1990年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第04号

微小循環解析のための超音波の圧依存性音響特性変化に基づく新しい非侵襲的圧計測ー音響学的圧コンバータとしてのエラスティックマイクロカプセルの開発と測定系の改良ー

研究責任者

堀 正二

所属:大阪大学 医学部 第一内科 助手

共同研究者

北畠 顕

所属:大阪大学 医学部 第一内科  講師

共同研究者

石原 謙

所属:大阪大学医学部附属病院 第一内科  医員

共同研究者

田内 潤

所属:大阪大学 医学部 第一内科  助手

共同研究者

井上 通敏

所属:大阪大学医学部附属病院 医療情報部  教授

概要

Ⅰ.まえがき
超音波技術の進歩により,超音波エコー法からの形態学的情報・超音波ドプラー法からの血流情報が非侵襲的かつ実時間に計測可能となったが,なお圧を超音波で計測する適切な方法はない。極めて物理学的色彩を帯びた臓器である心臓・血管系の病態と機能を評価するうえで心臓・血管内圧は形態学的情報,代謝情報とともに最も重要なパラメータにもかかわらず圧の計測は未だカテーテル法にて観血的に心臓や大血管内において行えるにすぎない。さらに直径1mm以下の微少血管内の圧力をカテーテル法で計測することは非情に困難で,細動脈・細静脈や毛細血管床は代謝・ガス交換などの場として最も重要であるにもかかわらず,動物実験レベルにおいてさえも適切な圧測定法は皆無である。近年,各種虚血性心疾患やSmall vessel diseaseなどの病態把握には,微少循環動態の解明が重要であるとされ,循環器系臓器のあらゆるレベルにおいて自由度の高い血管内圧の計測法が期待されている。
そこで本研究では,超音波を用いて非侵襲的に心臓・大血管から,微少循環そして組織内圧に至るまで任意の部位において動的な圧計測が可能な全く新しい圧測定法を開発することを目的とする。計測原理は,水中のエラスティックマイクロカプセルの共振周波数が水圧に応じて鋭敏に変化する現象を利用し,超音波によりこれを検出して圧を求めるものである(Fig.1)。
II.目的
我々の最終的な目的は,生体内任意の部位の圧を非侵襲的に計測せんとするものである1)。既にマイクロフィルム付着法による固定したマイクロカプセルの音響学的パラメータの圧依存性については良好な直線[生があることを確認している2)。今回は心拍ごとに拍動し流動する血液内のマイクロカプセルの使用状況に鑑み,マイクロカプセルの浮遊懸濁状態における共振周波数などの音響学的特性が動的変化状態にても維持され,それを検出し得るか否かについて検討した。さらに微少循環解析のための基礎検討として、組織圧計測のモデルとしてブタ肉内マイクロカプセルの超音波周波数スペクトルの計測を行った。
III.方法
真球形中空で緊張した薄膜を持つエラスティックマイクロカプセルを音響学的圧コンバータとして用いた。素材はpolymethyl metacrylate acrylonitrileあるいはvinylidenedichloride acrylonitrile copolymer(松本油脂製薬特注品)である。ステンレス精密鯖(飯田製作所特注品)を用いて10-40μmの範囲で適宜分級し,準静的加減圧にて共振周波数が圧依存性変化を示すことを確認した素材を用いた。計測系は従来の実験系3}を改良し,透過法による準静的圧のみならず時間分解能20msecでの動的計測をも可能とした。圧の基準値は心臓カテーテル法用圧トランスデューサ(日本光電SCK-580)と圧アンプ(日本光電AP-600G)による実測圧を用いた(Fig.2)。浮遊・懸濁状態とする際にはマイクロカプセルを耐圧密閉水槽内の一辺9cmの立方体アクリル容器内に取り付けた水中プロペラで撹絆し,外部よりコンプレッサで加圧した。
圧の動的計測に際して,共振ピークの近傍前後で圧依存性変化が大きいことが明らかとなった2つの周波数におけるamplitudeのみを高速に計測した。この共振周波数の前後におけるamplitudeは透過法での超音波スペクトルのattenuationに依存し,共振ピークの移動を鋭敏に反映するものでその対数比(Twin-frequency AttenuationRatio :TAR)は圧に換算することが可能である3)(Fig.3)
動的圧変化の実験では大きなTARの変化に細かな900KHzと1530KHzの二周波数を動的圧計測時に採用し,以下を検討した。
(1)大気圧下において撹拝中止後,マイクロカプセルは,Stokesの式に従い時間経過とともに浮遊上昇する。これに伴う濃度の減少の影響を明らかにするため,TARの変動を経時的に計測した。
(2)心臓のpeakdp/dt点などを想定した急峻な圧変化に対するマイクロカプセルの応答を計測した。この実験では試料と圧トランスデューサをともに水槽内で急激に加・減圧し,基準実測圧とTARから求めた圧の一致を検討した。これはマイクロカプセルの浮遊によるartifactを避けマイクロカプセル自体の圧にたいする時間的応答性を観測するためマイクロフィルム付着法4)で行なった。
(3)本計測系の2周波打ち出し時間差による浮遊マイクロカプセルの移動の影響を見るため,次いでマイクロフィルムを除去し,浮遊・懸濁状態のマイクロカプセルに対して大気圧から300mmHgまでの圧を動的に加・減圧しTARより換算した圧をカテーテル法による実測圧と同時記録し動的応答を調べた。
(4)前項の実験結果に基き,TARによる圧波形に時間的平滑化を行い,圧トランスデューサによる実測圧波形とTARによる圧が最も一致するよう処理して両者による同時圧計測を行なった。
(5)さらに組織内圧の計測の基礎実験として,心筋を模したブタ肉の組織中にマイクロカプセルを含んだ懸濁液をほぼ均等にシリンジで注入拡散し,その超音波透過周波数スペクトルを計測した。
IV.結果
本実験で用いたエラステイックマイクロカプセルは既報のように準静的実験では加減圧に対して共振周波数は鋭敏に変化し周波数スペクトルのamplitudeも圧と極めて良好な直線関係にある(r=0.97,P〈0.01)ことを確認済みのものである。この直線関係はTARと圧の間においても以下のように同様に保たれ,TARによる圧換算が可能であることが実証できた。さらに組織内においても圧依存性超音波スペクトル変化が観察できた。(1)生体内の血流におけるようにマイクロカプセルが水中で浮遊・流動し,濃度に依存して超音波の減衰量が変化する状態であっても,充分にゆっくり浮遊して行く場合にはTARはエラスティックマイクロカプセルの濃度によらずほぼ一定の安定した値を示した(Fig.4)。
(2)マイクロフィルム上での動的加圧実験において,超音波周波数スペクトルのダイナミックな変化をTARにより鋭敏に検出可能であった。200-300mmHgの範囲における準過渡応答的ともいえる急峻な変化に対してもエラスティックマイクロカプセルの音響特性より得られた圧波形(PEPA)と,トランスデューサと圧アンプによる従来法での実測圧波形(Trnd)は良好に一致した(Fig.5)。
(3)マイクロカプセル浮遊状態での加減圧においてもFig・6に示すごとくTARから算出した圧波形(PEPA)は,圧トランスデューサによる圧波形(Trnd)に追従し動的な変化を反映した。しかし図にも示されるように,超音波法による圧波形(PEPA)はマイクロフィルム付着法では認められなかった細かい高周波的な揺れを示した。これは本2周波計測法の原理が極めて厳密に同時計測を要する2周波のattennationに基づくにもかかわらず,今回の実験系ではなお数msecの時間差を持って2周波送受を行なっているため,その間にマイクロカプセルの浮遊による透過超音波スペクトルの微少変化が発生するためと考えられた。
(4)そこでこのartifactを避けるためTARによる圧波形に前後数点の移動平均による時間的平滑化を行い,圧トフンスデューサによる実測圧波形と最も一致するよう設定して両者による同時圧計測を行なった(Fig.7)。平滑化によりFig.6に見られた細かい高周波数的な揺れがなくなり,圧トランスデューサによる波形と良好に一致した。これらの超音波による圧計測波形の信頼性を定量的に検討するため,トランスデューサによる圧波形との対応点をプロットした。同時計測したマイクロカプセル浮遊状態での動的圧計測の結果の一例をFig。4に示す。同一条件での実験群の結果をまとめてプロットした。0mmHgから220mmHgまでの生理的圧の範囲においてr=0.98,(P<0.01)と極めて良好な直線i生を示した(Fig.8)。
(5)エラスティックマイクロカプセルの超音波周波数スペクトルは,PMMA,VC1、-ANいずれも心筋を模したブタ肉内において200-1200KHzの周波数領域にその粒径に応じた共振ピークを形成した。Fig.9はその一例で直径15-20μmのPMMA製エラスティックマイクロカプセルによる水中とブタ肉組織中の周波数スペクトルを示し9縦軸は超音波透過法での減衰率である。図中上は水中でのスペクトル,下はブタ肉組織中のものであるが,両者はほぼ同一の共振ピークを示し,組織中においてもその共振減少に著変の無いことを示した。加圧実験ではPMMA製及びVC12-AN製ともにその超音波スペクトル上の共振周波数ピークは心筋を模したブタ肉への加圧によって,水中で観測された圧依存性シフトと同様に高周波数側へと移動した。Fig.10に直径15-20μmのPMMA製カプセルによるブタ肉組織中の透過スペクトルの圧依存性の変化分を示す。
V.考案
生体における圧計測のためには瞬時瞬時の動的計測を行う必要がある。本来その時間追従性は正確なステップ応答を計測し評価しなければならないが,本実験においては耐圧密閉水槽全体を加減圧しなければならないため,必ずしも充分に高速とは言えない準ステップ状の圧変化のもとで計測せざるを得なかった。しかし加圧時・減圧時ともに,少なくとも数百mmHg/sec程度の変化にもよく追従し,生理学的圧変動に対しては充分な時間分解能を有することを示した。
またマイクロフィルム上でのマイクロカプセルについてのみならず拍動心や脈動血管で浮遊するマイクロカプセルに対しても超音波による圧計測が可能であることが明らかとなった。
さらにエラスティックマイクロカプセルや水中気泡は剛体に接するとその共振周波数が約二分の一となることが知られており,Fig.9において示された水中とブタ肉組織内の共振ピーク周波数がほぼ同一であったことは,ブタ肉組織は超音波領域において剛体ではなくエラスティックな構造であり,そこに接したマイクロカプセルの共振周波数に著しい影響を与えないことが示唆された。従って本法では,マイクロカプセルがたとえ血管壁に接したとしてもその共振現象は安定であることが予想され心筋内圧などあらゆる臓器の組織圧の計測にも有用であると考えられる。
今後実用化のためには超音波反射法への発展が望まれるが,本アルゴリズムを改良しさらに発展させる予定である。