の輪郭上の5点をそれぞれのX線透過像において入力する。このデータより投影像の長軸短軸の長さが計算され最終的には3次元的方向が式(7)により算出される。
4.実験
4-1測定誤差の評価
測定誤差の評価をするためにその直径を軸に回転する円板の傾斜角を計測した。円板の回転軸はTVカメラの光軸に対して垂直に置いた。円板に垂直なベクトルは前述のアルゴリズムにより計算され, このベクトルと光軸との角度(傾斜角)を測定した。円板の傾斜角を10度から80度まで10度おきに変え, それぞれの位置で傾斜角を10回づつ測定した。異なる直径を持つ二種類の円板を使用し, 大きい方の円板がCRT画面の高さの50%, 小さい方の円板が34%になるように光学系を調節した。結果は表1に示す。
4-2傾斜型ディスク弁のX線透過像の解析
埋め込み型HALL-KASTER僧帽弁のX線透過像を解析した。投影速度は90コマ/secであり, そのうち33コマ(0.37秒分)を解析した。図3にX線カメラの方向からみた弁の像の動きを示す。図4に弁座に対してほぼ垂直な方向からみた弁の像の動きを示す。図5に弁の解放角度の変化とX-Y座標における弁の中心の偏心を示す。
5.結果と考察
表1に示されるように、どちらの場合においても測定誤差は約3度であった。図5に示すように、埋め込み型HALL-KASTER僧帽弁の開放角度は、約69度となり、この結果は、HALL-KASTER弁の機械的な仕様(解放角70度)によく一致した。角度の小さい範囲での測定誤差は、角度の大きい範囲でのそれよりも大きかった。即ち、弁の投影像が円に近く見える方向から測定したときに、その測定誤差が大きくなった。これは傾斜角が小さい範囲では, 短軸の変化率が小さいためである。この事実は, 式5を微分することによって導かれる。従って, 開放角度の正確な測定のためには, 弁の像が円形になることのないように視点を選択しなければならない。
弁の運動を2次元の投影像から解析するのは困難である。たとえ弁の開放角度が得られていても, 弁の複雑な運動を解析することは依然困難である。その理由は, 多種の情報を扱う必要があるからである。本システムは, 弁運動解析のための多種の情報を投影像から収集する。これらの情報は, 画像情報, 開放角度情報などである。本システムは, これらの異なった種類の情報を扱え, 操作者により判り易くコンピュータグラフィックスの技法を用いて提示する。このシステムを用いることによって, 操作者は, 複雑な傾斜型ディスク弁の動きをより簡単に理解できるようになり, 臨床的応用および新しい弁の開発時に, 有効な情報を得ることが可能となった。