2014年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第28号

微小培養環境の制御による毛細血管の再生と血管透過性による機能評価

研究責任者

須藤 亮

所属:慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 専任講師

概要

1. はじめに
血管は酸素・栄養の供給、炎症部位への炎症細胞の動員といった生命の維持に不可欠な組織であり、血管の機能は心疾患、脳血管障害、慢性炎症性疾患、癌の成長などと密接に関連している。そのため、血管形成を自在にコントロールすることは非常に重要であり、血管形成をコントロールするメカニズムが明らかになると、虚血性疾患においては血管を再生する治療、そして血管新生が病態を悪化させる癌や慢性炎症性疾患においては血管新生を抑制する治療に役立てることができる。このように血管形成を促進あるいは抑制することは再生医療やがん治療などの様々な場面で重要となる。さらに、血管の働きは単に全身に血液を送るためのパイプではなく、毛細血管周囲の組織との物質交換を行う重要な機能を担っている。そこで、血管再生研究においては、単に血管構造を再生するだけでなく、血管の透過性といった機能までを含めて血管形成をコントロールすることが必要とされている。
2. マイクロ流体デバイスを用いた微小培養環境の制御について
生体外で血管形成を研究する培養モデルとしては、コラーゲンゲルやフィブリンゲルを用いた三次元血管新生モデルが多く用いられており、国内外で盛んに研究が進められている1)、2)。しかし、このモデルは毛細血管が鉛直方向に伸長するため、血管形成のプロセスを詳細に解析することが難しい。また、形成された血管も内腔の連続した管構造ではなく、内腔の不連続な“血管様”の構造である。また、血管透過性などの機能も伴わない。これは従来の培養方法が二次元の静置環境であるのに対して、生体内の環境は複雑な三次元構造であることに加えて血流などによる対流や拡散が細胞・組織の機能維持に役立っていることに起因する。このように従来の培養法と生体内の環境には大きなギャップがあり(図1)、機能的な毛細血管を再生するためには、微小培養環境を精密にコントロールすることができ、血管形成のプロセスをリアルタイムで詳細に観察することを可能にする新しい培養デバイスが必要とされている。以上のように微小培養環境を制御することで機能的な毛細血管を再生することが血管再生研究の大きな課題となっている。
本研究ではコラーゲンゲルを含むマイクロ流体デバイスを用いている3)。このマイクロ流体デバイスを用いることで、微小培養環境を制御し、内腔の連続した機能的な毛細血管の再生に取り組んだ。特に、間質系の細胞を追加した場合における毛細血管の再生プロセスを詳細に解析し、微小培養環境を最適化することによってペリサイトに裏打ちされた機能的な毛細血管の再生を実現した。また、コラーゲンゲルは2つのマイクロ流路に挟まれたデザインになっており、マイクロ流路間に圧力差を作ることで間質流を起こすことができ、流体力学的な刺激が血管構造、機能に与える影響を評価することもできる。本研究では、再生した毛細血管にマイクロ流路を介して蛍光標識した高分子を流し込むことによって、再生毛細血管の透過性を計測し、微小培養環境を複合的に制御することで機能的な毛細血管が再生させる手法について検証した。
3. 培養毛細血管の血管透過性による機能評価について
血管透過性を検討する実験では、マイクロ流体デバイスにおいてヒト臍帯静脈内皮細胞(human umbilical vein endothelial cell;HUVEC)を培養した。マイクロ流路に播種されたHUVECは流路側壁の一部を形成するコラーゲンゲルに接着し、培養経過と共に毛細血管ネットワークに成長した(図2A)。このようにして再生した毛細血管ネットワークの血管透過性を評価するために、HUVECを播種したマイクロ流路に蛍光分子(FITC-dextran,2,000kDa)を流し込み、血管内に充満した蛍光分子が血管外に漏出していくプロセスについて観察した(図2B)。具体的には、血管内に充満する蛍光分子と血管外に漏出する蛍光分子について共焦点レーザー顕微鏡を用いて30秒間隔で20分間に渡って蛍光顕微鏡画像を取得した。それらの画像について画像解析ソフトImageJを用いて蛍光強度の解析を行い、血管内外の蛍光輝度の比を算出することで、血管透過性について定量的に評価した。
まず、HUVECが毛細血管ネットワークを形成するプロセスについて血管形成の初期・中期・後期に分類し、それぞれの状態における血管透過性を評価した(図3)。その結果、血管形成初期においては、流路内の蛍光輝度が上昇しても、コラーゲンゲル内部の蛍光輝度の上昇はわずかであり、蛍光分子を流入してから10分経過してもその透過率は0.3と低い値を維持した(図4A)。また、血管形成中期においては、コラーゲンゲル内部の蛍光輝度の上昇は初期に比較すると上昇しており、蛍光分子を流入してから10分経過した時点での透過率は0.6となった(図4B)。最後に、血管形成後期においては、初期・中期と比べて検出された蛍光輝度がさらに上昇しており、蛍光分子を流入してから10分経過した時点での透過率は0.8となった(図4C)。以上のことから、血管形成のプロセスが進行するにつれて、その血管透過性も上昇していることがわかった。
生体内で起こる血管形成にはangiogenesis型とvasculogenesis型があるが、本研究においてマイクロ流体デバイス内部で再現した培養モデルはangiogenesis型血管新生を模擬していると考えられる。angiogenesis型血管新生のプロセスでは、まず血管内皮細胞からペリサイトが離脱する。次に、血管内皮細胞が種々のプロテアーゼを産生・分泌して基底膜を分解し、それによって血管腔が拡張する。このようにして拡張した血管は、内皮細胞の遊走と増殖によるスプラウト形成、血管ネットワークの伸長によって新生血管を増やしていく。このように、血管新生初期における新生血管はペリサイトを伴っていないため、未熟な血管であると考えられる。生体内において、ペリサイトのない未熟な新生血管は損傷部位や腫瘍部位などの血管新生の盛んな部位に多く存在し、成熟した毛細血管と比較すると、血液の血管外への漏出を防ぐバリアー機能が低く、血管透過性の高いことが報告されている4)、5)。
本研究では、血管形成初期において蛍光分子の漏出が少なかったが、これはHUVECがコラーゲンゲルとマイクロ流路の境界に2次元のコンフレント層を保った状態であり、ペリサイトなどの壁細胞はいないもののHUVEC同士の接着が強固であると考えられる。これは生体内の血管新生のプロセスにおいて、親血管からペリサイトが離脱した状態に類似している。次に、血管形成中期においては、初期に比べ蛍光分子の漏出量が増加していたが、これは初期の状態と比較すると、コラーゲンゲル内部にHUVECが侵入していることから、HUVECが遊走と増殖によってスプラウトを形成している状態である。スプラウト付近においてはHUVECが遊走を始めることから、コラーゲンゲルとマイクロ流路の境界にあったコンフレント層が崩れ、HUVEC同士の接着が緩んでいると考えられる。最後に、血管形成後期においては、蛍光分子の漏出量はさらに増加した。後期では、コラーゲンゲル内部に血管ネットワークが形成されている状態であり、また、その先端部分では血管新生のプロセスが進行している。このような状態では、中期と同様にHUVECが積極的に遊走と増殖を繰り返しているために、透過率が上昇したと考えられる。以上のように、マイクロ流体デバイスにおける毛細血管ネットワークについて、その形成段階の違いによって、血管透過性が異なることが明らかになった。
次に、同じマイクロ流体デバイスの中でも血管ネットワークの部位によって血管透過性が異なるかどうか検討した。ここでは、血管形成の初期・中期・後期のどの状態にあるかという点については考慮せず、血管ネットワークにおける部位に着目し、以下の3つの部位に分類して血管透過性の解析を行った(図5A,B)。
①血管ネットワークの根本部分(コラーゲンゲルへHUVECが侵入していない)
②血管ネットワークの中間地点における血管壁面
③血管ネットワークの先端部分(コラーゲンゲルへHUVECが侵入している)
その結果、1つの血管ネットワークの中でも根元部分・血管壁・先端部分では血管透過性が異なっていた(図5C)。蛍光輝度の変化から定量的に解析すると、血管ネットワークの根元部分(図5B部位①)と血管壁部分(図5B部位②)では血管透過性が等しかった。一方、血管ネットワークの先端部分(図5B部位③)においては血管透過性が高くなっていることがわかった(図5C)。これらの結果は、血管透過性の上昇が血管新生のプロセスと共に変化していくことに起因すると考えられる。血管ネットワークの先端部分とは異なり、血管ネットワークの根元部分や血管壁からは新生血管が形成されず、HUVECのコラーゲンゲル内部への遊走は行われていない。したがって、これらの部位においてはHUVECの接着状態が強固に維持されていることによって血管透過性が低くなっていたと考えられる。
Siemerinkら6)は、血管新生においてTip cell、Stalk cell、Phalanx cellの3種類の細胞がそれぞれの役割を適切に担うことで血管ネットワークが形成されると報告している。Tip cellは、血管ネットワークの先端部に位置する細胞であり、基底膜を分解して周囲の細胞外マトリクス内を移動することで、血管ネットワークの伸長を先導する。Stalk cellは、親血管とTip cellの間に位置し、Tip cellの遊走、すなわち血管ネットワークの伸長に伴って増殖することで、Tip cellと親血管との間隙を埋めている。また、Stalk cellは血管ネットワークにおける管構造を構成している。Phalanx cellは、静止期にあって増殖しない細胞であり、血管ネットワークの根元部分で単層構造を構成している。また、ペリサイトなどの壁細胞に被覆されている。
本研究では、Phalanx cellは根本部分(部位①)、Stalk cellは血管壁(部位②)、Tip cellは先端部分(部位③)に相当する。Tip cellは基底膜を分解しており、バリアー機能を失っているため、透過性が高いと言える。したがって、本研究において血管ネットワーク先端部分の血管透過性が高かったことはTip cellの特徴に一致する。また、管構造を構成しているStalk cellは、血管ネットワークの根元部分にありペリサイトに被覆されているPhalanx cellに比べると透過性が高いと考えられる。しかし、本研究では根本部分(部位①)と血管壁(部位②)において血管透過性はほぼ等しい値となっていた。これは、血管透過性の評価をHUVEC単独培養で行ったため、本研究ではペリサイトによるバリアー機能の強化がなく、Stalk cellとPhalanx cellの透過性に関して差は生じないと考えられる。したがって、さらに研究を進め、ペリサイトとの共培養における血管透過性を評価することができれば、毛細血管ネットワークの根元部分(部位①)と血管壁部分(部位②)の透過率に違いが生じてくると考えられる。以上のことから、毛細血管ネットワークの部位による血管透過性の変化は、マイクロ流体デバイス内における毛細血管ネットワークの形成プロセスが、生体内での血管新生のプロセスを模擬していることに起因すると考えられる。
4. 微小培養環境の制御による毛細血管の再生について
血管透過性によって再生した毛細血管ネットワークを定量的に評価することでHUVEC単独培養において形成された毛細血管ネットワークは部分的に未熟な状態であることがわかった。そこで、マイクロ流体デバイスにおいて構築した毛細血管ネットワークを安定化するために、HUVECによる毛細血管ネットワークを形成させる培養モデルに間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)を追加した共培養モデルを構築した7)。マイクロ流体デバイスには2つのマイクロ流路があるため、一方のマイクロ流路にHUVECを播種し、向かい合う他方のマイクロ流路にMSCを播種した(図2A)。HUVECおよびMSCはコラーゲンゲルの内部に侵入することができるため、このように培養することで、コラーゲンゲル内部で両者を融合させることができる。
HUVEC-MSC共培養モデルでは、まずMSCがコラーゲンゲルに侵入し、多くのMSCがHUVEC側のマイクロ流路に向かって遊走した(図2Bday1矢印)。培養6日目や培養12日目においてはHUVECもコラーゲンゲル内部に遊走しているが、位相差顕微鏡写真では判別がつかなくなるため、血管内皮細胞のマーカーであるCD146およびペリサイトのマーカーであるα-smooth muscle actin(α-SMA)で蛍光染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。その結果、コラーゲンゲルに侵入し、HUVECに接触したMSCはα-SMAを発現するようになり、共培養モデルにおいてMSCがペリサイトに分化していることがわかった(図2B蛍光画像矢頭)。蛍光画像を見ると、α-SMA陽性のペリサイトは血管内皮細胞の局在と一致していることがわかる。2次元培養でHUVECとMSCの共培養を行った結果、MSCがペリサイトに分化するためには液性因子による間接的な作用でなく、直接接触による相互作用が重要であることがわかった。特に、HUVECとMSCの直接接触が起こってから少なくとも3日程度の時間が経過してからα-SMA陽性細胞が観察されるようになった7)。
HUVEC-MSC共培養モデルにおいて,HUVEC:MSC=1:1の条件においてペリサイトに分化したMSCが観察されたため、共焦点レーザー顕微鏡によって、構築された毛細血管ネットワークについてさらに詳細な構造を観察した。培養8日目においてHUVECが太さ20μm、長さ300μm程度の血管ネットワークを形成していた。また、ペリサイトに分化したMSCは血管ネットワークの周囲に3次元的に存在しており、一部のペリサイトは血管を外側から被覆していた(図7)。さらに、この血管ネットワークには連続した内腔が存在していた(図7)。
HUVEC-MSC共培養モデルでは、MSCがペリサイトに分化したことは示すことができたが、MSCの血管安定化作用がHUVECの血管形成を抑制してしまう効果も確認された。すなわち、血管形成のプロセスにおいてMSCの役割をコントロールすることが重要であり、培養初期においては血管形成を促進し、いったん毛細血管ネットワークが構築された後は血管を安定化させる必要がある。そこで、HUVECによる血管形成のプロセスとMSCとの相互作用を動的に制御する必要がある。機能的な毛細血管ネットワークを自在に構築できるようになるためには、MSCの播種時期やその他の培養条件について今後さらなる検討を重ねることが必要である。
5. まとめ
本研究では、HUVEC単独培養における毛細血管ネットワークの形成プロセスにおいて血管透過性を指標とした機能解析を行った。その結果、血管形成のプロセスにおいて透過性が変化することがわかった。また、1つの血管ネットワークに着目すると、その部位によって血管透過性が異なり、血管ネットワークの先端部分では血管透過性が高く、新生血管は透過性の観点から未熟な状態であることがわかった。そこで、より機能的な毛細血管ネットワークの構築を目指してHUVECとMSCの共培養モデルを構築した。その結果、内腔を伴う、ペリサイトに被覆された毛細血管ネットワークを構築することができた。今後の研究では、本研究で示した血管透過性による評価方法をHUVEC-MSC共培養モデルに応用し、より機能的な毛細血管ネットワークの構築に関する研究を進めたいと考えている。