2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

庄内川における生物調査および図鑑・標本作成

実施担当者

吉川 靖浩

所属:名城大学附属高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 本校の自然科学部では、本校のすぐ北を流れる一級河川の庄内川を利用した学習活動として砂州の清掃活動と川の生物調査を実施してきた。本校の位置する庄内川の中下流域は環境省「全国一級河川の水質現況」の中でBOD(生物化学的酸素要求量)の類型がD(8mg/L以下)、内分泌かく乱物質の重要調査地点濃度を超えるなど、全国的に見ても水質が非常に悪い。この現状を生徒が正しく認識し、当事者意識を持つことで自分たちのできることは何かという観点からこのような活動が継続されてきた。その結果、生徒はより実践的に環境に対する理解を深めることができ、その後の進路選択に影響する例も現れた。
 昨今、環境保全について多くの問題が取り上げられる中、正しく現状を認識し、環境意識を持ちながら行動できる人材を育成することを目的として、本校の自然科学部を対象にこれまでの活動をさらに広げて(1)生物の捕獲調査、(2)捕獲した生物の飼育、(3)庄内川の生物図鑑の作成、(4)庄内川の生物標本の作成、(5)砂朴Iの清掃活動およびゴミ調査に取り組むことにした。自然科学部は3学年併せて138名が在籍している。これらの活動を通じて生徒の中に環境意識が育まれ、草の根的にその意識が周囲に広がっていくことを期待する。さらに生徒の中から将来の環境保全等に対して直接的に従事できる人材が輩出され、実質的な改善に寄与されることを期待する。


2 実践報告
2-1 生物の捕獲調査
 現状の川に住む生物から川の状態を知ることを目的とした。月に一度,1時間を目安に実施し,生物の時期的な変化を調査した。調査を通じて生息する生物についてのみならず捕獲する手法を身につけ、生物の行動を体験的に知ることができる。主な調査は川底の砂質の異なる2地点を抽出し,タモ網によるガサガサ調査で行った。この調査によって収集した結果はポスター等にまとめ、高校生を主体とした各種の発表会で成果発表を行った。また,庄内川をフィールドとして昆虫や植物などの採集も併せて行った。

回 実施日 内容 場所
1 4月24日 生物採集 庄内川
2 5月21日 生物採集 庄内川
3 7月3日 生物採集 庄内川
4 7月30日 生物採集 庄内川
5 9月3日 生物採集 庄内川
6 10月8日 生物採集 庄内川
7 10月30日 「生物多様性ユースひろば」成果発表 なごや生物多様性センター
8 11月12日 生物採集 庄内川 
9 12月27日 「科学三昧 in あいち」成果発表 岡崎コンファレンスセンター
10 1月28日 生物採集 庄内川
11 2月27日 「生徒研究発表会」成果発表 本校
12 3月14日 生物採集 庄内川

 生徒の定期試験等の関係で毎月1度の採集を実施することはできなかったが,おおむね達成することができた(表1)。生徒は各回15名程度が参加しており,2地点それぞれ7~8名のグループで30分にすることで多くの生徒に採集活動を実施させることができた(図1)
魚の採集に関しては生徒の技量に左右される面が多く特に中層を泳ぐ魚はあまり採集できなかった。一方で庄内川が汽水域ということもあり,ハゼ類など底層に住む魚はよく採集することができた。とくにゴクラクハゼ,マハゼ,アシシロハゼなどが多く採集された。また,特定外来生物のカダヤシが非常に多く採集されたことやミシシッピアカミミガメの生息が多く観察されたことで,外来生物の間題についても生徒に強く意識させることができた。調査結果は3度の研究発表会等で発表を行った(図2)。

2-2 捕獲した生物の飼育
 2-1の調査で捕獲した生物の一部を本校の生物室で継続的に飼育した。飼育することを通じて生き物の生活に適した生息環境について考え,その生物の生態を観察し,知ることを目的とした。特定外来生物のカダヤシやウシガエル等を除き,主に魚類中心に飼育した(表2)。

ゴクラクハゼ マハゼ アシシロハゼ
カワアナゴ スミウキゴリ ギギ
アユカケ カマツカ オイカワ
テナガエビ ヌマエビ モクズガニ

 飼育することで自分たちの工夫によって生き物の生息環境に近い環境づくりをするなど,目的をおおむね達成することができた。ただ,タモ網のみの採集であることから大型の個体は捕獲できず,幼体と思われるサイズの個体が多かったため,飼育の関に死んでしまう個体もあった。環境づくりの難しさを学ぶことにはなるものの,命の大切さという面でば慎重な指導が必要だったことが反省点として挙げられる。

2-3 庄内川の図鑑作成
 これは生徒への課題として形に残るものを作成させることを目的とした。自分たちの調査等がしつかりと記録に残ることは大切である。図鑑を作成する過程において、文献をもとに調査することで対象となる生物を多面的に知ることができる。生徒は自分たちでレイアウトを考えて担当を割り振りながら自主的に作成した(図3)。図鑑を中心に調べたり,インターネットを中心に調べたりと,生徒によってアプローチは様々であるが,作成者の氏名を入れるなど責任感を持たせる工夫をした。2-1の活動をする上で,種の同定をしなければならず苦労した経験から,魚の形態的特徴や見分け方中心の内容になっているところが市販の多くの図鑑とは違っており,生徒らしになったと思われる。

2-4 庄内川の生物標本の作製
 これは記録として残すことの重要性と科学的知見を実践的に学習することを目的とした。標本はデータベース、生息の証拠として非常に重要なものであるが、学校教育の場でその重要性について学ぶ機会はほとんどない。そこで捕獲した生物を標本として残すことでその価値に気づくことができる。また、標本作成の手法は科学的な知見に基づいて行われており、その多くは高等学校で学習する内容で理解できる。教科書だけでなく実践的にその理解を深めることができる。
 任意団体である「矢田・庄内川をきれいにする会」の会員の方に指導を仰ぎ,魚の標本作成について固定から鰭立て,保管方法,写真の撮影方法までを学習した(図4,図5)。その際,標本に残すことの大切さや意義を同時に学ぶことができ,非常に有意義であった。また,これまでに実践してきた魚の透明骨格標本の作製も進め,それを利用した生徒研究2件は2-1と同様の生徒研究発表会等でポスター発表した。魚だけでなく,庄内川で採集した昆虫類や植物についても可能な範囲で標本作成を行った。自分たちで作成できることに楽しみを覚え,自主的に取り組むようになる様子が印象的であった。

2-5 砂州の清掃活動およびゴミ調査
 これは清掃活動による環境保全意識の涵養と川の中のゴミの種類と量を知ることを目的に行った。パックテスト等を用いて水質調査も併せて行った。
 当日は大潮の干潮時間帯に行ったため,川底が露出しており,多くのごみを拾うことができた。上流にゴルフ練習場がある関係で,ゴルフボールが大量に収集されたことに生徒は驚いていた。また,大量の空き缶類とともに衣服や鉄パイプ,タイヤなどが多く収集され(図7),いかに川が生活ごみに汚されているかを実感したようだった。水質調査はとくに目立った結果は得られなかったが(図8),川や環境に対する意識の変化が見られ,水質調査の方法を学習できたことからおおむね目的は達成できたと思われる。


3 まとめ
 水質の悪い一級河川である庄内川をフィールドにすることで生物と環境に日を向けた活動を進めることができた。その結果を生徒研究としてまとめるだけでなく,飼育と図鑑や標本の作製を通じ,記録として残していくことの大切さやその方法についても学習させることができた。これらの活動により,環境意識が涵養できただけでなく,それを進める技術を身に付けた人材が育つきっかけをつくることができたと思われる。この生徒たちがそれぞれに成長していくだけでなく,その友人たちに対しても広がっていくことを期待したい。