2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・吉見 靖男

研究責任者

吉見 靖男

所属:芝浦工業大学 工学部 応用化学科

概要

1)会議又は集会の概要

化学療法においては、毒性の強い治療薬を敢えて使わなければならない場合がある。その際には、体液中薬剤濃度が薬効発現最小値と中毒発現最小値の間を保てるよう監視し、投与量とタイミングを設計する必要がある。その設計のためには、各薬剤の代謝速度やなど体内動態の把握と、患者ごとの体質(遺伝子型、既往症など)に応じた補正法が求められる。これらの情報を統合して、治療薬の至適な投与法を設計する作業が、治療薬モニタリング(TDM)である。TDM と治療薬の毒性について世界中の薬剤師、医師、臨床工学技士が議論し、情報交換を行う場を提供するのが、IATDMCT のミッションであり、隔年で国際会議を開催している。第一回会議が開かれたのは 1990 年と、歴史の浅い国際会議であるが、抗菌剤、免疫抑制剤などの TDM の国際ガイドラインの制定の場と認知されている。今回は薬剤師を中心に約 820 名の参加があった。

 

2)会議の研究テーマとその討論内容

発表形式:一般論文の口頭発表

発表論文:「Reagentless Vancomycin sensor using molecularly imprinted polymer including redox group (分子インプリント高分子を用いたバンコマイシンのリエージェントレスセンサ)」

バンコマイシンは院内感染源である菌に対して効果を発揮する抗菌剤であるが、腎毒性が強い。しかし副作用を怖れて過少投与すれば耐性菌の発生を許してしまう。したがって治療薬モニタリング(TDM) が強く推奨されている薬剤の代表格である。TDM には血液中バンコマイシンの定量が必要だが、現状ではイムノアッセイや液体クロマトグラフィーに頼る方法が主流である。これらの方法は、コストが大きく、熟練した煩雑な操作が必要で、測定に 1 時間以上かる。この TDM を発展途上国にまで普及させるには、血中バンコマイシン濃度の簡便な定量法が新たに開発される必要がある。そこで申請者は電極表面に、バンコマイシンの存在下で親和性を持つモノマー、架橋性モノマー、レドックス作用を持つモノマーをグラフト共重合した後、バンコマイシンを抜き出すことで、バンコマイシンの分子構造を象った分子インプリント高分子の層を形成した。このように処理された電極のボルタメトリーで得られた酸化電流は、バンコマイシン濃度上昇と共に増加したが、バンコマイシンと構造が類似するテイコプラニンの濃度に対しては応答しなかった。この電極は、試験液に指示薬を加えずに 30 秒以内にバンコマイシン濃度を選択的に測定できるため、TDM 用センサとして極めて理想的な性能を持つことを示した。分子インプリント高分子は、多様な物質を分子認識の対象にできるので、TDM が必要とされる様々な薬剤に対するセンサにも応用できることを発表した。

血液系でも測定できるのかという質問があった。現時点では血液中では、生理食塩水中の 3 分の 1 程度の低い感度を示すことが、当面の問題で有り、電極表面を生体適合高分子で覆うことで解決を図っていると回答した。

 

3)出席した成果

分析のセッションは聴衆が少なかったが、本会議に参加した唯一の工学者による、唯一のセンサの発表ということで、注目して下さった参加者は多かったようである。その後のコーヒーブレイクや懇親会で声を掛けられて、「あのような簡便な方法でセンサが出来るとは驚いた」「是非、完成したら使わせて欲しい」という声を十数人の方から頂いた。また従来の分析法の多くは、薬効性のある遊離薬剤を、タンパク質に結合した薬剤と区別して定量できず、前処理による分離が必要である。この前処理法に関する発表が多く、TDM 関係者が苦労していることがうかがえた。本センサは原理的に遊離した薬剤しか検出しないため、その点をアピールポイントに出来ることも解った。

 

4)その他

大変実りのある学会参加であり、渡航費を助成して下さった中谷医工計測技術振興財団に心より感謝申し上げます。

(注:写真/PDFに記載)

Wine and Cheese Party にて手前で正面を向いているのが筆者