1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

心室容積計測用コンダクタンスカテーテルの絶対容積キャリブレーション法の開発

研究責任者

菅 弘之

所属:岡山大学 医学部 生理学第二講座  教授

共同研究者

高木 都

所属:岡山大学 医学部 生理学第二講座  講師

共同研究者

伊藤 治男

所属:岡山大学 医学部 生理学第二講座 研究生

共同研究者

荒木 淳一

所属:岡山大学 医学部 生理学第二講座  研究生

共同研究者

難波 健利

所属:岡山大学 医学部 生理学第二講座 研究生

概要

1.まえがき
心臓は全身に血液を循環させるポンプの役割を果たしている。その心臓の拍動に応じて時々刻々変化している心室の血液容積を高精度にかつ簡便に計測することは,心臓生理学上および心臓病学上極めて意義がある1)2)。しかし,現在用いられている多くの心室容積計測法は三次元の広がりをもつ心室容積を一次元あるいは二次元の計測値から近似的に算出するなどいずれも間接的であり,また複雑な操作を要するものが多い。
近年,オランダのDr. J. Baanにより開発されたコンダクタンスカテーテル法を用いた心室容積連続計測法は時々刻々変化する容積値をリアルタイムで連続して簡便に計測することが可能な方法である3)4)。
コンダクタンスカテーテル法は先端に8極の電極を等間隔に埋め込んだカテーテルを心室内に導入留置し両端電極にて交流微弱定電流を流し中間電極の隣接ペアでそれぞれのコンダクタンスG(t)を計測することにより絶えず変化している生体心臓の心室容積V(t)を計測するものである。
ただし,血液抵抗率ρはキュベット内に測定対象の血液を注入して計測することにより求められる電気抵抗値(Ω・cm)であり,隣接ペア電極間距離Lは使用する電極カテーテルにおける固有値である。
すなわち本法は三次元の電気コンダクタンスから三次元の心室内血液容積を算出するため精度の点でも優れた方法である5)。
しかしコンダクタンスカテーテル法においても幾つかの問題点がある。その一つは,心室の真の血液容積すなわち絶対容積のキャリブレーションの精度の問題である。本研究では,コンダクタンスカテーテル法の容積計測の原理に立ち帰り,どのような要因が容積計測に誤差をもたらすかを検討し絶対容積キャリブレーションを試みた。
2.研究内容および成果
心室容積絶対容積キャリブレーションは,計測コンダクタンス値と心室容積関係における心室容積切片(Gp;式(1))と傾き(c;式(1))の二つのキャリブレーションに分けられる。この切片は,対象の心室から駆動電流が心室血液外に漏れ出ることによるパラレルコンダクタンスGpの存在によって求められる心室容積が「下駄を履いている」ことを意味する。また傾きは,心室内に形成された等電位面が心室長軸の垂直方向に平行でなく僅かに湾曲するため,心臓のサイズが大きくなると若干の変動がみられる。
2.1ゼロ点キャリブレーション
この心室容積切片すなわちゼロ点の誤差の要因についてさらに詳しく述べる。心室内の電極から微弱電流を流すと心室内の血液ばかりでなく,血液を介し心筋および心臓の周りの組織に対しても電流が漏れ出る。この漏れ出る電流によるパラレルコンダクタンスGpに対応する成分Vcだけ常に過大評価されるため,心拍ごとの相対的な心室容積変化しか計測できない。
そこで漏れでる電流の大部分が心筋であると仮定して心筋及び血液の交流電気インピーダンス周波数特性を別々に計測しこの両者の周波数特性の違いから心室内血液の電気インピーダンス成分のみを分離算定し,この算定電気インピーダンス成分から真の心室血液容積すなわち絶対容積の計測を行う。具体的には,二つの異なる交流周波数電流を流しそれぞれの周波数での血液,心筋の両者の周波数特性の相違から血液だけの電気インピーダンス成分を分離し,血液の絶対容積を算出する7)。
いま,パラレルコンダクタンスGpによる容積評価成分をVc(Vc=c・ρ・L2・Gp),収縮期末容積Ves,拡張期末容積Vedとし二つの周波数ω、,ω2の交流微弱電流を流した場合次式が成立する。
なおα,βはそれぞれ心筋,血液の周波数変化(ω1→ω2)に対するインピータン変化率である。
また一心拍駆出率Ejection Fraction(EF)は
と表すことができ,これら三式から次式が導かれる。
したがって,容積補正項Vcはa,β,Ved(ω2),Ved(ω1)の4つの変数が判れば算出可能である。
2.2犬摘出心筋および血液の周波数インピーダンス特性の計測
まずこれら両者の周波数インピーダンス特性を計測するために駆動電流用の交流微弱定電流回路と微弱交流電圧計測差動アンプをオペアンプにて作成した。(なおこの装置自体は1kHzから100kHzまで周波数特性を示さないことは確認ずみである。)インピーダンス測定は交流正弦波による四極法を用いて行った8)9)1°)。外側二極に定電流を流し内側の二極で交流電圧を計測しインピーダンスを算出した。犬摘出心筋は電気絶縁容器内で,また血液は電気絶縁キュベット内に注入後,周波数によるインピーダンス特性を各々計測した。心筋のインピーダンス周波数特性は図1に示す。1kHzから100kHzの周波数問でインピーダンスは対数的に減少した。また他方血液のインピーダンス周波数特性は100kHzまで変化しない(β=1)とされているが今回の計測においても確認された11)。
2.3生体心室容積測定装置およびカテーテルの製作
前項の心筋と血液のインピーダンス周波数特性に基ずき犬での実験用コンダクタンスカテーテルシステムを製作した。製作条件は種々検討したが,前項測定結果から周波数ω1,ω2は心筋の周波数特性の変化範囲であり,かっ血液が周波数特性をもたない範囲(β=1)である周波数20kHz,2kHzをそれぞれ選定した。なお駆動交流電流は30μA,周波数は20kHzを基準としスイッチにより2kHzに切り替えられるよう設計した。装置の回路ブロック図は図2に示す。この装置自体の周波数切り替えによる出力変化すなわち装置自体の周波数特性は高精度金属皮膜抵抗を入力部に接続して最大1%以内であることを確認した。さらに装置のキャリブレーションは生理食塩水(p=65SZ・cm)を満たした内径の異なるメスシリンダーを用いて行なった。また電極カテーテルは予備実験において一般によく使用される程度の絶縁強度の材質では20kHzと2kHzの周波数により抵抗特性が現れてしまっので,抵抗特性が現れないよう,特に絶縁強度の高い材質で,太さ8フレンチ(直径約2.5mm)のものを選定した。電極材質はプラチナを用いて電極間距離8mmで8極取り付けた。
2.4計測実験
雑種成犬三匹(6~9kg)を麻酔後,胸骨正中切開により開胸し左室心尖部よりコンダクタンスカテーテルおよびチップ圧センサーカテーテルを挿入し,左室内に留置した。コンダクタンスカテーテルは前項で述べた心室容積測定装置にまた圧センサーカテーテルは圧計測アンプにそれぞれ接続した。この容積,圧信号はコンピュータにサンプリング周波数333Hzにて取り込み表示および解析を行った。
得られた容積を横軸に,圧を縦軸にとりリサージュ図形を描かせると図3に示すように左回りのループの軌跡を描く。さらに心臓の定常状態を保ちながら駆動微弱電流30μAを変化させないで駆動周波数のみを20kHzから2kHzに切り換えると,圧容積ループが左方向に△V(=V(ω1)-V(ω2))だけ平行移動した。またこのとき同時に心臓の表面筋肉に四電極を当て生体心筋インピーダンスの周波数変化率(20k→2kHz)すなわち前式(2)におけるαの値を計測した。
ここで(2)式は次のように変形できる。
上式(3)を用い実験毎の心筋インピーダンス周波数変化率αおよび容積の周波数変化分△Vから測定基準周波数20kHzにおける容積補正成分Vcを算出した。
表1から心筋のインピーダンス変化率(20k→2kHz)αは犬の体重すなわち心臓のサイズによらずほぼ一定と考えられる。従って容積の周波数変化△Vが計測できればパラレルコンダクタンスGpによる容積成分Vcが簡単に求めることが可能である。また容積成分Vcは心臓のサイズに影響され,実験2の比較的小さなサイズでは他の実、験1,3と比べて小さくなっている。またVc/Vesは心室収縮期末における計測コンダクタンスG(t)+GpとパラレルコンダクタンスGpの比率Gp/(G(t)+Gp)を表している。このことから開胸下では心室血液から漏れ出る電流は全体の30%から40%程度であることがわかった。今回は開胸下での計測実験であったが閉胸下での検討も行う予定である。
3.まとめ
心臓の拍動に応じて時々刻々変化する心室血液容積をリアルタイムで連続して計測するコンダクタンスカテーテル法は,心室容積切片すなわちゼロ点のキャリブレーションにおいて誤差を生ずる問題点を有している。しかし,その要因である心筋に流れるパラレルコンダクタンス成分は本研究で明らかにしたように心筋と血液の両者のインピーダンス周波数特性の相違を利用することにより簡単に求めることができた。