2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

広島県安芸太田町教育委員会

実施担当者

沖本 直樹

所属:広島県安芸太田町教育委員会 主幹

概要

1 はじめに

学校現場において,これまでのような児童生徒が解を受け入れていく受動的な学びではなく,一人一人が自分で新しい解や価値を作り出していく主体的な学びが求められている。また,一人で考えるのではなく,視点の異なる他者とお互いの考えを出し合うことで,多様な視点から自分の考えを見直し,自分の考えの適用範囲を広げていくという協調的な学びが必要となってきている。
このような学びをめざして,本町では平成22年に東京大学大学発教育支援コンソーシアム推進機構(略称CoREF)とともに全国の9つの市町教育委員会が連携して実践研究を始めた。現在では,北海道から沖縄県まで13道県21団体とともに校種・教科を越えた研究連携を行っている。本町には小学校4校,中学校3校,県立高校1校があり,すべての学校においてアクティブラーニングの一つである「知識構成型ジグソー法」という共通の授業の型を用いながら主体的で協調的な学びについて研究を行っている。
今後ますます「これからの社会に必要とされる資質能力の育成」が求められる中で,授業デザインとともに学習評価をどのように行っていくかが重要な課題となっている。学習者一人一人の主体的な学びに着目すれば,学習評価もおのずと一人一人に応じたものになり,どのように資質能力の育成につながっているのか説明できるものでなければならない。今年度は,中谷財団から研究助成をいただき,授業での児童生徒の発話を記録するための機材を整備することができた。これらの機材を町内の小・中・高等学校で活用して,児童生徒の学びを可視化し「多面的対話分析法」による授業評価を試みた。

2 「対話による学び」を評価する

2-1 学びのゴールの転換

私たちが日指す学びの転換の本質は,単にグループ学習の授業形態を増加させたり,他者とコミュニケーションをとる機会を増加させたりするものではない。主体的に学び,他者とかかわることを通じて自分なりの考えを作り,試し,磨き,さらに「次の間い」を見つけていくような学習の機会を数多く増やしていくことである。「知識構成型ジグソー法」では,クラスで課題を共有し,その課題を解くために必要な知識を分担し,共有・交換・統合して答えを作り出していく。その時に他者の考えと比較検討しながら自分の考えをより良くしていくのであるが,授業の中で児童生徒がどのように自分の考えを表現し,他者の考えを受け取って学んでいるのか事実を丁寧に見取ることが璽要である。
これまでは授業の前後で同じ問いに対して2度「考え」を記述させ変化を可視化する「授業前後理解比較法」により,一人一人の児童生徒の理解を評価してきた。この評価方法は,授業の前後を比較してどのぐらい知識の量が増え,理解が深まり,詳細な説明ができるようになったのか,短時間で多数の児童生徒の変容を把握し分析することが可能である。しかしながら,学習途中のどの段階でどのように考え,どのように理解していったのか、また,どのような場面でどのような資質能力を活用しているのかを知ることはできない。その過程を知ることができれば児童生徒の学び方を評価でき,次の学びの場を設定することができる。これから求められる評価として「対話の中に『理解』を見る」ことを通して児童生徒がどのように学んでいる
かを評価することが必要であると考えている。

2-2 データの収集と学習遷移評価支援ツール

これまでは授業の様子をビデオカメラで撮影しており,教室に複数台設置することもあったが授業風最を記録するにとどまっていた。今年度はこれに変わる機器としてミーティングレコーダーをグループの数だけ幣備した。
これは4方向にカメラがついており,360度の様子を動画と音声で電子データとして記録できる機器である。このミーティングレコーダーをグループの中央に罹きメンバーの表清や呟きを記録した。また,指向ミーティングレコーダーで発話を記録性クリップマイクを児童生徒一人一人がつけて発話をICレコーダーで記録した。そして授業後に音声データを音声認識ソフトを使ってテキスト化した。このようにして授業者一人では把握できなかった一人一人の授業中の様子を記録することができるようになった。
今回の研究ではこうして得られたデータをさらに東京大学CoREFが作成した学習遷移評価支援ツール(※以下ツール)によって幣理し分析することとした。このツールは指導者が学習過程の中で使ってほしい科学用語や「どうして?」,「だから」,「そうか」といった対話の中で使用している語句をキーワードとして設定するとそのキーワードの出現する場面や回数をPCの画面上に表示するものである。

2-3 対話中の科学用語の出現頻度

昨年までの実践から知識伝達型の授業よりも知識構成型ジグソー法を用いた授業のほうが長期間児童生徒の記憶に残るとい
うことがいくつかの事後調査から明らかになっていた。
今年度,発話データを収集し,ツールを使って対話による学習過程の中で児童生徒が科学用語をどのぐらいの頻度で使っているか数値で知ることができた。特に学習過程の後半では科学用語を他者への説明のために多く使用していることがわかった。
先に自分の頭の中でイメージできた児童生徒が他者へそのイメージを伝えるためにはわかりやすいように何度も言い換えることが必要となってくる。説明者の表情を見ているとこの過程でさらに理解が深まっていくことがわかる。中学校3年理科「季節の星座」では,「自転」,「公転」,のほか方角や時を表す言葉をキーワードとして設定し,対話の中の出現頻度を時系列で調べた。このことによってグループの話題が移り変わっていく様子をデータとして示すことができた。また,これまでも発言の最は理解の深さと一致しないと指摘されてきた。科学用語を使おうとしている意欲は評価できるが,他者の発言を黙って関いている時間が多い生徒がその間何も考えていないわけではない。単純に科学用語の出現頻度だけで理解の深さを測ることはできず,函や文章で記述させる評価方法が必要となってくる。音声データだけでは黙って闘いている時間の児童生徒の様子はデータとして残らないが動画で表情を記録することで把握できる。このようなデータとして記録しにくい学び方についてどのように客観的にデータを整理し評価していくかが今後の課題の一つである。

2-4 児童生徒の学び方の特性

対話による一人一人の学習の様子を見ていくと「積極的に発話しグループの対話をリードしていくタイプ」の児童生徒もいれば,「発話量は多くないが他者の発話を聞きながら自分の考えを整理するタイプ」の児童生徒もいる。
「他者に質間を投げかけることでだんだんと理解していくタイプ」の児童生徒もいる。児童生徒それぞれが自分なりの学びのスタイルを持っており,最後は個人で学んだことを図や表,グラフなどを用いながら記述していく。
本町では,授業後に一人一人レポートにまとめさせているが,知識の量を筆記テストで測るのではなく,児童生徒が課題に対してどのように学んでいったのか,どのように授業前後で考えが変わったり深まったりしたのか,さらに次の課題(疑間)が見えてきたかを評価したいと考えている。現段階では数値を用いて評価していくことは難しいが,結果だけでなく「答え」にたどり着く過程も客観的なデータで示すことを試行している。
児童生徒が対話の中で自分の考えをまとめていき,課題の間いに対して自分なりの「答え」を導き出すことができたとき,本人の自己評価は高いものになる。その過程を指導者が客観的な事実としてデータで示し学習者に返すことができれば児童生徒の学びを認め,次の課題への適切な助言を行うことができるようになる。

3 町教育委員会としての取組

3-1 多面的対話評価分析法の課題

平成29年度は理科における対話記録による評価の実践は,中学校2回,高等学校1回にとどまった。理科に限らず他教科でも同様に機器による音声データの収集を行ったもののその多くは整理,分析,評価というところまで時間的な余裕がなく実施できていない。
大きな要因は音声データのテキスト化に多大な時間と労力がかかるということである。対象となる児童生徒数の多い大規模校においては導入困難な問題であり,本町の少人数学級においても教員の多忙な実態の中で日常的にこの方法で評価を行っていくことは現実的ではない。
もう一つ課題として挙げられることは「多面的な評価」の観点や基準が未だ定まっておらず試行錯誤している段階ということである。
しかし,これからの学校教育にとって,児童生徒の学びを客観的なデータを通して把握し,一人一人に応じた評価と指導によって,意欲を引き出し,課題解決の力を高めたり,課題発見・課題設定の力を養ったりすることは不可欠である。また,今までにない人と違った発想やアイデアが生まれるためには同質よりも異質な学び方が尊重されなければならない。

3-2 今後の取組の方向性

人工知能に代表されるように情報処理の分野ではハード面,ソフト面において大きな期待がされている。大量のデータをわかりやすく個別化し整理・分析するツールやソフトが開発されていくことによって個に対応した「学びの評価」が可能な時代がやってくると思われる。小規模少人数である本町の学校だからこそ先行してできる一人一人の学びについての個別の評価を試行していきたい。そのためにも来年度は教員の時間的な負担を最小限にとどめながら教員の知見がなければできない評価の観点・基準を設定することに取り組んでいく。またCoREFや他市町の先進的な取組を参考にしながら音声データのテキスト化システムの改善を行いたいと考えている。

4 終わりに
主体的に学んでいる児童生徒の姿をどのように把握し評価していくのか。そして,児童生徒が見つけた次の課題にどのように指導や支援をしていくのか。これは1時間毎の授業デザインだけはなく単元を通じて,あるいは系統性の中でつながりをもった科学教育プログラムとして考えていく必要がある。また,小・中学校,高等学校における理科教育の中で身につけるべき資質能力を学校教育全体の中で位置づけを明確にして計画,実践,評価を行っていかなければならない。町教育委員会として学習環境整備を進めながら町内全ての学校において取組が進むようにリーダーシップを発揮したい。