2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

微量試料による組織酸素消費率の燐光測定法の開発

研究責任者

柴田 政廣

所属:東京大学大学院 医学系研究科 医用生体工学講座 講師

共同研究者

神谷瞭

所属:日本大学 グローバルビジネス研究科 教授

概要

1.はじめに
生体の生命活動のほとんど全てが、酸素を消費して合成されるATPをエネルギー源として営まれている。従って、各組織の単位重量当たりの酸素消費率(qO2)は、組織代謝率の同義語としてそれぞれのviabilityを測る指標とされている。その減少はなんらかの機能低下(変性)を、またその異常充進は癌化などの悪性化(変質)を示唆する。しかし、従来この酸素消費率を計測する方法は限られており、その測定条件も制約が多い。一方、酸素は毛細血管から組織内での代謝率に比例して消費されつつ拡散するため、その周囲の組織内には酸素の空間的濃度分布が生じる。この組織内酸素分圧分布については、骨格筋組織を模した円筒モデルにより理論的解明が試みられているが1)、その妥当性を検証するための実測は未だ行われていない。本研究では骨格筋組織を対象とした組織酸素分圧計測用の時間分解型生体顕微鏡の開発を目的とする。さらに本顕微鏡を利用し、微量試料による組織酸素消費率の燐光測定法の開発を試みたので報告する。
2.骨格筋毛細血管血流と酸素輸送2)
骨格筋における微小血管網は、通常1本の細動脈から分岐した数本の毛細血管が筋繊維と平行に走行し、再び1本の細静脈に集合するという単純な構築を持つ。図1にウサギの下腿に位置する短冊状の骨格筋tenuissimus筋で実測した毛細血管赤血球速度の1例を示す。安静時における骨格筋の毛細血管血流は通常定常的な流れではなく数秒から10数秒の周期的変動あるいは間欠性が存在する。本例においても図中下部に示す頚動脈血圧波形に重畳する呼吸性動揺よりも長い周期の間欠流が見られる。さらに安静時においては全ての毛細血管には血流は存在
せず、組織での酸素消費量に応じて一部の血管にのみ血流がある。図2は図1と同様にウサギのtenuissimus筋における組織酸素分圧と開存毛細血管密度および赤血球速度との関係を調べた結果を示したものである。組織酸素分圧は筋周囲の灌流液の酸素分圧を調整することによりコントロールした。毛細血管密度、赤血球速度とも組織酸素分圧の上昇、即ち安静状態になるほど低下することが分かる。このように骨格筋においては酸素は末梢の血流制御に大きく関与している要因の一つと考えられ、従って周期性血流変動が組織への酸素輸送に及ぼす効果を検討することは、微小循環レベルでの血流調節機構解明の一助になると考えられる。
3.酸素輸送の動的解析
骨格筋における毛細血管構築は他の臓器に比べ単純で、筋繊維に沿って長軸に平行に走行している場合が多いことは先にも述べた。そこでシミュレーションでは、安静時の骨格筋では一部の毛細血管にのみ血流が存在することを考慮して、図3に示すような四隅に毛細血管を含む直方体組織モデルを想定した。
定常流のモデルでは、特定の血管に常に血流が存在し組織への酸素供給はそこから行われるが、それに対し間欠流では四隅の毛細血管が開存率1/4で順次周期的交代を繰り返すものとした。組織酸素分圧Ptの計算は、円筒モデルにおけるKrogh-Erlangの定常解を正方形の領域に近似して用いた。
Ptr=Pc-Qt!atD[Rt2121n(r/Rc)一(r2-Rc2)14]
Ptr:組織内の任意の点(半径r)における酸素分圧
Pc:毛細血管内酸素分圧
Qt:単位組織体積あたりの酸素消費量a
t:組織の酸素溶解度
D:組織での酸素拡散係数
Rt:組織円筒半径
Rc:毛細血管半径
図4はシミュレーションによるPt分布を計算した結果の1例を示したものである。
シミュレーションは、毛細血管間隔50μm、血流速度1000um/s、組織酸素消費量1.42x10-4,um3/s1μm3の条件で行ったもので、図中上段に示す直方体モデル内の斜線で示した領域についてPcおよびPtをz軸にとり3次元で表示した。定常流の場合は、血管Clが常時開存しており、従ってClから最も遠い領域(即ち血管C3の周囲組織)では常に低いPt分布となる。さらに同図中影で示した領域のように静脈側でかつ血管C1から最も遠い領域はPt<0となり易く、特に危険領域あるいは致死領域(lethalcorner)とも呼ばれており、この領域では嫌気性解糖(酸素負債)による乳酸の産生が起こり易い。一方、間欠流の場合、開存血管がCl~C4の川頁に交代するためPcおよびPt分布は時間とともに変化する。本例では各血管の開存周期(各相の持続時間)を10秒とし、各相の終了直前の状態を示したものである。これを同じ血流量、開存密度の定常流の結果と比較すると以下のことが明かになる。1)動脈側の比較的Ptの高い領域では、その分布状況に大きな差は見られない。II)静脈側のPtの低い領域について、血管Clが開存する第1相と定常流の場合とを比較すると、前者では酸素負債の領域が少ない。III)さらにPt<0の領域は第II相と第III相では出現しない。以上の計算例から組織への酸素供給に対する間欠流の効果は、最もPtの低い領域において顕著であることが推察される。このように組織内での酸素分布を解析する上でKroghのモデルを用いた計算機シミュレーションは有効な一方法であるが、その妥当性を検証するためには酸素分圧分布の実測が必要となる。
4.組織酸素分圧の計測
本法の基本となる顕微鏡は筆者らが既に開発したレーザー生体顕微鏡3)-5)を応用した。酸素分圧(pO2)の計測には酸素感受性リン光プローブPd-meso-tetra(4-carbo-xyphenyl) porphyrin (pdポルフィリンと略)を使用し、そのリン光寿命τから求めた。Pdポルフィリンの励起分子に対し酸素は消光分子として働くため、Stern-Volmerの関係式In/1=To/T=1+Kq・z'o・pOzが成り立つ。ここでIoと1は酸素分圧が0およびpO2の時のリン光強度、τ・とτは同様に酸素分圧が0およびpO2の時のリン光寿命、KqはStern-Volmer定数である。この関係式に基づき、酸素分圧はPdポルフィリンのリン光強度あるいはリン光寿命を計測することにより求められるが、本研究ではPdポルフィリン濃度に依存しない寿命計測を行った。
図5は今回試作したリン光寿命計測用の時間分解型生体顕微鏡の概要を示したものである。
Pdポルフィリン励起用光源には発振波長535nmのN2/dyeパルスレーザー(20Hz)を用い、x20またはx5の長作動距離型対物レンズを介し落射方式で照射する。x20レンズ使用時における組織上での照射径はIOUmである。フィルタ(>600nm)により有効成分のみ選択されたPdポルフィリンのリン光は光電子増倍管により検出されレーザ照射に同期してサンプリング間隔3μs、10bitの分解能でAID変換される・リン光寿命の算出はパーソナルコンピュータで得られたリン光を任意の回数加算平均し、最小1秒ごとに連続して得られる。
図6は試作顕微鏡によりin vitroでPdポルフィリン酸素分圧とリン光寿命の関係を調べた結果を示した。
本結果より得られたPdポルフィリンのKqおよびτo(37℃、pH:7.3)は362mmHgl・s-1と545μsである。
骨格筋での酸素分圧計測に先立ち、ラット腸間膜組織を対象に本法と微小酸素電極による同時測定を行い性能評価を行った。図7はその結果の1例を示したものである。
微小酸素電極による酸素分圧測定範囲は直径30μmであるため本顕微鏡では対物レンズにはx5を使用し測定径40μmとした。酸素吸入等により種々の状況を設定し同時計測を行った結果、酸素分圧5mmHgから100mmHgの範囲において両者の測定値は10%以内の違いで良好な相関が得られた。
次にラットのcremaster m.を対象として試作顕微鏡により酸素分圧の局所計測を試みた。表1にその結果を示す。安静時の細動脈酸素分圧は分岐前の1次レベルでは約70mmHgと高値を示したが、分岐後の2次レベルでは約55mmHgに、また2回分岐を重ねた後の3次レベルでは約45mmHgと分岐を重ねるに従い有意に低下した。一方、細静脈酸素分圧に関しては、分岐(集合)のレベルに係わらず約30mmHgであった。また、組織間質酸素分圧は細動脈に近接した(15~20um)部位では全ての分岐レベルで細動脈酸素分圧マイナス20~25mmHgであったが、離れた(約100μm以上)部位では分岐のレベルに係わらず6~8mmHgと著しい低下を示した。
5.酸素消費率の計測
今回開発した時間分解型生体顕微鏡により、組織酸素分圧の連続計測が可能である。酸素は毛細血管から組織内での代謝率に比例して消費されつつ拡散することから、大気と遮断した組織への血行を途絶した場合、組織内の平均酸素分圧は低下し、この低下速度より組織酸素消費率を求めることができる。実際の計測では、容積0.2mlの密閉試料室に組織切片(50mg)と高酸素化Pdポルフィリン溶液を封入し、試作顕微鏡により落射方式でリン光寿命を連続計測する。
図8はウサギのtenuissimus筋を対象とし、酸素分圧の経時的変化を測定した結果の1例を示したものである。密閉試料室内酸素分圧の低下過程が示されているが、この降下速度は酸素消費率と組織酸素溶存度(3x10-SmmHg)との比で与えられ、本例より得られた酸素消費率は3x10-3ml/91minとなり、従来からの安静時骨格筋の報告値と良く一致する。
6.まとめ
毛細血管から組織への酸素輸送過程を理論的解析した結果、骨格筋毛細血管血流に見られる血流の周期的変動は、定常的な流れに比べ組織への酸素供給に有利であることが判明した。また、これらの理論的解析結果の妥当性を検証するため、微小循環酸素分圧計測用の時間分解型生体顕微鏡を試作し、その性能評価を行った。その結果、細動静脈レベルから組織間質における局所的な酸素分圧が定量可能となり、その有用性が確認された。さらに本顕微鏡により組織酸素消費率の計測も可能となり、臨床的にも有用性が期待される。