2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・白松 知世

研究責任者

白松 知世

所属:東京大学 先端科学技術研究センター 生命知能システム分野 特任研究員

概要

1)会議又は集会の概要

ミスマッチネガティビティ (mismatch negativity; MMN) は、連続した音刺激の、周波数や音圧が変化した際に、ヒトの大脳皮質の聴覚野で自動的に生じる、誘発電位の陰性のゆらぎであり、音変化の自動検出機構として注目されている。本会議は MMN に関する専門的な国際会議で、1990 年代からおよそ 3 年ごとに開催されており、今回は第 7 回目であった。今回の参加者はおよそ 300 名強で、口頭発表が 40 件強、ポスター発表はおよそ 130 件であった。また、学会初日にはワークショップも開催された。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

発表テーマの多くは、ヒトの脳波(electroencephalogram; EEG)や脳磁図(Magnetoencephalography;MEG)、機能的核磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging; fMRI) を用いた研究であった。MMN は、統合失調症の患者では発生しないことから、従来、統合失調症のバイオマーカーとして有用であると考えられてきた。一方で、MMN は、被験者が認知的に識別可能な刺激の変化に対してのみ発生するため、被験者の認知機能を反映することが報告されている。こうしたことから近年、MMN は、統合失調症だけでなく、その他の疾患のバイオマーカーとして利用できるのではないかと考えられている。本会議では、難読症、難聴や、うつ病、アルツハイマーといった疾患のバイオマーカーとして、MMN が有効である可能性が報告されていた。特に、アルツハイマーでは、症状が本格化する前に MMN に変化が現れることや、症状が後で重篤化した群としなかった群で、MMN に違いがあったことが報告された。このことから、MMN が、アルツハイマーの進行を予測するバイオマーカーとして有用であるかどうかが議論されていた。また、難読症のリスクが高い児童は、難読症の診断が可能になる年齢以前に、純音に対する MMN が発生しにくいことから、こうした疾患のバイオマーカーとしても MMN が有用である可能性が議論された。

一方で、MMN の詳細な発生機序は未だ明らかになっていない。MMN の発生機序を明らかにするためには、動物モデルを用いた電気生理実験が有用であると考えられている。本会議では、動物モデルを対象とした MMN を議論するために、4 件の口頭発表からなるシンポジウムと、1 件の keynote lecture が設けられた。報告者は、本シンポジウムのオーガナイザーから招待を受け、シンポジウムにて口頭発表を行った。本シンポジウムにおいては、動物モデルにおいて同定された MMN 様の神経活動と、ヒトで計測された MMN との、機能的な性質の類似点や相違点が特に詳細に議論された。ポスターセッションにおいても同様の議論が行われた。

また、近年、聴覚以外の刺激に対する MMN 様反応についても、研究成果が報告されてきた。本会議では、こうした事情を踏まえて、視覚刺激による MMN (visual MMN; VMMN) に関するワークショップが、学会初日に開催された。VMMN は、被験者の注意や、視覚刺激のパラメータを調整することが難しいため、実験デザインが従来よりも難しいという問題点がある。しかしながら、視覚刺激は、特定の情動を誘発することが可能であるため、刺激の物理的な変化による VMMN と、情動における変化に対する VMMN とを切り分けて解析できる可能性が示された。今後の MMN 研究は、聴覚のみにとどまらず、視覚や嗅覚、触覚といった、複数の分野へと広がっていく可能性が高いと考えた。

 

3)出席した成果

前述のとおり、報告者は、本会議のシンポジウムに口頭発表者として招待された。報告者は、学部 4 年次からこれまで 7 年間、ラット聴皮質から MMN の多点同時計測する研究に携わっている。本会議では、2013 年に発表した英文論文と、投稿準備中の論文に掲載予定の最新のデータを発表し、動物モデルにおける MMN について、各国の研究者と議論した。発表は非常に好評で、質疑応答においては有意義な議論を行う事が出来た。

一方、本会議では主に、ヒトを対象とした最新の研究成果が報告された。特に、MMN を、統合失調症だけでなく、難聴、難読症、うつ、アルツハイマーといった疾患のバイオマーカーとして用いる試みが報告されていたことから、MMN 研究は、医療分野に大きく貢献する可能性を秘めていると考えた。例えば、MMN を簡便に計測し、認知機能や感情障害の可能性を判定できるシステムを開発すれば、医療現場における疾患の診断に貢献できると考えた。現状では、MMN は全脳的に計測しているが、発生源が特定できれば、簡便な計測システムを構築することができる。MMN の発生源特定には、報告者がこれまで携わってきたような、動物モデルにおける研究が必要不可欠となる。こうしたことから、これまでの研究内容をさらに深めると同時に、ヒトを対象としている研究者と連携し、トランスレーショナルな研究を進めることで、こうした先進的な医療技術・医工計測技術の開発に貢献できると考えた。

 

4)その他

会議終了後、ミュンヘン工科大学に在籍中の野田貴大氏を訪問し、今後の研究方針について議論を行った。野田氏は、Arthur Konnerth 教授の研究室で研究員として、行動下のマウスから神経活動を計測・解析している。報告者は、MMN と動物の行動との関係を調べるため、ラットに課題を遂行させながら、

MMN を多点同時計測する実験系を構築中である。この実験系と、設計中の行動課題について、野田氏に意見を頂いた。今後は、今回の議論の内容を踏まえ、実験系と行動課題の設計を改良していく。

 


(注:写真/PDFに記載)

口頭発表は、ライプツィヒ大学の講義用ホールで行われた。

 

(注:写真/PDFに記載)

ポスター発表は、講義用ホール前のスペースにて行われた。