2014年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第28号

心臓の高速超音波イメージング法の開発

研究責任者

長谷川 英之

所属:東北大学大学院 医工学研究科 計測・診断医工学講座 准教授

共同研究者

金井 浩

所属:東北大学大学院 工学研究科 電子工学専攻 教授

概要

1. はじめに
現在、 世界で年間約730 万人1)、日本で約20万人2) が虚血性心疾患により死亡している。そのため、心疾患の早期発見が重要となってくる。心疾患の進行度を検査、発見する方法として、従来より心臓超音波検査が知られている。超音波検査は非侵襲かつリアルタイムに繰り返し心臓の断層像を取得できる、有力なモダリティの一つである。例えば、B モードやM モードを基にして断層像や血流の速度を計測する場合、X 線CT(Conputerized Tomography) やMRI(Magnetic Resonance Imaging)といった他の診断装置と比較すると、超音波診断装置ではこれらの計測をかなり容易に行うことができる。
局所的な心機能を定量的に評価するため、心臓壁のストレインやストレインレートの計測手法が従来より開発されてきた3、4)。また、心臓の収縮-弛緩の過程や心臓弁の開閉などにより生じた振動の伝播過程を計測することも、心疾患の定量的評価には有用であることが示されてきている5)。しかし、これらの計測には、通常より高いフレームレートが要求される。例えば、心筋やプルキンエ線維における興奮伝播速度は0.3-4 m/s であるため6)、伝播過程を観察するためには1-2 ms 程度の時間分解能が必要となる。フレームレートは時間分解能の逆数であるため、500-1000 Hz 程度必要である。
心臓断層法におけるフレームレートは、パルス繰り返し周波数を超音波ビームの送信回数で割った値で示される。パルス繰り返し周波数を5-6 kHzと想定すると、約500 Hz の高フレームレートを獲得するためには、ビームの送信回数を10 回以内とする必要がある。
これまでに、ビームの送信回数を低減する一つの手法として、parallel beam forming (PBF)7、8)が開発されてきた。この手法では、多素子を用いて広域に照射できる送信ビームを形成する。多素子で受信した信号から、各送信ビーム内に複数の受信ビームを形成することにより、複数の散乱体からのRF エコー信号を得ることができる。
我々は、超音波プローブ内の仮想点音源から球面状に拡散する波を送信ビームに利用し、その球面拡散波内にPBF を用いて複数の受信ビームを同時に形成する手法を提案した。この手法により、従来のセクタ走査と同様の視野90°を保ちながら、300 Hz 程度 (ビームの送信回数 =15 回)の高いフレームレートを実現した。本報告では、本申請者が開発した心臓の高速超音波イメージング法について述べる。
2. 原理
2.1 送信ビームフォーミング
本研究では、広い送信ビームとして平面波(図1) および球面拡散ビーム(図2) を用いた。
平面波を角度mΘ (m = ?7,?6, ..., 0, 1, ..., 7)の方向に送信するために超音波プローブ(素子数: L) の素子i (i= 0, 1, 2, ..., L ? 1) に与える遅延時間TTBF,i,m は次式で表される。
ここで、⊿x は素子間隔である。
球面拡散ビームは、振動子配列背面の点音源から送信された球面波を模擬することにより実現する。図2(a)のように球面拡散ビームをmΘ 方向に送信する場合、(1)式で表されるmΘ方向への偏向を示す遅延時間に加え、図2(b) に示される仮想点音源から各素子i までの距離に応じた遅延時間を合わせた、(2)で表される遅延時間TTBF,i,m を送信ビームフォーマにより各素子i に与える。
2.2 受信ビーム形成
関心点p0 = (r0, θ0) (ビーム方向距離, ラテラル方向角度)に関して,m 回目の送信において各素子i で受信されたRF 信号yi,m = [(yi,m)0 (yi,m)1 ...(yi,m)N?1 ] (N は信号長) を用いて受信フォーカスを行い、p0 における受信ビームフォーミング後RF 信号の値O(p0) を得る。受信ビームフォーミングの際、各素子i で受信されたRF 信号yi,m に与える遅延時間TRBF,i,m は次式で表される。
ここで、TTW,m(p0) は送信波面が点p0 に到達するまでの時間を表し、平面波の場合は(4) 式で与えられる。
球面拡散ビームの場合は、図3 の座標系を考えることによりTTW,m(p0) は次のように与えられる。
ここで、rf はプローブ表面から仮想点音源までの距離を示し、距離r’1 は図3 に示すとおりである。
受信ビームフォーミングの際、点p0 において複数の送信ビームが重なる場合、それらの送信回で得られたO(p0) をコンパウンドすることにより点p0 における信号値Oc(p0) を得る。
2.3 非集束送信超音波ビームと受信PBF を用いたイメージングにおける問題
扇形の超音波画像を得るためには、超音波ビームを偏向する必要がある。したがって、偏向により超音波ビームの指向性が変化する。受信ビーム形成においては、隣り合うビームの間隔が0.375度と小さいため、隣り合う受信ビームの指向性の違いは小さい。しかし、送信ビームの間隔はフレームレートを向上させるため6 度と大きく設定しており隣り合う送信ビームの指向性の違いが大きくなる。送受信指向性(送信指向性と受信指向性の積)9) が超音波画像の点広がり関数を決定するため、図4 に示されるように得られる超音波画像に6 度毎に不連続が発生することになる。
2.4 複数回送信のコンパウンド
前述したように、一般的な並列ビーム形成法を用いた場合には、隣り合う送信ビームの間隔が大きく指向性の違いが大きいため、得られる超音波画像に不連続が生じる。このような不連続は空間周波数が高い成分に対応するため、高周波成分を除くことにより超音波画像の連続性を高めることができる。そのための最も簡単な方法は移動平均によるローパスフィルタリングである。空間内の点p = (r, θ) における移動平均後の超音波RF 信号Os (r, θ) は次式により表すことができる。
ここで、(2Ms + 1) は移動平均に使用する標本点の数を示し、wj は重み関数である。また、m0 は受信ビームを形成する点p = (r, θ) に最も近い送信ビームを示す。(9) 式に示されるように、移動平均はフーリエ変換により直流成分を推定する操作に対応している。(9) 式で得られる周波数スペクトルはwj とOm(r, θ) の周波数スペクトルの畳み込みに対応する。したがって、移動平均によるローパスフィルタリングの特性は重み関数wj によって決定されると言える。一般的に、矩形関数はサイドローブレベルが高く、ローパスフィルタリングにおいて高い周波数成分のカットオフ性能が低いことに対応する。したがって本報告では、サイドローブレベルの低いハニング窓を使用する。移動平均により空間周波数の高い成分は低減できるが、移動平均では空間内の異なる点のRF信号{Om(p)}を平均するため、画像がぼやける。これを避けるため、本報告では、点p0 のデータを推定する場合、点p0 のデータ{Om(p0)}のみを使用する。この処理は、異なる送信回において点p0 ついて受信ビーム形成を行ったデータを用いることにより実現できる。これは、平面波や拡散ビームの音圧は波面内でほぼ一様であるためOm0(r, θ+ Θ?j) ? Om0+j (r,θ) と近似することに対応している。
(9) 式における角度に関する和を、送信回に関する和に置き換えることにより、点 p におけるコンパウンドしたRF 信号Oc (p) が次式により示される。
ここで、(2Mc + 1) はコンパウンドに用いた送信回数を示している。前述したように本報告では重み関数wc,i にハニング窓を用いており、次式で定義する。
本報告では、コンパウンド回数Mc は各深さr における送信ビームの角度幅 θw で決定する。角度幅 θw は平面波の場合、
となる。拡散ビームの場合、拡散角度 φ は次式で表される。
深さ r におけるビーム幅 lw は、lw = (rf + r) tan??と表すことができ、これに対応するビーム角度幅 θw は、
となる。コンパウンド回数(2Mc + 1) は、ある点p0 が上記のように計算されるビーム幅の外にある場合は重みwc,i が小さくなるように設定する。本報告では、Mc は次式のように設定した。
本研究では、球面拡散ビームの拡散角度 ? を導入し、ビーム幅と送信ビーム間隔について検討した。目標のフレームレートを300 Hz 程度とした場合、パルス送信繰り返し周波数5 kHz (観察可能深度約150 mm)の条件下では送信回数を15 回程度にする必要がある。送信15 回で90 度の扇状領域を描画するためには、送信ビーム間隔は6 度となる。複数回送信のコンパウンドを行うためには、送信ビーム幅は少なくとも送信ビーム間隔より広い必要がある。図5 は、(12)式と(14)式に基づき算出した、各深さにおける平面波および球面拡散ビームの各深さにおけるビーム幅である。図5 において、心臓の深さと想定される100 mm より深い領域でも、仮想点音源位置を-100 mm、-50 mmと設定することで、送信ビーム幅は送信ビーム間隔のそれぞれ2 倍、3 倍程度に保たれ、コンパウンドを行ことができると考えられるため、本研究では仮想点音源位置-100 mm と-50 mm について検討を行った。
3. 実験結果
3.1 ワイヤファントムに対する送受信結果
図6(a)、6(b)、6(c)、6(d) はそれぞれ、従来のセクタ走査、平面波送信によるPBF,rf = 100 mm とrf = 50 mm の球面拡散ビーム送信によるPBF を用いて得られた、水中に設置した細径ワイヤ(直径100 μm) の超音波B モード断層像である。また、図7 はθ0 = 0 度、r0 = 41 mm におけるビーム方向、ラテラル方向の受信信号振幅分布である。これらの結果からPBF により従来のセクタ走査と同等の距離・方位分解能が得られることが分かった。しかし、方位方向のサイドローブがごくわずかではあるが増加しており、実際の心臓計測においては肋骨などからの不要な反射成分が増加して画像のコントラストは若干低下することが想定される。
また、平面波を使用した場合、平面波の方位幅は開口幅で制限され、さらに偏向により方位幅が減少して1 回の送信で描画する領域の方位幅内で十分な音圧が得られなくなる。このことから、偏向角度が大きくなると図6(b) の破線で囲まれた領域に見られるように点拡がり関数に歪みが発生する。これに対し球面拡散ビームは開口幅よりも広いビームを送信できるため、図6(c) に示されるように、PBF で発生する点拡がり関数に発生する歪みを抑えることができる。仮想点音源位置の違い(rf = 100、 50 mm) による影響は見られなかった。また、表1 に図7 の振幅プロファイルから推定した半値幅を示す。表1 から、非集束送信ビームを用いて、従来のセクタ走査と遜色ない空間分解能が得られていることが分かる。
3.2 ヒト心臓のin vivo 計測結果
図8 は、従来のセクタ走査および非集束送信超音波ビームと受信PBF を用いた高速超音波イメージングにより得られたヒト心臓の超音波Bモード断層像である。図8(a)の従来のセクタ走査に比べ、図8(b)-(d)の非集束送信超音波ビームと受信PBF による高速イメージングでは、フレームレートが39 Hz から316 Hz と飛躍的に向上している。非集束送信超音波ビームと受信PBF により得られた断層像では、心内腔領域においてサイドローブ上昇の影響によるものと思われる不要な信号の増加がわずかに見られるものの、従来のセクタ走査と比較し得る断層像を得ながら、飛躍的に高いフレームレートを実現することができた。
4. まとめ
本報告では、parallel beam forming (PBF) による高速超音波心臓断層法について検討を行った。心臓の測定の場合には、狭い肋骨の間から超音波を入射する必要があり開口幅が制限されるほか、心臓は体深部にあるとともに大きな器官であるため、広い範囲をイメージングする必要がある。従来のPBF では、平面波送信が用いられてきたが、平面波の方位幅は開口幅で制限され、また、偏向により方位幅が減少するため、偏向角度が大きくなると点拡がり関数に歪みが生じる問題があった。本報告では、開口幅よりも広い方位幅を実現できる球面拡散ビームを用いることでこの問題を解決し、従来のセクタ走査により得られた心臓断層像と比較し得る断層像を従来(39 Hz)より飛躍的に高いフレームレート(316 Hz) で計測することができた。