1988年[ 年報 ] : 年報02号

年報02号

中谷電子計測技術振興財団

概要

目次

設立の趣意
巻頭言
菅田先生を悼む
役員・評議員および事業の概要
I. 技術開発に関する研究助成事業
技術開発研究助成金贈呈式の開催状況
II. 調査研究助成事業
III. 技術交流に関する事業
昭和60年度(第2回)技術開発助成研究成果報告
昭和62年度技術交流助成成果報告


設立の趣意

 わが国経済社会の高度化は、1970年代以降急速に進展しています。これは、わが国の唯一の資源でもある恵まれた頭脳資源を、十分に活用することで達成されたものです。特にコンピュータを始めとするエレクトロニクス技術の発展が重要な役割を果たしてきました。
 これらのエレクトロニクス技術の発展は、優れた電子計測技術の基盤の確立が無くしてはありえません。今後わが国のエレクトロニクス技術の一層の発展を実現する上で、電子計測技術基盤の一層の強化が大切であります。電子計測機器がエレクトロニクスのマザー・ツールであるといわれる所以でもあります。
政府におかれましても、その重要性を十分認識され、電子計測技術基盤の確立のためいろいろな施策を展開されております。
 このような客観的諸情勢から故中谷太郎初代理事長は、電子計測技術の発展を推進し、産業基盤の確立に貢献することを強く念願され、昭和59年4月に財団法人「中谷電子計測技術振興財団」が設立されました。
 当財団は、技術開発・技術交流の推進、技術動向等の調査研究等を行うことにより、電子計測技術の基盤の確立に微力をつくす所存でございます。このような趣旨をご理解の上、当財団にご指導、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。


巻頭言

大阪大学名誉教授,大阪電気通信大学理事長
工学博士 菅田榮治

 電子顕微鏡の着想がドイツの学会誌に発表されたのが1932年(昭和7年)であった。私はこの年に大学を卒業し母校に残して頂きライフワークとなしうる研究テーマ探しに毎日を過ごしていた時に,この論文に遭遇する幸運に恵まれた。そして光学顕微鏡では観るこ
ろかとができないウィルス(濾過性病原体)を顕微視することができるという理論的予見に引きつけられ捉えられた。そして電子顕微鏡の開発研究に努力している時に妻の友の子供さんが朝起きて足の動きが不自由になっていることを訴えたことで, 小児麻痺病になっていたことにビックリ仰天したと知られされてウィルスによる小児麻痺病退治に貢献したいと若い私の情熱は更に高揚していったことを,80歳になった今でも思い出す。
 その時代から半世紀が経った現在では,透過型電子顕微鏡(細菌用光学顕微鏡と同じレンズ構成のもの)は物質を構成する原子個々を分解して像として顕微視することができる性能を持つまでに開発され実証されている。そればかりではなく原子の中をも分解して視ることができるまでになっている。
 この型の他にテレビジョンと同じ方式による走査型電子顕微鏡(SEM)は原子個々を観るまでには未だ達していないが,その像の立体感は観察者に迫力をもってせまり観測研究の悦びをも与えてくれる。試料作りの技術の進歩によって,この型の電子顕微鏡は分子生物
学研究にも活用される成果をあげうるようになるものと思う。SEMは単なる観察機器ではなく測定機器として利用される菫要な特性をも持っている。
 さらにまた, 1987年にノーベル賞を受けた走査型トンネル電子顕微鏡(STEM)は固体表面に並ぶ原子個々を分解してその表面の凹凸が観えるようにするので表面物性の研究に利用され,その躍進に貢献するものと期待されている。
 この型の電子顕微鏡を分子研究に応用する方法を検討した結果としての一方法を提案したい。安定した標準固体表面を設定しその上に被検体としての分子を載せて観察しこれ等の2画像をコンピュータ処理すれば分子をつくっている原子の像を抽出することができる。
 ウィルスの増殖にも重要な役をするDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列の鎖を直接観察するのに偉力を発揮するものと期待している。血液研究にも採り入れられると思う。
 今や生命科学の最先端をゆく分子生物学の研究に重要な知見を獲得し得る顕微鏡か出現したと私は思う。
 電子の波動性をふまえて電子顕微鏡が発明されてから半世紀を経て分子生物学の研究に利用されうる機器が開発されたことになる。
 1988年のノーベル生理学・医学賞は利根川進博土に単独賞として授与された。博土は生物科学的方法でこの偉業をなし遂げられたと思うが電子顕微鏡を用いてその成果は更に深められるものと信じる。
 科学的諸研究は人間が関心をもつ総ての分野に拡められつつあるが,その内でも分子生物学そして生命科学に寄せられている期待は殊に大きい。この神秘性さえも漂う未知の科学の大山脈群の中にそびえ立つ分子生物学の巨峰を踏破するにはヘリコプターによる全山容視察が先ずなされねばならない。幸いなことに生体をつくる細胞群には電気現象が常に現れているからこれを捉えてその時間経過を測定すれば生体の生命現象を捉むことができる。微弱な電位差をも増幅してその時間経過をブラウン管の蛍光面に出現させることができる。またこれをコンピュータ慮理をして画像化することも可能である。
 心の作用が生理現象にも影響を及ぼしつゝある状況を捉える電子計測技術は各種の電子顕微鏡によって得られる原子そして分子に関する微視的知見と相補いつつ生命科学に確固たる知識を加えてゆくことを信じその発展を希望したい。


菅田先生を悼む

財団法人 中谷電子計測技術賑興財団
理事長 木村英一

 菅田先生,7月13日ご逝去との訃報に接し,こゝに先生のご遺徳を偲び,謹んで哀悼の意を捧げます。
 先生は,ご高令にもかゝわらず大阪電気通信大学理事長をはじめ数多くの要職につかれて居られましたが,特に,当財団発足以来,理事として事業の運営に大変ご尽力下され,数々の得難いご指導を賜り,有難き限りでございました。
 当財団の中核事業でございます技術開発研究助成金の贈呈式には,遠路ご出席下され,記念懇親会では,撥刺たるお声で乾盃の音頭をとって下さったお姿が,昨日のように瞼に浮んでまいります。
 今般,先生が本年報に巻頭言をご寄稿下さいましたのが,ご遺稿になろうとは,思いもよらぬことでございました。
 巻頭言には,日本の電子顕微鏡育ての親でありました先生か,電子顕微鏡の研究開発をライフワークとされた所以と,生体電子計測への先導的なご提言が述べられております。
 このご寄稿に際し,6月30日付で頂戴致しました先生のご書簡には,「電顕で生物体の組織を作っている分子の原子構成を顕微したいというのは私共の夢でしたのですが,そのトレーガー(載物膜) がありませんでした。
 安定した固体表面とSTEMのイ象のコンピューター処理によって出来ると思い巻頭言中にその提案をしたつもりです。」と書ぎ記されてございます。
 80才というご高令で,真実をみつめる科学者としていかにして人類を幸せにする学問を礎ぎあげるか誠心誠意努力なされた先生の真摯なご意志が伺がわれます。
 また,先生は,心より学生を愛され,如何にして社会に役立つ人間を育くむか,教育者として,はたまた学校経営者として,絶大な情熱を注いでこられたことに,深く頭か下る思いでございます。
 かゝる偉大な業績を積まれた先生が,常にやさしいまなざしで人に接し,素朴なはど物静かに語りかけられて人々を導かれたお人柄は,強い信仰心によって培かわれた人を愛する力が根底に宿っていたことにほかならないと思います。
 私達は,生命科学の探求への菅田先生のご遺志を体し,いささかなりと社会に貢献するために,電子計測技術の振興に全力を捧げることをお誓い致すとともに,先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


設立年月日 昭和59年4月24日
基金 6億2千万円

役員
理事長
木村 英一 前大阪市立大学学長・名誉教綬

専務理事
橋本 禮造 東亞医用電子株式会社 代表取締役社長

理事
梅垣 健三 星ガ丘厚生年金病院院長 前奈良県立医科大学学長・名誉教授
宇都宮 敏男 東京理科大学教授 東京大学名誉教授
中谷 正 東亞特殊電機(株) 経営企画室・東亞医用電子(株) 監査役
伊藤 健一 当財団事務局長

監事
麻植 茂 公認会計士
本田 親彦 公認会計士


評議員
川越 裕也 国立大阪病院第二内科医長
藤井 克彦 大阪大学工学部長
斎藤 正男 東京大学医学部教授
山崎 弘郎 東京大学工学部教授
屋形 稔 新潟大学医学部教授
三木 十三郎 東亞医用電子株式会社 常務取締役
太田 有郷 東臣医用電子株式会社取締役


事業の概要
電子計測技術の発展を推進し,産業基盤の確立を図ることにより,わが国経済社会の発展および国民生活の向上に資することを目的として,次の事業を行います。
■電子計測技術分野における技術開発に対する助成
電子計測技術分野における先導的技術開発活動を促進するため,これに助成します。
■電子計測技術分野における技術動向等の調査,研究
電子計測技術分野の実態および種々の問題について調査研究を行い,または,助成します。
■電子計測技術分野における技術交流に関する支援
電子計測技術分野における技術の交流を推進するため,内外の研究者等の交流に対する助成,シンポジウムの開催等を行います。
■電子計測技術分野に関する情報の収集,提供
電子計測技術に関する情報文献,資料等を収集整理し,その広汎な利用を図るための種々の活動を行います。


I 技術開発に関する研究助成事業
 国際経済社会において,貿易収支のアンバランスなどの諸問題により,かつてない大きな転換期に直面している我が国にむいて,自主技術による技術立国が提唱され,かつ先導的技術開発の創出が急がれている。
 このため,当財団にむいては,中核事業として電子計測技術分野における先導的技術開発活動を促進するため,大学及びこれに準ずる研究機関に対して研究助成を昭和59年度から実施してきた。その概要を次に述べる。

1. 助成対象研究の募集
 産業技術の共通的・基盤的技術である電子計測技術は極めて広汎な分野に亘るが,その中で,健康で、明るい人聞社会を築くために重要な役割を果すと考えられる技術開発分野として,理学・工学と医学・生物学の境界領域としての学限的研究である「生体に関する電子計測技術」の進展がますます要請されている。
 かかる状況を勘案し,当財団では対象を次のように定めて,毎年9月末日を締切として助成対象研究を募集してきた。

対象研究課題 生体に関する電子計測技術
助成対象 独創的な研究であって,実用化が期待されるもの。または,実用化のための基盤技術となるもの。

2. 審査委員会
 応募のあった助成研究申請書の内容を,中路幸謙委員長ほか6名の学識経験者からなる審査委員会において,再三にわたる慎重かつ,厳正な審査が行われ,助成対象研究テーマが選ばれた。

3. 研究助成金の贈呈式
 審査委員会の審査を経て選出された大々の研究開発テーマの研究責任者に対して,技術開発研究助成金の贈呈式を毎年,芝浜松町にある世界貿易センタービルにおいて,多数の関係者,来賓を迎えて盛大かつ厳粛樫にとり行われた。
 この際,各研究者より研究内容の概要を発表していただいているが,好評を博している。
 また,研究助成金の贈呈式後,祝賀を合めて,懇親会を開催し,相互に,よろこびと意見の交歓をしあった。

年度 贈呈式年月日 助成件数 助成金総額
昭和59年度 昭和60年2月28日 6件 1,600万円
昭和60年度 昭和61年2月25日 9件 2,100万円
昭和61年度 昭和62年2月27日 9件 2,050万円
昭和62年度 昭和63年2月26日 9件 1,950万円


第1回(昭和59年度)技術開発研究助成対象研究
(注:表/PDFに記載)

第2回(昭和60年度)技術開発研究助成対象研究
(注:表/PDFに記載)

第3回(昭和61年度)技術開発研究助成対象研究
(注:表/PDFに記載)

第4回(昭和62年度)技術開発研究助成対象研究
(注:表/PDFに記載)


技術開発研究助成金贈呈式の開催状況
(注:写真/PDFに記載)


研究計画の発表
(注:写真/PDFに記載)


記念懇親会
(注:写真/PDFに記載)


II 調査研究助成事業

1. 調査研究の目的
 広範囲な分野で進展が期待されている生体に関する電子計測技術について調査研究し,解決が望まれている研究開発課題を抽出するとともに研究開発の今後の方向を展望し,電子計測技術の振興をはかるための研究助成事業に資することを目的とする。

2. 調査研究の対象
 生体計測における電子技術の応用は,コンピュータ画像処理などの分野では非常に進んでいるが,日常の健康管理や慢性疾患患者の長期管理などの分野にはあまり例をみない。しかし,将来を考えると,疾病の予防と日常の健康の管理が重要となることは明らかであり,そのために電千計測技術が導入されることが望ましいと考えられる。
 また,従来の生体計測技術のほとんどは,病院などの特定の医療施設にむいてのみ使用できるものであったが,疾病の予防や健康管理のためには医療施設外の日常生活にむける生体情報の計測が必要となると考えられる。
 以上のことから,疾病予防および健康管理を目的とした医療施設外を中心とした生体電子計測技術に関する調査研究を対象として助成することとした。

3. 調査研究委員会の構成
 東京医科歯科大学の戸川教授を委員長として 10人の調査研究委員会の委員構成で調査研究を実施している。

4. 調査研究の期間
 昭和61年度,昭和62年度の 2年間に亘って調査研究し, 62年度に調査研究報告書をとりまとめることとしている。

5. 調査研究の内容
 調査研究対象を、心電図、循環動態, 肺・呼吸,脳・神経, その他の分野に別けて,夫々目的・対象,方法について各委貝により分担し調査研究を進めている。
 61年度は,関連する分野ごとに検索文献を整理し,重要文献を選択検討するとともに,専門家を交えて論議を行った。
 62年度は,選択された重要文献について,詳細な資料を収集整理するとともに, 医学・理工学の両面から内容を検討し,その概要をとりまとめた。


調査研究委員会 委員名簿
〔敬称略〕
委員長
戸川 達男 東京医科歯科大学 医用器材研究所 教授

委員
浅野 茂隆 東京大学医科学研究所 病態薬理研究部 助教授
岡井 治 杏林大学保健宇部 臨床生理 教授
小野 哲章 三井記念病院 MEサービス部 技師長
川上 憲司 東京慈恵会医科大学 放射線医学教室 助教授
清水 信 東京慈恵会医科大学 精神神経科 助教授
辻 隆之 東主医科歯科大学 医用器材研究所 助教授
土肥 健純 東京大手・工学部 精密機械工学科 助教授
舟久保 登 東京都立科学技術大学 管理工学科 教授
渡邊 瞭 東京大学 医学部 医用電子研究施設 助教授


III 技術交流に関する事業
1. 技術交流助成事業
 電子計測技術を促進するためには,国際化時代に対応して,内外の研究者相互の先端技術の国際的交流が不可欠である。このため次のとおり,国際的会議等への出席者に対して助成を行った。
 これらの会議等において活撥な技術交流活動が行われた。

技術交流に関する助成金贈呈者
(注:表/PDFに記載)

2. 生体電子計測研究会
 理学,工学と医学,生物学との境界領域にある学際的研究は,医用生体工学をはじめバイオテクノロジー等,広くそのニーズがますます隆まっている。
 このため,かかる分野における共通的,基盤技術である「生体電子計測技術」に関する研究課題について,関連する専門家の研究者が交流し,ニーズ,シーズに関して討議し,今後の方向等を探求することを目的として,当財団内に,生体電子計測研究会を昭和60年12月に設置した。
 本研究会は、東京大学医学部の斎藤正男教授のご指導を得て,懇談会方式にて年間4回程度開催し、開催にあたっては、医学・生物学と理・工学関係の話題提供者を交互に定めて自由活達に討議を進めてきている。研究会のメンバーは、下記のとおり12名である。
 以下に研究会の開催状況を示す。

生体電子計測研究会メンバー (50音順:敬称略)
岡井 治 杏林大学保健宇部 臨床生理 教授
小野 哲章 三井記念病院 MEサービス部 技師長
川上 憲司 東京慈恵会医科大学 放射線医学教室 助教授
関谷 富男 防衛医科大学校 医用電子工学講座 講師
多氣 昌生 東京都立大学 工学部 電気工学科 助教授
辻 隆之 東主医科歯科大学 医用器材研究所 助教授
土肥 健純 東京大手・工学部 精密機械工学科 助教授
西村 正信 土浦協同病院 消化器内科 医長
舟久保 登 東京都立科学技術大学 管理工学科 教授
守谷 哲郎 電子技術総合研究所 材料部 材料物性研究室 主任研究官
山下 衛 筑波大楽 臨床医学系 麻酔グループ 助教授
渡邊 瞭 東京大学 医学部 医用電子研究施設 助教授

生体電子計測研究会開催状況
(注:表/PDFに記載)


昭和60年度(第2回)
技術開発助成研究成果報告

電界効果トランジスタを用いたインスリン免疫センサーの開発
音声合成方式発声代行ヽンステムのための電子計測技術に関する研究
パラメトリックアレーを用いた超音波非線形パラメータCTによる生体組織性状診断に関する研究
心臓用人工弁機能の電子計測技術、ンステムの開発-画像計測による心臓用人工弁の運動解析システムの開発-
データ圧縮による生体信号の長時間計測と痙性の定量的評価への応用
高周波超音波診断装置の開発
運動時における連続血圧測定装置の開発研究
水晶体混濁計測装置の研究開発
内耳よりの音放射に関する基礎的研究と臨床検査への応用