2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

広島城のお掘の水質に関する考察

実施担当者

野村 真人

所属:広島市立基町高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 広島城のお堀は、外周約1.5km、水深1m足らずの小さな堀である。現在、お堀の水は太田川の水と循環されているが、吐出口から流水口に向けての流れは非常にゆるやかであり、河川とため池との中間のような水域となっている。
 このような水域は比較的珍しく、その水質も特徴的な変動をしていると思われる。本校化学部では、このお堀の水質を調べるために、2010年春期より継続的に測定している。しかし、クラブ活動の制約上の理由から、これまで夜間の測定がほとんどできていなかった。そこで今回、お堀に自動計測機器を設置し、終日の測定を計画した。


2.自動計測機器の開発と設置
 広島市立大学と共同で、今年の1月上旬より、お堀に図1のような、新たに開発した自動計測機機器を常設した。この自動計測機器は太陽光パネルと蓄電池を有しており、お堀のような電源のない場所でも、継続的に使用できる設計としている。この機器によって、溶存酸素(DO),気温,水温などが自動計測されるようになり、これまで実施できてなかった夜間や分単位での測定が可能となった。また、測定結果をIEEE1888プロトコルを用いてサーバーに送信して蓄積することで、リアルタイム値だけでなく、過去の測定結果もネットを通して利用できるようになっている。
 なお、溶存酸素(DO)とは、水中に溶けている酸素を質量に換算したものであり、mg/Lの単位で表される。今回の計測機器は、DO計として、OM-51やその後継機種のOM-71(いずれも堀場製作所)を組み込むように設計されている。これらのDO計は耐久性があり、長期間の連続使用が可能であると考えている。
しかし、最初に設置した段階では、電極ケーブルの長さが不足しており、電極の水深を一定に保つことができなかった。そこで、中谷医工計測技術振興財団の研究助成を得て、5月下旬より、電極ケーブルを長いものに変更した。電極の周りに発泡スチロールブロックを用いることで、電極の水深を10cmに保つだけでなく、電極が石垣に触れるのを防いでいる。


3.自動計測器による測定結果と分析
3-1.周日変化の例
 お堀の場合、水中には比較的多くの動植物が生息しており、DOの値は、その動植物の呼吸や光合成によって変動する。その例として、7月2日~5日の測定結果を示す。この間の天気は、2日は比較的晴れており、3日は曇りの時間帯が多く、4日は午後を中心に雨という状況であった。
 図2は、この期間のDOと太陽光パネルで発電した電力の変化を示したものである。この図からも明らかなように、発電した電力を太陽光の強さと見なせば、太陽光が当たっている時刻は、光合成によってDOの値が上昇するだけでなく、太陽光の強さによって、上昇量が変化することがわかる。また、太陽光が当たっていない時刻では、天候にかかわらず、DOの値が下降することがわかる。
 一方、図3は、この期間のDOと水温の変化を示したものである。この図からも明らかなように、短期的にはDOの値が水温と連動することがわかる。これは、太陽光による光合成が行われることと同時にお堀の水が温められるからであり、結果的に水温の上昇とともに、DOの値が上昇すると考えられる。

(注:図/PDFに記載)

3-2.季節による変化
 お堀の場合、DOの値は季節によっても変化する。DOの最大値である酸素の溶解度は、水温によって変化し、高温ほど溶解度が小さくなる傾向にあるからである。一方で、お堀の水温が高い季節ほど、水中の植物量は増加するだけでなく、お堀に照射する太陽光が強いこともあり、呼吸や光合成は活発に行われると考えられる。
 図4は、2月,4月,6月の中旬以降で、2日続けて晴れた日の2日目を任意に選び出し、DOの周日変化を比較したものである。なお、前述したように、5月までは、電極の水位は最大20cm程度変動しており、その分だけ誤差が大きくなっていることは考慮する必要がある。
 この図からも明らかなように、日出や日没の時刻の変化から、DOの増加する時刻や減少する時刻が変化していることもわかる。また、水温が高くなるにつれて、DOの値は低下する傾向にあるが、2月の場合、DOの変化量はそれほど大きくなく、動植物の呼吸や光合成がそれほど活発でないことがわかる。
一方、夜間のDOの減少量は、水中の植物量とは必ずしも連動していないこともわかる。これは、水温に対して水中のDOの飽和率が低くなった場合、大気から酸素が供給されることなども、要因として考えられるからである。

(注:図/PDFに記載)

3-3.大型藻類の繁殖による影響
 2013年の夏期より、お堀に比較的大型の藻類が繁殖するようになった。2013年にカワシオグサが生息を始め、2014年はカワシオグサとエビモが共存して生息した。そして、2015年はエビモが生息の中心であった。エビモは、春期から見られるようになり7月下旬の水温の上昇とともに、急激に繁殖した。
 図5は、8月上旬のDOの周日変化である。この図と図3,4の比較からも明らかなように、8月上旬は、水温の高さに反してDOの値も高いという現象が確認できる。実際、日中のDOの値は、水温から想定される酸素の溶解度よりも少し高く、エビモの光合成によって放出される大量の酸素によって、いわば過飽和のような状況を形成していると考えられる。
 一方で、夜間は、過飽和状態の解消や、エビモの大量の呼吸によって、DOの値は大きく下降している。特に、日出前のDOの値は著しく低く、お堀の生態系に悪影響を与えると考えられる。

(注:図/PDFに記載)

3-4.まとめと考察
 お堀のDOの変動要素は、主に3点ある。一点目はお堀の水温である。水温が高いほど、DOは低くなる傾向にある。二点目は太陽光の強さである。太陽光が強くなるほど、DOは高くなる可能性がある。そして、三点目はお堀に生息する動植物の量である。動植物の量が多いほど、光合成や呼吸により、DOは変動することになる。
 もちろん、この三点は独立した要素ではなく、一般に、水温の高い時期は太陽光の量も多く、また、動植物の量も多くなる。そのため、冬と比べて夏の場合、DOは、大きく変動する傾向にある。
 図6は、8月11日~15日のDOと水温の変化を示したものである。この期間の測定結果は、DOの変動要素を示す典型的な例である。8月12日は、お堀での15日ぶりの雨であり、それまで暖め続けられていたお堀の水が、一気に冷やされた状況となった。そのため、同じような天気の状態にもかかわらず、11日と14日で、DOにかなり差があることがわかる。この期間の動植物量はほぼ一定と見なせるので、水温の低下分だけ、DOが増加したことがわかる。

(注:図/PDFに記載)

3-5.補足
 特殊な状況では、これら三点以外の要素でも、DOが高くなる場合がある。図7は、7月11日~15日のDOと水温の変化を示したものである。この図からも明らかなように、16日だけのDOが著しく高いことがわかる。
 一方、図8は、この期間のDOと風力を示したものである。風力のデータは、広島城と隣接している、広島気象台の統計資料を利用している。すると、16日は、一日中強い風が吹いたことがわかる。実は、台風11号の影響である。この台風は、17日早朝に岡山県を通過したが、広島市ではほとんど雨が降らないという珍しい事態となった。結局、強い風によって、水面がかき混ぜられ、一時的にDOが上昇しただけだと考えられる。

(注:図/PDFに記載)


4.今後の課題
 自動計測の実施期間が短いことから、今回の発表では、特徴的な変化を選び出し、その変化を考察している。その意味では、客観性に欠ける部分はあるかもしれない。しかし、これまで実施できなかった、夜間の測定結果などはとても興味深く、楽しみながら分析することができた。
 現在、自動計測機器は、オーバーホールため、測定を中止している。来年度、自動計測機を終年で実施し、詳細なデータを収集することを計画している。また、これらのデータの分析法を確立することで、広島城のお堀の水質変動メカニズムを解明していきたいと考えている。