2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

従来とは異なる後乗り車椅子の製作~ 後ろからまたがって乗ることで、乗り降りが一人でできる車椅子の検証 ~

実施担当者

大上 文典

所属:山口県立防府商工高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 本校は、商業高校に新たな工業科(機械科)を設置することで誕生した商工高校であり、本年度で四年目を迎える。本校機械科の教育目標である「未来志向のものづくり」は、授業に新しい工業技術を導入し、生徒に興味関心を持たせ、考える授業を実践し、将来工業界で活躍できるエンジニアを育成することをめざしている。本研究は、普通の車椅子では体を反転させて乗り降りをしなければならないが、自転車をまたぐように乗れる車椅子があれば、乗り降りは一人でできると考え、後ろ乗り車椅子を製作し、その実用性について検証したので、その研究成果を報告する。


2.構想と設計
 市販されている後ろ乗り電動車椅子には、「RODEM」というものがあるが、「日常生活において自転車のように気楽に使えるものはできないのだろうか」という気持ちから製作を試みた。
 最初の計画は、図1のように自転車の形で後ろから乗り、前輪を小さな2輪にして後輪で走行する構想であった。
 しかし、この形では後ろの車輪が中央にあるため「トイレに行きにくい」、「ハンドルが遠い」、「手すりがつけられない」などの理由から、設計の変更をおこなった。
 まず、後輪は2輪の駆動輪とし、トイレの便座を挟める形にする。周囲に手すりを設けることで安全に乗り降りできるようにする。ハンドルは固定式とし、ボタン操作で駆動輪を回転させて方向転換させる構造にする。座席は、図2に示すような前後スライド方式にすることで、乗る人が椅子を引き出す形に変更した。
 最終的に、図3のようなイメージとなり、強度に応じた各部の寸法を設計し、材料を注文し製作に取りかかった。


3.製作
 製作方法について説明する。まず、本体は角パイプを切断し、後輪とモーターを取り付ける穴を加工し、溶接で組み立てた。左右の車輪ができあがると、前輪を固定するフレームを溶接して足回りを完成させた。
 次に、座席の前後移動の部分を製作した。機構は、四節リンクを採用した。この構造にすることで椅子は水平に移動することができるからである。椅子を引き出した位置で後部のリンクが止まるようにストッパを溶接した。小型の座椅子を水平リンク部に取り付け椅子の位置を決めた。
 さらに安全性を考慮し、乗る方向以外には手すりを設置した。手すりは握りやすい16mmのパイプとし、前方部分はハンドルと兼用で、ボタン操作できるようにやや大きめのものとした。丸パイプの溶接は難しく、穴を空ける場面もあったが、根気強く何度も練習して完成させた。
 本体が完成し、色塗りと配線をおこなった。色は安全色のグリーン、手すり部は透明なニスのツートンカラーとなったが落ち着いた仕上がりになった。制御回路は、駆動輪がDCモーターのため、左右独立のリレー制御にした。慣れない配線作業で回路どおりに配線できず何度か失敗をしたが、きれいに配線することができた。


4.後ろ乗り電動車椅子の検証
 早速、電源を接続し検証を行った。最も重視した「安全性」と「後ろ乗りの状況」について多くの意見が出た。
 まず、安全に関する部分の手すりや足置き、背もたれについては問題なく、乗り心地も快適であった。しかし、後ろからの乗り降りに関しては、「椅子の幅が広くまたぎにくい。」「前後の椅子の移動距離が大きく手を伸ばす必要がある。」「降りるとき、股下から手を伸ばさないと椅子が格納できない。」など、沢山の改善点が見つかった。さらに、走行性については、後輪駆動に関しては問題ないが、反転時に前輪キャスターが回転してしまい、本体がふらつくことが問題となった。


5.生徒の感想
 課題研究の授業で取り組んだ本研究について生徒の感想をまとめてみる。
 この研究をとおして、「アイデアを形にすることの難しさを一番感じた。」「ものづくりには知識・技能・経験・段取りなど様々なものを身につけていないと、きちっとできないことが分かった。」「完成して、動いたときは感動した。」「作ってみて色々な課題が見つかった。改善の必要性を感じた。」と様々な感想が出た。実用化に向けた電動車椅子の完成を後輩に託すことになった。


6.報告会
 課題研究発表会が機械科生徒の前で行われた。製作を担当した6名がこの車椅子の特徴やアイデアの部分を発表した。特に、製作の苦労話はできるだけ印象に残るように詳細に話すことで、ものづくりの大変さを示すことができた。
 さらに、今回の研究内容は、体育館で行われた課題研究発表会でも報告した。全校生徒の前で発表し、今後の取り組みや完成への思いについて後輩たちに説明し、次年度の完成を願った。


7.今後に向けて
 今年度の研究から、改善点が見つかった。
操作性をより良くするため、前輪駆動で自転車のハンドル式とする。さらには、インホイルモーターを活用したシンプルな構造。後輪の小型化やアルミ材を利用した軽量化。などが上げられるが、最も重要な後ろ乗りの座席部分の改善は、図4に示すように、レバーを前に倒すことで座席が下から上がってくるシンプルな機構のアイデアが出た。この方法は、従来型のように股下に手を入れる必要はなく、上のレバーで座席の収納や取り出しができる。次年度はこの形で実用的な後ろ乗り電動車椅子を開発したい。


8.まとめ
 本校は創立まだ四年目の機械科である。まだまだ他の工業高校には及ばない部分もあるが、特色ある機械科を目指して、今後も「ものづくりをとおして人づくり」を続けていきたい。「自ら学び、考え出す力を身につけるような授業」を目指して、生徒と共に「考える授業の実践」にチャレンジしていきたいと考えている。最後に、本年度に続き、改善した2号機の製作を次年度報告させていただくこととなり、感謝申しあげます。